5ー32 城に巣食う邪悪な存在たち(第三者視点)
残酷な描写があります。
5ー32 城に巣食う邪悪な存在たち(第三者視点)
地下への道を探すために城内を探索した団員たち。
彼らはひとり、またひとりと、
かつて自分たちが殺した者達からの報復を受けていった。
被害者はみな、確実に”井戸”へと投げ込まれていた。
そして古城の井戸は、全てが地下で繋がっている。
そのため未だに、この古城の放つ”呪い”から逃れられないでいるのだ。
ここに囚われたまま、嘆き怒り狂いながら
自分たちを殺した者たちが現れるのを、
ずっと、ずっと、待っていたのだ。
************
しかしその中で、自分が殺した者ではなく、
この城に巣食う邪悪な存在に囚われてしまうものもいた。
「巨大なクォーツかあ。いくらになるんだろ?」
そんなことを言いながら、
新入り主導者のデックは、ふと主館の階段を見上げる。
「なんか宝物があるってウワサがあったよな? この古城」
そしてニヤリと笑い、そのまま上への階へと進んだ。
地下なんて行きたくない、そんな気持ちもあった。
自分は出来るだけ安全な場所にいたいから。
他の主導者たちにまかせて、
自分は運び出す時に合流すればよいだろう。
誰かに見つかったら、叱られるかもしれない。
彼は誰もいない場所を目指し、
一気に三階まで駆け上がる。
三階に着くと、廊下の最奥に、
両開きの扉をみつける。
「いかにも特別な部屋って感じだな」
表面には豪奢な彫刻がほどこされ、
入り口にある獅子の置物が、
ただの居室でないことを物語っていた。
彼は宝の予感にかられ、扉を開けて中へと進んだ。
「うわあ! なんだ、この部屋」
古びて汚れてはいるが、調度品も窓の縁飾りも全てが豪華だった。
奥の真ん中に天蓋付きの巨大なベッドがしつらえてある。
「ここは、王の寝室か?」
デックは興奮しながら、キョロキョロと中を歩き回った。
なにか金目のものはないか血眼で探しながら。
「なんだよ。何もねえなあ」
ベッドも確認したが、敷布は濃い茶色に染まり汚らしい。
グシャグシャに乱れ、中央が深く沈み込んでいる。
長年、誰かが寝たきりだったかのように。
うすぐらい室内を見渡し、ここは諦めて、
デックは部屋から出ていこうとした。……が。
背後からしゃがれた声がした。
「……行くな。俺を おいて 行くな」
不気味な声……いや、待てよ。
この声。どこかで聞いたような。
そうだ、鏡で移動する時に、必ず聞こえる声だ。
「何人たりとも、ここからは逃さぬ……」
別に鏡の中に閉じ込められるわけでもないため、
誰にもその意味がわからなかったのだが。
ゾッと鳥肌が立ち、身震いをおこす。
デックは大慌てでドアを開けようとするが
ドアは開かず、ビクともしない。
「なんでだよ! さっきは開いたのに!」
ドンドンドンドン! 強くドアを叩いて叫ぶ。
「誰か! 閉じ込められた! 出してくれ!」
その時、背後で何か気配がした。
おそるおそる振り向くと、
ベッドで誰かが寝ているのが見える。……誰だ?
ゆっくりとベッドに近づくと、
不意に、ものすごい悪臭が鼻をつく。
顔をしかめつつ、ベッドの上を見ると、
そこには王冠をかぶった男が横たわっていた。
手足は腐ってドロドロに溶け、はだけた夜着は糞尿にまみれている。
涙と汚れでぐちゃぐちゃの顔は
骨と皮だけなのに、黒く陥没した眼孔の中で、
濁った白目がうごめいている。
「……助けて くれ。 苦し いのだ」
彼は哀願する。首をわずかに傾けデックの方を見た。
もごもごとしゃべる口からは、蛆がこぼれていた。
「もう 許して くれ……痛みに 耐え られぬ」
「うわあ!」
デックは絶叫して、後ずさる。
足に何かあたり、ふと床を見ると、
そこには腐って膨張した侍女の死体が転がっていた。
「ひい!」
とっさに飛び上がり、あらためて室内をみると。
さっきまでは何もなかったはずなのに。
そこはまさに、地獄絵図だった。
壁に何度も頭を打ち付けて死んだらしい侍従。
みずからの喉を掻き切った兵士。
隅の方で、首をくくってぶらさがっている女もいた。
たくさんの、死体、死体、死体。
「ぎゃああああああああああああああ!」
デックは発狂したように叫び、出口を探す。
そして救いを見つけたかのように窓に駆け寄り……。
窓ガラスに体当たりし、外へと飛び出たのだ。
ガシャーーーーン!
粉々のガラス片とともに、彼は落ちて行く。
そして彼の落下地点には井戸があった。
まるで口を開けて待っているかのように。
デックの体は、すうっと井戸へと吸い込まれていく。
それをちょうど、皆を呼びに来た他の主導者が見ていたのだ。
「誰かが三階から飛び出してきた!」
「あのシャツ、デックじゃないか?」
「そのまま井戸に落ちたぞ!」
主導者たちは中庭に駆け寄り、その井戸を覗き込む。
「誰か! ロープを持って来い!」
ひとりが叫ぶ。主導者たちはあわてて駆け出そうとするが。
「彼はもう無理だ。諦めよう」
いつもと同じく穏やかな調子で、エルロムが制止する。
あぜんとする主導者たちを気にも留めず、
エルロムはじっと井戸をみている。
そして。
ガリ……ガリガリガリ……
「ほら! 見てごらん。彼はもうダメだ」
言葉の内容とは真逆に、嬉しそうにエルロムは井戸に駆け寄る。
井戸の横についたポンプからは、じわじわと水が出てきていた。
エルロムはその水を両手ですくい、
顔面にパシャン、と付ける。何度も、何度も。
「ここのところずっと寝不足なんだ。
いくらあっても足りないくらいだよ」
そう言って、出来たばかりのシュケルウォーターで
顔や首を洗い清めていく。
「さあ、行こうか。
ブラックが地下への穴を開けてくれたから」
ふりかえったエルロムは、神々しいまでに美しかった。
水にぬれた前髪をかきあげ、宝石のような青い瞳を潤ませ。
沈みゆく夕日に照らされたその顔は
同性でも見惚れるほど端麗であった。
仲間を助けようともせず、
その命と引き換えに出来た水で顔を洗い、喜んでいる。
その行動に心の底は冷え込み、狂気に怯えたが
その反面、キラキラと輝く笑顔をみせるエルロムは魅力的だった。
とまどいつつも主導者たちは、
地下へと急ぐエルロムの後に続く。
そんな彼らは、仲間の数がかなり減っていることに、
気付く余裕はなかったのだ。
************
「最初からこうすれば良かったな」
床に穴を開け、ロープを垂らす。
そして2、3人降りたところで、
ここまで丁寧に運んできた鏡をロープで巻いて下におろす。
「慎重にやれ。割れたらお終いだぞ」
エルロムが指示を出し、鏡に続いて下へと降りる。
全員が下へ降り、周囲を見渡す。
「あれを見ろ!」
すると遠くで巨大クォーツが淡い光を放ち、
地下の広い空間、暗闇の中で輝いているのが見えた。
その姿は離れた場所からでも、
容易に見つけることが出来たのだ。
「うわっ、でっかいなあ!」
「なんだ! あの大きさは! あんなの見たこともないぞ」
興奮し、口々に叫びながらクォーツに駆け寄る主導者たち。
エルロムも走りながら、感極まって声も出なかった。
これこそが、自分がさがしていたものだ。
彼は長年ずっと、体全体が一度に浸せるほどの
大量のシュケルウォーターを欲していた。
体をシュケルウォーターでいっぺんに満たすことが出来れば、
人体は完全に”時を止める”ことができるからだ。
************
「エルロム。僕は何歳に見えるかい?」
父にそう尋ねられ、幼いエルロムは答えた。
「オズワルドと同じくらい?」
若い侍従の名を出され、父はおおいに笑った。
「彼はまた20歳じゃないか。僕の年齢の半分も満たないよ」
計算が出来ず、意味が分からないという顔をするエルロムに
父親は声をひそめて教えてくれた。
「実はもう、44歳なんだよ。
僕はあの水で、自分の時間を止めたんだ」
それは不思議な体験談だった。
父がまだクォーツの価値を知らなかった頃。
”こんなにたくさん拾っても、売れないなら意味が無い”
と怒った父は、酔った勢いで、
今まで集めた何袋ものクォーツを全て
側塔にあった井戸へと放り込んだそうだ。
すると井戸から音がしたそうだ。
ガリガリガリガリ……
ガリガリガリガリ……
ガリガリガリガリ……
ものすごい音が響き渡った。
するとみるみるうちに、井戸から大量の水が噴き出したそうだ。
井戸のふちまで、なみなみと。
酔っていたエルロムの父は喜び、
その水を飲もうとして、
うっかり頭から井戸に落ちてしまった、と
「水も一杯飲んだし、いったん沈みきったけど
なんとか上まで浮き上がり、
井戸のふちにつかまることができたんだ。
……そして、それ以来、僕は年を取らなくなった」
そう言って、エルロムの父は静かに微笑んだ。
幼い日に聞いた昔話だったが、
エルロムの心に強烈に焼き付いた。
そして成長し、その美しさを褒め称えられるにつれ、
彼は”自分が特別な人間である”と思い込み、
この美しさを失う日を恐れた。
”この秀麗な姿は、世のためにも保存すべき”だと信じ、
父の体験談を元に、自分も不老になるために
イクセル=シオ団を作り上げたのだ。
しかし、思った以上にクォーツは集まらない。
そもそも保存ができないのだ。
だから大量、もしくは巨大なクォーツが必要だったのだ。
生きている人間のクォーツは長期保存が可能なため
主導者たちの半分の霊魂はとっておいてある。
それでもまだまだだったのだ。
「これで、やっと僕の夢、いや人類の願いが叶う……」
この美しさが何十年も保たれるのだ。
世界にとって、なんという幸福だろう。
巨大なクォーツを撫でながら、
エルロムは万感の思いで涙ぐんでいた。
その時。
……アアアアア……
助ケテクレ……
……オオオ……アアア……
許シテクレ……
暗闇のかげから異形の集団が集まってくる。
それぞれが、非業の死を遂げたと思われる悪霊ばかりだ。
「うわあ! 出たぞ、魔物だ!」
「日没か!」
エルロムと主導者はとっさにクォーツの背後へと集まった。
「嘘だろ! なんて数だ」
実際は、日没に関係なく、ここに魔物が出るのだが、
そうとは知らない団員たちは恐怖と焦りで混乱している。
エルロムが叫ぶ。
「早く、クォーツの後ろに鏡を用意しろ!」
ここまでせっせと運んできた鏡を、
クォーツの背後の壁に立て掛ける。
「一度戻るぞ! 鏡に飛び込め!」
そう言いながら、エルロムが入ろうとした時。
「ぎゃあああああ!」
主導者が悲鳴をあげた。しかし、叫んだ者は怪我ひとつない。
彼の真横に立っていた別の者が、
全身が真っ黒な魔物に、頭部をすっぽりと包まれていたのだ。
ガリッという音がして、
魔物は頭部を噛み千切った。
そしてガリガリガリ……と魔物の口内でかみ砕いていく。
その口からは、血ではなく、
透明な液がしたたり落ちていく。
それを見て、エルロムはこれの正体に気付いた。
この魔物こそ……シュケルウォーターを作り出していたものだと。
その時、エルロムは鏡の横から突き飛ばされる。
「もうイヤだ!」
「俺が先だ! どけええ!」
パニックを起こした主導者たちが
エルロムを押しのけ、鏡に飛び込んでいく。
「お前たちっ!」
エルロムは立ち上がり、自分も鏡に入ろうとするが
主導者たちは誰ひとり譲ってはくれない。
エルロムは怒りでいっぱいになる。
この中の誰ひとりとして、自分より美しい者はいないのに!
この世に自分より、生きている価値のある者などいないのに!
その時、魔物たちの動きが止まった。
そして先ほど主導者の頭を食った黒い魔物が
右側に大きく吹っ飛び、轟音とともに潰されたのだ。
「あ、あれが、”ドレスを着た化け物”……」
主導者のひとりが震える声で言う。
ボロボロのドレスを着て、
鉄球のつながった鎖で、手首をグルグル巻きにされている。
頭部はボコボコといくつもの肉塊が付き、
あごが曲がり、顔面は崩れ落ちていた。
あまりにも禍々しく、恐ろしい姿。
黒い魔物を”破壊”した鉄球をずるずるとひっぱりあげる。
「次はこっちに投げるぞ!」
主導者たちは恐怖で泣き叫びながら鏡へと突進する。
エルロムは冷静に観察していた。
……この化け物、俺たちは眼中にないぞ?
実際、ドレスの化け物はこちらを見向きもせず、
逃げ遅れた魔物たちを次々と潰していくのだ。
……チャンスかもしれない。
エルロムはそう思う、そっと、クォーツに近づく。
そのとたん、ドレスの化け物がくるりとこちらを見たのだ。
そして引き寄せた鉄球を構えて向かってくる。
エルロムは鏡に飛び込みながら思った。
”そうか! この化け物はクォーツを守っているのか!”
だからあの巨大なクォーツは、
クォーツが好物である黒い魔物に食べられること無く、
あの場に残っていることができたのだろう。
鏡から飛び出し、生き残った仲間たちとともに、
自分の部屋でハアハアと息を切らせながら、
エルロムは思った。
”あいつも、邪魔だな”、と。
************
真っ暗闇の中、ストルツは呆然と立っていた。
魔物が出た時、ストルツはみんなの最後尾にいた。
下に降りるのが一番最後だったから。
でも、魔物たちはストルツに見向きしなかった。
彼を素通りし、別の主導者たちに向かっていったのだ。
どうしてだ? どうして、俺は襲われない?
ドレスの化け物が現れ、みんなが鏡へと飛び込んでいく。
ストルツも戻ろうと、鏡に向かって衝撃を受ける。
自分の姿が映っていないことに。
彼はそこで理解した。
なぜみんなが自分を完全に無視するのか。
彼はすでに、死んでいたのだ。