#キスの日
年に一度、この時期になるとSNSなどでこの単語を目にする度、思い出すことがある。
幼い頃の、俺のやらかしを。
当時、まだ小学校低学年だった俺は、学校帰りに寄り道した公園で、その子に出会った。
黒くて艶のある髪、細い手足、整った顔立ち。
一目惚れ、だった。
その子はどこか寂しそうな、虚ろな眼をして、砂場を囲むブロックに座っていた。
それから毎日俺はその公園に通うようになり、その子と仲良くなった。
ある日、その子と離れなくてはならない日が来てしまった。
俺は焦っていた。
だから、だと思う。
「かならずむかえに行くから、まってて」
そう言って、俺はその子の唇に、そっと口付けた。
俺は心臓が壊れるかと思うくらいドキドキしていたし、顔が、身体中が熱くて、のぼせそうだった。
けれど。
しまった、と思った。
その子は、とても冷めた眼をしていた。
顔色ひとつ変わらず、驚いた様子もない。
仲良くなったつもりだった。
仲良くなったと、ほんの僅かでも俺に興味を持ってくれていると、勘違いしていた。
これでは、他の奴らと同じじゃないか。
一方的にこの子を傷付けるあいつらと、何も変わらないじゃないか。
「ごめん」
俺は心から謝った。けれど、これだけは伝えなければ。
「きみが、すきだよ」
まだ俺たちは幼くて、現実を変えることなどできないかもしれないけれど。きみを守れるくらいに、俺は強くなってみせる。
「とても、たいせつなんだ。きみが」
精一杯の気持ちだった。
その子は、泣いていた。
「あああ……ごめんね……」
俺は結局おろおろと慌てるばかりで、その子が時間をかけて泣き止むまで、ただそばにいることしかできなかった。
嫌なことをした上に、泣かせてしまうなんて。
最悪だ、俺。
自己嫌悪しかなかった。
唯一の救いは、泣き止むまで、その子が俺の手をずっと握ってくれていたことだけだった。
今年もひと通り思い出して、深い深いため息をつく。
毎年記憶に蘇る、俺のやらかし。
今なら聞けるだろうか。
あの時、実際はどう思っていたのか。
あの時の、きみの本当の気持ちを。
「とても、大切なんだ。きみが」
開店準備で忙しそうに床にモップをかける細い背中に向かって、自分にさえ聞こえないほど小さな小さな声で伝える。
俺は恥ずかしくなって、すぐにコーヒー器具の洗浄を再開した。
その子の耳が赤くなっていたことには、気付かない振りをして。
キスの日に間に合いませんでしたが供養させてください。