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世界最強 後編

 アンドレイを取り込んだことで、全ての触手がひとつになった。

 恐らくアンドレイは死んだ触手三本と一緒に、オイゲンに寄生していたのだろう。

 それを再生能力を超えた蘇生で復活させたのだ。

 これが、かつて世界を滅ぼそうとした破壊の神デスの真の姿。


「シスン、どうするの?」


 俺はアーシェの問いかけに即答できないでいた。

 今も冒険者達が戦っている。

 Sランク冒険者ともなると、相手との実力差を読めるはずだ。

 今目の前にいるあいつには歯が立たないと身を以て感じているはず。

 現に撤退する冒険者も出始めている。

 それでも戦うことを止めない冒険者もいた。

 それが世界を守ろうとする使命感からなのか、剣の神に選ばれた力のある者なのかは判断がつかない。

 だけど、戦い方は洗練されている。

 まるで自分たちの役割をわかっているかのようだった。


「再生がなければ俺達にも勝機はある。エステルの提案どおり、再生能力を持った触手をまず落とす」

「それしかないようですね。どれがそうだかシスンさんはわかりますか?」


 マリーさんに言われるが、俺もさっぱりわからない。


「多分、今は右から二番目です」


 エステルが鋭い眼差しで言った。


「どうしてわかったのじゃ? 妾にもわからんというのに」

「あの触手はシスンに斬り落とされてないんです。最初にあった四本の触手の内、シスンに斬り落とされたのは二本です。確実に一度は死んだようでしたからあれに再生能力があるとは思えません」

「残った二本はどう見分けたんだ?」

「右から二番目のあの触手が、その二回とも死んだ触手に近づいたんです。ティアさんが魔法で風穴を開けた時も同じ行動をとっていました。だから……間違いないと思います」


 いつもは自信なさげに遠慮気味なエステルが、はっきりと口にした。

 エステル……やっぱり君は凄いよ。

 俺達の誰もがそんなところまで気が回らなかった。


「よくやった、エステル。あとは任せろ」


 とは言ったものの言葉とは裏腹に、この戦闘で《星河剣聖(せいがけんせい)》を二度放った俺の体は次第に重みを増していった。

 前線で戦っている冒険者が傷つく度に、やるせなさが俺を襲う。


 はたと剣の神が言っていたことを思いだす。

 俺は封印剣シスンを強く握った。

 剣の神……もうこの世から消えてしまったが、この封印剣にはその力が宿っていると言っていた。

 ならば、俺に僅かでもいい力を分けてくれ。


「エステル……シスンをお願い」

「アーシェ……?」


 アーシェは俺から手を離すと、エステルに目配せした。

 それに続くようにティアも頷く。


「主様よ、少し休憩じゃ。その間あのデカブツの相手は妾とアーシェに任せるがよい」

「お二人とも気をつけてください。あの再生能力さえ封じれば、シスンが決着をつけてくれますから」

「そうね」

「そうじゃのぅ」

「……くっ……!」


 俺の体は少しずつ回復してきている。

 だが未だに体中を疲労感が襲う。

 封印剣シスンから僅かではあるが流れてくる力を感じるが、すぐに動けそうになかった。

 もうしばらく時間がいる。


 この間にもSランクの冒険者が戦ってくれている。

 アーシェやティアもそれに加わっていった。


「シスン、座ってください」


 エステルが俺を座らせる。

 みんなが戦っている状況で、俺の体はどうして……!


「あたし達はシスンを信じています。だから、シスンもあたし達を信じてください。再生能力を持つ触手はアーシェさんと、ティアカパンさんが必ず何とかしてくれるはずです。シスンはその時まで少しでも体を休めてください」


 俺はエステルを見つめたあと、前線で戦っているアーシェ達に視線を移し頷いた。

 すまない……みんな!


 Sランクの冒険者といえども、目に見えて疲労している。

 その数は最初の半分近くまで減っていた。

 圧倒的に形勢は不利だと思いかけた時、ティアが起死回生の特大魔法を完成させて放った。

 三本の触手がその醜悪な側面に風穴を開けて死んだが、すぐに復活する。


 死者が出ないようにアーシェが立ち回っている。

 危なくなった冒険者を戦線から離脱させ、代わりに自分が前へ出る。


「エステル! 触手が動きすぎてどれがそうだか見失ったわ!」

「今は一番右端です!」

「みんなーっ、お願い聞いて! 右端の触手が再生能力を持っているわ! スキルや魔法を集中させて!」


 アーシェが声を張り上げると、周りの冒険者が即座にスキルを叩き込んだ。

 他の冒険者もそれに続く。

 トドメはアーシェの渾身の一撃だった。

 その触手の中程が破裂した後、地面に落ちてぴくりとも動かなくなったのだ。

 つまり、再生能力持ちの触手が死んだことに他ならなかった。


「まだ七本の触手があるわ! みんな、なるべく集中してスキルと魔法を……!」


 アーシェが言い終えるより早く、残った七本の触手はアーシェとティアを含む冒険者全てを薙ぎ払った。

 一瞬のことだった。

 前線で戦っている冒険者の隊列が瓦解する。

 俺の目は冒険者が宙を舞い地面に落ちていくのを追った。

 直後、呻き声や《エクスヒール》の詠唱が聞こえる。

 アーシェもすぐに立ち上がった。


 そうだ……!

 まだ七本も触手が残っているんだ!

 なのに俺の体はまだ動かない。  


 前線の冒険者のほとんどは気力だけで立っているようなものだ。

 《エクスヒール》で癒やされた僅かばかりの冒険者でさえ、七本の触手の前にはもう為す術がなかった。

 再生能力を失いチャンスだと思ったが、破壊の神デスは更に力を増したようだった。


 アーシェは咆哮をあげながら拳で殴りつける。

 己の全てを出し尽くすような激しい連打だった。

 その拳や腕からは血が流れていた。


 それを目の当たりにした瞬間、俺の体がビリッと痺れるような感覚に陥った。

 足に力が入るようになった。

 しかし、立ち上がろうとすると腰が抜けたようによろけてしまう。

 俺が立ち上がらないとみんなが……!


 それでも、俺は自分を奮い立たせるように身を起こす。


「くっ……!」


 動け!

 動け!

 動け!


「あああああぁああああぁああぁっ!」


 悲鳴が上がる。

 アーシェの体が宙を舞った。

 破壊の神デスの攻撃がアーシェに直撃したのだ。

 

「アーシェェェェェェェッ!」


 こんな状況でも俺の足は動いてくれない!

 俺は地面に打ちつけられたアーシェを、眺めることしかできなかった。

 全身からどっと汗が噴き出した。


 地面に横たわったアーシェの顔がこちらを向いた。

 そして口を動かしている。

 この距離では聞こえるはずもなかった。

 だが、俺には聞こえる。

 聞き慣れたアーシェの声がする。

 幼い頃からずっと聞いていた声だ。


「シスンー! 立って! 立ってよぉぉぉぉっ!」


 アーシェが呼んでいる……!

 俺は行くぞ……!

 そうだ、俺にはまだやるべきことが残っているんだ!


 動け!

 動け!

 動け!

 動いてくれぇぇぇぇっ!


 俺は立ち上がった。


「本当に……幼馴染みの声はよく響く……」


 俺は封印剣シスンを握る。


「ありがとう、アーシェ」


 そうつぶやいてから、俺は走った。

 俺の体に力を与えてくれたのはアーシェの声だ。

 だから、見ていてくれアーシェ!



「さあ、デス……始めようか……世界最強を見せてやる!」



 俺を殺そうと二本目の触手が迫ってくる。

 変幻自在の剣筋《朧月(おぼろづき)》で俺は触手の攻撃を翻弄しつつ、死角から断ち斬った。


 俺を殺そうと三本目の触手が迫ってくる。

 俺は地面に這わせるように封印剣を振るうと、地面を穿ち直線上に《地走り(じばしり)》を放ち触手を断ち斬った。


 俺を殺そうと四本目の触手が迫ってくる。

 封印剣シスンが風を纏い、俺は《疾風剣(しっぷうけん)》で薙ぎ払う。

 その鋭い風の刃が触手を斬り裂いた。


 俺を殺そうと五本目の触手が迫ってくる。

 今度は冷気を宿した剣を連続で叩き込んだ。

 《氷水剣(ひょうすいけん)》だ。

 たちまち触手は凍りつき、俺はその凍った触手を粉々に打ち砕く。

 

 俺を殺そうと六本目の触手が迫ってくる。

 封印剣シスンを鮮やかに振るうと、いくつもの残像が浮かび上がる。

 《残影剣(ざんえいけん)》で目の前の触手を惑わすように翻弄した。

 触手が反応しきれていない隙をついて、俺は触手を斬った。


 残る触手はあと二本!

 スキルの多用で俺の体は悲鳴を上げていた。

 しかし、ここで手を止めるわけにはいかない。

 俺は自身を奮い立たせるように雄叫びを上げた。


「うあああああぁあああああぁあああっ!」


 俺を殺そうと七本目の触手が迫ってくる。

 破壊の神デスも必死だ。

 既に再生能力と六本の触手を失っても、まだ衰えない。

 俺は《乱れ斬り》で八回連続攻撃を叩き込む。

 一瞬で触手は肉片と化した。

 

 俺を殺そうと七本目の触手が迫ってくる。

 封印剣が燃えさかる炎を纏った。

 俺は《煉獄炎剣(れんごくえんけん)》で触手を斬る。


 浅いっ……!


 俺の剣は触手に食い込んで動かない。

 しかし剣が纏った炎が触手を焼き尽くしていく。

 ただでは死なんとでも言わんばかりに、触手は最後の抵抗を見せた。

 触手が俺の体を締め上げたのだ。


 俺は《煉獄炎剣》を止めて、《剣閃結界(けんせんけっかい)》で身を守る。

 破壊の神デスはなおも燃えている。

 その熱気が俺のまで伝わってくるが、《剣閃結界(けんせんけっかい)》でかろうじて防ぎきった。

 触手は力尽きたようにしなだれて、黒炭と化しボロボロと崩れ落ちた。


「触手は倒した! あとは本体か……!」


 目が霞む。

 破壊の神デスは全ての触手を失っている。

 しかしながら、その巨体を震わせて、俺に体当たりをしかけようとした。

 あれは避けられない……!

 このままでは踏み潰されると思った時、俺の頼りになる仲間達が駆けつけてくれる。


 アーシェが俺の前に出ると、その巨体を両手で受け止めた。


「こんなもの! 押し返して……!」


 だが、アーシェといえども破壊の神デスの巨体を押し返すのには苦戦している。


「援護します! シスンさんは今のうちに呼吸を整えてください! 私達が最後のチャンスを作ります!」


 マリーさんも魔力は尽きているだろう。

 しかし、矢筒に残った矢を全て放出するように、次から次へと矢を放つ。

 正確無比な射撃は光を纏いながら、巨体を穿つ。


「妾も魔法で援護するぞ! エステル、ありったけの魔法ポーションを妾に!」

「そう言うと思って、冒険者達から譲ってもらいました! ティアカパンさん、使ってください!」


 エステルが差し出した冒険者から分けてもらったという魔法ポーションの瓶を、ティアは掴むとそれを見ずに蓋を開けぐいっと飲み干す。


「主様よ! 時間は妾達が稼ぐ! だから……!」


「「「勝って!」」」


 アーシェ、ティア、エステルが同時に叫んだ。


「……みんな……」


 俺は剣をきつく握る。

 そして、歯を食いしばりながら重い足を引きずるように歩いて行く。


 俺は肉体はとうに限界を迎えている。

 《星河剣聖(せいがけんせい)》に耐えられるかわからないが、俺は全ての力を込めてその一撃に賭ける。

 【剣聖(ソードマスター)】最大の攻撃。

 大上段の構えからの振り下ろし。

 ただそれだけに、己の全てをのせた。


 行けぇ! これが最後の……《星河剣聖》だぁっ!


 その瞬間、封印剣シスンは粉々に砕け散り、空に向かって一筋の光が煌めいた。 

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