表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

チョコレート・ラプソディー 前奏

作者:

恋愛ものだと言い張る。

チョコレートが好き。その言葉の、いかにも「女の子らしい」感じが嫌だった。


自分の見た目が決して女の子らしくないのは重々承知していた。

切れ長と言えばなんとか聞こえのいい一重の目。首にもかからないショートヘア。スカートなんか滅多に履かず、さりとて女を捨てた訳じゃないパンツスタイル。男言葉こそ使わないけど、口の悪さは否めない。理論的な理系アタマなのも原因のひとつだろう。通っている大学のキャンパスにいるのは8割以上が男子生徒だった。朱に交われば赤くなる。大勢の男子の中に女子1人入れたところで、逆ハーレムが出来上がるなんてのは物語の中だけ。


そんな私がチョコレート好き。


想像してほしい。例えば自己紹介で、私のような華を添えるよりも威圧感を与える女が、可愛らしくも何ともなく「好きな食べ物はチョコレートです。」なんて言うところを。

なんか違う。その一言に尽きる。

ふわふわしたスカートが似合う可愛らしい女の子がいうならいいが、わたしのような無愛想な女が言うと違和感しかない。ましてやコンビニでアポロなんて買ってみろ。二度見されるのがオチだ。


…いや、訂正しよう。私とて分かっているのだ。ほんとは。ただの被害妄想だということは。見た目で人の好きなものが決まるはずないし、そんなことを気にするなんて馬鹿らしいことだということは。

固定観念と偏見に満ち満ちた、性差や見た目に対する決めつけ。そんな差別じみた考えは唾棄すべきものだとは、他ならぬ私自身が思っている。

チーズ好きは可愛くて、チーかま好きは可愛くないって、なんでだ。スイーツ男子、なんてラベリングすること自体がおかしいだろう。男子だろうが女子だろうがスイーツ好きはいるし、逆もまた然りである。

そう思っているのに、自分のこととなると、途端に自身が無くなってしまう。

可愛らしいパッケージのチョコスイーツをレジに持っていくとき、店員さんになんて思われているだろうなんて馬鹿らしいことを考える。そしてちょっと俯いてしまうのだ。

キャラじゃないだとか他人から変に思われないかとか。そうやって心の中で散々葛藤して、でも結局は開き直る。そもそも、他人の目を気にして好きなものを食べないなんておかしいって。

だって美味しいでしょう。チョコレート。


定番ミルクチョコレート。ほろ苦いビターチョコレート。真っ白なホワイトチョコレート。キャンディ包みされたシンプルなチョコレート。カジュアルなチョコレート菓子。ガナッシュ入りのボンボンショコラ。チョコレートケーキ、チョコプリン、ガトーショコラそしてチョコレートアイス。

ぱっと思い浮かべるのは、カップに入った滑らかなブラウンのアイスクリームだが、チョコチップ入りのバニラアイスだって美味しい。チョコレートでコーティングされたアイスクリーム、反対に中にチョコレートが入ったアイスクリームも。ココアクッキーのサンドアイスやチョコレートのモナカアイス。スイカバーには種が入ってないと始まらない。


何だってこんなにアイスクリームアイスクリームと言っているのかと言うと、今まさにアイスの繁忙期だからに他ならない。

夏も夏、真夏である。ギラギラと輝く太陽。じっとりと肌にまとわりつく湿気。大音量で鳴くセミ。

こんな暑い日に食べたいのはキンキンに冷えたラムネやスイカ、そして冷たいアイスだろう。

人込み特有の熱気の中で食べる縁日のかき氷。実家の冷凍庫に常備されているファミリーパックの棒アイス。家に着くころには食べ頃になるコンビニで手軽に買ったアイス。

冬にコタツで食べるのも悪くはないが、個人的にはやっぱりアイスは夏のものだな、と思う。

しかし、チョコレートアイスも今まさに全盛期!と言いたいところだが、残念ながらそうではない。濃厚なクリーム系アイスはそれこそもっぱら「冬にコタツで」担当。夏に喜ばれるのはシャーベットやかき氷などの、さっぱり系アイスだ。

暑くなるつれどんどん増えていく氷菓やラクトアイスのスペース。代わりに圧迫されるクリーム系アイスの居場所を、悲しい目で見ているのはなにも私だけじゃないだろう。

この間、最寄りのコンビニで、スーパーカップが苺ショートケーキ1種類だけになっていたときは泣きそうになったものだ。

バニラアイスにチョコソースをかけて食べる楽しみを、私から奪った罪は重い。そのときはパルムを買って事なきを得たが、今度から夜中にアイスが食べたくなっても、あのコンビニには行ってやるものか。


そう。少なくとも一般的に言って、夏はチョコレートにとって相応しい季節ではない。チョコレート界隈が盛り上がるのは主に寒くなってからだ。

それはずしんと重い甘さだったり、また体温程度で解けてしまうという愛すべきチョコレートの性質が理由だったりする。(私個人の意見としては、夏、冷蔵庫から出した直後のカチカチな板チョコだってそれはそれでおいしいと思っている。なにより冷えきって硬いチョコレートが口の中でじんわり蕩けていく様は官能的ですらあると思うのだが。)

そういった市場の意見に敏感な企業のこと、当然、夏季発売の新商品にチョコレートは参加させないのがセオリーである。

そのはずだ。そのはず、だった。


今私がいるのは大学に最も近いコンビニだ。今日の授業は昼休み直後の3限から。お昼ご飯は学校で食べようと早めに家を出た。学食を利用してもよかったのだが、なんとなくサラダパスタが食べたかったので、買って大学の適当な場所で食べようと思ったというワケ。

チキンのサラダパスタとアイスティーをカゴに入れて、もはやいつもの習慣として立ち寄ったスイーツコーナーに、それはあった。(予定もないのにとりあえずでスイーツをチェックするという習慣は、ダイエットや節約的観点から見て悪癖というべきかもしれない。)

オレンジショコラパフェ。

新発売の赤いラベル。そうだろうとも、見覚えがない。

もう、見た瞬間から買う以外の選択肢は存在しないようなものであった。が、しかし一応、これもまたお決まりの習慣のように、逡巡ののち自分はチョコレート好きであるということを再確認して、私は商品に手を伸ばした。


手と手が、触れそうになった。

「!」

「あ、すいません」

パッと二人分の手が引っ込められる。

「あ、いえ、こちらこそ」

横から伸びてきた手は私と同じくオレンジショコラパフェを取ろうとしていた。先に謝られてしまったが、悪いのはどう考えても売り場で固まった私だ。さぞかし邪魔だったことだろう。若干気まずい思いで、もう一度手を伸ばす。

幸いにも、オレンジショコラパフェは残りひとつという訳ではなかった。さすが新発売なだけあり、もう数は少なかったものの、無事に私のカゴと彼の手に収まる。

彼、つまり危うく触れそうになった手の主は、大学生と思しき男だった。見た感じ、同い年くらいの。

たれ目だったが三白眼のせいで可愛らしいだとか癒し系だとかの印象はまるでない。失礼を承知で言うならば目つきは悪い部類に入ると思う。背も高かった。私自身、平均以上の背丈の上にヒールを履いているので、男子と同じ目線なことは日常的にあったが、彼はもう拳一つ分はありそうだ。


固定観念と偏見に満ち満ちた、性差や見た目に対する決めつけ的に言えば、「甘いもの苦手そうな人」。


チラリ。盗み見たはずが、バッチリ目が合った。

びっくりして目をそらす前に、彼の強面の顔が柔らかにたわんだ。

「新発売って、気になっちゃいますよね。」

今度こそびっくりして目を見開く。

第一印象とは真逆の人懐っこい笑み。

非常に単純なことに、それだけで、私の胸は大きく音を立てた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ