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3.11 彼女は叫ぶ  作者: 海那 白
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1, 2021年3月11日

 左側に、ぬくもりを感じる。

 暖かい春の日差しのなか、俺は彼女の手をそっと握る。

 白くて柔らかい女の子の手で、少しだけ焦ってしまう。

 木の香り、花の匂い、彼女のシャンプーの匂い、彼女の家の匂い。

 緊張のせいか、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、といった五感のうちの四つが、いつもに増して敏感になっているように思う。

 彼女の方をふと見ると、俺の隣でソファに座って目の前のテレビに映っている恋愛ドラマをじっと見ていた。

 僕が手を握ったのに気付いているのか、それとも見ているドラマのせいなのか、少し頬が赤い。

 そしてその赤くなっているのを隠そうとしてドラマに夢中なふりをしている彼女が、これまた可愛いのである。



 俺と彼女とは、恋人だ。

 去年のクリスマスの日、学校の終業式の後、彼女に告白した。

 正直、一か八かの賭けだった。

 彼女とは、同じクラスで席が近かったため、入学当初からよく休み時間などに話をしていた。

 でもそれは一方的に俺がしゃべっているだけであり、彼女から話しかけてくるなんてことはほとんどなかった。

 だから、彼女が俺のことをどう思っているか分からなかった。

 彼女はいつも、不思議な雰囲気をまとっているようだった。

 美人、だとは思う。

 髪はきれいで顔立ちが整っている。

 普通ならクラスの中心に立つような存在の彼女がなぜ俺みたいな陰キャの相手をしてくれているのか。

 答えはおそらく、彼女の表情の乏しさ故だろう。

 彼女はほとんど笑うこともなく、かといって泣いたりすることもない。

 ずっと無表情で、顔に影を落とし、目に光が宿っていなかった。

 でも、俺が話しかけると、どんなにどうでもいい、くだらない話でも真剣に聞いてくれて、うなずいてくれていた。

 その時だけは表情が少し見えているような気がして、気づいたら毎時間話しかけていた。

 だから、俺の告白を受け入れてくれるとは思わなかった。

 返事を聞いたときは、自分でも思わず驚いてしまったのを思い出す。

 でも、俺が告白したときでさえ、彼女の瞳に光が宿ることはなかった。




 そんなこんなで俺が物思いにふけっている間に、いつの間にかドラマはエンディングロールへと突入していた。

 彼女のことばっか考えていたからか、ドラマの内容なんてほとんど頭に入ってこなかった。

 対して彼女は、先ほどと変わらず頬を赤くしてドラマのエンディングロールをじっと見ている。

 やはり、照れ隠しなのだろうか。


 ほんとにもうお前は、可愛すぎるよ…。


 俺は、こてんと彼女の肩へとよっかかる。

 心なしか、さっきよりも少し頬の赤さが増している気がする。


 俺は、ほんと、お前の彼氏でいれて幸せだよ、もう…。


 やがて、エンディングロールすら終わり、画面が切り替わってCMがはじまる。

 俺は思わず口から零れた。


「可愛い…」


 お互い、顔が赤くなった。そして時間差で、小さな声で彼女が返事をした。


「…もう…」


 CMが終わり、次の番組へと切り替わる。

 ニュースだった。

 始まったと同時に、3.11の文字が大きく表示される。

 それと同時に、少し重めの声でその数字が読み上げられる。


 そういえば今日は、3月11日だったっけ。


 漠然とのんきに、俺はそんなことを考えてしまっていた。

 でも、そんなことをしている場合ではなかった。

 いつからだろうか、握っている彼女の手が震えていたのは。

 寄りかかっている肩が震えていたのは。

 彼女は俺からバッと手を放した。

 驚いて彼女の方を見ると、目を見開いて、頭を抱え込んで何かにおびえているようだった。

 次の瞬間。


「ぅぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああっっっっ」


 彼女は叫んだ。


「どうした!?おい、落ち着け、大丈夫か!」


 なんで俺は、今まで気づけなかったんだろう、彼女がこんな状態になっていることを。

 きっと、彼女が表情を隠すのがうまいからか、もしくは突然、何かが起こったのか。


「ひぐっ…ぐすっ…うっ…いや…いやぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」


 彼女は泣き叫んだ。


「落ち着け、おい!俺の声が聞こえるか!?いいから深呼吸しろ!聞こえるんだったら深呼吸しろ!」


 俺は、こうなった原因かもしれないテレビの電源を切った。


 それにしても、あの表情の乏しい俺の彼女をこんなふうにするのって、なんなんだ。


「う、うぅっ…ひぐっ…ぐすっ…ひぅっ…」


「そうだ、落ち着け。呼吸を整えろ」


「あ、あぁ…うぅぅ…」


 俺はそっと彼女を抱きしめ、頭をなでる。

 サラサラの髪の毛からは、シャンプーのいい匂いがした。


「よしよし。どうした?何があった」


 俺がそう聞くと、彼女は小さな声で答える。


「…言いたくない」


「言えって。そうしなきゃ、またお前、同じ風になるかもしれないじゃんか。俺はお前のそういう姿、見たくねぇんだよ」


「…やだ。言わない」


「なんで…?」


「…嫌われるから」


 俺は彼女を強く抱きしめた。


「大丈夫、俺はお前を嫌ったりなんかしない。約束する。ていうか今までも、お前を嫌いになったことなんか一度もねぇから。だから、お前がいいなら、話してくれ」


「…分かった」


 彼女の目から、一粒の涙が零れ落ちた。


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