雨空の元、それはまるで宗教勧誘のような出会いで。
メイドと現代兵器、内政をテーマとした、コメディ調で描く物語です。
よろしくお願いします。
重い金属音が一発、空気を切り裂いた。
スナイパーライフルと呼ばれるその武器を構えていたのは、一人の少女。
「ご主人様、一発で仕留めましたよっ♪」
ターンを一つ、目元にピースサインの決めポーズを決める彼女は━━、
我が家のポンコツメイドだ。
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「うむ、今日も素晴らしい朝だ。雨模様なのは頂けないが」
私グレイ・カモミールは、今日は厳しい土砂降りだな、とななんとか思いながら紅茶を啜っていた。朝の優雅な読書タイムである。その安らぎに横槍を入れるように、突如屋敷の呼び鈴が鳴らされた。
「こんな雨の中、いったい誰だ……?」
今日は特に来客の予定はない。とりあえず、玄関まで出てみることに決め、濡れていたら困る、と早足で向かった。
「こんにちは! 突然ですが拾ってください!」
「……新手の宗教勧誘?」
「違います!」
扉を開けると、見慣れぬ黒い筒を背負ったメイド服の少女が雨の中に立っていた。どう見ても怪しい。絶対宗教勧誘だ。最終的に高額な壺を買わされるに違いない。
……だが。
「その話とは別に、一旦入れ。客人を濡らしながら話などしたくない」
「失礼します!」
流石にずっと雨に打たせるのは可哀想なので玄関まで上げてやる。
ずけずけと玄関に上がる少女。全身から水を滴らせているのでタオルを渡すと、一礼をして身体を拭き始めた。よく見ると、首に『拾ってください』と書いてあるプレートが下げられている。
「雨宿りさせてもらい、その上タオルも頂いてありがとうございます」
「いや、これくらい構わない。それで君、私の屋敷に何用だ?」
「はっ、そうでした。突然ですが、拾ってください!」
プレートに書いてあることと同じ内容を繰り返す彼女。ちょっと待てい。
「待て待て待て待て待て。一体全体どういうことだ。私はまだ話の流れをうまく掴めていない。一つずつ説明してくれないか?」
「はい、バッチリ了解であります!」
「……そのポーズに意味はあるのか」
「いいえ、自己満です」
クルッとターンを決めてピースサインを目元に当てて謎のポーズを決める少女。一体何者なんだ……?
「私には、帰る家と、生活を続けるお金と、温かいご飯と、替えの服と、あとはお金とか家族とか、ついでに仕事もありません!」
「お金は二回言ったし、しれっと重大なことを言ったな!?」
「なのでメイドとして雇ってくれる家を探しています。私にはこれくらいしか出来ないので!」
「……うーん」
このテンションの高い少女をどうするべきか。本来なら断るべきなんだろうが、家族がいないってところにシンパシーを感じてしまって、見捨てるに見捨てれない。ええい、宗教勧誘だろうが知ったことか! 彼女の言うことが真実だった時の方が大変だ。
「……分かった。君を雇おう。決して安月給にはしないと誓うが、決して仕事をサボるんじゃないぞ」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
後半の方はほとんど耳に入っていないようだが、私はこうするしか無かった。家族がいないのは、私も一緒だからな。宗教勧誘だと判明したら即、追い出すがな。
「ところで、その背中に背負っているものはなんだ? 剣か?」
「これが剣に見えるなら医者に行ったほうがいいですよ。これはスナイパーライフルです」
「すないぱーらいふる?」
「そうです。私の愛銃なんですよ。他のあらゆるを売っても、これだけは売れません。 ……もっとも、普通の店は買い取ろうとすらしてくれませんが。」
「よくわからないが、君の“得物”ってところか」
「仰る通りです。あ、申し遅れました。私は天花寺ちよと申します。以後お見知り置きを。えっと、天花寺が苗字……あー、ファミリネームで、ちよが名前です」
「てんげいじ ちよ? 変わった名前だな」
「ご主人様! もし私が名前に対するコンプレックスを抱いていたらどうするんですか!」
「それは悪かった……」
「まぁ別に、私はコンプレックスのコの字すら抱いてないんですけど」
ムカつくなコイツ。謝って損した気分だ。どうしてこのメイドは一言多いのだろう。だが、変わった名前だと思ったのは本当だ。少なくともこの地域では聞いたことがない。
「私も名乗っておこうか。私はグレイ・カモミール。グレイと呼んでくれて構わない」
「じゃあグレイさん、で」
「そこは様じゃないんだな……」
「様付けがいいんですか?」
「……遠慮しておこう」
その後、私は彼女に空き部屋を貸し、荷物の整理をしもらっていた時。屋敷の戸を激しく叩く者がいた。
「領主様、緊急事態です!」
「おぉ、君か。一体何があった?」
「街に……ドラゴンが現れたのです! 恐らくはぐれですが……」
「何だと!? 私も今すぐ向かう。街の皆に今すぐ避難するよう伝えろ!」
「分かりました!」
彼に伝達を頼み、私も素早く準備をする。住民の避難誘導は領主である私の仕事だ。
チッ、そもそも、どうしてドラゴンがこんなところに……そうだ、さっきのメイド……!
「おいメイド!」
「はい。どーしたんですか?」
「街にドラゴンが出た。君は今すぐ逃げろ。私は住民らの避難誘導をしてくる」
そういうと、ぼけーっと危機感のない様子で聞き返してきた。
「何ドラゴンですか? 邪竜とか?」
「そんな訳がないだろう! ただのはぐれドラゴンだ。街は壊滅するだろうが、住民を避難させてやり過ごすしかない。ドラゴンとはそういうものだ。分かったら早く逃げろ。川に沿って北上するんだ、いいな!?」
「別に逃げませんよ。やっと手に入れた職場なんですから」
「はぁ!? 何を言っているんだ。仕事云々以前に、命の危機だぞ!」
このメイド、本当に何を言っているんだ。ドラゴンが現れたのなら、避難してやり過ごすしかないだろう。ドラゴンを前に逃げないなど、命をドブに捨てると言っているのと同義だ。すると、彼女は信じられないことを口にした。
「何を言ってるのかなんて、こっちのセリフですよ。倒せば良いんでしょう?」
「は?」
「いいから黙って見ててください。あ、街の方角ってどっちですか?」
「この丘の下、南西方向だが……」
「了解です」
そう言って背中の黒い筒を窓の外へ向けるメイド。丘の上にあるこの屋敷からは、ドラゴンが街を上空から見下ろしているのが見えた。
「まずい、あれは……!」
竜の息吹の構えだ。種類によって異なるが、例外なく信じられない威力を誇る。あんなものが街へ放たれれば、壊滅どころでは済まない。逃げようとする人々も諸共、全てを消し炭にするだろう。
メイドに構わず、急いで街へ向かえば良かった、という自責の念に駆られる。だが、はぐれドラゴンなど避けられぬ天災。諦めて全てを受け入れるべきだったんだな。直にこっちの屋敷も襲いにくるだろう。いいだろう。ここが私の墓場さ。ろくに歴史に名も刻めずに死ぬとは、私も情けなくなったものだ。空の上で、領民たちにも謝らねばな。
「高度よし、風向き良好、行けっ」
重い金属音が一発、空気を切り裂いた。
刹那、竜の息吹を放たんとしていたドラゴンは、突如として地に落ちた。
「な、一体何が……?」
私が唖然としている中、クルッとターンを一つ。目元にピースサインを決めた彼女は言った。
「HS……ご主人様、一発で仕留めましたよっ♪」
HS……ドラゴンもワンパンのメイドです。