5ー36 黒獅子王と侵略者
5ー36 黒獅子王と侵略者
「ベルタさんが手紙に書いてたのは、この鏡だわ」
私はそう言って、鏡の前に立つ。
リベリアは鏡面に手をかざし、そっと目を閉じる。
「……そうですわね。確かに、ただの鏡ではありませんわ」
2通目の手紙にあったとおり、鏡の上部には穴が空いていた。
ルドルフは持っていたブックマーカーをそこに挿す。
その先についたブルーカルセドニーの花が揺れる。
鏡にじわじわと、魔除けの力があふれてくる。
これでしばらくは、悪霊を寄せ付けないだろう。
「私たちにも、何があったのか見せてくれるかしら……」
私のつぶやきに答えるように、鏡面が一瞬光った。
しばらくすると、ボヤけていた鏡面が、
だんだん霧が晴れて景色が見えるように
少しずつクリアになっていく。
そこに映し出されたのは……。
そして私たちは、過去に何があったのか知ることになる。
************
鏡面に、古城の中庭が映し出された。
壮年の王が盃を片手に宣言する。
「よくぞ招いてくれた。イン=ウィクタの王よ。
ここに新たな友好同盟を結ぶことを宣言する」
緊迫した両国の関係を緩和するために
この城で開かれた会合の席らしい。
癖のある長い黒髪、銀色の鎧に身を包み
大剣を背負った美丈夫が、爽やかな笑顔でうなずき
たくましい腕で盃をかかげて叫ぶ。
「沿岸国デフルバとの和平を祝おう」
間違いない。彼が”黒獅子王アレクサンド”だ。
終始和やかに進む中、ただ一人、不機嫌そうな者がいる。
先ほどデフルバ王に”第一王子”だと紹介されていた男だ。
小さな目で上目遣いに睨みつけ、
厚ぼったい唇を不満そうに突き出している。
「おい、お前は俺の婚約者なんだぞ。どこを見ている」
第一王子は自分の隣に立つ、
若く華やかな娘に向かって文句を言う。
彼女はなかなかの美人だが、ワガママそうな顔をしていた。
彼女は頬を赤らめ、目を輝かせてアレクサンドを見ている。
「なんて立派で凛々しく、素敵な方なんでしょう」
その言葉に、第一王子はさらに顔をゆがませた後、
馬鹿にしたように言い捨てる。
「あんなの見せかけに過ぎぬ。
俺の“力”を持ってすれば子どものように泣きわめくさ」
************
「げ。こいつ、メイナ技能士なんだ」
私が映像を見ながらつぶやくと、クルティラが苦笑いで言う。
「この時代ならまだ、”魔術師”と呼ばれていたはずよ」
まだメイナが、単なる魔法のように扱われていた時代だろう。
私は嫌な予感でいっぱいになりながら、続きを見続ける。
************
第一王子は歓談中のアレクサンドに近づくと、いきなり。
「イン=ウィクタの王よ。俺とぜひ、手合わせ願いたい」
一瞬静まり返った後、驚きざわめく周囲の人々。
父王が慌てたように叱り飛ばす。
「何を言い出す、イナバム!」
父の怒りを無視して、イナバム王子は続ける。
「最強の武神と呼ばれる貴殿の御業、
ぜひご披露いただけるか」
「私の技など、魔力をお持ちの貴殿に比べれば取るに足りません。
和平の場に戦いは似合いませんので、何卒ご容赦を」
そう言って断るアレクサンド。
「イナバム王子、お控えください」
必死に周りの者が止めるが、彼は言うことを聞かない。
「単なる余興だぞ? 力を隠すとは怪しいな。
和平などと言いながら、攻撃をするつもりだろう」
どうやら普段から、自己中心的で横暴な男のようだ。
メイナを使ってワガママ放題で育ってきたことがうかがえる。
「俺を軽んじるつもりか!」
そう言って激昂する王子をなだめきれず、
侍従たちの懇願するような視線に折れ、
アレクサンドは仕方なく手合わせに同意した。
剣を降ろし、木刀に持ち替えようとするが、
イナバムがそれを見とがめて怒鳴りつける。
「馬鹿にするな! 剣を持ち、全力で向かってこい!
和平を結んでおく価値があることを武力で示せ!」
その言葉に、黒獅子王はうなずき、
中庭の中央へと歩いていく。
「……もともとお前は和平に反対だったが。
相手は武神だぞ?! なんと無謀なことを」
父王にささやかれたが、イナバム王子は鼻で笑う。
「俺にはメイナがあります。見ていてください。
この力で、あいつを足元にひれ伏させてやりますよ」
「うぬぼれるな! その力は万能ではないといったはずだ!」
王子はキッと父王をにらんで言い返す。
「なにゆえ、そんなに臆病なのです?
この力があれば、世界を制することもできるというのに!」
そう言って、すでに待機していたアレクサンドの前に向かう。
……ただし、近くに寄るのは恐ろしかったのか、
剣の手合わせであるのにも関わらず、
遠く離れた場所に立って、侍従に合図を送る。
「では、はじめ」
その瞬間、王子は手を前にかざし、
いきなりメイナの力を行使する。
アレクサンドの動きを封じたのだ。
手足が動かず、片眉をあげるアレクサンド。
「さあ、俺に土下座して命乞いするんだ」
王子はニヤリと笑って、
そのままアレクサンドを地に伏せさせようと……
ウオオオオオオオオオオオオオ
大きな咆哮が闘技場に響き渡る。
黒獅子王と呼ばれるゆえんは、長い黒髪と
戦いの前の咆哮にあるようだ。
王子がビクッと身を震わせた瞬間。
メイナの力が解除された。
その隙を逃さずにアレクサンドは跳躍し、
一瞬で間合いを詰め、背から大剣を抜き取って構える。
ただし、剣は鞘に入ったままで。
イナバム王子はいきなり目前へと飛んできた黒獅子王に驚愕し
とっさに尻もちをついて転倒してしまった。
メイナはただの魔力ではない。
一定の秩序やルールを持った力だ。
それにたとえ全身を拘束できる力を持っていても、
咆哮で集中力を失った瞬間は、無防備極まりないのだ。
歓声が大きく響き渡り、拍手が広がっていく。
「おお! 黒獅子王にメイナなぞ何の役にも立たんぞ!」
「ものともせず、一瞬で圧したぞ! まさに神のごとし強さだ」
そういった声があがり、沿岸国の者も黒獅子王の家臣も
熱狂的にアレクサンドを褒めたたえた。
アレクサンドは刀を背に戻し、みなの声援にこたえる。
その後、次々と人々から失笑が漏れてくる。
王子が顔を赤くしたまま、なかなか立ち上がらないのだ。
まさか腰を抜かしたのか? と人々が思っていると。
そこにスタスタと駆け寄ったのは、王子の婚約者だった。
しかも彼の身を案じたのではなく、
圧倒的勝者であるアレクサンドを激賞しに行ったのだ。
「素敵ですわあ! なんてお強いの!
ねえ、ワタクシと一緒にこちらでお話できませんこと?」
そう言って彼にしなだれかかっていく。
アレクサンドは困った笑顔をみせ、彼女から離れる。
「俺の戦い方は、御国にとっては野蛮すぎたようです。
チェスの勝負で駒を握りつぶすような真似をし、
大変失礼いたしました、イナバム王子どの」
そう言って自分を卑下し、一礼して去っていく。
王子の婚約者は彼を、憧れの眼差しで見送った。
そして振り返り、冷たい目でイナバム王子を見下して嗤う。
「メイナを使ってその程度なの? 情けないわね。
私、男らしい人が好きなのに。
ねえ、さっさと立ち……」
そこまで言いかけて、婚約者は目を見開いた。
イナバム王子が制止する間もなく、彼女は叫んでしまう。
「やだあ! あなた! 漏らしてるじゃない!」
「黙れえええええっ!」
イナバム王子の絶叫が響き渡る。
いきなり目の前に剣を持って迫られた恐怖により、
戦闘経験の無かった王子は失禁していたのだ。
配慮も、思いやりも、分別もない彼女の叫びにより、
集まりつつあった侍従や貴族たちにもそれが伝わっていく。
腰が抜け、歩けなかった王子は
気が狂いそうな羞恥を抱えたまま運ばれていった。
イン=ウィクタ国に用意された貴賓室で、
そして着替えをすませ、うずくまって泣くイナバム王子は
「婚約者がアレクサンドたちの前で、
王子との婚約解消を宣言した」
という報告を侍従から受け、さらに号泣する。
さらに、部屋に訪れた父王からは、さらなる凶報が告げられる。
「もともとお前は国内でも笑い者なのだぞ、イナバム。
すでにお前は、皆からの尊敬も信頼も失ってしまった。
かくなる上はお前を嫡廃し、弟を立太子するしかないだろう」
イナバムは顔もあげず、返事もしなかった。
父王はため息をついて去っていく。
イナバムはゆっくり顔をあげた。
その顔は憤怒と憎悪で満ちていた。
「俺にこのような恥辱と零落をもたらしたアレクサンドめ。
絶対に、絶対に許すものか……」
************
「って、自業自得でしょ」
呆れたように私が言うと、みんなもうなずく。
メイナースが世界を管理する前、法で規制するまでは
メイナを公然と悪用する者もいたらしい。
「それにしても、この男はやっかいね」
クルティラが眉をひそめて言う。
逆恨みは、その人の思考が、理屈を超えているいう証だ。
それに”ほどほどの逆恨み”というのはあまりない。
そこからは、壮絶のひとことだった。
************
鏡の映像は、恐ろしく醜い、
侵略のドキュメンタリーを映し続けた。
父王たちが、さらに周辺国との和平を進めるため、
黒獅子王と共にイン=ウィクタの同盟国に向かった。
その隙を狙い、イナバム王子は兵に出撃命令を出した。
反対し抵抗する宰相を、見せしめにメイナで惨殺。
怯えた兵たちは、王子の言うことを聞くしかなくなった。
そして数々の協定を破り、イン=ウィクタ国を侵略。
イン=ウィクタの同盟国は激怒し、
捕らえておいた父王と王妃、弟王子を人質に警告するが、
イナバム王子はそれを無視して攻撃をやめなかった。
その上、さらに自国の掟にも背き、
イン=ウィクタ国の大寺院を襲ったのだ。
そこにイン=ウィクタの国宝がある、と知っていたから。
黒獅子王がこの国の王に即位した時、
”この命に代えても守りたい”と宣言していたのだ。
「これは危険なものなのです! 前時代の遺産で、
これが再び動くと、世界がまた破滅してしまいます!」
必死で宝には触れぬよう懇願する僧たちを
イナバム王子は笑いながら皆殺しにしていく。
「世界が滅ぶ姿を見なくて済むのだ、感謝しろ」
そう言ってなぶり殺しにしていく姿はおぞましく
味方の兵ですら怯えるほどだった。
そうしてついに彼は、
黒獅子王たちが守護する秘宝を得たのだ。
鏡面に、その”宝”が大きく映し出される。
************
私は思わず叫んだ。
「やっぱり、この城の宝は古代装置だったのね!」
それは、見たこともない形状をしていたが
確かに古代装置だったのだ。