5ー41 巨大クォーツの中身
5ー41 巨大クォーツの中身
私たちは黒獅子王アレクサンド、
つまり”ドレス姿の怨霊”を探した。
でも地下に現れるのは、
この国の侵略者であるデフルバ国の兵士が
悪霊と化したものばかりだった。
彼らはイナバム王子に連れてこられ、
命じられるがままにこの国の者を虐殺したが
その結果、呪われて凄惨な死を遂げた。
そして今なお、凄まじい姿のまま彷徨っているのだ。
彼らは死後もアレクサンドを恐れており、
その気配を感じるや否や消えていく。
私はふと気が付いた。
イン=ウィクタ国の兵はどうしたんだろう?
「そういえば、マリーさんやフィデルさんはどこにいるのかしら?
私が悪霊を振り払いつつ呟くと、
リベリアも浄化しながら首をかしげる。
「そうなのです。この城からは、
ベルタさんが手紙に書いていたような
温かく優しい霊の波動はひとつも感じられません。
……ただ」
そういって、来た道を振り返って言う。
「あのクォーツからは、それを感じましたわ。
おそらくあのクォーツが、彼らなのではないかと思います」
「あの場に集まって結晶化したってこと?
だとしたら、ベルタさんの死を悼んでるのかしら」
クルティラがそうつぶやき、ルドルフが悲し気に言う。
「……ベルタさんは足の骨しか残っていなかった。
おそらく魔物に遺体を食べられてしまったのだろう。
……遺体だったと思いたいが」
「意識がある時なら、フィデルさんたちが守ったはずですわ。
それよりも気になるのは……」
そうなのだ。私もずっと、それが気になっていた。
これだけ怨霊にしろ、悪霊にしろ、優しい霊にしろ
死者の霊であふれている城なのだ。
しかも自分勝手なイナバム野郎の呪いのせいで、
みんなどこにも行けないでいる。
それならば。
「……ベルタさんの霊は、どこにいるのかしら」
ルドルフははっと目を見開き、周囲を見渡す。
私は苦笑いしながら彼に言った。
「たぶん、いないよ。
いるならとっくに現れているはずだから」
「何故だ?」
「さっきまでは自信なかったけど、
最後の手紙を読んで確信したの。
”会いたかった、会えば良かった”って後悔してたでしょ」
ルドルフは驚いた顔をした後、はにかんだような顔になった。
片手で頭をかきながらうつむいて言う。
「……俺を見て、”まあ、こんなもんか”と満足したのかもな」
「あのねえ、いっぱい話したかったって……」
私がそこまで言った時、空気が張り詰めた。
完全停止した私を、全員が見ている。
「……来るわ」
「黒獅子王か?」
ルーカスが剣に手を伸ばし、ルドルフが大剣と鎧を持ち直す。
でも、私は震えながら首を横に振る。
「違う。こっちに向かってきているのは……古代装置よ」
全員が息を飲み、前方の暗闇に目を凝らす。
ガタン……ガタン……ガタン……
何かがぶつかる音が響いている。
この、髪の毛1本を引っ張られるような不快感。
間違いない、古代装置が近くにある時の感覚だ。
しかも今回は、それが移動しているのだ。
下から……上へと?
ガタン……ガタン……ガタン……
「井戸だわ! 近くの井戸から古代装置が来る!」
離れた場所に、地下であるにもかかわらず井戸を見つける。
ルーカスが剣を鞘から抜き構える。
皆が見つめる中、ひょっこりと、どこかユーモラスに、
井戸から、人型の何かが現れたのだ。
それは今までのスピリットイーターとは別物だった。
錆びてはいるが、金属でできたコートをまとっており、
茶色く末広がりのチューリップハットを目深にかぶっている。
片手には手袋をしており、もう一つの手はひらひらさせていた。
「人体型の古代装置か……」
ルークスが構えたままで言う。
「前時代の終末期、人造人間の製造が盛んだったからね」
私がそう言うと、クルティラが扇を構えて言う。
「”人が人を殺すことでエネルギーを得る”なんて
何かの皮肉のつもりだったのかしら」
ルドルフも剣を構えて間合いを取る。
「あれが、ここに湧いてくるスピリットイーターの親玉か。
どうりでアイツらみんな、人型を保とうとするわけだ」
主導者の頭をかじりとった奴も、
地下で初めて私たちを襲った奴も、
みんなこの本体のコピーだ。
だから倒してもまた復活してくる。
海に投げ込まれた本体は、海中で少しずつ抜け出し
霊魂が大量にある城へとめがけてその体を伸ばした。
もともとアメーバ状の妖魔だ。
海から城の地下を張り巡らされている地下水路に侵入し
体を伸ばし続け、井戸から現れたのだろう。
そしてイン=ウィクタ国、デフルバ国の両兵の魂を食うことで
どんどん巨大化していき、地下で膨張した挙句、
この辺りの地形変動を引き起こしたのだ。
スピリットイーター本体の、手袋をした手が前に掲げられる。
私はそれを見てストルツの話を思い出し、叫んだ。
「風が来るわ!」
とっさにリベリアが最強のバリアを張り巡らせる。
その周りを、予想以上の暴風が吹き荒れていく。
「やっぱりあの手袋は、霊魂を結晶化させるアイテムだわ」
そしてもう一つはエルロムが持っている。
だから本体の片手には何も着けていないのだ。
「……グローブだ。確か、片手にグローブを着けてた。
あれを背中に押し当てられて……すごい風が吹いて……」
ストルツの話に出てきたのが、もう片方のグローブだろう。
「なんで片手の手袋を、エルロムが持っているんだ?」
ルドルフの問いに、私も同意する。
「そうね。帰ったら本人に聞いてみましょう」
風はなかなか収まらない。
これが途切れない限り、攻撃できないのだ。
じりじりとタイミングを待つ私たちの後ろから。
ものすごい殺気が膨張し、炸裂する。
「伏せろ!」
ルークスの叫びを聞き、私たちは身を沈める。
その直後、鉄球が私たちの上空を高速で飛んでいく。
それは的確に、スピリットイーター本体の片手を捕らえていた。
バキッという硬質な音を立てて、手袋が吹き飛ぶ。
クルティラがすかさすナイフを数本投げ、
地面に落ちたグローブを固定する。
どことなく困ったように頭を傾け、
それを見ているスピリットイーター本体。
ズルズルと低い音がし、鉄球が引き戻される。
そして足をひきずりながら、
ドレス姿が通り過ぎていく。
身を低くしたまま固まっている私たちには目もくれない。
ただ、スピリットイーター本体だけに集中している。
禿げた頭は殴られて膨張したようにデコボコとし、
両目はブツブツとただれ、疱瘡で埋め尽くされていた。
鼻は潰され、あごが大きく右にずれている。
これが、あの、勇壮な美丈夫だったというのか。
悔しさと痛ましさで私は歯を食いしばる。
彼はこのような姿になっても、
古代装置を制圧し続けることを選んだのだ。
スピリットイーター本体は黒獅子王のほうに向きなおる。
そして足元から大量の、自分のコピーを吹き出した。
真っ黒な人型が、影法師のように伸びてきて、
いっせいに黒獅子を襲い始める。
助太刀しないと! そう思って一歩踏み出たら、
片手でルークスに制された。
「……おそらく、邪魔になる」
黒獅子王の闘気は半端ではなかった。
ブゥンブゥンと勢いつけて鉄球を振り回し、
何体もまとめてコピーたちを潰していく。
自分の身に飛び掛かって来た者は
鎖で束ねられた腕で殴打し、地面にその黒い頭をのめり込ませた。
「……強い! なんて強さだ!」
ルドルフが感嘆の声をもらす。
私たちも瞬きもせずに見てしまう。
黒獅子王はあっという間にコピーたちを一掃し、
さらに強力な一撃を本体に食らわせた。
バゴォーン……
直撃した本体は、力尽きたように井戸に吸い込まれていく。
黒獅子王はその場で微動だに動かない。
「倒したのか?!」
ルドルフの言葉に、私は答える。
「……ダメよ。退けただけ。
古代装置は、メイナでなければ破壊できないの」
そうなのか……とつぶやいたルドルフは、
ハッと気が付き、顔を上げる。
そして立ち尽くす黒獅子に大剣を届けに行こうとしたのだ。
「これを受け取ってくれ! これはあなたの……」
しかし振り返りもせず、黒獅子王は闇にかき消えていく。
スピリットイーターが現れたら、撃退する。
きっと何百年も、この繰り返しなのだろう。
がっかりするルドルフに、ルーカスが言う。
「今までの傾向を見るに、
黒獅子王の出現条件はおそらく
スピリットイーターが現れることだ」
つまり同時にしか現れない。
それだとスピリットイーターが先に攻撃してくるから
黒獅子王との接触を阻まれることになる。
「まずはスピリットイーターを倒してから
改めて黒獅子王と対峙すれば……」
ナイフとグローブを回収しながら、
クルティラが言いかけるが。
スピリットイーター本体は古代装置だ。
古代装置を破壊するにはメイナを使うしかない。
私は肩を落としてボヤく。
「それにはメイナが使えるようにならないとね……」
まだここでは使えないのだ。
黒獅子王たちのメイナに対する怒りが解けないから。
リベリアも眉を寄せて考え込む。
「では、黒獅子王を呪縛から解き放って……」
しかし、彼と対峙するには
スピリットイーター本体が必要で、かつ邪魔なのだ。
「……参ったな。堂々巡りだ」
ルドルフが頭を掻いて、考え込む。
私は必死に考える。とりあえず彼を何とかできないものか。
「なんとか、アレクサンドの遺体を見つけられないかな」
「そうですわね。大剣と胸甲とともに埋葬し
私が”絶命の呪縛”を解けば……」
「いや、待て。それでは解決しないだろう」
ルークスが私たちの会話を遮った。
彼は大剣を見つめたまま、淡々と説いた
「俺には判る。彼自身は別に、
呪縛から逃れることは望んでいないだろう。
今の彼にとってあの姿はたいした問題でないはずだ」
私は驚いて彼を見上げる。
ルークスは私を諭すように言う。
「ベルタ嬢が呪縛を解きたかったのは、
フィデル氏や王妃のためだ。
彼らの悲しみや怒りを和らげたかったのだろう。
……優しい人だからな」
そして厳しい顔になり、私の目を見据えて続ける。
「しかし、彼自身の望みはそれではない。
最初から、一つだけだ」
そうだ。黒獅子王は寛大であり、誠実な人間だった。
彼の目的はひとつ。
この国が封じ続けるはずだった秘宝から、世界を守る事。
ルークスは、剣を胸の前にかかげて言う。
「俺はマルミアドイズの後継者として
彼の本願を叶えることを誓おう」
そしてクルティラに向きなおって言う。
「手をかけてすまないが、
この大剣、磨くことはできるか?
出来る限りでかまわない」
クルティラはルドルフから大剣を受け取り、
鞘から引き抜いて見た後、うなずく。
「もともと”叩き潰し斬る”ことが目的の剣だわ。
ある程度磨けば、元のように使えるでしょう」
私たちはいったん、城から戻ることにする。
「”物証”も抑えたことだしね」
クルティラがグローブをひらひらさせて言う。
古代装置の一部なので、気持ち悪いし、
私としては早く破壊したいんだけどね。
上に登りかけて、私は思いついた。
「待って、その前に。
巨大クォーツの側の鏡を回収しておきましょう」
エルロムが運んできた鏡だ。
すぐに巨大クォーツの前に移動できるように、と。
今は、皇国から厳しい取り調べを
受けているはずだから動けないけど、
終わったらすぐにこちらにくるはずだ。
「そうですわね。早く回収して、
崖っぷちに、海に向けて置いておきましょう」
リベリアがとんでもないことを言う。
……でも、面白そうだ。私は笑ってしまった。
鏡を抜けたとたん、
海に向かってポロポロと落ちて行くエルロムたちを想像して。
ルドルフが呆れたように言う。
「シュケルの海はゴミ箱じゃないぞ。
厄介なもんとか汚いものは焼却してくれ」
************
そんなことを言いながら鏡のところまで向かうと。
リベリアが、巨大クォーツで足を止めた。
「……今までと、何かが変わりましたわ」
私たちは大慌てで巨大クォーツを覗き込む。
見た目には何の変化もないようだけど。
『なにを みているの?』
足元で突然、可愛い子どもの声がした。
くせの強い古代ラティナ語だった。
「!!!」
見るとそこには、黒い髪に黒い瞳の子どもが
不思議そうな顔でこちらを見上げているではないか。
全員が言葉を失う。この子は!
『……ライオネル王子?』
私が古代ラティナ語で問うと、
彼は不思議そうな顔でコクン、とうなずく。
とうとう現れてくれたのだ……!
今までどこに居たの?
他の人がどこに?
……ベルタさんは?
さまざまな質問が飛び出そうになるが、
ルドルフが彼の前に座り込み、私を見て言った。
「悪いが通訳してくれ。
俺はラティナ語など、”はい”と”いいえ”しか分からない」
その2種類は軍隊でも使うことがあるが、
会話文となれば兵士には必要ないのだ。
私がうなずくと、ルドルフはライオネルの目を見て言った。
「ベルタさんを守ってくれてありがとう」
その言葉を、私が訳して伝えると
彼は笑顔を浮かべて肩をすくめた。
まあね、といったところか。可愛いな。
ルドルフは続ける。
「……そして最後まで、彼女の側にいてくれてありがとう」
私はできるだけ忠実に訳した……つもりだった。
しかし、ライオネルは理解できない、という顔をする。
『フィデルさんやマリーさん、王妃様はどこに?』
私が質問すると、ライオネルはビックリした顔でつぶやく。
『なんで知っているの?』
私は出来るだけ優しく言った。
『イン=ウィクタ国の味方だからよ』
それを聞いたライオネルは素直に、
巨大クォーツを指さした。
『みんな、ここだよ。イン=ウィクタの者は全員』
やはり、このクォーツはフィデルやマリーたちなのか。
それどころか、他の兵もみんな一緒とは驚きだ。
『……ベルタさんは?』
おそるおそる私は尋ねる。
するとライオネルは誇らしげに、
ふたたび巨大クォーツを指し示した。
ものすごい笑顔で。
つまり、ベルタさんも結晶化して
みんなと一緒にクォーツになって永眠したのか。
……って、なんで? 寂しくないように?
その時、リベリアが目を丸くして叫んだ。
「まさか?! ベルタさんが、この中に!?」
「いや、だからそうだって……あれ?」
私はふたたびクォーツを見る。
人の大きさくらいの、巨大なクォーツを。
全員が、その可能性に気付き呆然となる。
まさか。そんなこと。
あの時、すでに瀕死だったはずだ。
出血の多さを考えると、すでに亡くなっている可能性も高い。
何より、あれから2年も経っているのだ。
しかしや王妃やフィデル、マリーだけでなく
大勢の兵が現在も守り続けていることを考えたら。
……可能性は低くないはずだ!
ルドルフは震える声で尋ねる。
「彼女は……生きているのか?」
私はそれを、ライオネルに訳して伝える。
彼の返事は、”はい”でも、”いいえ”でもなかった。
私はたまらず泣き出してしまう。
クルティラが片手で目を覆い、
リベリアは唇をかみしめる。
ルドルフが私たちを見つめ、張り詰めた面持ちで尋ねる。
「彼は……何と言ったのだ?」
ルークスがルドルフの肩に手を置き、その問いに答えた。
「”もちろん”。……そう言ったんだ、ルドルフ」