リア充DKは満たされない
それしかいらない。
プロローグ
いつも何かを求めている。
とても手に入れるのが難しくて、支払う対価は計り知れない。財産を全て投げ出しても足りないことだってある。たとえ、手に入れたとしても、それは泡のように儚く脆い。すぐに枯れて僕の前から消え去ってしまう。そして気が付いたら、また求め始めている。
そんなものだ。
何故、ここまでそれに執心するのか僕にも分からない。
お金に直すと、きっと一円の価値だってないのに。どころかマイナスになってしまうことだって少なくないのに。美味しくも、美しくもないのに。可愛さも可憐さもないのに。あるのは苛酷さだけなのに。なのに、なのに、どうしてもそれを捨てられない。求めてしまう。足りないと心が慟哭して仕方がない。夜中にワァっと叫んで、咽び泣いてしまう。
いったいどうしたらいいんだろう。
このまま求め続ければいいのか。それとも、そんなものはいらないと自分に嘘をついて、死んでしまうのがいいのか、もしくは、それ以外の何か、そう、例えば、発狂して自分を見失うとか、目を潰して、鼻をそぎ落として、鼓膜を破いて、皮膚を焼き尽くして、いっそのこと何も感じられない体にしてしまうとか、そんなことをすればいいのだろうか。そうすれば僕を苛むこの執心は綺麗さっぱり消え失せてくれるのだろうか。もう求めなくなるのだろうか。本当に、分からない。
「優」
そんなことを考えていると、いつの間にか僕のベッドにもぐりこんでいたらしい。元カノの結衣が僕の名前を囁いていた。僕は盛大に彼女を振ったのだが、彼女は奴隷でも召使でも、何でもいいから僕のそばにいたいと懇願してきた。だから、あまり本意ではないが、こうして家にずっと住まわせている。
結衣は僕の胸に手を置いて、微笑む。
「優が今何考えているのか当ててあげようか?私のことでしょ?」
僕の目は結衣に視線さえくれず、天井を向いたままだ。それでも結衣は足を僕に絡みつかせて、体をグイと近づけてきた。僕はその振動に若干だが、体が少し熱くなる。
「ねぇ、何か答えてよ。あ、それともまだ今日はまだ、言ってなかったっけ?」
カーテンからわずかに漏れ出る月明かりが僕たち二人を照した。結衣が置いた手のせいで僕の心臓は影に覆い隠されている。結衣はその手に優しく力を込めてゆっくりと口を開いた。
「愛してる」
その言葉に、僕の心臓は警鐘を鳴らし始める。ドクドクと張り裂けんばかりに血脈が存在を主張する。
「愛してる。愛してる」
僕は頭にカッと血が上って、結衣を思い切り抱きしめた。結衣は身じろぎひとつせずに僕を受け止める。
「愛してる。愛してる。愛してる」
やがて涙が堰を切ったように流れ出してくる。僕は微笑む。なんて気持ち良いんだろう。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる」
だが、数分経つと、過度な興奮と緊張と欲望も収まってくる。疲れたのだ。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる」
目がウトウトしてくる。静かな安心感と、仄かな暖かさが僕を包み込んでくる。
霞む目で結衣を見つめる。月明かりのせいだろうか。いつもは感情がない真っ黒な瞳なのに、今はその黒い目がやけに光って少し怖い。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる」
でも構わない。僕が欲しいのは結衣の顔じゃないし、結衣の髪でも、結衣の体でもない。
外でもない、その言葉だけ。
「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる……」
そうして、僕は今日も、狂おしいほどの愛に満たされながら眠りに落ちていく。
何も見えなくなった。
1
桜が頸動脈から溢れる血液のように吹き荒れている。
「好きです!付き合ってください!」
告白をするのはもう、何回目か分からない。彼女には「キミが初めてだよ」と暗に伝えていたけれど、それは日常茶飯事で、その言葉が真実だったことは、初めて告白したときの一度しかない。
「………………」
告白した相手、クラスメイトの神室さんは、僕とは対照的に顔を少しも赤くすることなく、僕を黙って見つめている。人の心の深淵をどこまでも見透かさんとばかりの視線だ。
その視線に僕は少し戸惑う。初心な少年のふりをしているのがばれていたのかと思ったのだ。でも、時折垣間見せるその怜悧で冷徹な部分も含めて僕は彼女を好きになった。だから僕は、彼女が言葉をくれるまで絶対にここを動かないと決める。
彼女と初めて話したのは高校の入学式の時だった。席が偶然にも隣だったのだ。いや、運命にも、かもしれない。
先に話しかけたのは僕だった。
「こんにちは」と言ったら彼女も「こんにちは」と言って、挨拶を返してくれた。切れ長の瞳を動かして、首をちょこんと傾けてくれたのがとても可愛かったことを覚えている。不愛想だけど悪い人じゃなさそうだなと思った。その時の会話はそれだけだった。その時点ではまだ、顔見知りのクラスメイトというだけだった。
でも、それから少しして、授業で、英語のスピーキングのペアを組む機会があった。僕は友達が多くいたが、彼女をペアに誘った。彼女は何の抵抗もなしに了承してくれた。たぶん誰でもよかったのだと思う。そのときから僕と彼女の関係は顔見知りからお友達になった。
季節が春から夏に近づくにつれ、僕と神室さんはたくさんのことを話すようになっていった。
昨日見たテレビの内容。食べた朝ごはんについて。今日の授業のこと。先生の悪口。神室さんの少ない交友関係。神室さんの読書の趣味など、特に神室さんのことを中心に話し合った。自分のことはあまり話さず、彼女のことを中心に会話を進めた。聞き手になってあげると、女の子の好感の得やすいのだ。実際、彼女は僕のことを気に入ってくれ、次第に彼女から話しかけられる頻度も増えた。
夏になって、僕は彼女の夏服姿に見蕩れているふりを始めた。僕が恋愛に詳しくない、一途な童貞チェリーだと思わせるためだ。彼女から話しかけれれば露骨に視線を逸らし、顔に力を入れてわざと赤面したりする。僕から話しかけるときは、「あー」とか「えー」とかいう枕詞を添えて話す。これも赤面して見せるのがミソだ。
もちろんその作戦も上手くいった。僕と彼女は春と比べて、距離が広まった。彼女から話しかけられる頻度は減ったし、挨拶を交わさなかった日だってあった。それでも互いを意識するどこか甘酸っぱい細い視線は強さを増して、より堅固な関係を気付き上げる伏線をもたらした。
短い秋があっという間に過ぎ去って、来るべき冬。その伏線は見事なまでに回収された。夏服という照れのファクターを失った僕は、今までの照れが嘘だったかの如く、これでもかと言うくらいに彼女に積極的に話しかけ、気まずかった雰囲気も、僕をイジる笑い話に昇華させた。そしてより濃密な関係を気付き上げることに成功した。
春に一切伝えなかった僕のプライベートな部分を開示することによって、僕が彼女に心を開いていると勘違いさせる努力も怠らなかった。放課後になれば教室に二人で残って、笑い合い、互いのプライベートを共有し合う。恋愛。自分のコンプレックス。過去。夢。希望。未来。思い。好き嫌い。性癖。その時間に話し合わなかったことはなかったというくらいに様々なことを共有し合った。もちろん僕の愛への渇望もそれとなく伝えた。別れ際に、彼女は僕に暖かいキスをしてくれるようになった。
そして、訪れた二度目の春。僕はついに今、彼女に気持ちを伝えている。視線を彼女から離さない。彼女は依然として僕の体を凝視したままだ。
そうして、何時間経ったのだろう。いや、数分もおそらくは経っていないだろう。僕の感覚が狂っているだけだ。彼女はしめやかに、その艶めいた唇を開く。
ワクワクする。彼女がどんなコトバを僕にくれるのか。膝も興奮しすぎて笑ってしまっている。心臓の中身は今にも溢れ出して、僕の中身を凌辱していきそうだ。
でも、まだ演技は解かない。最後の最後までウブな少年のふりを突き通す。
想像する。彼女の愛が手に入った瞬間を。その後を。そして飽きてしまって、残骸だけが詰まった器を。
愛の残骸の器の甘美。なんと、魅せられる。
愛を枯らすために僕は噓を吐き続ける。
2
僕は、駅の前にある噴水をただぼうっと眺めていた。何十、何百、何千、何億もの水滴が放物線を描いて、仲間の水たまりの下に落ちていき、機械でまた吸い上げられ、空中へと投げ出されていく。
仲間外れになった水滴が僕の手首に当たってくる。手首を鼻の下くらいの高さまで持ちあげる。見ると水滴はいつの間にか消えていた。蒸発したのだろう。でも、もしかすると蒸発したんじゃなくて、それは単なる迷信で、当たった水は、今頃僕の毛穴から入りこんでいって、皮膚の下を流れているのかもしれない。そう思うとちょっと怖い。
女子に振られるのは久しぶりだった。もっと言えば、あんなにも盛大に振られたことなんて一度もなかった。彼女が僕に言った言葉を思い出す。
「死んじゃえ、ガラクタ」
あんなに酷い断り方があるだろうか。もう笑うしかない。彼女は僕のことを恋愛対象はおろか、人間としてすら見ていなかったのだ。
ギリっと奥歯が軋む音がする。
ああ、失敗した。最悪だ。発狂しそうだ。どうしようもねえ。
なんだよ、あのクソ女。どっかの男に強姦されて死んじまえ。
気が付けば僕の心は憎悪一色で塗られてしまっていた。頭の中は彼女への幼稚な罵倒ばかりだ。
「はぁ」
もういいや。やめよう。忘れよう。とりあえず、帰って結衣で遊ぼう。
「松尾君?」
そう思い、冷静になって振り返ると、目の前に僕の名前を呼ぶ少女がいた。クラスメイトの望月さんだ。
「なんか落ち込んでるみたいだけどどうしたの?」
そう言って僕の顔を覗き込んでくる。
「………いや、何でもないよ。ちょっと女の子に振られっちゃっただけ。望月さんこそどうしたの?」
「えっ」
「ん?どうしたの?」
そう聞くと、望月さんは何やら逡巡して、目線を泳がせ始めた。何か言いづらいことがある。そんな表情だ。
「えっと、なんかあんまり言いたくないんだけど、私は、えっと、その………」
感情に言葉が追い付いていない感じだ。口をもごもごさせてぶつぶつ呟いている。僕はその態度に一つの答えを得た。
「ああ、分かった。望月さんは誰かを振ってきちゃったんだね。いいよ。いいよ。気にしないで」
「な、何で分かったの!?」
「いや、単なる勘かな。でも結構顔に出てたから分かりやすかったっていうのもあるかも」
やはり図星だった。望月さんは男を振ったのだ。おそらく相手は同じくクラスメイトの永山だろう。二人の関係は学年でも有名だったから知っている。
『死んじゃえ、ガラクタ』と、突如、僕の脳髄にさっきの神室さんの言葉が反響した。胸の中で何かが、カッと熱くなるのを感じた。
「……ねぇ、良かったら望月さん。あそこのカフェで話さない?」
僕はその熱を吐き出すようにそう言った。
「……うん。分かった。いいよ」
僕は、駅の噴水の10メートル前くらいを指差した。罪悪感もあったからか望月さんはすぐに了承してくれる。
僕は望月さんの手を引いて歩きだす。握る手はとても冷たい。春の陽気に包まれたこの空気とは驚くほどに不釣り合いだ。それでも手を握られた望月さんの顔には、うっすらと朱色が浮かんでいる。僕はそれを見てほほ笑む。
『死んじゃえ、ガラクタ』
まだ神室さんの声が僕の体を駆け巡っている。何度も何度も循環して、僕の体から出て行く様子がない。しばらくは神室さんへの憎悪に悩まされることになりそうだ。でも、今、この瞬間だけはどうでもいい。
「ちょっと、松尾君歩くの早い」
望月さんを見る。望月さんは不満を漏らしながらも、口元を控えめに指で隠しながらお淑やかに笑っている。僕は「そんなことないよ。望月さんが遅いんだよ」と言って歩く速度を速める。
駅前にはたくさんの人間が蛆虫みたいに地面をのたくっている。彼らは、妻子が待っている家へ帰ったり、これから職場に行ったり、カラオケやボーリングなどに興じたりするのだろう。あるいは駅の中そのものに目的があるのかもしれない。しかし、それらの行動は本当に彼らの意思だろうか。おそらくほとんどの人はそうじゃない。妻子が待つ家に帰るのは、妻子を養わなくてはならないからだし、職場に行くのはいかないと金がもらえないからであって、金さえあれば、そんなところに行かないはずだ。カラオケもボーリングも友達に無理やり付き合わされているだけかもしれない。そう考えると彼らは本当に蛆虫なのかもしれない。
カフェから出て、望月さんをベッドに押し倒してからも、まだあの言葉は僕を侵食していた。
彼女の荒くなった呼吸に耳を澄ませた。とっても苦しそうなのに、その吐息にはどこか誘うような甘さがある。こっちを向く二つの茶色の瞳は不安と好奇に濡れていて、少しつつけば、壊れてしまいそうな儚さを伴っている。
「好き」という音が聞こえてきた。望月さんが僕を求めたのだ。
下を向く。そこには一瞬体温を持ったおもちゃがあるように思えた。綺麗で繊細なおもちゃだ。顔はパーツが厳選された素材でできているようで、中はきめ細やか。ボディは凹凸がはっきりとしてかつ丸みを帯びている。頭についた絹のような髪の毛だけが人間の可能性を残していた。
顔に指で触れる。おもちゃはびくっ、と小動物のように一瞬震えた。その反応に、下半身と臓器が僕の中で興奮し始めた。脳ミソはもはや熱とあの言葉でぐしゃぐしゃになっている。
『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』『死んじゃえ、ガラクタ』
僕は、急に冷静になった。もう一度下を見つめる。そこには変わらず一部だけが温かくなったおもちゃがあった。おもちゃの首に指を絡める。触れた部分には頸動脈がある。優しく撫でる。その時、今まで支配していたあの言葉が一気に吹き飛んだ。
僕は思った。
「望月さん。僕たち、付き合おう」
僕もガラクタを作ろう。
3
月明かりが僕たち二人のベッドを照らす。
「優」
結衣がベッドの中で僕の名前を呼んだ。
「優が今何考えているのか当ててあげようか?私のことでしょ?」
結衣の手を掴んで僕の上におく。
「ねぇ、何か答えてよ。あ、それともまだ今日はまだ、言ってなかったっけ?」
そうすると結衣の手の影が僕の心臓を隠してしまう。
「「愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる……」
僕のボイスレコーダーから流れる結衣の声が今日も真夜中に繰り返される。
僕は冷たくなった結衣の死体の足の間に自分の体を滑りこませた。
ご一読ありがとうございました!
短編じゃねーのかよ。と思われました読者のみなさんすいません。謝ります。
ですが、また次作も短編で出すかもしれません。許してください。
さて、本作はいかがでしたでしょうか?もしよろしければ感想お願いします。