5ー37 許されざる非道と裏切り(第三者視点)
かなり残酷な表現や、陰鬱な展開が含まれます。
苦手な方はご注意のほどお願い申し上げます。
この回を飛ばしたい方のために
次回は前書きに、
これまでのあらすじを付けさせていただきます。
5ー37 許されざる非道と裏切り(第三者視点)
デフルバ国のイナバム王子は、
イン=ウィクタ国との和議の場において、
黒獅子王アレクサンドに対し、自ら試合を挑んだ。
魔力で容易く屈服させ、
自分の力を示すと同時に、英雄と呼ばれる彼を貶めるために。
しかし試合開始の直後、
アレクサンドの迫力に怯えて動けなくなり敗北。
しかも恐怖で失禁してしまったことを、衆目に晒されてしまった。
あまりの情けなさに婚約者からは婚約破棄を言い渡され、
父王からは和議に水を差した罰にも加え、
その失態を嘆かれ、嫡敗を宣言されてしまう。
イナバム王子はアレクサンドに対し
誤った怒りと逆恨みをつのらせ、
アレクサンドと父王が不在の時に、
兵に命じて勝手に戦を始めてしまう。
そしてさまざまな協定を破り、
ちょうど敵国に滞在中だった父王たちを見殺しにし、
さらに大寺院の僧侶を皆殺しにすることで、
イン=ウィクタ国が古来より死守してきた秘宝を手に入れたのだ。
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寺院に立てこもったイナバム王子は
それを盾に、イン=ウィクタ国でなく、
黒獅子王アレクサンドに対して宣言した。
「アレクサンドよ!
この秘宝に手を出されたく無くば、
全てを捨てて我に跪け!」
歴史でも類を見ないほど愚かで、私怨にまみれた侵略だった。
国の名誉も、兵の命もゴミのように捨て去る行為だが、
デフルバ国の兵たちは、逆らえば即、
殺されてしまうため、従うしかなかったのだ。
イナバム王子は、いちおう”交渉”の形を取ろうとする。
「”作動させれば世界が破滅する”といわれるこの秘宝。
もし断るのであれば、ただちに作動しこの地に捨て置く!
しかし我に従うのであれば、元の場所に戻してやろう」
開戦の知らせを受け、滞在中の同盟国から
急遽戻ってくる途中だったアレクサンドはすぐに決断した。
「俺は大寺院に向かい、あの男の要求に従う。
皆は次の王を立て、秘宝を奪還すべく行動せよ」
敬愛し、心酔する王の決断に、
全ての兵が発狂せんばかりに反対する。
怒りに震え、拒絶するように必死に説得する重鎮たちに対し、
アレクサンドは穏やかな顔で、笑ってなだめたのだ。
「俺の命でこの場が収まるなら、何度でも捧げよう。
王妃も必ずわかってくれるだろう。
我々にとって何が最も重要か、常にそれを考えて行動してくれ」
そして号泣し、追いすがろうとする家臣たちを、
王妃たちのいるこの城へ向かわせ
自分は単身、大寺院のイナバム王子の元へ向かったのだ。
城で待っていた王妃ヴァレリアは、
その報を聞き、しばらく固く目を閉じた。
しばしの後まぶたを開き、決意を告げる。
「ただちに、私とライオネルを冥府に送ってください」
驚愕し狼狽する家臣たちに、王妃は厳しい声で言った。
「あの男がこれで満足するとは思いません。
次に求めるのは、私とライオネルの命でしょう。
私たちが、王や国の足かせとなってはなりません」
ヴァレリア王妃は冷静で聡明だった。
いったん戦が始まれば、
敗戦国の王妃や王子の存命を、王や国民が願う場合、
敵国にとって有利な交渉の材料にされてしまうことを
わかっているのだ。
「すでに私たちが亡き者と知れば、
相手の攻撃する矛先に、少なからず迷いが生じます。
皆はあの秘宝を守る事だけを考え、
あの男の隙をうかがい、取り戻してください」
そういってヴァレリア王妃は、王子と共に中庭に出る。
王子を抱き寄せ、耳元に優しくささやく。
ライオネル王子は大きくうなずき、母に微笑み返す。
そして王妃は指に飾られたあの大きなエメラルドをみつめ、
長い長いキスをする。
もう会うことが出来ない、愛する夫の代わりに。
そして膝立ちに座り、となりにライオネルを立たせた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした武将2人が後ろに立った。
「あなた方はこの国一番の忠臣です。
深く感謝申し上げます」
王妃は振り向かぬまま、静かに言った。
武将二人は目をあわせた後。
「黒獅子王アレクサンドのために!」
王妃とライオネルを同時に後ろから心臓を一刺しにする。
互いが死ぬ様をみせないための策であり、
悲鳴もでないほど、一瞬の見事な技だった。
前に倒れ込む二人をとっさに抱きかかえ、
そっと台の上に運ぶ。
その周囲で、兵や家臣たちは地に転がり頭を抱え号泣していた。
しかし、本当の惨劇はこれからだった。
大寺院からイナバム王子が、この城へと攻めてきたのだ。
「わが王は?! 秘宝は、置いてきたのだな?!」
女・子どもを逃がした後、城を守っていた武将が叫ぶ。
馬から降りてきたイナバム王子はニヤニヤと笑いながら、
予想通りの宣言をしたのだ。
「……アレクサンドの王妃と子どもを出せ。
”俺に捧げる”とアイツが言ったのだ。
好きにして良い、とな」
そんなことをあのアレクサンドが言うわけがない。
案の定、イン=ウィクタ国の兵は
誰ひとり信じた様子は見せなかった。
武将が冷たい目で答える。
「二人はすでに亡くなった。
王がご決意されてから、すぐの事だ」
それを聞き、イナバム王子は目をむいて驚く。
「う、嘘を付くな! 二人を隠すな!
秘宝はまだ、俺の手の内にあるのだぞ!?」
「嘘など我々は付かない。ご遺体はまだ安置されている」
まだ納得がいかないイナバム王子に、
あざ笑うように武将は告げた。
「ヴァレリア王妃は、全て見抜いておられたわ。
”足かせにはならぬ”、そうおっしゃって死を選んだのだ」
単純なイナバム王子は悔しさも隠さず、
吐き捨てるように叫ぶ。
「クソッ! あいつの目の前で王妃を辱め、
子どもをいたぶってやろうと思っていたのに!」
それを聞き、イン=ウィクタ国の家臣たちは、
あらためて王妃の決断に感謝し、
この男に軽蔑と憎しみの視線をぶつける。
イナバム王子の気は収まらず、
安置されていた二人の遺体を引きずり出させた。
その非常識な振る舞いに、
ライオネル付きの侍女が必死に抵抗した。
「あんまりでございます! 死者への冒涜は許されません!」
彼女はライオネルの遺体を抱きすくめ、
無礼を働かせないよう必死に守ろうとしたのだ。
「許されなくて結構だがな」
イナバム王子はそう言って鼻で笑い、
彼女の背中を袈裟切りに切り付けて殺害した。
そして血にまみれた二人の首に縄をかけ、
城の主塔からぶらさげたのだ。
悔しさと悲しみに震えるイン=ウィクタの兵たちの前に、
イナバム王子はとんでもないものを引きずり出してきたのだ。
「これを見るがいい。イン=ウィクタの兵どもよ」
引きずられてきたのは、バラのドレスを着せられた男だった。
爪は全て剥がされ、頭部は何度も殴打されていた。
さまざまな拷問を受けたようで、血だらけであり
歩くこともままならない様子だった。
両手首を拘束され、鎖につながれた鉄球を付けられている。
「あれは!」
「なんということを!」
ざわめきが悲鳴に変わり、それを聞いたイナバムは歓喜の声をあげる。
「あーっはっは! そうだ! あの女が誰かわかるか?!」
そして息も絶え絶えのアレクサンドを蹴り上げる。
「さあ立て! 立ってみんなに挨拶するのだ!
この国の女王アレクサンドですわ、だろう! ハハハハハハ!」
そう言ってスカートをめくりあげる。
兵たちの悲鳴が絶叫に変わった。
アレクサンドは去勢されていたのだ。
急にイナバム王子は不機嫌になる。
「こいつの目の前で、
あの美しい王妃を辱めてやろうと思ったのに。
こいつはもう、妻を満足させることも
子どもを持つことも出来ぬからな」
あまりの忌まわしさと嫌悪と怒りで、
イン=ウィクタ兵たちはゲエゲエと吐き、
地面に頭を打ち付け、胸をかきむしる。
その中で一人、固く目を閉じて動かない男がいた。
それに気が付き、イナバム王子はむっとして問いかける。
「おい、お前! お前も見ろ! こいつの姿を」
その男は首を横に振る。
「断る。俺の王アレクサンドは、永遠に勇猛果敢な武神だ」
それを聞き、頭に血が上ったイナバム王子は
自軍の兵に命じて彼をアレクサンドの前に引きずって来させる。
「さあ! 目を開けてみるのだ!」
何度言われても、殴られ、ナイフで足を刺されても
その男は目を閉じ、歯を食いしばって耐えた。
「かま……わぬ、目を……あけるのだ……フェデル」
横たわったままアレクサンドが彼に声をかける。
その声を聞き、フェデルの両目から滝のように涙が流れ落ちた。
そして真っ赤な顔で、目を閉じたまま叫ぶ。
「俺は! あなたにこんなことをした者を!
絶対に、絶対に許さないっ! ぜった」
そこまで言った時点で、
彼の首はイナバム王子の剣によって落とされた。
そしてフェデルの持っていた槍で、
落とした彼の首を差して掲げる。
「たいした忠臣じゃないか。
お前が殺したようなものだな」
その背後から、震えながらデフルバ国の兵長が叫ぶ。
「もう、もう十分でございましょう!」
他の兵も泣き声を出す。
「僧侶の虐殺から死者への冒涜、
捕虜へのあまりにもひどい虐待。
すでにもう、我々は後がありません!
必ずや他国から非難を受けることでしょう」
イナバム王子にむりやり連れてこられたデフルバ国の家臣たちは
あまりの惨さにすっかり怖気づき、
この場を逃げ出したい気持ちでいっぱいだったようだ。
それを聞き、イナバム王子は一瞬焦った顔になった。
この先のことなど考えていなかったようだ。
動揺が隠せず、イライラと周囲を見渡した後。
何かを見つけてニヤリ、と笑う。
「……俺にはあれがある」
そう言って、兵に何かを持ってくるように命じた。
しばらくののち、長方形の古めかしい金属の箱が運ばれてくる。
グッタリとしていたアレクサンドが頭を上げ叫んだ。
「そ……れは! 置いてくる……約束ではないか!」
イナバム王子は、”ん?”というように片眉をあげ、
フフン、と馬鹿にしたように笑った。
「俺が約束したのはイン=ウィクタの王だ。
……女王ではない」
世界が静まり返った。
人は怒りが過ぎると、言葉を失うのだ。
裏切る者は何度でも裏切る。
誠実で真摯なイン=ウィクタの者からすれば、
考えられないことだったが
イナバム王子は絶対に守るべき盟約ですら、
やすやすと反故にしてしまったのだ。
イナバム王子はゆっくりと、長方形の箱に手をかける。
何か所か留め金がついており、それの一つ一つを開いていく。
「や……めろ」
アレクサンドがうめき、立ち上がる。
3個めを外したところで、箱の隙間から黒いものが染み出てきた。
「……なんだ? これは」
イナバム王子は慌てて後ずさる。
その黒い液体は粘性を持ち、ねばねばと広がっていく。
そして箱の前で、波打った後、人の形へと変化していった。
箱からは留まることなくどんどん流れ出し、
真っ黒な魔物の数も増えていく。
ウオオオオオオオオオオオオオ
ものすごい咆哮が城に響き渡る。
アレクサンドが立ち上がり、
箱の前の魔物めがけて、腕の鉄球を振り回したのだ。
イン=ウィクタの兵も立ち上がり、
一斉に化け物に向かっていく。
逆にイナバム王子やデフルバ国の兵たちは
悲鳴をあげて逃げていった。
黒い魔物は大きな口を開け、
頭や腕にかぶりついてくる。
血しぶきが飛び、断末魔の声が広がっていく。
しかしアレクサンドは鉄球を振り回し、確実に仕留めていく。
そして元凶である長方形の箱の前に来ると、
ものすごい速さで回転して鉄球を何度も何度も振り回し。
ガキーーーーーーーーーン
ものすごい音を立てて、箱にぶつけたのだ。
箱は、海が展望できるテラスを超え、
海へ向かって飛んでいく。
そしていったん城の外側に落ちたが、
そこは傾斜が強い絶壁であったため、
箱は転がり落ちていき……
ついには水しぶきを上げて、海へと落ちて行く。
イン=ウィクタの秘宝は海へと葬られた。
箱が飛ばされたのを見て、
恐る恐る戻ってきたデフルバ国の兵たちは
中庭の景色を見て震撼する。
中庭はたくさんの死体が転がり、虫の息の者も多かった。
その中で、アレクサンドも絶命していた。
イナバム王子はつまらなそうな顔をした後、皆に命じた。
「死体も生きてる者も、
イン=ウィクタの者はみんな井戸に放り込め。
……今日からここは俺の城だ」
黙々と作業しながら、一人の兵士がつぶやく。
「王子はもちろんだが、
俺たち絶対、まともな死に方しねえな」
しばらくのちの朝、兵士の1人が側塔で死んでいるのが見つかった。
外傷はなく、心臓発作を起こしたかのような死に方だった。
その顔は目を見開き、口を大きく開けており、
驚きと恐怖が混ざったような表情だった。
「どんな恐ろしいものを見たというのだろう」
仲間の兵士は口々に、彼に対して同情していた。
可哀そうに、と。
しかしその後、時間がたつにつれ、
彼らの評価は真逆に変わった。
「最初に死んだあいつが、一番幸せだったな」
彼の死以降、この城で繰り広げられた惨劇は
生き残った人々に計り知れない恐怖と
すざまじい苦痛をもたらしたから。