ドラゴン討伐でわかる【剣聖】の片鱗
本日、最後の更新です。
お楽しみください!
【光輝ある剣】と共に、ドラゴン討伐の依頼を受けることになった俺達は、翌日早朝にネスタの街を出発した。
【光輝ある剣】にはエマとソフィアがいなかった。
気になったのでベルナルドに聞いたが、「方針の違いで脱退した」と淡々と語られた。
二人の代わりに加入したのが、美形の姉妹だった。
姉は【魔法剣士】のサラで、妹は【高位神官】のローサだ。
「このへんか」
先頭を歩いていたベルナルドが、辺りを見渡して言った。
もうそろそろ、バラフ山脈の山頂に差し掛かろうとしている。
俺達は街道から外れて、目撃情報のあった辺りを歩いていた。
「前にAランクのパーティーがぁ、ドラゴンと遭遇したのもこの辺りのはずですぅ」
「ねぇ、あれじゃない? 何か飛んでるわ」
「どこだ?」
俺達が空の彼方に飛翔する何かを見つけると、ベルナルドが俺を押しのけて走り出した。
「邪魔だ! どけっ! オイゲン行くぞ!」
「お、おう! わかった!」
上空を旋回しているのは、まさしくドラゴンだった。
ドラゴンは俺達が近づくと、まるで餌を見つけた鷹のように急降下して襲いかかった。
「危ない! 避けろ!」
咄嗟に俺が叫んで、全員が散開して事なきを得た。
ベルナルドが俺を睨みつける。
「お前が仕切るな。ここは【光輝ある剣】に任せておけ」
「何よ。ドラゴンをどっちが先に狩るか、勝負を持ちかけてきたのはそっちじゃない」
アーシェが反論すると、ベルナルドはバツが悪そうに、顔を背けてパーティーメンバーに指示を出し始めた。
「アーシェ、落ち着いて」
「わかってるわよ。本当に何なの、アイツは!」
俺達の戦闘準備が整った頃合いで、ドラゴンが翼をはためかせながら、ゆっくりと地面に降り立った。
まずはベルナルド達が戦うようだ。
「《ファイアボール》!」
【魔法剣士】のサラが放った魔法攻撃で、戦いの火蓋は切って落とされた。
ベルナルドがドラゴンの足を斬りつける。
「くっ! 堅いな! 傷もつかないっ……! サラ! もっと魔法を撃ってくれ!」
「わかったわ!」
ドラゴンも黙ってい見ているだけじゃない。
大きな尻尾を振りかざして、盾を構えていたオイゲンをなぎ倒した。
「ぐあああああああああああああっ!」
「《ヒール》!」
オイゲンの絶叫が木霊する。
すかさず、ローサの回復魔法が飛ぶ。
「オイゲン! 何やってる! しっかり盾を構えろっ!」
「リーダー、あれは盾では防げないわ。避けるしかない」
「そ、そうだな。オイゲン、大丈夫か?」
「な、何とかな。ローサの《ヒール》がなけりゃ、ヤバかった……」
戦いは防戦一方となった。
あの姉妹のレベルはわからないが、ベルナルドとオイゲンより実力は上だろう。
だけどドラゴン相手だと、あの四人では厳しいか。
ベルナルドも勝てる算段があったようだが、考えが甘かったな。
俺は【光輝ある剣】として、彼らと一緒にゴーレムと戦った日のことを思い出した。
あの時より数倍も分が悪いぞ、ベルナルド。
「メルティはどんなスキルがあるんだ?」
「えぇとぉ、私は支援系ですねぇ」
メルティがパーティを支援するスキルを習得していたので、防御力強化のスキルを【光輝ある剣】に使うように指示した。
これで、ベルナルド達の生存率も少しはマシになるだろう。
さて、俺も参加するか。
「アーシェ、俺達も行こう」
「ええ。腕が鳴るわ」
アーシェは銀の手甲を、胸の前で合わせて小気味よい音を響かせる。
「メルティは後方で【光輝ある剣】を援護してやってくれ。絶対、前には出ちゃ駄目だぞ」
「わ、わかりましたぁ。シスンさん、アーシェさんどうか気をつけてくださいねぇ!」
「ああ」
俺とアーシェはドラゴンに向かって駆け出した。
アーシェが俺を抜かして、ドラゴンの攻撃を掻い潜る。
そして、その下腹に拳を突き上げた。
ドラゴンは痛みを覚えたのか、大きく吠えながら一歩後退した。
驚いたのは【光輝ある剣】の面々だった。
「おい、あの子のパンチでドラゴンがたじろいだぞ……!?」
「そんなわけないだろう! 俺のスキルのダメージが残っていたんだろう……」
「そうかしら……。凄まじい打撃音が聞こえたけれど……」
「姉さんの言うとおり、私達の攻撃はほとんど効いていなかったわ……。彼女、何者なの……?」
俺はアーシェの動きを気にしながら、ドラゴンのヘイトを集めていた。
それに気づいているのは、アーシェだけだ。
しかし、思っていた以上に手強いな。
Aランクパーティーでも、これはキツイだろう。
その時、ドラゴンの動きに変化があった。
気づいたアーシェは、一旦身を退いた。
「逃げろっ! ブレスが来るぞ!」
俺はありったけの大声で叫んだ。
姉妹は俺の声が届いたのか、素早く避難する。
オイゲンはもたつきながらも、駆け出した。
だが、ベルナルドは足がもつれたのか、地面に転がった。
マズい!
「ひ、ひいいいっ!」
ドラゴンが炎のブレスを吐いた。
このままでは、ベルナルドは炎に焼かれて死んでしまう。
俺は体当たりで、ベルナルドを弾き飛ばした。
「う、うわああああああっ!」
直後、辺り一面が焦土と化す。
素早く周りを確認して、誰も被弾していなかったのでほっと胸を撫で下ろした。
「ひ、ひいいっ! く、来るなっ!」
近くで尻を地面につけながら、剣を振り回しているベルナルドに近づく。
「ごめん。咄嗟だったから、突き飛ばした。怪我はないか?」
俺はベルナルドを立ち上がらせようと、手を差し出した。
「…………ん?」
ベルナルドは腰を抜かしていた。
股のあたりが濡れているように見える。
恐怖で失禁したのだろう。
仕方のないことだ。
俺も七歳の時に、爺ちゃんに地下迷宮の最下層に、「ひとりで戻って来るんじゃぞ、いいなシスン」と置き去りにされた時は恐怖で泣きながら漏らしてしまった。
何とか魔物を蹴散らして、地下迷宮を出た時に、爺ちゃんに抱きしめられて頭を撫でられたのは今でも良く覚えている。
あのボリルの街近郊の地下迷宮は、俺にとって若干トラウマが残る場所だ。
ベルナルドがこの様子じゃ、【光輝ある剣】はもう戦えないだろう。
俺がやるか。
俺は昔、爺ちゃんから言われた話を回想する。
『よいか、シスン。これからお前に全力で戦うことを禁ずる』
『え? どうして?』
『それはな、お前の修行にならんからじゃ』
『うーん? よくわかんない……』
爺ちゃんは、普段の戦いは持てる力の一割で戦うように言った。
一割の力で、試行錯誤して戦う。
思った以上に難しかった。
今まで軽く勝てた魔物に苦戦した。
だが、行動の引き出しは増えた。
頭も使うようになった。
これが、俺が更に強くなるための修行になるという。
『シスンよ。己の中に四つの鍵をかけるのじゃ』
『鍵? 俺の体に鍵穴なんてないよ?』
『そうじゃない。今から教えてやろう』
爺ちゃんが言うには、自分にあるルールを課すらしい。
一割の力で勝てないと判断したら、ひとつ目の鍵を開ける。
それは、三割まで自分の力を使っていいということ。
同じように、二つ目の鍵を開けると、半分の力を使っていい。
三つ目の鍵を開けると、七割の力を。
そして、四つ目の鍵を開けるということは、すなわち持てる力の全てを出し切って戦っていいということだ。
もちろん、魔法で制約をかけるわけじゃないから、いつでも鍵を無視して全力を出すことはできる。
だけど、俺は爺ちゃんの言うとおりに、これまでそうしてきた。
目の前のドラゴン。
俺の経験から、一割の力では勝てないと、体が警笛を鳴らす。
ならば、ひとつ目の鍵を今……開けよう。
俺は心の中で久しく使っていなかった鍵を、その鍵穴に差し込んで、一呼吸置いてから一気に回した。
「これで、戦える」
俺はへたり込むベルナルドを置き去りにして、ドラゴンに向かって歩を進める。
「お、おい! 止めろ、シスン! か、かか勝てるわけがない! 第一、そんな剣じゃドラゴンの皮膚に傷すらつけられないぞっ……!」
ベルナルドがドラゴンの挙動の度に身を竦ませながら、俺に警告する。
俺は自分の手に握られた剣に視線を落とす。
確かにベルナルドの言ったとおり、普通の剣じゃドラゴンの分厚い皮膚を斬り裂くのは難しいだろう。
だけど、そんなのは俺にとっては言い訳に過ぎない。
この剣で傷をつけられなかったら、それは剣のせいではなく、俺自身が未熟だということだ。
爺ちゃんもきっと、同じことを言うだろう。
「し、死ぬ気か……? あいつ……、恐くないのか……?」
「しっかり目を見開いて見ておきなさいよ。シスンがドラゴンを倒す瞬間をね」
俺とドラゴンが対峙する。
ドラゴンも本能で悟ったようだ。
今、目の前にいる俺が、全力で戦うに値する相手だと。
そして、殺るか殺られるかの戦いになると。
「お前も腹を決めたか。じゃあ、始めよう。恨みはないが、ここで討伐させてもらう」
ドラゴンが咆哮をあげて、炎のブレスを吐いた。
俺はブレスの死角に転がって躱す。
そこへ、ドラゴンの前足が振り下ろされるが、俺は地面を蹴って逃れた。
「な、何なの、あの動き!? 姉さん、私は夢でも見ているの!?」
「夢じゃないわローサ……。あれが、彼本来の実力だったのよ……。私達とじゃ桁が違うわ」
ドラゴンの猛攻を、俺は全て躱している。
俺は回避しつつ、ドラゴンの巨大な体軀を足場に、次々と飛び移って頭を狙える高さまで辿り着く。
「終わりだ」
俺は跳躍して剣を振りかぶった。
狙うはドラゴンの頭。
爺ちゃん、技を借りるよ。
まだ【剣聖】じゃないから、そのスキルは使えないけれど。
模倣はできる。
威力は本物の半分にも満たないけれど、今はそれで十分だ。
俺は剣を振り下ろし、ドラゴンを頭から真っ二つに両断した。