14.皇国からの使者(第三者視点)
14.皇国からの使者(第三者視点)
グラナト王子はメイナ事務室のソファーで、のんびり寛いでいた。
久しぶりに愉快な気分でいっぱいだった。
”下等な分際で、良い護符とか持ってんじゃねえよ。さっさと全部渡せ。
国は王家と貴族があってこそだ。俺たちが身を守るのが最優先だろ。
それから、呪われてる服とか、バケモノが住み着いた壺とか結構あるが
町のどっかに捨てることにしたから。
このゴミは、お前らが適当になんとかしろ”
唖然とする役人たちに、通達を出したのは三日前だった。
民衆はあっけないくらい素直にそれを受け入れ
ちょうど2日めだった昨日の夕方、まとめて持ってきたのだ。
また穢れた品の数々も徐々に運び出され、
城からまっすぐ先の公園に全て投げ捨てられた。
回収した護符やお守りには強い威力を感じていた。
すぐに貴族に分配したところ、たちまち邪霊が拡散したとか、
クローゼットの妖魔が飛び出していっただの、
皆にお礼を言われ、王子としても鼻が高かった。
この国の王子、そしてメイナ事務官長としての務めを、
立派に果たした気持ちでいっぱいだった。
”我ながら良い作戦を思いついたものだ。
一度に全て解決する名案じゃないか。
あいつは民衆、民衆とうるさかったから、必ずしゃしゃり出てくるはずだ。
見つけ次第、追放の件が取り消しになったことを伝えて働かせよう。
もちろん王家と貴族のためだけにな。
ゴネたら、なにか指輪とかドレスで機嫌をとって、
それでもワガママを言うなら、民衆使って脅して……”
「さあ、早く出てこい。出てきて働け」
王子がいつものニヤニヤ顔でひとり呟いた時。
ドアがノックされ、王子が返事をすると、
焦った表情の侍従が顔をのぞかせた。
「何事だ」
「皇国から使者が来ました。グラナト王子に謁見願っております」
王子は天国から現実に引き戻される。
「皇国の使者ぁ?!」
”来るのが予想よりもはるかに早くないか?
まだあの女を見つけてないのに、まずいぞ”
激しく動揺し、そのまま固まって侍従に返答ができない。
しかし、必死に気持ちを立て直す。
”でもまあ、あんな女のいうことより、
王子である俺の言葉が優先されるはずだ。
使者くらい、適当にあしらってやるか”
「わかった。すぐ行く。父上は?」
「国王様はお忙しいため、グラナト王子のみで会見せよとのことです」
”逃げたな、父上。なにが忙しい、だ”
グラナト王子は舌打ちし、鼻で笑った。
そして侍女たちに、衣裳部屋より一番上等で見栄えの良い服を用意させた。
************
王子が謁見の間に着くと、すぐに彼の思惑が外れたことに気が付いた。
そこにいたのはただの連絡員などではなかったのだ。
深い青色に、金色の縁取りの制服。腰には逸品と思われる剣を帯刀している。
一目見てわかる威厳と品格。
侍従が紹介する。
「皇国における立法院、上級議員のディクシャー侯爵様であらせられます」
想像以上に格の高い相手に、グラナト王子は言葉を失う。
ディクシャー侯爵は張りのある声で挨拶の言葉を述べる。
グラナト王子は気圧されないよう、精一杯威厳を保とうとし、
ぎこちなく笑った。
「第三王子グラナトだ。貴殿の来国、心より歓迎する。
いささか、いらっしゃるのが早かったようにも思いますが」
ディクシャー侯爵は済ました様子で
「皇国内ではむしろ、出立が遅いと言われております。
実はこちらには昨夕に到着しておりましたが、
その時間では失礼にあたりますので、本日のお伺いとなりました」
”メイナ技能士を追い出されたくらいで、そんな大事か?
……というより、昨夕には着いていたのか。昨日の、夕方?”
グラナト王子の思考を遮るように、侯爵は単刀直入に話を進めた。
「本日は事実確認と口頭質問をさせていただきます。
先日、メイナ技能士 アスティレア様を国外追放したのは事実ですな」
名前に”様”がついていることに驚愕し、ちょっとマズイな、と焦る。
「いや、あれ、おかしいな。ご自分の意志で出て行かれたと聞いているが」
ディクシャー侯爵の顔がとたんに険しくなる。
「時間の無駄となります。事実のみでお願いいたします」
王子はぐっと詰まるが、なめられてはいけない、と語気を強めた。
「俺は知らん。気が付いたらいなかった」
しばらく沈黙の後、侯爵は無表情になった。
やりすごしたか、と思いきや。
「殿下。皇国は時間の無駄を嫌います。
時間の無駄となる嘘を、大変重い罪ととらえます」
だから! と言いながら説明しようとした王子に対し、
伯爵は丸い機械を差し出した。そこから聞こえてきたのは……
「お前は偽物の聖女だ。今日を持って国外追放とする」
グラナト王子は真っ青になって固まった。固まるしかなかった。
「皇国は音声および映像を入手し、その内容はすでに議会で共有されています」
王子は混乱する。誰だ! 誰があの場でそんなものをうつしていたんだ!
「これだけではありません。証言する者はたくさんいます。
すでに裏付けも充分にとれています」
「誰だ!」
今度は声に出たが、答えはなかった。反逆罪で牢屋にぶち込んでやるのに。
そんな王子の考えを見透かしたように
「その者を罰することは、殿下には不可能です。皇国の者ですから」
くやしさと恐怖に震える王子に、侯爵は続けた。
「では改めて確認いたします。
メイナ技能士 アスティレア様を国外追放したのは事実ですね」
王子はやけになって答える。
「ああそうだっけな。 全然役に立たないどころか、
国政のジャマばかりしてたからな! 迷惑だったんだよ!」
侯爵はすました顔で、片眉を上げて答えた。
「聖女ではなかったことが理由ではありませんか?」
「も、もちろんそれもある!」
侯爵はテーブルの上に乗った分厚い書類を手で示した。
「まず、アスティレア様がこちらでした仕事の数々です。
これらは全て、こちらの国王様から任務遂行を認める捺印がされ、
さらに感謝状までいただいています」
”しまった! 実績が事務管理官からつつぬけで、
しかも父上が逐一認めていたか。
父上なんてどうせ、内容の確認もせず、誰かに代わりに捺印させて、
皇国におべっかつかうために礼状なんて代筆させてただけだろうに”
グラナト王子は自身の発言の矛盾を撤回できず、歯ぎしりするしかなかった。
そんな王子に、侯爵は畳みかけるように続けた。
「つまり公的に、任務を十分に果たしていたと立証できます。
さらに聖女をそちらから要求された証拠は皆無です。
そちらが請求なさったのは数々の問題を解決できるメイナ技能士です。
これにも数多くの書面や証人が……」
「わかったよ。それはもうわかった。
でも、いらなくなったから帰ってもらっただけだよ。
うちにはあんなヤツよりも聖なる力を持った聖女がいるんだからな!」
侯爵は黙った。そして口の端にあざ笑うような笑みを浮かべる。
「アスティリア様より、ですか。ふふふ」
「そうだ! 何がおかしい!」
「いえ、それならば、いつ皇国に攻められても安心ですね、この国は」
王子はゾッとする。攻められるなんて、そんな、大げさな。
いや、それもだが、ということはつまり。
あいつ、アスティリアの力は……まさか皇国随一なのか?
続く沈黙。そして、ディクシャー侯爵は静かに宣言した。
「事実確認および質問終了とします。……それではお伝えする」
そして急に声色が代わり、厳しく強い声が室内を響き渡る。
「アスティレア様を偽物と称し名誉を棄損したこと、
および国外追放という国賓に対する侮辱的な行為に対し、
皇国はこの国に対し、強い抗議と非難の意を表明する。
これは広く世界に向け発信された。
貴国には緊急な対応するよう強く要請する」
この国は正式に訴えられたのだ。
よりによって、世界最強の皇国に。
部屋の中にいた大臣は卒倒し、文官や侍従もパニックを起こしている。
もう立っていられなくなり、膝から崩れる王子を無視し
侯爵は退出の礼をし、謁見の間を出て行く。そして。
「そして。最後にお伝えいたします。皇国は嘘が嫌いです。
偽りを述べるものに、皇帝は容赦いたしません。
二度となきようお願いいたします」
************
独りになりたい、何も考えたくない……そう思い、
ふらふらと謁見の間から逃れたクラナド王子を待っていたのは、
追い打ちをかけるような出来事だった。
自室の前に貴族が溢れており、それぞれがみな、怒り狂っている。
「王子! どういうことです?!」
後にしてくれ、と言おうと思い顔を上げると
皆が手にしている護符やお守りに目が留まる。
昨日の夜は、あんなにみんな喜んでくれたのに。
「……効き目が薄れたのか?」
「違いますっ! 効き目が薄れたどころか、
これ、邪霊や妖魔を呼び寄せてるじゃないですかっ」
「何ぃ!? そんなバカな」
そう言って、自分用にとっておいた護符を確認するために
自分の部屋に飛び込んだ。そこで目にしたものは。
壁や天井まで、異臭を放つ茶色い穢れが飛び散っている。
ベッドの上は緑色の液体でドロドロになっており、
その上には名も知らぬ、無数の目玉が浮かんでは消える妖魔が
ぐにゅぐにゅと気持ちの悪い音を立ててうごめいていた。
王子は悲鳴をあげ、貴族を振り切り、ひたすら公園まで走る。
どういうことだ? なんでなんだよ!
公園に着くと、ちょうど出てきた役人をつかまえて尋ねる。
「こ、ここにあった品物はどうした! また城に運んだのかっ!」
ビックリ顔の役人は答えた。
「いえいえ、昨夕、ご到着した皇国の侯爵様が
ちょうどメイナ技能士さんを数人つれていらっしゃいまして。
ぜんぶキレイさっぱり取り除いてくれたそうです」
「な、なんだと!」
失望のあまり膝を着き倒れこみ、こぶしで地面をたたく。
それじゃ、意味ないじゃないか! 作戦が台無しじゃないか!
人目もかまわず号泣する王子。
護符の回収と呪物の運び出しに合わせて、皇国の侯爵一行は到着。
すぐに公園にメイナ技能士を配置し、その厄災を押さえた。
そして貴族が護符の効果を堪能した翌朝から、邪霊や妖魔を”取り除く”。
城までの道の両側を力でシールドし、剥がされたそれらが城へ向かうように。
アスティリアの特別なメイナは、その場を離れても効果を発揮する。
そしてその場にいなくても、
力の持ち主であるアスティリアの思うままだ。
だから伯爵たちの行動に合わせ、護符などの特性を変化させ
”魔除け”から”魔呼び”へと変化させていたのだ。
その結果、取り除かれた邪悪なものは全て、
確実に王族や貴族のもとへと戻っていったのである。
侯爵からの報告を白シギで受けたアスティリアは、ほっと一息ついた。
横でそれを読んでいたリベリアがつぶやく。
「本当にグラナト王子のおっしゃった通り、
追放してもたいしたことになりませんでしたわね。……国民は」
最後までお読みいただきありがとうございました。