5ー34 魂を食う者
5ー34 魂を食う者
ルーカスに厳しく咎められ、
土まみれのミューナは大人しくなった。
私たちはエルロムたちが何をしていたのか探るべく、
地下に向かうことにする。
しかしミューナは連れてはいけないし、
城の外へと送っている時間もないので
彼女をとりあえず、安全な”侍女の間”で待たせることにした。
「この城は以前より、とても危険な場所となっています。
絶対にこの部屋から出てはいけません」
リベリアが侍女の間の鏡に向き合い、
それが放っている守護の力を高めながら言う。
そう言われ、ミューナは不満そうに口を尖らせる。
「だったら、将軍様をここに残していきなさいよ」
「断る。ここから出なければ問題ない」
ルークス本人に要望を瞬殺され、
彼女はふてくされた顔で座り込む。
「じゃ、大人しくしていなさい」
私たちはそう言って、部屋から出て行った。
……生きているミューナを見たのは、それが最後となるのだが。
************
ここに来るまでに皇国が確認したところ、
エルロムたちは自室で宴会をしていた、と証言した。
「そのまま寝てしまい、朝起きたら何人か減っていた。
酔っていてよく分からない」
と口をそろえて言ったのだ。
まさに口裏をあわせた見本のような問答だった、と。
「でもまあ、侵入者は彼らで間違いがないとして
問題は”どうやって城に侵入したか”よね」
「同じく”どうやって戻ったのか”もね」
私のつぶやきに、クルティラが続ける。
************
私たちはすぐに巨大クォーツのところへとたどり着いた。
「……巨大クォーツは無事ね」
巨大クォーツは相変わらず淡い光を放っており、
彼らに盗まれたり、壊されたりはしていなかった。
「普通に考えて、彼らに運び出すのは無理よね。
しばらくすれば、魔物が湧いてくるんだし」
と言いつつ、クルティラが
後ろに立った兵士の悪霊の額を、
逆手に持ったナイフで刺し貫く。
すでに周囲には数多くの悪霊が集まっている。
ほとんど弊害がないのは、
強靭なバリアを張る必要がなくなったリベリアが
”本来の力”で極力寄せ付けないでいてくれるからだ。
「ここに、彼女の遺骨があったのか」
ルークスは膝を落とし、追悼の祈りを捧げる。
それをルドルフは、悲し気に見守っていた。
「あれ? あんなもの、あった?」
私は巨大クォーツの後に鏡を見つける。
私たちはその鏡の前に集まって調べる。
この城にあったと思われる、年代物の古い鏡だ。
大きさは頭から膝が映せるくらいの姿見だった。
私が触れようとすると、
リベリアが眉をしかめて制止する。
「いけません。この鏡は強い呪いを発していますわ」
「あ! じゃあこれが例の”出国してもこの国に引き戻す”鏡だね!」
私はまじまじと覗き込む。
一見、ただの鏡面がぼやけた古い鏡に見えるが。
私は首をかしげる。
”この古城から逃さない”って、どういう呪いだろう。
「誰の呪いかな? この国の王?」
「それなら”さっさと出ていけ~”って言いますわ」
リベリアが笑う。
そうだよね、外国人はみな侵略者だもの。
どういう理由で”ゆっくりしていってね”どころか
”逃がさない”になるのだろうか。
!!!!!!
その時。全員が背後を振り返った。
ルークスが光の速さで剣を引き抜き、
暗闇で一閃させる。
マルミアドイズの赤い刀身が煌めき
真っ黒な何かが崩れ落ちた。
刀を構えたまま、ルークスが言う。
「スピリットイーターだ。……この形状はめずらしいな」
私は目を見開く。これが?!
ストルツたちが押し掛けてきた時に現れた、真っ黒な魔物。
人型だけど真っ黒で、頭部に亀裂が入ったかと思ったら
それが大きな口となり、主導者の頭を噛み千切ったのだ。
「なぜ、人型をしているの?」
妖魔スピリットイーターは通常、
スライム状の体に巨大な口、舌、歯だけの魔物だ。
突如現れ、人を襲うので厄介だが、
動作はそれほど早くないので
姿を見たら逃げることは十分可能な妖魔なのだが。
「……見て。あの足元」
スピリットイータは人型をしてはいるが、
両足の先は長く長く伸び、それは地下にある井戸へと続いていた。
「これは本体ではない。本体は、井戸の中だ」
何体か切り裂いた後、ルークスが言う。
彼が切ったスピリットイーターは、ぐにゃりと崩れ落ちていく。
「スピリットイーターが触手のように
捕食器官を伸ばして攻撃することはあるが、
わざわざ人型になる理由がわからない」
ルークスは眉をひそめる。
この妖魔は口の付近だけ、にゅーんと移動させることができる。
でもそれを、わざわざ人の形にするなんて。
よろよろと移動していた他のスピリットイーターが
その辺に落ちていたクォーツ見つけ、
ガリッと食べているのが見えた。
そして、よだれのようなものを口から垂れ流す。
「飲み込まずに、溶解液を出すとは。
いろいろ仕様を改良されているようだ」
ルークスの考察に、みんながうなずく。
シュケルウォーターを作っていたのは、コイツだ。
そしてコイツは、納品施設の"納品の間”にあった
あの井戸にも潜んでいるのだろう。
「あれに近づく権利があるのは主導者だけだ!」
ストルツが叫んだ、あの井戸だ。
井戸にクォーツを投げ入れ、ガリガリと砕かせる。
それが製造方法だったのだ。
「知らないって怖いわね。妖魔を使って生産するなんて」
クルティラが言うと、リベリアもうなずく。
「怖いのは人の欲ですわ。目先の利益以外
倫理も安全も見えなくなってしまうなんて」
ルドルフが剣でなぎ倒しながら言う。
「ベルタさんの捜索隊を襲ったのも、この妖魔だな」
「ええ」
あの日、捜索兵たちを襲ったのは
このスピリットイーターたちで間違いない。
お宝を探しにここに侵入し、魔物を見て逃げ出したが
妖魔は追って来て、兵たちを頭から噛み砕いたのだ。
あれ? じゃあ、あの時。
ドレスの魔物は何をしていたんだ?
それに、もうひとつ疑問が浮かぶ。
何度も井戸から、新しいイーターが伸びてくるのを見て
私はつぶやいた。こんなにたくさんいるのに。
「今までどうしてこの巨大クォーツは
コイツらに食われずにすんだのかしら?」
その時、唐突に、男の姿が暗闇から染み出てきた。
「わわっ!?」
ビックリしたけど、どこかで見た顔……と思ったら。
その顔見知りの男は、真っ青な顔でこちらを見ている。
「ストルツじゃない!
こんなとこで何やってるのよ!」
私は叫び、彼を後ろの安全な場所へ引き込もうと手を伸ばす。
が、その手をリベリアに抑えられる。
私が驚いてリベリアを見ると、悲しげに首を横に振って言う。
「……もう、亡くなっていますわ」
私は目を見開き、もう一度ストルツを見た。
ああ……! 本当だ。
彼はすでにこの世の者ではなかった。
うっすらとした姿で、それでも一生懸命な声でつぶやく。
「助けてくれ……」
「……何があったの? ストルツ」
ストルツは私の問いには答えず哀願した。
「頼む……早く……ミューナを助けてくれ」