不思議な世界
俺は魔王を斬った。
魔王の体は右と左に分かれて、地面にどっと倒れた。
俺の右手に握られていたドラゴンブレードは半分から先が消失していた。
この剣でも耐えられなかったか……。
目の前ではシリウスが呆気に取られた顔で突っ立っていた。
「やったわー! やっぱりシスンは最強よ!」
アーシェが俺の背後から飛びついてきた。
そのあとからティアとエステルも同じ行動をとったので、俺は前につんのめりそうになった。
「流石、主様よ。やはり妾の夫に相応しいのは主様しかおらぬな。これ、アーシェ離れるがよい!」
「あなたが離れなさいよー!」
「あっ……あぅ! 痛いです!」
俺は見えないが、どうやらアーシェとエステルに挟まれたエステルが巻き添えを受けているようだ。
「三人とも一旦離れて。まだ終わっていないみたいだ」
俺の目の前ではシリウスが戦闘の意思を示していた。
「魔王を倒すとはな。流石、俺の見込んだ男だ。ならば、次は俺が相手だ」
「本気か?」
「俺が冗談を言うように見えるのか?」
シリウスが強力な再生能力を持っていたとしても、俺の聖属性が付与された攻撃の前では意味をなさない。
それはシリウスも理解しているはずだが?
「とは言ってもだ。今の俺では勝てないようだな」
「え?」
「まずはアルダンの頼みを聞いてやることにしよう。そのあとシスン、お前を倒す」
シリウスは背を向けると、歩き出した。
「おい、どこへ行くんだ?」
「東の街へ。そこにアルダンが倒したかった者がいる」
「四天王のバランとかいうヤツか?」
シリウスは怪訝な顔をしてから、首を横に振った。
「あんな小物などどうでもいい。アルダンが倒したかった相手、それは俺の片割れでもある……デスだ」
「なん……だと? 八本目の触手のか? どうして、アルダンがデスを……?」
「アルダンにとっては、魔王以上に厄介な存在だったのだろうな。俺はデスを取り込み、更に力を手に入れてやる。そして、お前と戦う。その時まで首を洗って待っているんだな」
そう言うと、シリウスは東の街バランの方へ走り去った。
シリウスは東の街にいるというデスと戦うという。
アルダンに聞いた話では、彼を取り込んだシリウスでも分が悪いように思えるが……。
「シスン! 急いでお父さん達のところに向かいましょ!」
そうだ、俺達はバジルさん達のところに向かったかも知れないペイペイマンを追わないといけない。
「主様よ、その剣はもう使い物にならんぞ」
ティアの一言で俺はドラゴンブレードに目をやった。
今は鞘に収めているが、この剣の半分から先はもうない。
俺の全力に耐えきれなかったからだ。
「シスン、魔王が持ってた剣を持っていきましょ」
「おお、そうじゃ。魔王は死んだが剣は残っておるではないか」
俺は魔王の右手の傍に落ちていた剣を見た。
「エステル、あれを鑑定できるか?」
「あ、はい! 見てみます!」
俺達は剣に近づいた。
エステルが剣に手を翳す。
呪いがかかっているかも知れないから、迂闊に触ってはいけないとエステルに注意されたので、その後ろから黙って様子を眺める。
エステルが真剣な表情で《遺物鑑定》のスキルを使用している。
「呪いは……かかっていません」
「そうか、それなら俺にも使えそうだな。どういう剣なのかわかるか?」
「はい。封印剣●●●……すみません、あたしの《遺物鑑定》でも名前を読み解くことはできませんでした」
封印剣●●●。
エステルに調べてもらったところ、強度は俺のドラゴンブレードを遙かに上回るようだ。
魔王が使っていた武器だし、きっと魔剣の類いか何かだろう。
特に属性の付与はないらしいが、強度があるならずっと使っていけそうだ。
「うぅむ……」
「ティア、どうしたんだ?」
「その剣……どこかで見た覚えがあるのじゃが……」
「この剣をか? そういえばシリウスの触手も見たことがあると言っていたな。それじゃあ、この剣も二千年前の……?」
「……考えれば考えるほど、頭の中に靄がかかったように記憶が遠ざかっていくような……。思いだせそうで、思いだせん。歯痒いのぅ」
エティアはしばらく考えていたようだったが、結局何もわからなかった。
俺は近くに転がっていた封印剣の鞘を見つけると、剣を収めた。
そして俺達はすぐに出発したのだった。
***
途中、中立派に開放された北の街を経由して補給を済ませると、すぐにバジルさんの家に向かった。
バジルさんの家が見えたのは、俺達が魔王を倒してから十日が過ぎた頃だった。
つまり王都を発ってから三十九日も過ぎている。
各国から魔王討伐の為の軍勢が辺境に着くまでには、ギリギリ間に合っただろう。
「お父さーん、お母さーん! アーシェよ、開けてちょうだい!」
アーシェがドンドンと扉を叩く。
出てきたのはエイヴラさんだった。
「アーシェ! 無事だったのね!」
エイヴラさんは扉を開けるなり、アーシェを抱きしめた。
しかしその右頬には剣で斬られたような傷があった。
もう治りかけているが、その痕が何とも痛々しい。
「お母さん……? その傷はどうしたのよ!? お父さんは中にいるの?」
「それが……」
家の中に招き入れられた俺達はベッドに横たわっているバジルさんを見た。
体中傷だらけで、首だけをこちらに向ける。
「お父さん!」
「バジルさん! 何があったんです! ティア、治療を頼む!」
アーシェが心配そうにバジルさんの傍に駆け寄った。
ティアはベッドに近づいて、怪我の具合を確認しながら《エクスヒール》で癒やしていく。
「折れた骨は魔法で治せんが、傷はもう塞いだからあとは寝ておれば治るじゃろう」
「ティア、お願い! お母さんの傷も治してあげて」
「うむ」
ティアはエイヴラさんの傷に手を近づけると、それを癒やしていく。
傷が完治する前でよかった。
完全に傷跡になってしまえば、《エクスヒール》を使ったところで治すのは無理だという。
「バジルさん、これは……」
「……ああ、そうだな……」
バジルさんは辛そうに声を上げる。
怪我が辛いのではなく、何か言い淀んでいるようだったが、ぽつぽつと語り始めた。
今から二日前、ここにシヴァール王国の【勇者】率いる、【選ばれし者】というパーティーが来たそうだ。
ウェイン王子のパーティーだ。
バジルさんを見るなり襲いかかってきたらしい。
エイヴラさんが止めてくれと懇願したが、
『魔族は悪、そして魔族に味方した人間も悪だ』
とウェイン王子は言い放ち、彼女にも斬りつけたようだ。
その場にいた転移門を守る為にいたバジルさんの仲間は殺されたそうだ。
「あのウェインとかいうのは強いぞ。魔族が悪だと言っているが、あれこそとんでもない悪だ。エイヴラを傷つけられた俺は我慢できなくなって暴れたが、全く歯が立たなかった。そのウェインというクソガキひとりにな……!」
バジルさんが歯を剥き出しにする。
多分怒っているのだろう。
「……許せないわ!」
アーシェは怒りで身を震わせている。
しかし、そのパーティーにはマリーさんもいたはずだ。
俺がそう思っていると、
「ヤツの仲間のエルフの女は俺達を庇ってくれたな。ヤツらの会話からして、【剣聖】のオッサンの元仲間だったようだが……」
マリーさんはバジルさん達を庇ってくれたらしい。
しかし、今度はウェイン王子の矛先はマリーさんに向いて、王子に忖度したアルスとカルスの双子が彼女を暴行したというのだ。
俺は耳を疑った。
何てことをするんだ……!
バジルさんやエイヴラさんだけでなく、マリーさんにまで!
その後、バジルさん達は気を失っていて、目覚めた時にはウェイン王子達はいなくなっていたらしい。
バジルさんの話では、おそらく辺境に向かったのではないかということだ。
ここに戻ってくる途中でウェイン王子とは出会わなかったから、別の方角へ向かったのだろうか。
ここまで来て、辺境を目指さないわけはないし……。
ウェイン王子がその様子なら、各国の軍勢も魔王の死くらいでは止まらないのかも知れないな……。
これはマズいぞ。
「ここにはもうすぐ各国の軍勢がやって来るはずだ。アーシェ、バジルさんとエイヴラさんを連れて転移門からイゴーリ村へ行くんだ」
「転移門の向こうはドルーススの森が広がっているのよ? 私じゃイゴーリ村への道はわからないし……」
「それに俺があの村に戻るのは無理だろう。この見た目じゃな」
バジルさんが自嘲したように笑う。
「ドルーススの森はマグダレーナさんが巡回しているはずだ。それに神父様や爺ちゃん、そして村長なら何かいい手を考えてくれるかも知れない。なによりここに残るより安全だ」
「でも……シスンはどうするのよ?」
「俺はウェイン王子を止める」
アーシェ達が戸惑っているが、俺にも他にいい案が浮かばない。
バジルさん達をこのままにしておけないし、ウェイン王子を何とかしないといけない。
「……スン? ……と!? ……た…………!」
「あ……! ……の……!」
……え?
あれ……?
突然、俺の視界が暗転した。
意識が遠のく……!
そのまま俺は為す術もなく床に倒れた。
気がつくと、何もない場所にいた。
いや、目の前には人がいる。
辺りは真っ白な景色が広がっていて、そこに膝をついてしゃがんでいる俺。
そして、目の前には屈強な戦士風の男が立っている。
だがその男は実体がそこにはないように、うっすらと透けて見えた。
「あなたは……? そしてここはどこなんだ?」
男は俺より少し年上だろうか、二十歳くらいの青年だった。
白銀の鎧を身に纏い、腰には剣を携えていた。
見覚えのある剣だ。
その剣……どうして!?
「あれ、俺の剣がない!? どういうことだ!?」
男の剣帯にぶら下がっていたのは、俺がさっきまで身につけていた封印剣と全く同じだった。
そして俺の腰にはあるはずのそれがなくなっていた。
俺は男を見上げる。
その顔は厳しい表情をしていた。
「ここはどこなんだ……?」
俺はさっきまでバジルさんの家にいたはずだ。
男は黙って俺を眺めている。
そしてしばらく俺を眺めたあと、男は不意に口を開いた。
「ここは精神世界。お前の心の中だ」
「え……?」
精神世界?
俺の心の中だって……?
俺は夢でも見ているのだろうか。
「夢ではない」
男は俺の心を見透かしたように答えた。
どうして俺の考えていることが……?
それにこの男は一体……。
「俺が誰だが気になるようだな」
「!?」
こいつ……俺の心を読んでいるのか?
まさか、残っている四天王二人の内どちらかなのか?
ペイペイマン……それともバランか……!
「俺は魔族ではない。かといって人間やエルフでもない。今やその名を知る者はほとんどいないだろう。それだけの時が流れたのだ」
四天王じゃない……。
ならば一体、目の前のこの男は誰なんだ?
「俺の名は忘れ去られて久しい。代々【剣聖】は俺の名を語り継いでいてくれたようで、少し嬉しく思う。お前には聞き慣れた名だろう」
代々【剣聖】?
この男は何を言っているんだ……。
「遙か昔より破壊の神と戦いを続けている者だ。人の子らは俺を剣の神と呼んでいた。名をシスンという」
目の前の男は自身を神と呼び、そして俺と同じ名を告げた。




