モザイク男。
三人で犯人捜しをすることになった。
死体が発見されたところはテレビで見た。知っている場所だ。見に行った。
大学から一キロくらい離れた工場。工場には建物のほかに手入れされていない木が、四方八方に枝を広げて、まるで原生林化したように見えた。大げさに言うなら廃墟だ。芝があったはずの場所には雑草が生い茂っていて、丈は一メートル以上。ススキのようなものもあるし、茎の長い菊の葉のようなものもある。小さな黄色い花がいっぱい咲いている。この中に入ろうなんてふつうは思わない。
市街地からは離れているが、人通りがないわけではない。ニュースを見た野次馬、近所に住んでいるだろう人、たまたま通った通行人、マスコミ関係者が想像以上にいる。他県ナンバーの車が路駐して、混雑していた。一部、見学ツアー化している。
現場は黄色いテープが張られている。中には入れない。テープの前に制服を着た警察官が立っている。
これ、ドラマで見るやつ。警察官が居なかったら、現場が荒れそうだ。
「夜こっそり見に行こうよ」
ジャリが声を潜めて言った。
「犯人が残してしまった証拠を回収できるかも」
お前はバカか。
「これだけ人が居たらそんなこと無理だよ。証拠を回収したら、犯人だとばれる。そもそも、証拠は警察が押収しているはずだって」
ユキが当たり前なことを言う。
「案外、残っているものだって」
「痕跡が残っていたとしても、警察が見落とした重要なものを素人の私たちに見つけられるわけがない」
やっぱり。ユキは真っ当だ。
ジャリは警察官の前に立った。
「夜もここ見張るんですか」
警察官は黙ったまま、ジャリを見ている。
「何時になったらいなくなりますか」
「バカ」
ユキがジャリの腕を引っ張る。全然動かない。
「すいません。なんでもないです」
わたしは頭を下げた。
「この人、被害者の妹でーす」
ジャリはわたしを指して大声を張り上げた。
「被害者の家族なら入れますよね。もちろん、ぼくたちも関係者でーす」
ほとんどのその場にいた人たちがわたしの方を見た。何人かがカメラを持って近づいてくる。携帯で写真を撮る人もいる。
「ウソです、ウソです。もお、関心集めようとするのやめなよ」
わたしは大声で叫びながらジャリの頭を力任せに殴った。こいつ、許さん。抹殺する。まじで殺す。
「もお、目立ちたがり屋なんだから」
ユキが大声で怒鳴った。ジャリを背中から羽交い絞めにして後ろに引きずっていく。
「どこ触ってんだよ、チカン」
「どこも触ってねえわ」
ユキは手で彼の口を押さえた。わたしも引っ張る側に入る。関西痩せててよかった。ほとんど骨だ。軽い。
なんとか工場が見えなくなるところまで下がることができた。
「ふざけんな」
野次馬の視線が届かないところまできたとき、ユキのくぐこもった声が聞こえた。
ジャリのすねを数回蹴っていた。ジャリは痛いと言ってのけ反り、蹴られた足をさする。
「なんでだよ。事実だし。警察が中に入れてくれるかもしれないでしょ。犯人が近寄ってくれるかもしれない、これはチャンスだよ」
わたしは脱力して膝から崩れ落ちた。
正真正銘のバカが目の前にいる。
「ヒカリの気持ちわからない。あんた、犯人があそこにいたらヒカリが狙われるかもしれないとか思わない? 想像できない? 」
「狙われるなんて、サイコー。こっちの思うつぼ。犯人が出てきたら、ラッキーじゃん。警察に通報して表彰されるし、テレビにも出られる」
どうしたらいいんだろう。泣きたい。
ユキがもう一度ジャリを蹴る。わたしは黙って見ていた。止める気力もない。
「こいつとはいたくない。ヤバすぎる。犯人探し、やっぱりやめよう。わたしも殺されるかも」
それは同意見。でも、こいつを野放しにすると何をするかわからない。見張っていた方がまし。母親が半狂乱になったとしても、インタビューされるくらいの方がいい気がしてきた。わたしの個人情報を拡散して、犯人をおびき出すくらいはやりそう。
「とりあえず、帰ろう。疲れてヘトヘト。ユキ、あとでラインする」
「ぼくにもラインして。ねえねえ」
するか。バカ。
ほんとうに犯人が突き止められるのか。警察に任せた方がいいに決まっている。
テレビでは大量死体遺棄事件を大きく報道していた。自分たちが探さなくてもニュースには犯人らしき男が、顔にモザイクがかかった状態で連日放送されていた。
近所のコンビニと大型ビルの監視カメラに怪しい人物がガッツリ映り込んでいたらしい。
事件現場近くのコンビニの前で、中年の男のレポーターが立っている。名前は忘れたけど、有名な人だ。テレビの画面に大きく映っている。
「監視カメラに、緑色の収納ボックスを台車に乗せて運んでいる男が映っています。この先も、道路上にある複数のカメラに映っていました。映像は途中で途切れていましたが、延長線上には死体が大量に発見された、あの廃工場があります。これだけの距離を日中堂々と。目撃者がいたはずです。現に複数の人間とすれ違ったという情報もあります。警察は一人一人に確認作業を進めているもようです」
モザイクがかけられている男性は、レポーターと並行して歩いている。全身黒い服を着た小太り。歩き方がガニマタ。口元にマイクを突き付けられたが、手でそれを払いのける。
「あなたが死体を運んだんですか」
「じゃまだ、どけ。迷惑だ」
「否定しないんですか」
「やってねえよ」
レポーターが持っているマイクを取り上げて、車道に放り投げる。
「クソが」
怒鳴っている。
レポーターと犯人らしき人物が歩いているのは録画だったらしい。コンビニに立っているレポーターにつながって少し話した後、「スタジオに戻します」と言った。
場面がかわった。スタジオの中央、小さなカウンターみたいなところにスーツを着た男の司会者が立っている。
「中継ありがとうございます。今、マイクを投げましたね。ちょっと信じられないですね、普通じゃないですね」
その司会者の立っている横に細長いカウンター。そこに三人座っている。向かって左から、大学教授、有名私立大学在学中のモデル、そしてIT会社の社長。
「イヤだ、怖い。この人に被害者はついていったんですか」
モデルが眉をひそめる。
「結局殺されるのは、みんな弱い女なんですよ。あの男を信じて、将来を託して。許せない」
「いやいや、犯人って決まったわけじゃないから」
司会者が言う。
「でもね。もし、仮にだよ、犯人が彼で、昼間の人が多い時間帯に死体を運んだのなら、これは盲点だよね。誰も死体とは思わないし、不審だとも思わないよね。暗闇で移動すると視界が悪いだろうから、運びやすいよね。でも、なぜ車で運ばなかったんだろう。わざわざ。徒歩ってことだよね。効率悪いよ、現場まで徒歩では遠いよ」
30歳くらいの社長が言う。
「直線距離で一キロ。車では近いから、距離を見誤ったのかな」
と、司会者。
「何か理由があるんですよ。途中に検問があったとか、通行止めとか」
社長が言う。
「当日、水道工事があったみたいですよ。片側通行だったとかなんとか。ちょっと調べてみたんです。作業員に顔を見られるのを嫌がった、とかですかね」
モデルの顔が曇っている。
「それだ」
と、大学教授。
「焦っているから、判断が鈍ってたんだな」
スタジオでは、コメンテーターが言いたい放題だ。現状を知らないから、言葉の歯切れが悪くてもおかしくないはずなのに。言葉がスムーズに出てくる。警察から情報をもらっているのかもしれない。
ワイドショーを電気屋で見ていた。家のテレビは破壊されている。小さなテレビを買って部屋で隠れて見たところで、疲れるだけ。母親に見つかって破壊されても困るし、映像を見られて半狂乱になる姿も見たくない。ユーチューブで、再構成された映像を携帯で見るのも違う気がする。結局、電気屋での視聴になる。
市内の電気屋のテレビの前で度々ユキと待ち合わせしている。そのたびに情報収集。事実を知りたいけど、すべて予想じゃないか。でも、モザイクをかけて追いかけまわしているこの人は、犯人に違いない。顔を出せ。隠すなんてずるいって、いつも思う。
ユキと合流した後もテレビを見ていた。このあと、情報の整理をして今後の計画をたてる。お決まりのパターン。死体を運んでいたのなら、それはもう、捕まるのも時間の問題。メモする必要はなさそう。姉の事件を追っている気になっていたが、それもバカバカしい気がする。
電気屋のテレビでは一部ゲーム映像を流し、どれだけ映像がいいのかアピールしている。隣のテレビでは大画面でアニメも流れている。無意識にそちらに目がいっていた。
あれから関西とは会っていない。ラインで連絡が来ても、スタンプを押す程度。会いたくもない。関西と何か事件があったら、その都度考えることにした。あれされたら、これされたら、なんて考えるだけで病気になる。姉の事件の後5キロ痩せたが、関西と関わってからさらに5キロ痩せた。これ以上アイツと一緒にいたら自分は消えてしまうかもしれない。
いつの間にかワイドショーは終わっていた。
テレビの前でそのままユキと話していたら、男が話しかけてきた。
全身黒い服を着た小太り。
「喜久田って言います」
突然の自己紹介。二人で顔を見合わせた。年齢は30前半くらい。おじさんから、ナンパ?
無視してその場を立ち去ろうとした。
「関西と友達なんです」
ありえない。こんなおじさんと?
「予備校で一緒に勉強した仲です。僕は大学を落ち続けて、でも彼は大学に行きました。僕はまだ、あきらめてないので、予備校生なんですが」
「うちの予備校の模擬試験の時は名前順で、机につきます。僕のちょうど前でして。彼は頭がよかったので、答案を見せてもらってました。横に体をずらしてくれて」
「そんなことしているから、まだ浪人しているんじゃないの」
ユキが言う。
「そうなんですが」
初対面の人にこんなこと堂々と言うユキ。
「いろいろ大学のこと、将来のことを話し合いました。しっかりした考えの持ち主で。いっしょに高みに行こうって言っていたのに、さっさと目標じゃない大学にいってしまって」
「東大目指しているの? すごい」
ユキが言う。
「まあ、そうです。受かっていないからすごくはないですけど」
「そうですか、なるほど。じゃあ」
わたしは手を挙げて、そのままその場を離れた。手を挙げた反対の手で、ユキの腕を掴んで引っ張りとりあえず前に進む。
「なんで、関西くんのこと、ジャリって言うんですか」
後ろから声をかけてくる。
「イシの子供だから。コイシよりレベルの低いジャリで」
後ろを向いたまま答える。
「医師の子供、医師の子供、小医師、小石、砂利」
言葉を続けて言った。
電気屋の大きなエスカレーターまでついてきて、追い抜き、わたしたちの前に喜久田は出てきた。
「よく分からないですけど」
ユキが足を止めた。
「ジャリは友達がいないから、ニックネームで近親感を出した」と、ユキ。わたしは頷く。
わたしはユキの腕を思わず強く握って、それに気づいて手を離した。
「僕ね、この間カンサイくんにたまたま会って、頼まれたんですよ。女の子二人だけで犯人探すのは危ないから、手伝ってくれって。母親の体調が悪くて今神戸に帰ってて。お母さんの介護が大変らしいんですよ。だから、その代わりに僕が合流します」
「東大受験は? それどころじゃないんじゃない」
「もう煮詰まってしんどいんで、今一旦休憩してます。よろしくお願いします」
「だから、受験に失敗するんだよ」
ユキが聞こえないくらいの小さな声で言った。