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関西、行方不明中。

 二人で近くのコーヒーショップに入った。

 奥のテーブルにした。座って、入り口の方を見る。死角になって、先は見えない。

 ウェイトレスがきた。メニューを見ずにコーヒーを頼んだ。ユキは紅茶。

「アイツさあ、喜久田ってやつ。テレビでモザイクかかっていた犯人に似てない? 」

 一番気になるところはそこだ。

「わたしもそう思った。やばいよね」

 ユキはそう言ってから水を飲んだ。グラスに水滴がついている。

「ジャリ、拉致られてるのかも。電話してみない」

 わたしが言うと、ユキはソッコー電話した。つながらない。

「アイツ、バカだからなにか仕掛けて逆に監禁されているとか」

 そうだとすると、わたしの個人情報はバレてる。

 ウェイトレスがコーヒーと紅茶を持ってきた。言葉がとまる。ウェイトレスがいなくなってから、ユキの口が開いた。誰も聞いていないはずなのに、声が小さくなる。

「そんなわけない。ジャリを監禁するメリットがないし。アイツが真相にたどり着くと思っているの」

「ない」

 怖い妄想を打ち消した。

「本当にお母さんが体調悪いのかな」

「あそこはお父さんが医師なんでしょう。まわりだって、医師でしょう。家族でどうにかするんじゃない」

 しばらく沈黙した。そうだけど。ジャリ、大丈夫か。

「それにしても、警察何してるのかな。モザイク男早く捕まればいいのに」

「証拠が足りないんでしょう」

 そうかも。監視カメラだけじゃ、ムリだ。

 手帳を出した。

「死体は複数の収納ボックスに一人ずつ入れられている。全裸。ボックスはホームセンターで一般的に売られているもので特別なものじゃない。そこからは犯人は追えない」

 ユキは紅茶を飲んでこっちを見ている。

「廃工場に捨てたということは、このあたりに精通した人物とか。たまたま見つけて、放置したのか」

「どうだろうね」

 開けていた手帳を閉じた。

「わからん。こんなの意味ないよ。モザイク男が犯人だろう」

「そうかもね」

 ユキもうなずく。

「お母さんヤバくてさ」

 コーヒーに手をかけた。

「精神的に病んでて。まあ、姉が殺されたんだからしょうがないんだけど。でも、どうしようもなく気持ち悪いというか」

「気持ち悪い? 」

「ずっと、和室に閉じこもってて、それを見るのも怖いんだよ。毎日布団にうずくまって泣いてて。顔も変わって、別人にしか見えない。目がくぼんで痩せすぎて骨ばって。どちらかというと、姉っぽいって言うか。まあ、親子だから似ていてもおかしくはないけど。声もおかしくて」

「じゃあ、別人じゃない」

「それはあり得ない」

 ずっと一緒にいた。

「そうだね」

 ユキが言う。

「でもさ、怖がっていないで顔確認してみたら。別人って言ってる時点で関係性崩壊してない? いろんなことがあって辛いの分かるけど、親から逃げちゃだめだよ」

 逃げる。そんな考え方もあるのか。そうかも、逃げているのかも。


 スーパーのお惣菜を買って家に帰ってきた。

 ご飯はタイマー予約していたから、おかずだけでいい。煮魚を作りたいと思いながらも、作ったことはない。本気ではないということか。唐揚げと、天ぷら、ポテトサラダを買ってきた。

 ランチョンマットの上に皿を置く。ちょっとおしゃれになった。茶碗とお椀をその上に伏せた。箸は母親のものを出した。味噌汁はインスタント。でも、上に刻みネギをかけた。完ぺき。小鉢にポテトサラダ。平皿にレタス、トマトを切って唐揚げと天ぷらをのせた。おいしそう。見た目は大事。

「ごはんだよ」

 和室をそっと開けた。暗闇の中に人影。

 布団は乱れていた。その上に正座した女がこちらを見ている。

 怖い。でも、我慢。逃げちゃだめだ、母親だ。

「お、かあさん? 」

 女にゆっくり近寄って行った。部屋に入るとき、ふすまを開けたから、そこから明かりが入っている。わたしの頭から光が当たって女の顔に当たった。眩しそうに目を細めている。まるでホラー。

 細い骨格。顔がやせこけて小さい。手も足も、体も。まるで、拒食症みたいに骨だらけ。

「おかあさん」

 もう一度声をかけた。すると、玄関のカギを開ける音がした。

「ただいま」

 父親が返ってきた。

「おかえりなさい」

 少し安堵した。

 わたしが和室から大きな声でそう言うと、母親が急に叫び出した。

「アンタのせいだ」

 母親の言葉で理解したのはそれだけだった。

 叫び声が地響きのように鳴り響いて、まるで犬の遠吠えのように聞こえた。耳をふさぐ。ユキの言葉を思い出した。

 ムリ。ムリだよ。この状況を見たらわかってくれるはず。別人とか、そんな次元じゃない。人間じゃない。かあさんは、わたしのせいなんだって思っているんだ。

「やめて、おかあさん」

 わたしの声が聞こえたのか、父親が和室に入ってきた。母親は頭を抱えて、うなりながら泣き始めた。

「勝手に入るなって言っただろう」

「ごめんなさい」

 父親の顔が怖い。あやまるのがやっと。

 母は父を見つけて、むかってきた。父は母親を平手打ちした。母が吹っ飛んで、押し入れのふすまに当たった。背中からそのままずれ落ちた。動かない。その様子を見て固まった。母親を叩くなんて。ありえない。ウソだ。でも、じゃあ、どうすればよかった?

 わたしのせいだ。

「ヒカリ、早く出ていきなさい」

 父親の声は母よりも大きな声だった。わたしは半泣きで、その場を逃げていった。


 母親の顔がどんな顔しているのか、わからなかった。見えなかった。

 階段を駆け上がって、ドアを開けて、自分の部屋のベッドにダイブした。布団を強く握りしめた。怖かった。母親の顔を見ることすら難しかった。

 暗闇の中の目。鳥肌が立った。

 関係性なんて、とっくに崩壊してる。母親は姉が死んだのは自分のせいだと言った。だから、わたしのいるスペースに来ないのか。和室に閉じこもっているのはわたしに会いたくないから。

 涙が出てきた。うずくまっていると、携帯が鳴った。ライン。喜久田。

 しつこかったから、ライン交換はしていた。無視すればいいだけ。

『会えないか』

『話したいんだけど』

 既読スルー。気分じゃない。

『家の前にいる。外にいたら、すごい叫び声が聞こえたけど』

 立ち上がった。カーテンを開け、窓を開いた。窓の外に喜久田。下をのぞき込む。喜久田はわたしに気づいて大きく手を振った。びっくりして窓を閉めた。

 関西。お前、わたしの家を教えたのか。

『今の声、なに? 』

 うるさい。うるさい。うるさい。

 頭を抱えた。

『会わない? 』

 脅迫されているのか?

『忙しい』

 関西なら、親に聞くからいいって返事が来るだろう。どうぞ、ご勝手に。父親に平手打ちされろ。

『わかった』

 メッセージの後、スタンプ。了解。

 え、いいの。押しかけないで。

 中肉中背のモザイクの犯人。関西をカンサイって呼ぶ喜久田。喜久田は中肉中背だった。テレビで見た背格好とよく似ている。身長も同じくらい。モザイクを取ったら、喜久田の顔が現れるんじゃないのか。

 それに、関西の呼び方。あれは、セキニシって呼ぶんだよ。カンサイじゃない。最初はニックネームかもって思ったけど。テストであいうえお順での並びで、模擬テストをしていたって言っていた。前にいた関西が体をずらして答えを見せてくれていたと。喜久田の前にアイツがくるなんて、絶対にない。「き」の前に「せ」がくるなんてない。関西と喜久田に接点はない。もう、喜久田が犯人じゃん。

 関西はわたしたちのことを聞かれて、普通にしゃべったんじゃないのか。アイツの中に配慮って言葉は存在しない。口封じのため、喜久田に監禁されているとか。まさか、殺されたなんて、ないよね。

 死体遺棄現場に三人で行ったとき、喜久田があの場にいたとしか考えられない。あの時、存在を知られた。わたしが被害者の妹だと。

 本当に、あのとき知られたのか。目をつぶる。現場を思い出す。人がたくさんいた。あの場にいたか? わからない。

 うろうろと、部屋中を歩き回った。関西とはまだ連絡はとれていない。

 殺された?

 いやいやいや。

 あんな奴だったけど、殺されたかもなんて思うと涙が出てきた。殺したいとか思っていたけど、本気じゃなかった。死んでほしいとか思っていない。ごめんなさい。今なら、親友になってもいい。これから、優しく接する。だから、生きていて。

 ジャリに電話する。つながらない。こんなときにつながらないなんて。もう、死んでいるんじゃないのか。

 ユキに喜久田が家の前まで来たことをラインした。一人じゃ抱えきれない。時間が過ぎる。既読されない。体が小刻みに震えた。関西大丈夫か。時計を見る。ユキはバイトしているかもしれない。

 親は和室にいるだろう。母と父は何をしているのか。もう、頭の中は真っ白。気持ちを保つために、部屋を歩き続けるしかなかった。


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