5ー39 滅びた国の真相
5ー39 滅びた国の真相
鏡の中の光景は続く。
「いたぞ! イナバムだ!」
急に、活気のある生者の声が聞こえてきた。
王の寝室にぞろぞろと入ってきたのは、
ここを制圧に来たらしい、他国の連合軍の兵たちだった。
「なんだ、この部屋は……まさに地獄だな」
部屋の悪臭に顔をゆがめ、手布を鼻に当てながら
部屋に散乱する多くの遺体に眉をしかめる。
「た、助けてくれ…… ここから連れ出してくれ……」
動けないイナバムは涙ながらに、
ベッドから必死に助けを乞う。
ベッドの周りを取り囲んだ兵たちは、
イナバムを覗き込んだ後……首を横に振って言う。
「……こりゃあ、ダメだな。死んでるぞ」
「おい! 何を言う! 俺はまだ生きているぞ!」
イナバムは必死に声を上げるが、体は動かない。
焦ったイナバムは、連合軍の兵に混ざり、
僧侶の怨霊が立っているのを見つけた。
僧侶はニヤリと笑って言う。
「お前の命があることなぞ、誰にも見えぬわ」
”生きているのに、見捨てられる”
その絶望を味合わせるためだろう。
怨霊は兵に幻をみせているのだ。
わめき続けるイナバムに気付かず、兵たちは顔を見合わせる。
「……どうする?」
「いったん戻って、すでにイナバムが死んでいることを報告しよう」
「そうだな。このひどい有様も伝えねば」
そう言って、ぞろぞろとベッドの周りから去っていく。
「待ってくれ! 俺を連れていけ! 頼む!」
声は届かず、彼らは部屋の出口に向かってしまった。
「……それにしても、みな恐ろしい死にざまだ」
「ここから脱走してきた奴を何人か捕まえたが、
アイツらが言っていたことは本当だったのだな」
「ああ、すざまじき怨念と、その呪いだ」
そんな会話をしながら、彼らは去っていった。
イナバムは見捨てられた失望感で涙を流している。
たとえここで彼らに保護されたとしても、
すぐに極刑になるのはまぬがれない。
それでも良いから、ここを離れたいと願っていたのだろう。
「……何人か、脱走したのか!」
悲しみは、怒りと憎しみに変わったようだ。
カッと目を見開き、顔を赤黒く染めて震える。
「絶対に、許さんぞ。ここから逃げた者は許さない」
鏡面がいったんぼやけ、
さらに痩せこけて腐敗したイナバムが映された。
どうやら連合軍は、遺体のあまりの多さと
その死にざまの恐ろしさに、
呪いが外に出ることが無いよう
このまま放置することにしたようだ。
その証拠に城には外から
たくさんの封印の札が投げ込まれていた。
イナバムはもう、虫の息だった。
死の床で、痛みと苦しみにあえぎながら叫ぶ。
「俺を、置いて、行くな……」
そして血走った目で、鏡を見ながらつぶやく。
「わが兵よ……みな、戻って、くるのだ……」
それが、生きているイナバムの、最後の言葉だった。
……。
全てが終わった。
見守っていた私たちが、そう思った時。
イナバムの目が再び、くわっと開いた。
「……なぜだ……なぜ……」
そうつぶやいて、頭を起こして周囲を伺う。
ただし生き返ったのではなく、それは彼の霊体だった。
霊体はイナバムの遺体と重なり、二重にブレて見えた。
相変わらず体は動けないようだが、
意識は生前よりもしっかりとしているようだ。
ベットで寝たまま焦ったように周囲を見渡すイナバム。
するとじわじわと染み出るように、
イン=ウィクタ国の僧侶や兵が現れ、
不気味な笑い声をあげる。
「お前が、安らかな眠りにつけると思ったか?」
「あの世にいけると?」
「お前は永遠に、ここからは逃れられぬ」
「死してなお、お前への報復は繰り返されるのだ」
それを聞きイナバムの霊は泣き声をあげる。
「あの男が苦しんだのはせいぜい3日だぞ?!
なぜ俺は永遠なのだ!?」
1人の兵がイナバムの顔を覗き込んで言う。
「お前の罪は、あの方に対してのみではないだろう
僧侶を殺し、王妃や王子を死に追いやった」
「なによりお前のような悪しき魂は転生すべきではない。
いや、させるものか」
あまりの絶望に、イナバムは口を開けたままだった。
じわじわとにじり寄った怨霊たちに囲まれ、
イナバムの姿は見えなくなり、声しか聞こえなくなる。
「もう 許して くれ…… 痛みに 耐え られぬ……」
急に、鏡の情景が中庭に変わる。
井戸から現れたスピリットイーターが
大量の死者をガリガリと食べている光景が映し出された。
海がバシャバシャと激しく泡立っている。
水中で何かが強烈な勢いで暴れているかのようだった。
その激しさにあわせ、城の周辺の土壌が振動を始める。
そして、ついに。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
地響きがなり響き、側塔があった辺りが大きく異動していく。
大地が渦を巻くように、地形が大きく変化したのだ。
どんどんそれが広がっていき、
このままでは城の外側までに及ぶかと思われた、その時。
渦をまくのが、急に停止したのだ。
ふたたび鏡は、城の中を映した。
それはスピリットイーターを潰し続ける、
異形の魔物と化したアレクサンドの姿だった。
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鏡が何も映さなくなっても、私たちは無言だった。
現在も城から魔物たちが外に出ないのは
すべて黒獅子王がそれらを退けていたからだった。
彼はここで今でも戦い続け、
古代装置の作動を最低限へと押さえているのだ。
私は呆然とつぶやいた。
「この国の名前、イン=ウィクタだったんだ」
呪いを恐れ、名前さえ残らなかったのだろう。
私は誠実な彼らを思い、切ない気持ちでいっぱいになる。
クルティラが鏡を見ながら言う。
「イナバムは、逃げ出す家臣たちに対し、
戻ってくる呪いをかけたのね」
「だから側塔の”鏡”に一度でも映ると、
外国に行っても”鏡”に映った瞬間に引き戻されるんだ……」
私がそう言うと、ルドルフが慌てたように言う。
「じゃあ、俺たちもじゃないか」
「ええ。皆さんは、そうですわね」
リベリアが済まして言う。
私は大丈夫ですけど?、ということらしい。
「やはり、古代装置だったな。それも厄介そうな」
ルークスが私に言う。私はうなずいた。
この国の王が代々、古来より禁忌の古代装置を
誰にも触られぬよう守っていたことは、
すでに調査でわかっていたが。
人間の魂をクォーツに変え、
エネルギーへと変換する古代装置。
それには妖魔スピリットイーターが付属品として”接続”されていた。
古代装置が風に含ませた波動で人の霊魂をクォーツ化し、
スピリットイーターがエネルギーに変換する方式だ。
前時代の終末期に人類が滅びかけた時、
それはもう大量の死者が出たため
その霊魂を有効活用できないか、と思ったのだろう。
メイナを過信したあの時代の人が考えることといったら。
アレクサンドによって海へと落とされたのは古代装置の本体で
霊魂を物体化する波動を出す送信機は、
主塔の上部に、他の戦利品と共に放置されていたようだ。
まあ、すでにルークスがこんがり焼いてしまったが。
考え込んでいたルドルフが顔を上げて言う。
「……あの地形変動はなんだ?」
「おそらく過剰に霊魂を摂取したため
スピリットイーターの許容量を超えたんだろう。
生成するエネルギーを同時に消費せざるを得なかった、
つまり爆発などが地下で発生したんだろう」
将軍が答えたので、ルドルフは恐縮しているが、
たぶん、そんなところだろう。
「”霊魂をエネルギー化する”という機能のみに着目し
誤動作の検証があまりにも杜撰だったな」
妖魔から出るエネルギーを利用しようとしたが制御しきれず失敗とは。
スピリットイーターの性質をもう少し調べてから利用するべき……
というより、霊魂を使う時点で倫理観からは逸脱しているだろう。
すると突然、リベリアが叫んだ。
「鏡を見てください!」
慌てて見ると、鏡にはふたたび何かが映し出されていた。
それは大剣と鎧を持った娘の姿だった。
乱れたプラチナブロントの髪、淡い水色の瞳。
「あれは……まさか……ベルタさん?!」