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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
組織解体編 ~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~
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5ー38 最も早く死んだ者が、最も幸運だった

 ※今回も残酷な表現が含まれます。

  苦手な方はご注意のほどお願い申し上げます。


 ~前回のあらすじ~

 身勝手で愚劣な逆恨みによって、

 イナバム王子はイン=ウィクタ国の秘宝を卑劣な手で奪い

 黒獅子王アレクサンドに対し、壮絶で非道な報復を行った。


 しかも他国からの非難や制裁を恐れ

 ”使用すれば世界が滅ぶ”と言われるその秘宝を稼働したのだ。


 瀕死の状態にも関わらず、

 アレクサンドは稼働を始めたそれを撃退し

 海へと転落させることで排除したのだ。

 5ー38 最も早く死んだ者が、最も幸運だった


 繰り広げられる光景は断片的だったけど、

 何が起こっているかは十分に理解できた。


 イナバム王子の暴走が画面に映し出されてから、

 私たちの顔はずっと険しく、

 悔しさに満ちたものだった。


 皆が思っていたのだろう。

 この場に居たかった。

 この場に居て、このクズ王子を殴り飛ばし、

 卑怯な行為をやめさせたかった……と。


 ルドルフが片手で額を抑えて(うめ)き声をあげる。

 鏡の中の会話は、くせの強いラティナ語だった。

 私がルドルフに通訳するたびに、

 正義感の強い彼は激しく怒り、嘆いていた。

 そして悲し気につぶやく。

「これを、あの人は見たというのか……」


 これを見たベルタ嬢の心中を思い、私も苦しくなる。

 戦いに慣れた私たちでさえ、

 胸を塞ぎ、気分の悪くなる光景だった。

 心優しい穏やかな彼女には、

 どんなにショックだったことだろう。


 鏡はその後も映し続ける。

 黙々とイン=ウィクタ兵や侍従の遺体を井戸にほおりこむ兵。

 城の財産や武器を、大喜びで手に入れるイナバム王子。


 するとリベリアがポツンとつぶやいた。

「……始まりましたわ」

「え? 何が?」

 私は鏡を見たまま尋ねる。

 鏡の中は、侵略者たちがこの城で

 新しい生活を始める準備をしている姿が

 映し出されているだけに見えたが。


 顔を青白くさせ、リベリアは言う。

「無数の怨念と憎悪に絡み取られ

 底の無い奈落へと、彼らが落ちて行くのが」


 ルドルフが憤慨しながらうなずく。

「そうだよな、コイツら絶対、捕まって処刑されるだろう」

 いや、そうではない。きっと、もっと恐ろしい意味だ。


 リベリアは薄く笑って、ルドルフに告げる。

「ルドルフ様。死は、終わりではありませんわ」


 ************


 イナバム王子は王の寝室で横になっていた。

 しかし満足そうな表情はすでに消え、

 苦虫を嚙み潰したような顔だった。

 どうやら具合が悪いらしい。


「……お前が読め」

 ベッドの横に立つ、書簡を持ったデフルバ国兵に対し

 イナバム王子がめんどくさそうに言う。

 起き上がるのもおっくうなのだろう。


 青い顔でデフルバ国兵は読み上げる。

 書簡は2通あった。


 ひとつ目の書簡は、

 捕虜となっていた父王がその場で弟を立太子し、

 嫡廃されたイナバム王子は、もはや王家でも貴族でもなく

 犯罪人として手配されたこと。


「……別にかまわん。俺はこの国の王になるのだから」

 イナバムはそう強がったが、握ったこぶしが震えている。


 もうひとつは、周囲の国々がイナバムの行動を激しく非難し

 イン=ウィクタの兵や民を救うべく

 同盟を組んで進軍する、という宣戦布告だった。


「攻めてくるつもりか……クソッ」

 たとえ今、イナバムが王としてふるまおうとも

 あっという間に捕獲され、処刑されるのは間違いないだろう。

 この先はどう考えても絶望的だ……自業自得の極みだが。


 その時、別の兵が駆け込んでくる。

「あの!、先ほどピリア姫が到着されました!」

「何?! もう来たのか……早いな。強欲な女め」

 イナバムは片手で両目を覆って笑う。


 書簡を持っていた兵が目を丸くして尋ねる。

「なぜピリア姫がこちらに?!」

「大寺院に現れたアレクサンドを見た瞬間、

 俺は自分の勝利を確信したのだ。

 すぐさまアイツに伝令を出して呼び寄せたんだよ。

 ”黒獅子王は俺が倒し、あの国は俺が制圧した”ってな」


 そう得意げに答えるイナバムに、呆れた顔で黙る兵。

 自分に婚約破棄を突き付けたピリア姫に対し、未練があったとは。

 イナバムは続けた。

「”あの男は妻を深く愛し、数多くの宝石やドレスを贈っている。

 これが欲しければ、城まで来い”。

 そう伝えたら、馬を追い抜く勢いで来やがった、ははは」


 それを聞き、兵は納得の顔をする。

「……ああ、では、王妃の宝飾品はピリア様に」

 それを聞いて、イナバムは即座に否定する。

「誰がやるものか、あんな裏切り女なぞ」


 そして苦々し気につぶやく。

「あいつを呼んだ本当の目的はな、

 あいつが”男らしい”と讃えたあの男(アレクサンド)

 惨めに屈服する姿を見せたかっただけだ。

 その後は、絶世の美女(ヴァレリア)を横に侍らせて

 ”欲しければ来いとは言ったが、

 お前にやるとは一言も言ってないぞ。

 俺はもう、お前とは比較にならぬほど美しい女を手に入れた。

 さっさと帰れ!”。

 そう、言ってやる予定だったのに……」


 何一つ、予定通りにいっていない。


 それに気づいたのか、イラついた様子のイナバムは、

 かけこんできた兵に命じた。

「こうなったらピリアも道連れにしてやろう。

 まあ、適当にもてなしておけ。

 ……あいつには、さっきの話はするなよ」


 イナバムが廃嫡され、世界中を敵に回したことを知れば、

 彼女は持てるものを持って、さっさと逃げ出すに違いない。

 欲にかられてこんなところまで来た彼女も彼女だが、

 イナバムという男は、全てにおいて性格が悪いようだ。


 続けてイナバムは、苦し気に告げる。

「とりあえず各国には声明を出しておけ。

 ”イン=ウィクタ国の秘宝は、まだわが手にある。

  世界を滅ぼしたく無くば、我に従え”、とな」

 そんな嘘がどこまで通用するものか。

 書簡を持った兵も微妙な顔をして、部屋を出て行った。


 鏡が一瞬ぼやけ、王妃の間に変わる。


「うっそお! すごいじゃない!」

 王妃の間で、ピリア姫が興奮気味に叫ぶ。


 ピリア姫は城に着くなり、

 イナバムはどこか? とさえ尋ねることもなく

「イナバム王子の婚約者、ピリアですわ。

 すぐに王妃の部屋へと案内なさい!」

 と叫んだのだ。


 そして何も知らぬ侍従が、

 彼女を王妃の間へと案内するやいなや

 盗賊のようにアクセサリーやドレスを漁り、

 数々の宝飾品を目にして大喜びするのだった。


「お、お待ちください! まずはイナバム様に……」

 あわてて侍従が止めるが、ピリア姫は高慢に言い放つ。

「あら? イナバムが全部私にくれるって言ったのよ。

 ドレスアップしてからお会いするわ」


 そう言ってさっさと、数々の指輪を自分の指にはめ、

 キラキラと輝くサファイアのチョーカーを首に付ける。

 困った侍従はイナバムを呼びに走っていった。


「……なんて美しい」

 ふと、連れて来た侍女が声を漏らしたので、

 ピリアが顔を上げると、

 壁にヴァレリアの肖像画がかかっているのが見えた。


 一瞬、言葉に詰まるほど、本当に美しい女だった。

 ピリアの顔は歪み、近くの侍女に命じる。

「目障りな絵だわ。切り捨てて頂戴」

 侍女は仕方なく、椅子を持ってきて、

 肖像画を斜めに切り裂いた。


 それを見て満足したピリアは、改めて周囲をキョロキョロし。

「まあ、これは王妃のティアラね」

 ダイヤモンドと紅玉で出来た美しいティアラを見つけ、

 自分の頭に飾った。

 そして、部屋の奥にあった鏡を覗き込む。


 そこに映っていたのは、豪奢なティアラを付けたピリア姫と……

 背後にうごめく、血だらけの侍女や兵たちだった。


「キャアアアアアアア!」

 ピリア姫は叫んで振り返る。

 しかし、そこには誰もいない。

 不思議そうに、こちらを見ている侍女たちだけ。


「いかがされましたか?」

 そう問われて、小声でなんでもないわ……と答える。

「きっと、見間違いだわ」


 改めて鏡に向き合うと。

 血まみれのピリア姫が映っていたのだ。

 しかも本人は笑っていないのに、

 鏡の中の自分は恐ろしい笑みを浮かべているのだ。


「嫌あっ!」

 そう叫んで振り向き、侍女に向かって走ろうとしたが。

 部屋の中にいたのは、全て、”侍女だった者”たちだった。


 眼をえぐられたように、眼窩を陥没させた者。

 両足を千切り取られ、床に横たわる者。

 強い力でねじられたように、体をつぶされた者。


 彼女たちの側に立った、

 ものすごい形相で睨む見知らぬ侍女や

 体のあちこちが欠けたイン=ウィクタ兵が問いかけてくる。

「……いかがされましたか?」


 ガタガタとふるえるピリア姫の動きが、突然止まった。

「痛ああああい! 痛い痛い痛いっ!」

 両手を顔の前に持ってくる。

 目の前で、指輪を付けた指が千切れ、

 ポロポロと落ちていった。

 吹き出す鮮血が顔にかかる。


「ギャーーーーーーーー!」

「それは あのかたの ものだ」

 血まみれで青い顔をした侍女が、

 ピリア姫の耳元でささやく。


「かえせ」

 他の声が聞こえたと同時に、ピリア姫は頭を抱えて叫んだ。

「痛いいいい! 首が! 頭が締め付けられるううう!」

 チョーカーやティアラを外そうにも、

 もはや外れなかった。


「痛い痛い痛い! 誰か助け……」

 首は紐のように細くなっていく。

 そしてグシャリと音を立てて、ピリア姫の頭が砕ける。


 あっという間の出来事だった。


 兵に支えられながら王妃の間に現れたイナバム王子は、

 侍女たちの悲惨な遺体とともに、

 全身を変形させて死んでいるピリア姫を見つけた。


 恐怖のあまり目をむいて震える王子の後ろで、

 兵たちは青い顔で視線をあわせる。

 これは、呪いだ……彼らの報復が始まったのだ、と。


 ************


 それを皮切りに、城の中は阿鼻叫喚の地獄となった。

 鏡には次々と、死んでいくデフルバ国兵を映し出す。


「やめてくれ! 助けてくれ!」

 そう叫び声が聞こえたかと思うと、

 声の主は手足を異常に伸ばして死んでいた。

 まるで、強い力で引っ張られたように。


「許してくれ! 悪いのはイナバム王子だ!」

 そう叫んだチェイン・メイルの兵士は、

 自分の斧で頭部を叩き割り死んでいった。


 イナバムに惨殺された僧侶の霊が

 城のいたるところから延々と呪詛を吐き続けていた。

 それを聞く者は、そのまま井戸に飛び込んだり、

 壁に頭を打ち付けるなど自ら死を選んでしまう。


 兵が怪死したり、発狂したように次々と死んでいくのを

 イナバムや生き残った者は見守るしかなかった。


 加えて外からも精神的な攻撃を受ける。

 この城に、再び書簡が届いたのだ。

 それは各国にばらまかれたであろう御触書のようなものだ。


 ”イナバムは黒獅子王アレクサンドに組手で惨敗し、

 恐怖のあまり腰を抜かした上、失禁した。

 それを逆恨みし、今回の非道な侵略を行った。

 この惨めで無様な男は、見つけ次第、極刑となす”


 その紙を破り捨て、イナバムは怒り狂う。

「な、なんでだあ! ()()()()をわざわざ知らしめる必要があるかあ!」

 しかし今回の侵略の理由を、

 他国が原因を追究するのは当たり前のことだろう。


 事実が広まっていくことで、恥の上塗りとなり

 イナバムの名誉など、どこにも残ってはいなかった。

 ただただ、軽蔑と(あざけ)りの対象として、世間に認識されたのだ。


 ベッドに転がり込みながら、イナバムは号泣する。

「俺は勝ったのに! あの男を平伏させたのにっ!」

 その彼の耳元に、誰かの声が聞こえた。

「あの方は一度たりとも、お前に屈しなかった。

 世界と民のために、成すべきことをなさっただけだ」

 一瞬、恐怖で凍り付いた後、

 イナバムは言葉の意味を理解したのか、

 一層激しく泣きわめいたのだ。



 昼夜とわず、変死する兵が後を絶たない。

 誰も、原因など探らなかった。

 これは明らかな呪いだ。

 自分たちがしたことの報いを受けているだけだ。


 イナバムは側近が逃げ出したため、

 城の門を固く閉じ、互いを見張らせることにした。

 しかし城の籠城は長く持たない。


 わずか1週間の後には、イナバムは完全に寝たきりになっていた。

 しかし意識は明瞭であり、苦痛や恐怖はしっかり感じるようで

 ちゃんと意味のあることを言い、苦痛に叫んだり顔をゆがめている。


 王の間の鏡には、自分が敗北した時のあの姿や

 ピリア姫が自分をボロクソに罵り、

 婚約破棄を宣言する場面、

 父王が”情けない”と嘆く姿、

 味方の兵たちが、口々に自分を馬鹿にし笑う姿を見せる。


 イナバムは鏡に向かって、魔力(メイナ)で花瓶を投げた。

 しかし鏡は割れずに、粉々になった花瓶の破片が

 なぜか全てイナバムに向かってきて刺さった。


 ベッドの上でもだえ苦しみながら、彼は嘆く。

「こんな力、あっても意味ないじゃないか!」

 ふと父王の言葉を思い出す。

 ”魔力(メイナ)は決して万能ではない”、という言葉を。


 イナバムの傷はみるみる膿み、新たな痛みを生じたようだ。

 誰も彼の面倒をみないらしく、下半身は糞尿にまみれ、

 腰のあたりはすでに腐り始めていた。


 部屋に漂うあまりの悪臭にえずきながら、

 体のさまざまな部位で感じる痛みや痒みに

 イナバムがのたうち回っていると。


「……では、ご様子を拝見させていただきます」

「やっと来たのか! さっさと治せっ」

 久しぶりに軍医が来たらしく、イナバムの足元で診察している。

 軍医は冷たい手で、イナバムの汚れた衣服を取り除き、

 変色した素肌をあらわにしていく。


 丸裸になったイナバムを足元から見下ろし

 どこか面白そうにつぶやいた。

「からだが……くさって きていますな……

 ほら、ここなんぞ、すでにウジが わいている……」

「ひっ! 嫌だ! なっ、なんとかしろ!」

「……ことわる」

 怒ったイナバムが、文句を言おうと頭を持ち上げて見ると

 軍医はイン=ウィクタ国の者ではないか。


 死後数日経った姿で、片足が無く、肌が青白い。

 両目から血を流しながら軍医はニヤッと笑う。

「まさに因果応報。しかし、まだ足りぬ。

 わが君への暴虐、こんなもので我らの報復は終わらぬぞ」


「うわあ! なんだ、これは?!」

 気が付くと、部屋は数多くの遺体が転がっていた。

 異常な悪臭は、そのせいだったのだ。


 ベッドの周りにじわじわと、

 イン=ウィクタ国の兵や僧侶の霊が集まってくる。


 僧侶の霊はみな、おどろおどろしい呪詛をつぶやき続けている。

 そのひとりが凄まじい形相で言い放つ。

「これが聞こえる限り、お前は正気を失うことはできない。

 狂うことも、眠ることもできずに、苦しみ続けるのだ」


「うわああああああ! もう嫌だ、やめてくれ!」

 イナバムは絶叫した。

 その声は誰にも届かなかった。


 軍医がなかなか来なかったのは……


 この城で生きている者は、

 すでにイナバムだけだったからだ。




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