3、 2014年3月11日
「これくらいもできねぇのかよ、まったく…使えねぇなぁオラァ!」
ゴスッ。
かたい指で頬を殴られる、鈍い音がした。
この音が、本当に嫌だった。
頭がくらくらするにおいがした。
お姉ちゃんによると、これはお酒っていう子供が飲んじゃいけないものの匂いらしい。
このにおいが、本当に嫌だった。
親戚のお父さんとお母さんはいつも、夜になるとお酒っていうのを呑んで、私とお姉ちゃんを殴ったり蹴ったり叩いたりしてくる。
服を脱がせて来るときもある。
そんな人たちが、本当に嫌だった。
食事はいつも、お野菜の食べれないような切れ端とか、誰かの食べかけのごはんとかだった。
汚くて食べたくないけど、ちゃんと全部食べないと怒られるから、嫌なのを全部我慢して食べてた。
私たちの部屋はなくて、そのかわりに物置の一つが私とお姉ちゃんの寝る場所になっていた。
布団もなくてすんごい寝れなくて、起きたら背中が痛いのが毎日だった。
あと、たまにお姉ちゃんが親戚のお父さんの寝室に連れていかれるのを見た。
お姉ちゃんが嫌がってるのに、それを無理やり引っ張って、殴って言い聞かせてた。
そして寝室から帰ってきたお姉ちゃんは、いつも服を脱がされて殴られた後みたいになってて、その脱がされた服にはたくさん血がついていた。
お姉ちゃんに「大丈夫?」って聞くと、きまってお姉ちゃんは、無理に笑って「大丈夫だよ」と返してくる。
私も何かしてあげたいけど、いつも何もできない自分が嫌だった。
だけどお姉ちゃんはいつも優しくて、明るくて、私の光みたいな存在だった。
真っ暗な世界に一筋だけ存在した、光。
私はその光を、守りたかった。
「大丈夫だよ、あんたはお姉ちゃんが守るから。今、大丈夫なようにしてあげるから、ここで待っててね。私が戻ってくるまで絶対にこのドアを開けちゃだめだからね」
ある日の朝、私を抱きしめて、お姉ちゃんはそう言った。
私には、意味が分からなかった。
でも、とりあえずこの物置のなかにいてドアを閉めていればいいんだってことはわかった。
「ぅああああああああっ!」
お姉ちゃんの、威嚇するような叫び声が聞こえた。
「きゃあああああああっ!」
親戚のお母さんの、おびえるような声が聞こえた。
「△%#*□%$×#っ!」
親戚のお父さんの、何言ってるのかわからない声が聞こえた。
そしてその直後、グスッ…という鈍い音がして、静かになった。
しばらくして、親戚のお母さんの静かな笑みが聞こえた。
「ふ、ふふふふ…あはははははははっ!何自分から殺されに来てんのこいつ、大人と子供じゃ大人が勝つってのはわかりきってるってことなのにねぇ、ふふふっ」
「そりゃあそうだろ、だってあいつめざわりだったしな。あの大地震で死んどきゃよかったのに今まで生きてた方がおかしいだろ、がははははははっ」
「たしかにそうねぇ、あははははははははっ」
なんで、笑ってるの…?
怖い…。
怖いよ、お姉ちゃん…。
ねぇ、お姉ちゃん…どこに、いるの…?
私を守ってくれるんじゃ、なかったの…?
楽しそうに笑う親戚二人が、怖かった。親戚のお父さんが、嬉しそうに言った。
「…あ、そうだ。こいつの死体、あの物置のドアの目の前にぶら下げてたらあいつ、どんな顔するかなぁ?クククククッ」
「あらぁ、それはいい考えね。やってみましょうよ。クスクスクスッ」
いやだ…助けてよ…お姉ちゃん…。
早く、戻ってきて…。