表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

犯人はだーれだ。

 しばらく、部屋にいた。夕食を食べていないことに気づいた。きれいにセッチングした夕食。あれ、どうなったのだろうか。母は食べていないだろう。父は?

 階段を下りた。キッチンのテーブルには、自分の分がある。母のも。食欲はない。皿にラップをして冷蔵庫に入れたとき、携帯が鳴った。

 ユキ?

 携帯を見た。ニュース速報だった。猟奇殺人の犯人が捕まっていた。顔を見る。喜久田じゃなかった。

 キッチンの小窓から、外を見る。喜久田が携帯画面を見ている。画面の光が顔に反射していた。安いホラーみたい。ガッツポーズしている。足早に、家の前から去っていった。

 わたしに犯人じゃないと証明してほしかったのかもしれない。違うかもしれないけど。


 朝、関西から電話があった。いまごろ。折り返しだ。

「電話しつこいんだけど。要件なに」

 さすが。関西だ。言葉にとげがある。

「最近連絡つかないから、気になって」

 殺されているかもって心配していたんだよ、なんて言えない。監禁もされていないだろうし。喜久田が犯人じゃなかったことで、何もかもが帳消しになっている。

「ママがぎっくり腰で動けなかったんだよ。幹夫、行かないでって泣かれてさ、そばにずっといたの。親孝行でしょ、ほめてよ。僕がいなくて、寂しかった? 」

 話の途中で電話を切った。クソが。心配して損した。ラインを削除して縁を切ろうか。親友にはなれない。昨日思ったこと、あれは無し。血迷っていた。人生一生の不覚。


 階段を下りた。居間に父はいなかった。出勤したのだろう。時計を見る。九時。

 昨日、母親の恐ろしい姿を見たり、喜久田が突然家に来たりと、想定外なことがあった。で、そのあとニュース速報。あれも衝撃的だった。予想と違う。頭の中を考えがめぐって走り回って忙しかった。目が冴えて、眠れなかった。やっと朝方眠ることができたのに。関西からの電話で起こされた。そのあと、二度寝した。

 テーブルの上には新聞が置かれていた。父の食べ終わった感のある皿もそのまま置かれている。流しに食器を片づけて、冷蔵庫から、昨日の夕食を出した。

 新聞を広げた。犯人逮捕と大きく書かれていた。不自然に引き伸ばされた写真が載っている。学生時代の写真だろう。十代前半の制服を着た男の姿。身長が低く太っていて短髪。吉本和樹。自称、芸能事務所社長。年齢54歳。画像は荒い。長い年月が通り過ぎているはずだから、体形は変わっていて、多少身長も伸びているかもしれない。でも、同一人物ではないだろう。まず、年齢が合致しない。テレビのレポーターが追いかけていた人物とは全くの別人なのは、すぐわかった。

 あの情報番組はいったい何だったんだ。

 犯人は犯行を認めたものの一部否認している、と書かれていた。詳しいことはなにもない。これから取り調べをして、全容を明らかにしていく、という趣旨の言葉で締めくくっている。

 やっと。前進した。警察からいずれ報告の電話がかかってくるだろう。

 新聞だけの情報じゃ、物足りない。昨日の夕食を朝食べ、服を着替えた。家に鍵をかける。自転車に乗って、電気屋に向かった。

 いつもの電気屋。テレビコーナーに行った。

 情報番組がやっていた。

 犯人は犯行を認めたものの、一部否認しているらしい。当時19才の女の子は殺害していないと供述しているらしい。今度こそ、本当の情報だろうね。

 それって、姉かもしれない。殺された人の名前は伏せられているからわからないけど。

「犯人は死刑を恐れて、うその証言を言っているのでしょうか。精神鑑定を狙っているのかもしれませんね」

 テレビの中のスタジオ。司会者の横に大きな台があって、その反対側に立っているアナウンサーが言っている。

 また、憶測でモノを言っている。事実だけを言えよ。

 裸で、無機質のプラスチックのケースに入れられる。無理矢理、体を折りたためられて、上から石灰をかけられていた。髪が白くなる。まぶたにも鼻にも口にも、汚い粉が入ってくる。狭くて、汚くて、暗くて、冷たい。どんなに怖かったか。想像するだけでも鳥肌が立つ。体が密着されて、無機質な触感がいろんな部位に当たるのだ。背中、お尻、膝、両手、足の裏。想像しただけで泣き叫びたくなる。

 人の尊厳を傷つけているのに、新聞は表面しかさらっていなかった。まあいい、事実を書いていたのだから。でも、このテレビショーは? 事実なのか?

 殺したことも覚えていないなんて、そんなことあるのか。


「そんなのずるーい」

 いつもの待ち合わせ場所、大手電気屋のテレビ前で、関西が叫んだ。

「喜久田ってだれ。なんで、僕にそのこと教えてくれなかったんだよ」

 犯人の報道が流れてから、喜久田とは音信不通になっていた。ラインも退出されて、電話もつながらない。

「教えたくても、電話取らなかったのジャリでしょうが」

 ユキが関西を睨む。

「ラインにも、そんなこと何も書いてなかったじゃん」

 そうか、喜久田の事書いてなかったか。大丈夫とか、どこいるのとか。でも、既読もされなかった。書いていたって見てなかっただろうよ。

「お前さあ、お母さんのギックリ腰で看病していたんだって」

 ユキがふくらはぎを蹴って、関西がその場にうずくまり痛い痛いって言ってる。最近、この光景を見ながら二人のコミュニケーションだと、感じてきた。荒々しい、スキンシップだなぁ。

「やめてよ」

 関西が怒っている。

「自分で連絡絶っておいて、何様なんだよ」

「だって、お母さんが泣くんだもん。そばにいてって」

「自分の母親は大事にするのに、ヒカリにはひどいことしているよな」

「僕、何もしてないよ」

 二人で足の蹴り合いをしている。それを黙って見ていた。

「犯人も捕まったし、解散しようか」

 ユキが言った。わたしは頭をたてに振った。

「えー」

 関西の声。これ以上、なにを調べる必要があるのか。


 母さんは相変わらず和室にこもっていて、リビングには出てこない。

 ご飯も冷蔵庫にあるものを食べている気配があった。最近は、そのままでいいやって思っている。


 夜中、目が覚めた。

 のどが渇いたので一階に降りた。足元の常夜灯の明かりをたよりに廊下を歩く。床が見えるから、電器はつけなかった。台所に行って、冷蔵庫を開ける。冷水筒に入った麦茶をコップに入れているとき、和室から声が聞こえているのに気が付いた。

 声はぼそぼそとつぶやいているようだった。会話をしているのか。

 麦茶を一気飲みして、和室の方へ向かう。引き戸の前に張り付いて聞き耳を立てた。

「お前が悪いんだ」

 父の声だ。

 母のすすり泣く声。

「アイツは家の財産を、金を全部持って出て行こうとした。お前が甘やかして育てるからだ。なにが芸能人だ。結局あの男に騙されて、金を貢いだだけだろう。デビューにはカネがかかる? ふざけるな。誰のせいでこうなったと思っているんだ」

 姉はお金を持って出て行ったのか。

 言葉はとぎれとぎれで、聞こえにくい。

「あなたはあの子を追いかけていったじゃないですか。あれから、逃げられたって言っていましたけど。本当にそうなんですか」

 母は嗚咽しながらも、しっかり話している。知っている口調の母。

 和室に夕食のお誘いをしたあの時、母の口から出たのは地響きのような叫び声だった。なになになに。ちゃんと、しゃべれてるんですけど。

「あの時、あの子は東京でデビューするって言ってました。芸能事務所に入るためには、これは必要なお金だって。でも、犯人に殺されてしまった。それなら、なぜ引き止めてくれなかったんですか。夢を諦めたら、殺されずにすんだのかもしれない。あなたは芸能界を反対していましたよね。殺される必要なんかなかったのに」

 母親もめちゃくちゃなこと言っている。殺されるなんて、誰も思っていなかったし。お父さんが止めてなかったら殺されずに済んだなんて、どういう理論だ。

「アイツを止められなかったから、俺を責めているのか。勝手にお金を持っていって、勝手に家を出て行って、勝手に殺されたんだ。自業自得だ」

「あの子にも、考えがあって」

「あんな奴、娘でもなんでもない。多額の金を持ち出す娘だぞ。大切に育ててやったのに、殺しても仕方ないクズだ。罪になんかなるか」

「なにをばかなことを」

「アイツはお金を横領するような、くだらん人間だ」

「ミズキをそんな風に言うのはやめて」

 殺しても罪にならないってなんだ。

 寄りかかっていたふすまが、和室の方に倒れていった。そのまま、ふすまと一緒に和室の中にうつ伏せで転がっていった。ゆっくりと立ち上がる。立ち上がりながら、二人の様子をうかがった。二人分の視線が自分に向いているのはわかった。鳥肌が立った。

 和室は暗闇で、父の顔も母の顔も見えなかった。でも、影が動いている。

「ヒカリ」

 父親の威圧的な声が聞こえた。

 ゆっくり後ずさりした。部屋を出る。玄関へと走った。パジャマで、裸足で。何も持っていない状態で。どういうこと? お父さん、もしかして殺した? お姉ちゃんを。ケースに入れて石灰をかけた。

 いやいやいや。そんなわけない。

 でも、殺されても仕方ないってどういうこと。お姉ちゃんが殺されたのに、悲しんでいないの。死体を警察に確認しに行ったでしょ。あれは、仏さんになった姉を見届けるためじゃなかったの。

 玄関を飛び出した。外も暗がりだった。街灯がぼんやりと明かりをともしていた。それがなかったら、きっと気づかなかった。

 警察官が大勢、身を潜めて立っていた。塀の横、道路の向かい側。車の隙間。玄関の扉のカゲ。むかいの家の門前。大勢で家を包囲していた。まるで蟻の塊。俯瞰しているように全体が見えた。夢を見ているのか。

 警察官と目が合った。両手で口を押えた。驚きすぎて声が出ない。

 玄関を出てその場に止まっていると、母が走ってきて後ろから抱きついてきた。骨が刺さって痛かった。でも、わたしもあれから10キロくらい痩せていたから、母も痛いだろう。

 母は警察官を見てびっくりした。母の全体の姿が見えた。骨と皮。この状態で立てられるんだ。

 犯人は新聞に載っていた自称芸能人事務所社長じゃなかったの? この状況誰か説明して。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ