5-28 ベルタ嬢2通目の手紙(1)
5-28 ベルタ嬢2通目の手紙(1)
皇国兵が主塔で、ベルタさんの2通目の手紙を見つけたのだ。
「将軍がすぐに、アスティレア様に渡せ、と」
私は念のため確認する。
「宛名は?」
「え? えーっと、ルド…」
皇国の伝令兵がそれを読み終わらないうちに、
ルドルフが俺だ! と叫んで飛びついた。
手紙の内容が気になる様子のエルロムを退出させ、
私たちはソファーに座りなおした。
ルドルフは開封しようとするが、手が震えて出来ない。
リベリアがそっと手を出し、言った。
「お任せくださいな」
大きく肩で息をした後、ルドルフは手紙を渡す。
受け取った手紙は分厚かった。リベリアはつぶやく。
「……もはや一冊の本ですね」
************
ルドルフ様。
一通目をあの部屋に置いたまま、
取りに行けない状況になりました。
もしそちらを読んでなかった時のために
”前回までのあらすじ”風にお書きしますね。
~主人公はエルロムたちに無実の罪で断罪され、
階級を最下級まで落とされた。
そして国王や両親に報告すると言ったため
焦った彼らによって、古城に閉じ込められたのだ。
しかもその古城が呪われている、という噂は本当だった。
夜になると大量の魔物が闊歩し、叫び声をあげていた。
でも主人公は無事だ。
なぜなら優しい二人の幽霊さんが、
早めに、安全な場所へと避難させてくれたから~
とまあ、これが一通目に書いた内容だったと思います。たぶん。
今回は、その後どうしたか、です。
昼過ぎには彼らの迎えか、両親が探しに来るはず。
そう思い、私は一通目の手紙を書いて過ごしました。
書き終えて、まだちょっと時間がありそうだなと気付き
ならば本を読もうと、書架のある部屋に行きました。
スキマ時間があったら読む。
これは本読みのサガですね。
たくさんの貴重な古書を前にウットリしていると
親切な子どもの幽霊さん、ライオネル君が立っていました。
そして一冊の本を指差し、こちらを見ています。
「これがオススメってことかしら?」
大昔の絵本かしら、などと思って手に取ったら、
それは大間違いでした。
それは”黒獅子王アレクサンド”という人物の、
経歴や業績について書かれた本だったのです。
どうやら彼が、ここの王に即位した際、
記念にまとめられたもののようでした。
私は夢中で読みました。
単なる人物伝ではなく、それは立派な”物語”に思えました。
一介の名も無き兵士が、努力と才能、強い意志によって、
どんどん力と地位を得ていく話なのです。
彼は軍神のように強く壮麗で、気高く、愛情深い人でした。
多くの忠臣に恵まれ、将軍となり、ついには、
”紅玉姫”ヴァレリアという絶世の美女を妻に迎えます。
愛の証として彼女に素晴らしい指輪を贈り求婚。
彼女は感激の涙を流し、彼の求婚を受けた……ですって。
指輪が嬉しかったのか、求婚が嬉しかったのか、
恋にも結婚にも縁遠い私には謎ですが。
”王子ライオネルが生まれ、幸せに暮らしている”
その本は、そこで終わっていました。
夢中で読んでいたら、廊下を歩く足音が聞こえたので飛び出ました。
この機会を逃すと、また夜を迎えなくてはならないのです。
「私はここに……」
そう叫んで部屋から飛び出た私の前にいたのは。
私をここに閉じ込めた主導者たちでも、
両親が私を探すために派遣したお迎えでもなく。
長い槍を持った、首なしの騎士が立っていたのです。
私はショックを受け、立ち止まりました。
************
「なんということだ! 廊下の魔物に遭遇したのか!」
ルドルフが頭をかかえて叫ぶ。
「落ち着きなさいルドルフ。この手紙を書いているのよ」
クルティラが冷静につっこむ。
あの恐ろしい魔物に遭遇したなら、
おそらく生きてはいられないだろう。
無事だったことに間違いはない。
リベリアは口元に笑みを浮かべ、続ける。
************
頭が無いから何も見えないだろうに、
どうやってここまで来れたのかしら……
私はそう思い、驚きで動けませんでした。
すると耳元で声がしました。振り返ると、
もう一人の親切な幽霊さん、マリーが立っています。
そして手の平を上にし騎士に向け、私に紹介するように言いました。
「……フィデル」
ああ、お知り合いなのですね。
顔がなくてもわかるくらいの。
見えてはいないかな、と思いつつ
私はフィデル様にカーテシーで挨拶しました。
するとフィデル様は、胸に手を当て一礼したのです。
幽霊になると、目が無くても見えるものなんですねえ。
ではきっと、”ほとんど何も見えなくなったわ”と嘆いていた
亡くなったおばあ様も
今ごろ景色や観劇を楽しめているのでしょうか。
そんなことを考えていたら、頭上で声がしました。
「マリー、×××××……」
マリーの名前以外は分かりませんでしたが、
声の主はなんと、槍の先に刺さった男性の首でした。
「まあ! あれはどなたの首かしら!」
私がそう叫び、マリーにラティナ語の単語で”誰?”と尋ねました。
2歳児並みの語力ですが、なんとか通じるものです。
彼女はあの首が、フィデル様自身のものだと教えてくれました。
私はふたたび絶句しました。
なにゆえに、自分の首を槍に差して、
自分で運ぶことになったのでしょう。
まったく訳がわかりません。
「それはおかしいですわ、
ちょっとお待ちになってください」
私は大慌てで部屋から椅子を持ってきて、
体を出来る限り伸ばし、頭部を槍の先から外そうとします。
私の意向を察したのか、
フィデル様はご親切に槍を傾けてくれました。
私はチビなので、そのお気遣いはとても助かりました。
それまで男性の首を持ち上げたことがなかったので、
持ち方がわからず、私はおっかなびっくり取り外しました。
そして椅子の上に立ったまま、首をあるべき位置に置きました。
「これで良し。首はここでないと」
その時、正しい位置に戻った首の
フィデル様の口元がほころびました。
良かった。ご本人も満足そうで。
しかし、目は固く閉じたままです。
私は椅子から降り、マリーに尋ねました。
「彼の、目は?」
とたんに彼女の顔は泣きそうになり、首を横に振るだけでした。
元々盲目ならば、騎士にはなれなかったでしょう。
謎ですが、私はそれ以上、聞くことができませんでした。
その時。主館の入り口が騒がしくなりました。
あの騒々しさ、けたたましさ、下品さ、行儀の悪さ。
間違いなく、主導者たちでした。
マリーとフィデル様は、ふっとかき消えました。
「おー、いたいた」
「反省したか?」
ニヤニヤと近づいてきます。
私は後ずさりしながら言いました。
「とにかく、家に帰ります。
これ以上戻らないと、本当に大変なことになりますわよ」
まあ、戻っても大変なことになるでしょうが。
それは彼らにもわかっているようで、
「じゃあ、昨日言っていたことは取り消すってことだな?」
「国王や親に言いつけたりせず、
これまで通り、イクセル=シオ団が運営できると約束しろ」
私は口をつぐみます。
そんな約束するわけはないし、かといって嘘を付くのも嫌でした。
まあ、待遇を上げてくれるなら考えても良い、
くらいにしておくかな。そう思ったら。
ここから書くのは、正直辛いことになります。
ルドルフ様を不快にさせてしまうかもしれません。
しかし彼らがどれだけ悪人で、腐った性根の持ち主なのか
どうしてもお伝えしておきたいのです。
主導者の中の、一番偉そうな人が前に出てきて言いました。
「ここで、”はい、取り消します”なんて言われても
誰も信じるわけないだろ。
外に出たらアッサリ裏切るに決まってる」
「まあ、そうだよな」
他の主導者もうなずきます。
そしてその人は私をニヤニヤと横目で見ながら、
とんでもなく卑劣なことを言ったのです。
「だからさ、”女が人に言いたくないような”
目にあわせればいいんだよ」
私は血の気が引く思いでした。
察しの悪い、主導者になったばかりの人が尋ねます。
「えっ? ニール、言いたくないようにって?」
偉そうな主導者の言葉を理解した者たちは、
軽薄で下劣な笑みを浮かべながら、私に近づいてきました。
「嫁入り前の娘が、古城でいろんな経験をしたなんて、さ」
「ひひひ、そりゃ言えねえよなあ?
”最下級の仕事は皆さんのお相手をすることです”なんてな」
察しの悪い主導者は理解し、ちょっと引いたようでした。
「え、マズくないか? バレたら死罪かも……やめたほうが」
「じゃあ、お前は見てろよ、ストルツ。どのみち共犯だけどな」
「!? な、なんだよ、共犯だって言うなら俺だって」
そう言って結局全員が、
口々に卑猥な言葉をあげながら、じりじり寄ってきます。
私は走り出しました。
主館の出口とは逆方向と知りながら、
奥の主塔めざして駆けていったのです。
「逃すな! 捕まえろ!」
彼らも走り出します。
のろまな私なんて、すぐに追いつかれてしまう。
と、思いきや。
ガシャーン
「うわああああああ!」
「なんだあ!」
私のすぐ後ろで、大きな音と、彼らの叫び声が聞こえました。
思わず振り返ると、彼らと私の間に、
廊下で散乱していた家具や絵画が山積みになっているのです。
「な、なんで机が飛んできたんだ?!」
「うわっ、誰だ、後ろに引っ張るのは」
「ちょっと待ってくれ、足に何か刺さってる!」
彼らの叫び声を聞きながら、私は走りました。
さっきまでものすごく腹が立っていたけど、
今は喜びと感謝でいっぱいでした。
間違いなく、彼らが助けてくれたのです。
ライオネル、マリー、そしてフィデル様。
私は主塔に駆け込むと、私はその入り口のカギを閉めました。
そこで息を切らしながら、追ってくる足音が聞こえないか、
耳をそばだてていました。
しかし、彼らの声も足音も聞こえません。
私はふーーーっと息をつき、座り込みました。
もう、ノドはカラカラ、お腹はペコペコでした。
昨晩、鞄の中にあったビスケットは食べてしまったし、
小瓶の水も飲み干してしまったからです。
「……何か飲みたいわ」
空の小瓶を眺めながら、思わずそう呟くと、
ふいに上の方から、マリーが私を呼ぶ声がしました。
主塔の二階へと上がる階段の上の方で
マリーが手招いているのです。
彼女を追いかけて階段をあがると、
マリーは本館の廊下の途中で、私をさらに手招いていました。
なんだろう、と思って彼女のところに行くと、
そこの窓は打ち破られ、
外から木の枝が室内へと生え込んでいるのです。
そして、その枝には!
たくさんの熟したプラムがなっているではありませんか!
「まあ! これ、いただいてよろしいのですか?」
言葉がわからなかったのか、マリーは首をかしげ
赤い実を指さし、次に自分の口を指し示しました。
おそらく、食べてみて、と言っているのでしょう。
もちろん、いただきました。
これまで食べたものの中で、一番美味しかったです。
完熟したプラムは、甘くて爽やかで、果汁がたっぷりで。
ノドも潤いつつ、空腹も満たしてくれたのです。
じゅうぶん満足した私は、彼女にお礼を伝えました。
マリーはそんな私を、嬉しそうに見ていました。
私は外を見ました。どうやら日没まで、あと数時間のようです。
さあ、なんとかここから逃げないと。夜になる前に。
私は本館2階の廊下を進みました。
窓から木をつたって抜け出ることはできないか、
覗き込んでみましたが、
プラムの木のふもとにたどり着いたとしても、
その小庭は高い城壁に阻まれ、万事休す、のようでした。
「あら? でもあそこに井戸があるわ。
……行ってみる価値があるかも」
先ほどまで私は、”砂漠の戦士ガドラン”に出てくるミイラのように
干からびかけていたので、
水を確保するのは重要なことに思えたのです。
しかし私がカタコトのラティナ語で”井戸”と言ったとたん、
マリーが両手を口に当て、激しく首を横に振りました。
「井戸、ダメ、危険」
向こうもカタコトのラティナ語で伝えてきます。
何が危険なんだろう、とは思いましたが、
マリーは絶対に私の味方ですから、
私は井戸に向かうのをやめました。
私は別の脱出口を探すべく、先へと進みました。
本館の2階の奥まで来ると、マリーは立ち止まりました。
そして、とても悲し気な顔で、その部屋を見ています。
私はその部屋に入りました。
そこはとても豪華で、特別な部屋だったことがわかりました。
全ての作りや家具が、他の部屋とは違うのです。
そして何があったのかはわかりませんが、
荷物が散乱し、いろんなものが壊れていました。
ふと壁を見ると、そこにはものすごい美女の絵が飾られていました。
流れるような赤い髪は王冠が飾られ、
大きな明るいグリーンの瞳と、赤い果実のような唇。
豪奢なドレスをまとった彼女は、女神のような美しさでした。
私は気付き、叫びました。
「この部屋、”紅玉姫”ヴァレリアさんのお部屋だわ!」