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2021.8.8 九州大学文藝部・三題噺

「春」「時間」「家の中の主従関係」B

作者: 平田貞彦

 終業式を終えて家に帰ると、そこはポケモンジムだった。春という、出会いと別れの季節においては、そういう変化も多々ある。

 見慣れた玄関をくぐると、靴箱の上に弟が立っていた。靴を脱いでいる間に、弟が近づいてきて、何やらセリフを言う。用意された口上を述べ終わった弟は、懐からモンスターボールを取り出し、こちらに向けるので、仕方なくこちらも用意をする。先ほども言った通り、今日は終業式だったから、こちらには荷物がたくさんある。一年の間に授業で製作したものや、ずっと学校に置きっぱなしにしていた私物など、すべて持ち帰って来たのだ。それらの中から、夏休みの宿題として描いた水彩画を取り出す。

 「タイトル、『厭世いざ知らず』」

 そう言って弟に絵を見せると、のけぞるようなポーズを取ったあと、720円を手渡してきた。ありがたく受け取り、脱ぎかけだった靴を揃えて置いた。

 廊下を進むと、巡回していた姉に見つかった。ずんずん進んできた姉は、ちょうど一人分間を空けて止まり、やはりモンスターボールを突き付けて来た。姉がセリフを述べている間に、荷物をまさぐる。今度は、正月の書初めが出てきた。我ながらよく書けているな、と思いながら、筆で書かれた「アルトリア・ペンドラゴン」という文字を姉の眼前に持ち出す。姉はそれをじっくり見、そしてうなずいた後、例のごとくのけぞってから、先ほどより少し多い1340円を握らせてきた。

 居間に入ると、ソファに父が座っていた。テレビの方を見ていたので、後ろを通り抜けた。顔は見ていないが、背中が寂しそうだった。

 キッチンに向かうと、母がまっすぐこちらを見据えていた。荷物を下ろし、母の下へ向かう。

 「お母さん、ただいま。」「おかえり。」

 挨拶もそこそこに、カバンから取り出した将来の夢についての作文を読み上げる。

 「みなさんこんにちは。みなさんには夢がありますか。焦がれて止まない、見果てぬ理想はありますか。……」

 「エンゲージ。エンゲージ。ワンダウン。……」

 「中村俊輔にだって、譲れないものはあるんですよ。……」

 「……。以上が私の夢、司法書士です。」

 原稿用紙から目を上げると、目を真っ赤に腫らして泣く母がいた。30000円を握りしめている。小学生にあげていい額じゃないよな、なんてませたことを考えながら、それでもありがたく受け取った。

 ようやく一息つける。居間に戻って、父の隣に腰掛けた。視界には入っていないので、父は話しかけてこなかったが、何か言いたげではあった。かわいそうだったので、学校で育てていたプチトマトの鉢を目の前に置いてあげた。ちなみに枯れている。

 ソファにもたれて、テレビを見る。父がずっと見ていたのはバラエティ番組の再放送だった。司会者が大御所ゲストの頭をはたいている。これができるのはこの司会者だけだろうな。上下関係をもろともしない、強い自信と気遣い。それこそが、この世を生き残るために必要な要素だった。刻まれたしわは、単に過ぎた時間のみを示すわけではない。そこには、いくつもの修羅場を乗り越えた、何物にも代えがたい経験があったのだ。何物にも代えがたい、家族との思い出……それが終業式の日のポケモンバトルだった。幼き日の走馬灯に揺られながら、私は息を引き取った。

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