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断罪のアスティレア ~傲慢な王族や貴族、意地悪な令嬢、横暴な権力者、狡く卑怯な犯罪者は、みんなまとめて断罪します!~  作者: enth
組織解体編 ~”君は愚かでつまらない人間だ”なんて降格してきたけど、そのせいで組織が解体されるのは仕方ないわね?~
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5ー35 落花無惨(第三者視点)

残酷な描写が含まれます。ご注意ください。

5ー35 落花無惨(第三者視点)


 ミューナはあの後すぐ、侍女の部屋から逃げ出していた。

 ”ここにいれば安全だ”

 ”外は悪霊や魔物がいるから絶対に出るな”

 と言われたにもかかわらず。


 なぜなら、ミューナは怯えていたのだ。

 ”ルドルフが、ベルタ(あの女)の知り合いだったなんて……”

 悔し気に爪をかむミューナ。


 自分を本気で殺したいと思っているのが、

 ありありと伝わってくる視線だった。

 自分がベルタにしたことを

 知っているのは間違いなさそうだ、

 とミューナは思った。


 それに、ここに残っていても、

 あの団体に深く関わっていた以上、

 結局は皇国に捕まってしまうかもしれない。


「逃げるが勝ち、でしょ」

 そう言ってドアを開け、そっと廊下を見渡す。


「ダメだ! ミューナ! ここから出ちゃダメだ!」

 その前をさえぎって、ストルツは必死に止める。

 しかし彼はもう死んでいるのだ。

 霊感のないミューナにその姿は見えず、

 声も聞こえなかった。


 ストルツは自分の死に気が付いた後、

 泣きながら古城をふらふらと漂っていた。

 しかし部屋に独りでいるミューナを見つけ

 一生懸命に語り掛けていたのだが。


 通せんぼするストルツの体をすり抜け、

 ミューナは左右を見渡す。

 そして、巨大クォーツに未練があったのか

 もう一度主塔の一階に向かうが

 やはり地下へ行くのは怖くなり、戻ろうとする。


 しかしその時、上への階段が目にとまった。

「……あれ? ここ2階があるんだ」

 このまま手ぶらでここを出るのも癪だ。

 それに、他にも巨大クォーツがあるかもしれない。

「一個あるなら、二個、三個あってもおかしくないわ」


 ついてきたストルツは叫ぶ。

「そんなの良いから、さっさと逃げろ!」

 当然無視され、ミューナはウキウキと二階に上がっていく。


 焦ったストルツは周囲を見渡し、ふと思いつく。

 ”そういえば、皇国から来た女の中に一人、神官がいたな。

 彼女なら、俺が見えて、話もできるかもしれない!”

 そしてふわっと姿を消した。


 ************


 ミューナは階段を上がり、キョロキョロと進む。

「なにか、良いもの無いかな。

 そういえばここって、宝が隠されていたってウワサよね」

 シュケル国で生まれ育った者にとって、

 この古城と言えば”呪いと宝”なのだ。


 ミューナは王妃の間へと行き着いた。

「この部屋だけ、格が違うわね!」

 そしてすぐに、王妃の絵画を見つける。


 絶世の美姫を前に、ミューナは気分を害したようだった。

 いつでも自分が一番でないと気が済まないから。

「ふん……まあまあの顔ね」

 そう言いながら視線を下に落とすと……

「何これ、指輪?! 大きいわね、本物かしら?」

 二年前、ベルタが見つけて磨き、王妃の元に戻したあの指輪。

 それがホコリや砂をかぶりつつも、そのまま残されていたのだ。


「すっごおおい! エメラルドに、ルビーじゃない?!」

 つまんで目の前にかざし、大喜びするミューナ。

 思わぬ収穫に大興奮している。


「やったあ。これは私のものよ!」

 そしてミューナは、指輪を指にはめる。

 その指をうっとりと見つめていたが……


 突然ものすごい声で叫び声をあげた。

「痛あいっ! 痛い痛い痛い……」


 ブチッ


 指輪をはめていた指が、千切れて床に落ちる。

「ぎゃああああ!」

 手を血だらけにしてのたうち回るミューナ。


「いやああ! 痛あい! 痛い! なんでなのっ?!」

「その ゆびわは わたし の ものよ」

 後ろで不気味な声がした。


 ミューナが振り返ると、

 そこにはものすごい形相をした女が立っていた。

 その女は豪華なドレスを着ていたが、

 頭の上部は砕けており、首は異常に伸び、

 一部が糸のように細くなっている。

 そして彼女の指も、いくつか無くなっていた。


 ミューナは混乱しつつも、

 もう一度、壁の肖像画を見る。

 絵の中の赤毛の美女とは別の女だった。


 この部屋の鏡にはすでに、ブルーカルセドニーはない。

 だからすでに安全な場ではなく、

 悪霊たちがうろつく場になっていたのだ。


「かえし なさ い……かえせえ……!」

 長く伸び、不安定な頭部をゆらしながら、

 両手を伸ばして女はミューナに迫ってくる。


 ミューナはあわてて、床に落ちた指輪を

 自分の指がささったまま拾い、

 彼女の前につきだした。

「返すわよっ、返すから! 来ないで!」


 女はニタァー……と笑った。

 真っ赤な目が細い三日月のようになり、

 口は耳まで裂けていた。


「わたし の ゆびも あたまも」

「あし も」

「め も」

 えっ? ミューナは目を見開く。

 いつの間にか、周囲を悪霊に囲まれてることに気付く。


 眼をえぐられたように、眼窩を陥没させた女。

 両足を千切り取られ、床を這いずってくる女。

 強い力でねじられたように、体をつぶされた女。


 そんな姿の悪霊たちが、じわじわとミューナへ近づいてくる。


「かえして」

「わたしの」

「かえして」

「来ないでっ! 知らない! ……いやああああああ!」


 他人を軽んじ、利用し、馬鹿にして。

 与えられ続け、奪い続けたミューナ。


 王妃の間に、恐怖と苦痛に満ちた絶叫が響き渡る。


 癒しの花は魔物たちに捧げられ、

 尽きることのない悪意と欲望のために

 無惨に引き裂かれていったのだ。


 ************


「頼む……早く……ミューナを助けてくれ」

 ストルツがそういった瞬間、

 ミューナの悲鳴が遠くで聞こえる。


 アスティレアたちは上へと急いだ。

「血の匂いが2階からするわ」

 クルティラがいうと、リベリアもうなずく。

 ……悲しい表情で。

 すでに手遅れなことに、気づいていたのだ。


 彼女たちが王妃の部屋にたどり着いて見たものは、

 何かに群がっている女の悪霊たちだった。


「何だよ……全員、どんな死に方をしたんだ?」

 頭が半分欠けたもの、目玉をえぐられたもの。

 それぞれが凄惨な姿をしており、

 ルドルフは鳥肌が止まらなかった。


 悪霊の群れはアスティレアたちに気付くと、

 新たな獲物をみつけたかのごとく、

 奇妙な声をあげながらこちらに向かってきた。


 その時、床に倒れるものが目に入り、

 ストルツは声にならない悲鳴をあげた。

 アスティレアも思わず片手で口を覆う。


 悪霊が群がっていたのはミューナだった。


 しかし、ミューナだとわかるのはドレスのためだ。

 頭を強く引っ張られたらしく、

 頭蓋ごと縦に伸ばされている。

 口はあごがはずれるまで大きく開かれ、舌が飛び出していた。

 両腕はねじ切られる寸前で、おかしな方向に曲がっている。


 彼女はおそらく、生きたまま、

 悪霊たちの()()()()を受けたのだろう。

 その死にざまは無惨なものだった。


 うわああああああああ!

 空気をこするような叫び声が聞こえ、

 見るとストルツが号泣しながら

 悪霊の群れに突っ込んでいったのだ。


「ダメよ! ストルツ!」

 アスティレアは止めた。

 この悪霊たちは、ただの恨みを持った霊などではない。

 人の恨みや怒り、呪う気持ちを凝縮し、

 力を持たせたような存在だ。


 案の定、ストルツは手前の霊に頭部をつかまれ、

 引きずり倒されてしまう。


 リベリアがスッと前に出る。

「もう、この腕輪は限界のようですわ」

 リベリアの腕輪は、守護の力を持った腕輪だ。


 この国に着いた時点で真っ黒になっていたが、

 今はすでに酸化したようにボロボロだった。

 それがもう、腕から崩れ落ちそうになっている。


 それを見て、女の悪霊たちはニタァーと笑う。

 そしてストルツを引きずったまま、

 ジリジリと間合いを詰めてきた。


「下がれっ!」

 ルドルフが慌てて、リベリアの前に飛び出る。

 そんな彼に対し、リベリアは優しく、

 ちょっと恥じらうように笑う。


「お気持ち、感謝いたしますわ。

 霊や魔物のたぐいから守っていただくのは……

 赤子の時以来ですわね」

 そう言うと同時に、腕輪をひと撫でする。

 腕輪はとうとう崩れ、砂塵となって落ちて行く。


「あーあ」

 間の抜けた声で、アスティレアが言った。

 ルークスなどは気にも留めず、絵画や室内を見分(けんぶん)している。

 クルティラはルドルフに、下がるように合図した。


 悪霊たちの手が届く前に、

 リベリアから波紋のように光が広がっていく。

 穏やかな、淡く優しい光が、文様を描きながら拡散する。


 悪霊たちの動きが停止し。


 ”キャアアアアアア”

 甲高く乾いた声が、室内に響いた。

 そして悪霊たちの体は焼け落ちた灰のように崩れ落ちていく。


「悪霊が、一瞬で……崩壊したぞ」

 ルドルフがあぜんとした表情でつぶやき、

 リベリアに尋ねる。

「守護の腕輪なんて、いらないじゃないか!」


 アスティレアがしかめっつらで首を横に振った。

「ダメよ。悪霊も魔物もみーんな、大事な”証拠”なんだから」

「それにこの古城の数々の謎を解くのに、

 何がヒントになるかわからないでしょ?」

 大切な証拠やヒントを消すわけにはいかない。


 ルークスも笑って言う。

「リベリアは腕輪で力を制御(コントロール)していないと

 自動的に浄化してしまうからな。その場の、全てを」


 **********


「全部、エルロムのせいだ」

 布でくるんだミューナの遺体の前で

 怒りに震えるストルツ。


 あの悪霊の群れを前に、ストルツは怯むことなく

 ミューナのために報復しようと立ち向かったのだ。

 権威に弱く偉そうで、抜けているところがある男だが

 ミューナに対する愛情だけは本物だったのだろう。


「エルロムが、この古城に執着するから……」

「あなたはいつ、亡くなったの?」

 アスティレアは、ストルツに尋ねる。


「お前らが”行方不明になる”と言って出て行った後。

 ”鏡”を使って仲間の主導者が迎えに来たんだ」

「ええっ?! あの鏡って、

 外国から連れ戻されるだけじゃないの?」

 ストルツは、なんだ、知ってるのか……とつぶやいた後。

「鏡はもう一枚あるんだよ。エルロムの部屋に。

 その鏡に入れば、こっちの鏡から出られるんだ」


 二枚の鏡は通じているのだと知り、

 これで彼らが昨夜、どうやって古城に入り込み、

 抜け出たのか明らかになった。

 アスティレア達は視線をかわす。


「それで?」

 ストルツに続きをうながす。

「エルロムに、俺の霊魂の残り全部を回収されて……

 動かなくなった体は井戸へと放り込まれたんだよ!

 あの野郎っ!」

 エルロムに対し怒り狂うストルツ。

 しかし、自分も今まで同じことをしていたのだ。


 その言葉を飲み込み、アスティレアは尋ねる。

「エルロムが? どうやって?」

 ストルツは押し黙った後、はっ! と顔を上げる。

「……グローブだ。確か、片手にグローブを着けてた。

 あれを背中に押し当てられて……すごい風が吹いて……」


 今度の古代装置はグローブなのか?

 アスティレアは首をかしげる。

 代わりにクルティラが質問する。

「あなたは何故、殺されたの? 口封じ?」


 ゆっくり、ストルツが振り返った。

 その目は血走り、彼自身も怨霊になりかけているようだった。

「違う。そんな理由じゃない。あいつは……」

 そういって悔しくてたまらない、というように顔をゆがめる。

「あいつの髪が痛んでいたから、だよ。

 ただ、髪の艶を取り戻すためだけに殺されたんだよ俺は!」

 毛艶が悪かったから、ストルツを殺し、

 彼の霊魂でシュケルウォーターを作ったということか。


 信じられないというように黙り込む他の者に、

 ストルツは鬼の形相で叫ぶ。

「あいつの、自分の美貌に対する執着は異常なんだよ!

 クォーツも、シュケルウォーターも、

 全部全部、自分のためだ!」


「そんな……」

 二の句が継げないアスティレアに

 ストルツは引きつった笑いを浮かべて言い放つ。

「俺は知ってるんだ。

 あいつ、不老について調べまくってるんだよ。

 シュケルウォーターが大量にあればいいのに……

 なんてボヤいてたから、不老になる力があると思ってるんだろ」


 クォーツも、シュケルウォーターも

 長期保存はできないため、とっておくことができない。

 だから、大量のクォーツを必死で集めていたのだ。

 ……自分自身のためだけに。


「ゆるさない」

 急に女の声がして、全員が振り向くと。

 そこにはミューナが立っていた。

 しかしそこに、かつての美貌や愛嬌はみじんもない。

 頭が細長く伸び、あごは外れ、腕はねじれ。


「すっかり悪霊の仲間入りされたようですわね」

 その言葉を聞き、ミューナはさらに目を吊り上げ、

 リベリアに向かって突進してくる。

 ストルツがミューナの前に立ち、彼女をかかえて叫ぶ。

「ダメだミューナ! 悪いのは全部エルロムだ!

 こうなったのは全部、エルロムのせいなんだよ!」

「わるいのは エルロム……」

 ミューナは反復し、たちどまって動かなくなる。


 すすり泣くストルツ。

「……行こう、ミューナ」

 あいつのところに。

 そうつぶやき、二人の霊は消えていった。



 部屋に沈黙が訪れる。


 相変わらず空気を読まないルークスが声をあげる。

「この部屋は王妃の間だな? ベルタ嬢の手紙にあった」

 その言葉に、アスティレアはハッ! と顔をあげ、

 部屋をキョロキョロと見渡し。


「あった! これだわ!」

 アスティレアたちは、ここ王妃の間で、

 ベルタが手紙に書いていた鏡を見つけたのだ。


 ”ここであった出来事を見せてくれた”という鏡を。


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