6、 2021年3月11日
「お願い、引かないで…」
ぎゅ。
小さな声でそう言う彼女を、俺は抱きしめた。
なんて声をかければいいのかわからない。
ただ、そこはかとない苦しさに俺自身が包まれてしまった。
それだけだった。
「なん、で…」
「…引いたりなんか、するわけないじゃん、こんなつらい過去。むしろ、聞けて良かったよ」
「…でも」
「普段自分から話さないお前が、話してくれたんだ。そりゃ嬉しいに決まってるじゃんか。それに、こんな過去、あまり人に言えるようなものじゃない。でも俺には話してくれた。俺はちゃんとお前から信頼されてるって知れて、嬉しい。これからは、俺がお前を守ってやる。こういう怖いものとか、苦しい辛いものから。だから、素直に自分の気持ち言ってな?」
「…うん」
俺は彼女の背中を、頭をなでる。
こんなことを言ってしまうなんて、きっと俺は壊れているんだと思う。
でも、そんなことを言ってでも、彼女のことを安心させたかった。
きっとこれからも、苦しいこと、辛いこと、あるかもしれない。
でもそんなときに、俺がそばにいてやれたらと思う。
大切にしたいから。
シャンプーの匂い。
木の匂い。
この手のなかのぬくもり。
もう俺が、お前にそんな辛い思いはさせない。