5ー26 鏡の通路(第三者視点)
5ー26 鏡の通路(第三者視点)
ミューナ断罪の前、エルロムは自室で、
仲間の主導者たちを集めて指示を出していた。
昨日、城に行ったストルツたちがいまだに帰って来ない。
彼らは皇国が調査を始めたことなど知らないのだ。
もし、皇国籍を持つ彼女たちに対して
彼らがさらなる犯罪行為を犯していたら、
致命的な失点となる。
「時間がないから手短に言うよ。
僕が広間で、皇国の注目をこちらに集めているその隙に
君たちは城へ行って、連れ戻してきてくれ。
できれば、彼女たちも一緒に」
主導者たちはうなずく。
アスティレアたちを先に拉致し、その存在を隠すことで
皇国に余計なことを言わせないためだ。
「納品施設を通って城に行くルートは、
施設の入り口に皇国兵の見張りがいるからダメだ」
そして彼がいつも自分を見つめている”鏡”を指さす。
それは全身が映れるくらい大きな姿見だった。
「……ここから行くしかない」
この鏡は一見普通の鏡だが、手を伸ばして鏡面に触れると
するりと吸い込まれ、そのまま中に入ることが出来る。
「何回通っても不思議な感じがするなあ」
最初に足を踏み出した1人がつぶやく。
それを見ていた、最近新しく主導者になった男が
「この鏡、あの城から持って来たんですよね?
どこに繋がってるんですか?」
と尋ねる。エルロムは優しく教えてあげる。
「鏡の間だよ」
鏡の間の鏡は天井の片隅にとりつけてあった。
「だから、足を踏み出したらそのまま下に落ちるからね。
着地には気を付けて」
納品施設の天井は右側が勾配天井になっており
だんだん低くなっている。
それでも1.5mくらいの高さから落ちることになる。
「そこから出たら、鍵を使って城に向かうんだ」
ディクシャー侯爵には”カギは無くした”と言ったが、
もちろん無くしてなどいなかった。
そして縄梯子を鏡にたらす。
誰かが戻ってくる予定がある時は、必ずこうしておくのだ。
「さあ、急いで」
************
そしてミューナの断罪や皇国対応を済ませ、
エルロムも自室から鏡の間へ向かったのだが。
そこには顔面蒼白の主導者たちと、
怯え切ったストルツ、そして動く首なし死体があった。
「なんだ! これは!」
エルロムはピクピクと動く首なし死体を見て叫ぶ。
「ニールですよ。化け物に頭を食われたって。
ベンとライフはそれぞれ別の化け物に殺されたそうです」
「化け物だと……?! 本当にいるのか……」
エルロムのつぶやきを聞き、ストルツは急に喚き始める。
「いたよ! ものすごい化け物が!
それもウジャウジャいて、襲って来たんだよ!」
迎えに行った主導者が言う。
「俺たちが行った時には、何もいなかったけど、
それを聞いて怖かったから急いで戻りました」
考え込んだエルロムは、はっ! と顔を上げる。
「彼女たちとルドルフは?」
「部屋から出て行ったよ。”行方不明にならないと”って言って。
そうだ、ルドルフ! あいつ、ベルタの知り合いだったんだよ!」
その場の空気が凍り付く。
「なんだと?」
エルロムがしゃがみ込んでいるストルツの顔を覗き込んで言う。
「あいつが、ベルタの知り合いだと?」
「そんなわけないだろ、あいつ、間違いなく皇国の兵だったんだぞ」
「どこで知り合ったんだ? 接点ないだろう」
主導者たちは激しく動揺する。
「みんな静まれ。詳しく説明しろ、ストルツ」
ストルツは知っている限りのことを話した。
どうやって出会ったかは知らない。
でもルドルフは、ベルタの受けた仕打ちを心の底から激怒していた。
「何回、殺されるかと思ったよ。
いや、絶対に俺たち、あいつに殺られるよ!」
面倒な相手が増えたな。エルロムは頭を抱える。
「エルロム様っ! 最高主導者様に会わせてくれ!」
ストルツは泣きはらした顔で叫ぶ。
そしてニールの死体を横目で見ながら身を震わせる。
「俺は、こうはなりたくない!」
「わかった。わかったから落ち着け、ストルツ」
どういうことだ? と他の主導者がストルツに尋ねようとするが、
エルロムは急に大きな声でみんなに指示を出した。
「全員、急いで戻れ! ベルタ嬢の件について、
出来る限り証拠になりそうなものを隠ぺいしろ。
団員にも緘口令を布くんだ。
彼女に関する話をしたら、初級に戻す、と言え」
主導者たちは大きくうなずき、いそいそと縄梯子を登っていく。
最後のひとりに、エルロムは声をかける。
「王妃様からの連絡が来たら教えて。
彼女が頼みの綱だ」
鏡の間には、エルロムとストルツだけになった。
「……お願いします。早く、最高主導者様に……」
泣き崩れ、背中を丸めるストルツ。
エルロムはポケットから”手袋”を取り出し、右手に付けた。
その手のひら側には、小さな扇風機のようなものが付いている。
「泣かないで、ストルツ。大丈夫だ。」
エルロムはストルツの背中に手を当て、”手袋”を作動させる。
強風が手袋から吹き、そのまま前方に倒れるストルツ。
同時にゴロン、と大き目のクォーツが転がり落ちる。
ストルツは微動だにしなかった。
全ての霊魂がクォーツにされ、体はもぬけの殻だった。
エルロムは立ち上がり、まずは首なし死体を井戸に放り込む。
「お疲れ様。ニール」
しばらくして、ガリガリという音が聞こえてくる。
エルロムは安心し、井戸の横についたポンプから溢れる水をすくった。
「この一日でかなり疲弊したからな」
あふれる水を顔に浴びるたびに、艶とハリが戻っていく。
そしてパサついた髪を手に持ち、つぶやいた。
「まだ、足りないな……」
************
エルロムがすっかり輝きと落ち着きを取り戻し
自室へと戻ると同時に。
彼はすぐに、ディクシャー侯爵から再度、呼び出しを受けたのだ。
応接間にはニコニコ顔で、侯爵が座っていた。
「いやあ、良かった。本当に安心しました」
そう言う彼に、エルロムは慌てて尋ねる。
「と、いうことは、アスティレアさんたちは
無事に保護されたということでしょうか」
それを聞いて、ディクシャー侯爵はハア? という顔に変わる。
「あの方たちは、保護されるようなお立場ではありませんよ。
行きたい時に行きたい場所に、いつでも行ける方たちですから」
”ああ、確か皇国随一の力を持っている、と言っていたな。
本当かどうかは知らないけどね”
エルロムは顔をしかめながら言う。
「では、何が良かったのです?」
ディクシャー侯爵はゆっくりとうなずいて答える。
「いろいろなものを見つけ、新事実が判りましたし、
さらに犯罪を阻止することができました」
「……具体的には?」
エルロムはイライラと、爪を見ながら答える。
ディクシャー侯爵は、口の端に笑みを浮かべて言う。
「私たちが今回知ったことは、
あなた方がすでに知っていることばかりですよ。
まさに、”言うまでもない”ですな」
自分たちの犯した罪だ、わかっているよな?
そう言われているようで、
エルロムは心臓を掴まれたような息苦しさを感じた。
それでも必死に笑顔を作って答える。
「さあ、なんでしょうか。
僕らは最高主導者様の指示で動いていますから。
全てあの人の言う通りに、ね。
そこに個人の意思はありません」
ディクシャー侯爵は優しい笑顔でうなずく。
「そうですか。それじゃ皆さん、大迷惑ですね。
”事実の錯誤”でも逮捕はされますから」
犯罪だと知らなかった、というのは
そこまで通用する言い訳ではないのだ。
硬直するエルロムに、ディクシャー侯爵は続ける。
「最高主導者が近々起訴されるでしょう。
居場所をお教え願えますか?」
「……知りません。誰も知らないのです。
あちらからいつも連絡が来るのです。
こちらが伝えたいことがある時は、
手紙をいろんな場所に置いておきます。
すると、返事が来るのです」
ほお、と侯爵が感心したような声を出す。
「これはまた、レトロな手法ですな」
「ええ。こんな片田舎の国ですから」
侯爵は告げる。
「では、第一主導者であるあなたに、代理としてお伝えしますね」
エルロムはうなずく。
「まず現在、将軍が開拓したルートから
多くの兵を入場させています。
まずは動線の確保と安全確認だけですが」
夜間は魔物が出ることはすでに情報共有されているので、
本格的な捜査は明日からになるだろう、と続ける。
あまりにも早い進行に、エルロムは思わず顔をしかめる。
「僕ら団員は、どうしたら良いでしょうか」
「いつも通り、ご自分の仕事をなさればよいのでは?
ただし……クォーツの回収は二度と出来ませんがね」
エルロムは思わず目を見開いて叫ぶ。
「何故です! あれは大切な……」
「イクセル=シオ団の大切な収入源でしたが、
今後は他を探していただかなくてはなりませんね。
クォーツは二度と作られることはありませんから」
「はあ?! だから、どうして?」
ディクシャー侯爵は笑いながら言う。
「ははは、あれがどうして自然に転がっているか
考えたことも無かったのですね。これは可笑しい」
エルロムは震える。
海で魚を、山で果物を取るのに、
”どうして、これはここに在るのだ?”なんて
考えるわけないだろう、と。
「……とにかく、クォーツは二度と作られません」
そう言って、ディクシャー侯爵は真面目な顔をする。
「では、明日からの予定ですが。
第一主導者のあなたを始め、
全ての主導者は皇国によって抑留されます。
……デルタ嬢に対するさまざまな罪によって」
ショックでめまいがするエルロム。
もはや返事も出来ずに、去っていく侯爵を見送っていた。
************
「エルロム様! 王妃様がお見えです」
ふらふらとエルロムが応接室を出ると、
団員がすぐに呼び止めてきた。
エルロムは希望の光が見えたように、顔を明るくした。
彼女が最後の、頼みの綱だ。
しかし呼び止めた男も、その周りの団員もなぜか
とても困ったような、苦笑いを浮かべていた。
何なんだ? と思いながら、エルロムは自室に入った。
……そこには確かに、王妃が居た。
「えっ?! あっ、お、王妃様?!」
エルロムはいつものような微笑を浮かべることが出来ず、
つい叫んでしまう。
何故なら王妃は、髪の毛を高めのツインテールにし、
腰に大きなリボンのついた、
肩の出るフリフリのドレスを着ていたのだ。
御年50歳。あまりにも無理があった。
王妃ははしゃぎながら、エルロムに両手を広げる。
ははは……と乾いた笑いを浮かべながら、軽く抱擁するエルロム。
「どうかしら? 可愛いでしょ?」
そういって首をかしげたあと、クルン、と一周する。
若い娘なら可愛い仕草だろう。
言葉が出てこないエルロムに業を煮やして言う。
「もう。前にお土産くださった時、
あなたがおっしゃったのよ?
”可愛らしいものがお似合い”だって」
エルロムは思い出す。
ああ、あのウサギの小物入れを渡した時のことか。
頬をふくらました王妃に、エルロムは必死に機嫌を取った。
今は、彼女が頼みの綱なのだ。
「僕のウサギさんは、今日も可愛らしい」
フフフと王妃は笑い、たちまち機嫌を直した。
エルロムはニコニコと尋ねる。最も聞きたいことを。
「で、国王様は、なんとおっしゃっていましたか?」
王妃の笑顔が凍り付き、口がへの字に変わる。
実は王の間で、国王が侍女頭と再婚することを聞き
逆上した王妃は、自分も幸せになるのだと機関銃のように話した。
国王はそれを笑顔で聞き、
「それは良かった。臣下や国民に円満な離縁をアピールできる」
と安心したように言い、王妃はさらに窮地に立たされたのだ。
これでもう、後には引けなくなる。
侍女頭を第二王妃にしても良いから、
自分をこの国に置いてくれ、とは言い出せなくなったのだ。
「ごめんなさぁい、ダメでしたわ。
もう皇国は止められないみたい……」
王妃はペロッと舌を出し、肩をすくめた。
最近クォーツが取れないこともあり、
シュケルウォーターの質も落ちているせいか、
王妃のシワやシミは浮き出ており、年齢はほとんど隠せてはいない。
思わずゾッとしたエルロムだが、
それ以上に内容のほうがショックだった。
「あの人、気が弱いから。皇国を恐れて何も言えないみたい。
ほんっと、意気地なしなんだから」
そこをお前が何とかしろよ! と叫びたかったが、
エルロムは必死に堪える。
「……せめて、調査の延期をお願いしたいのですが」
苦し気に言うと、王妃は人差し指をほおにあて、
うーん、どうでしょう、と首をかしげる。
あくまでも若々しい仕草のアピールに
エルロムのイライラは限界が来ていた。
しかし。
「でも、喜んで。国王はエルロムの結婚を喜んでくれたわ。
祝福するし、盛大な式も開いていただけるそうよ。
早く後ろ盾を得れば、あなたの地位を脅かす者はいないわ」
そうだ、その話があったな。
以前からシュケル国王や貴族たちから、
イクセル=シオ団の活動について苦言を受けるたびに
「ワタクシの実家のほうが、ずっとしっかりと
イクセル=シオ団をサポートできるのに!」
と王妃は憤っていた。
そして前に話した時に、ついに王妃は彼に持ち掛けたのだ。
自分はシュケル国王との離婚の対価として、
お金と古城周辺の土地をもらい受ける予定だ。
エルロムは、自分の実家である公爵家の娘と結婚すれば
隣国の公爵家の後ろ盾も出来るだろう、と。
あの土地での組織運営が続けられる上に、
エルロムの地位は簡単には脅かされずにすむ良案だった。
隣国の公爵ともなれば、そうそう尋問されることも、
ましてや裁判にかけられ有罪にされることもないだろう。
そんな風に考え、エルロムはうなずく。
明日から抑留されてしまうのだ。
早く、確かな地位と後ろ盾を得なくてはならない。
「ああ、あのお話ですね!
ぜひとも早く進めて頂きたいと望んでおります!
なんなら明日でも良いくらいだ。
あなたに近しい者になれるなんて、夢のようですから」
王妃は笑い、力強くうなずく。
「ええ! 私もよ、エルロム。
大急ぎで進めますわ! 待っていてくださいな」
そして自分に残ったわずかな侍従を呼びつけ、伝達を頼む。
隣国の父親に、手紙と書類を渡すように。
「いやあ、公爵家のお嬢さんと結婚か。
僕を夫として気に入ってくれるかな?」
エルロムがそう言うと、王妃はウフフと笑い
「それはもう、間違いなく両想いですわ」
そんなことを言いながら、見つめ合って笑う二人を残し、
侍従は一礼して部屋を出て行く。
そして廊下を歩きながらつぶやいた。
「……あの公爵家に、娘などいたか?」
たしかここ数年、男ばかりしか生まれていなかったような。