5ー31 悪因悪果(第三者視点)
残酷な内容が含まれます。
5ー31 悪因悪果(第三者視点)
「ホントに誰もいないな」
主館を覗き込んだ主導者のひとりがつぶやく。
16時より前に、皇国兵は完全に古城から撤退していた。
もちろん見張りなど残してはいない。
夕方以降に、この魔物が巣くう城へ忍び込むような、
愚かな奴がいるわけがないから。
彼らはバタバタと主館の廊下を移動し、
地下への入り口がある主塔一階まで一気に進んだ。
しかし石材で封じられた地下への穴を見て困惑してしまう。
「なんだよ。これじゃ、誰も行けないだろう」
地下は、悪霊の数も問題ではあるが、
何より、尋常ではない力を持った”ドレスの魔物”がいるのだ。
あれに太刀打ちできる者など、ごく一部の人間だけだろう。
例えば最強の盾と矛を携えた神霊女王か、
”皇国の守護者”と呼ばれる将軍か。
皇国はそう判断し、入り口を固く塞いだのだ。
「……どこからか下へ行けないか、みんなで探そう。」
時間がないこともあり、主導者たちはいっせいに散らばる。
************
「地下へ行けそうなところ、か。めんどくせえなあ」
廊下を歩きながら、主導者のひとりであるピートがつぶやく。
日没までは一時間もないな……そう思い、外を見ると。
主塔の二階の窓から、誰かがじっとこちらを見ている。
「……誰だ? どっかで見た顔だな」
あんな主導者、いたっけ? どうして、あんな所にいる?
地下へのルートを探すのに、二階に行く奴がいるかよ。
憤慨しながらもしばらく歩き、ふと横を見ると。
中庭に面した窓から、さっき二階にいた男が
こちらを覗くように立っているではないか。
「うわっ! ……何だよ、もう」
誰だっけ? 名前は思い出せないけど、確かに知っているヤツだ。
「なんで外に出てるんだよ。さっさと地下への入り口を探せよ」
ピートがそう言っても、相手は無表情のまま返事もしない。
時間が無いのだ、ほおっておくか。
そう思い、ピートは先を急ぐ。
しかし数歩歩いて、立ち止まる。待てよ?
さっき、主塔の二階にいた奴が、なんで中庭にいるんだ?
この広い古城の中、あの短時間でいける距離じゃないぞ?
「……別の奴を見間違えたのか」
そうつぶやいて、また歩き出そうとした瞬間。
向こうから、あの男がよろよろと歩いてくるのが見えたのだ。
相変わらず無表情の青白い顔で。
ピートは一瞬、ビクッと体を震わせたが、
驚いたことを恥じるように、威勢の良い罵声を浴びせる。
「何やってんだよっ! こっち来るなよ! さっき……」
中庭にいたよな、といいかけて、息を飲む。
前方には、中庭から主館に入れるドアなど無い。
恐怖にかられて、じりじりと後退するピート。
あいつは……誰だ? 誰だっけ?
混乱したピートは、すぐ横の部屋に飛び込んだ。
そこは何に使っていたのか分からないが、
使用人の部屋のようだった。
物が散乱しており、崩れた壁のせいか空気が埃っぽい。
しばらく男が通り過ぎるのを待った。
そしてドアノブに手をかけ、恐る恐るドアを開けてみる。
……廊下には誰もいなかった。
「なんだよ、気のせいか?」
そう言いながら廊下に出ようと一歩進んだ瞬間。
目前に、その男が立っていた。
血の匂いと冷気が顔面に広がり、ピートは後ろに飛び下がる。
男はゆらゆら体を揺らしていた。
そして悲し気に周囲をゆっくりと見渡す。
それを見てピートは震えが止まらなくなる。
男の頭部は前面半分のみを残して、
後ろ側は切り裂かれたように削れていたのだ。
男はピートに向き直ってつぶやく。
「……出られ ない ん だよ」
「うわああああああ! 誰か来てくれえ!」
バターン!
ピートは叫び、反射的にドアを力いっぱい閉める。
そして室内を見渡し、クローゼットと思わしき場所に入り込む。
ここで誰か助けに来てくれるのを待とう。
エルロム様でも、主導者の誰かでも、
なんなら皇国兵だってかまわない。
そしてクローゼットの中で、膝をかかえて震え続ける。
あいつは、誰だ?
どこかで見た顔なのに、思い出せない。
その時ふと、あの男の服を思い出す。
着古した、流行遅れのスーツ。あれは。
地味だが真面目な男だった。
イクセル=シオ団に入団してから、きちんとノルマを達成し
地道にもくもくと作業をこなしていた。
最初は気にも留めなかったが、彼の階級が上がるにつれて
その律義さや正義感が鼻につくようになった。
だから、主導者たちでイビリ回し、酷く虐げたのだ。
仕事の邪魔をし、他の団員との交流を妨げ、
”無能”だの”低級”だの、女性たちの前でわざと貶めた。
苛め抜かれ、最下級まで落とされた彼は、
怒り狂って退団していった。
”国に帰る”、と吐き捨てるように言って。
しかし、組織の内幕を
ある程度知ってしまった上級の団員は
”鏡の間”で儀式を行うため、
決してこの地から逃れることはできない。
逃げても、必ず戻されるのだ。強い呪いの力で。
ピートはやっと理解し、頭を抱えてつぶやく。
「……思い出した。戻ってきたあいつを
みんなであの井戸に落として……」
「殺した」
耳元で返事が聞こえ、ピートは飛び上がる。
いつの間にか男は、ピートの隣に座っているではないか。
半分だけの頭で、恨めしそうにピートを見ている。
声にならない叫びを上げて、
ピートはクローゼットから飛び出そうとした。
しかし、どんなに扉を押しても開かないのだ。
さっきは扉が取れそうなくらい、脆い状態だったのに。
「せっかく 国に 帰った のに ここに 戻され た んだ」
泣き声で呟きながら、ピートにすがりついてくる。
「やめてくれ! 俺のせいじゃない! 鏡だよ、鏡の呪いなんだ!」
背中にぴっとりと張り付かれたピートが絶叫する。
彼の後ろで、男はつぶやき続ける。
「もう ここ からは 出られ ない ん だよ」
「もう ここ からは 出られ ない ん だよ」
「もう ここ からは 出られ ない ん だよ」
そのうち、ピートの声もしなくなり、
室内は静寂で満たされた。
彼らはもう、どこにも行けないのだ。
************
「あーあ、計画通りなら、
今ごろあの皇国の女たちは俺たちの玩具だったのになあ」
ベテラン主導者のベルグはニヤつきながらもぼやく。
「三人とも、見たこともないほど上玉だったもんなあ。
みんなで使い回しても、しばらくは楽しめそうだったのに」
その後ろを歩くハンスも残念そうにうなずく。
彼らは主塔の一階から中庭の裏に回り、地下への道を探していた。
今まではたいてい、上手くいっていたのだ。
自意識の高い、”人とは違う生き方”をめざす娘を
他国から勧誘し、最初はチヤホヤしておく。
そしてある程度、階級があがったら、
最下級に落として追放するのだ。
彼女たちはプンプン怒って出て行く。
しかし、すぐに戻ってくる。
「最下級の男はすぐに井戸に突っ込んでやったけど、
女にはみんなで突っ込んでやってさ、
しばらく楽しんだよなあ」
そう言って、ニヤニヤしながら穢らわしい思い出に浸る。
中庭の隅には井戸があった。
「ここにも井戸があるぞ。……井戸が多い城だよな」
「……なあ、そういや井戸って下に通じてるよな?」
「確かに。枯れ井戸なら行けるか?」
そう言って、二人で井戸を覗き込む。
井戸の中は真っ暗だった。
「結構、深そうだな」
「何か落としてみるか?」
そういって、側にあった小石を投げ込んでみる。
水音は聞こえず、かといってカツンと転がる音もしない。
静まり返ったままだった。
「……ま、降りる気にはならんな」
「地下の部屋に繋がってるとは思えないしね」
そう言って、二人は井戸から離れた。離れようとした。
最初は服が絡まったのだと思った。
しかし彼らを抑えていたのは、白くて長い、女の腕だった。
井戸の地下から伸びる、細くて長い、青白い、二本の腕。
その細い指が、しっかりと彼らの手首をつかんでいたのだ。
「うわああああああ! 化け物だあ!」
「何故だ!? まだ日は沈んでないんだぞ!」
そう叫びながら、手を振り切ろうと死に物狂いて暴れまわる。
しかし腕は彼らをつかんで離さない。
そうして彼らの体はジリジリと、井戸のふちを乗り越え、
二人とも中へと引き込まれていく。
「離せえ! 嫌だあ、やめろ!」
「誰か、誰か来てくれえ!」
大声で騒ぎまくるが、その体はもはや落ちそうだった。
恐怖にかられながら、井戸の奥を凝視する。
何メートルにも伸ばされた2本の腕の先。そこには。
青白い女の顔が見えたのだ。
真っ赤な目を大きく見開いて、大きく裂けた口は笑っていた。
そしてその血まみれの笑顔が、だんだんと近づいてくる。
ベルグは記憶が一気に蘇った。
「ジョアンナ!」
その顔は、先ほど話していた、
みんなでさんざん使い回した挙句
口封じに井戸へ投げ込んだ女性のひとりだった。
「ゆ る さ な い」
彼女の口は動かない、しかし声が聞こえる。
深い怨嗟の声が。
「やめろやめてくれ! あれは命令で!」
ハンスが泣き叫びながら言い訳する。
その言葉に、一瞬、女の視線がハンスのみに移った。
ベルグはそれに気づき、ハンスの体をつかみ、
井戸の底に向かって押し投げる。
「?! ベルグゥ! きさまあああ!」
ベルグをつかんでいた腕が離され、ハンスの声が遠ざかっていく。
そして井戸の深い場所で、男の悲鳴や泣き声が響き渡った。
ベルグはそれを背中で聞きながら、
這うように井戸から離れていく。
はあはあと荒い息をしながら、ベルグは座り込む。
「……助かった」
ハンスに対する贖罪の気持ちなど、欠片もない。
うまくやった自分を褒めてあげたいくらいだった。
「……ふふふ。……ははは」
なんとなく笑いが込み上げてくる。
「なにが おかしいの?」
可愛らしい娘の声がした。
振り返るとそこには、数人の娘たちが笑っていた。
中庭にあるあちこちの井戸から、胴や首を長く伸ばし
蛇のようにベルグの周囲を取り囲んでくる。
彼らが殺した女は、1人や2人ではないのだ。
彼女たちは長く伸びた真っ白な体や手足をくねらせ、
うねうねと動き回る。
べちゃべちゃと濡れた髪の毛から水を滴らせながら。
そして震えて動けないベルグの顔の前で、
さかさまになった女の顔が、舌を長く長く伸ばして笑う。
「あ たしの こと おぼえ てる?」
「……メ、メリダ、か?」
そのとたん、女の目があり得ない角度で吊り上がり、
歯をむき出しにしてベルグの肩にかじりつく。
「ぎゃあああ!」
叫ぶベルグに、別の女が笑いながら言う。
「まち がった わね。
ころした おんなも おぼえてないの?」
そうしてベルグは全員に問われ続けた。
わたしの なまえは?
わたしに なにをした?
どうやって ころした?
なぜ、わたしを こんなめに あわせた?
不正解でも、たとえ正解を答えても、
ベルグの体は少しずつ削り取られていく。
それでもベルグはなかなか死ねなかった。
最後には、自分が死んだことに気付くこともできずにいた。
彼女たちの復讐も、ベルグやハンスの恐怖や痛みも、
おそらく永遠に終わらないのだ。