シスンの本気
アルダンの宿主ゴブリンは棒立ちだ。
その口から飛び出た触手は半分から先を魔王に潰されて、力なくだらんとぶら下がっている。
アルダンが……死んだ?
「貴様らも余に逆らうか?」
魔王は五十人の魔族相手に剣を振るった。
血飛沫が舞い一瞬にして屍へと変える。
残ったのは俺達【剣の試練】の四人だけになった。
「シスン! あいつ強いわよ!」
回復したアーシェが俺の腕を掴んで言う。
ティアやエステルも俺を見つめている。
同じ意見のようだ。
だが、魔王が俺達を逃がしてくれるとは思えない。
俺は一歩踏み出した。
「シスン!」
「主様!」
「駄目です、シスン!」
俺は三つ目の鍵まで開ける。
右手に握ったドラゴンブレードに目をやった。
そして、目を瞑り四つ目の鍵を開放した。
そう。
これが正真正銘、俺の全力だ。
「俺が戦っている間に逃げるんだ」
魔王の実力は読めない。
万が一のことを考えて、俺が魔王を引きつけている間にアーシェ達を逃がすしかない。
「シスン! あたし達と一緒に逃げましょう! 敵は強すぎます! いくらシスンが強くてもこれでは……!」
「エステルの言うとおりじゃ、相手が悪すぎる」
「全員で逃げたら背後からやられる。魔王を食い止められるのは俺だけだ。大丈夫だ、何とかする」
《星河剣聖》は二回が限度だろう。
二回で倒せなければ、俺は殺されるだろう。
だけど、全力の《星河剣聖》。
これは俺自身にも、どれほどの威力を秘めているか予想はできない。
これならあるいは……とも思う。
「……シスン。あなたを信じるわ」
アーシェが俺の背中に手を触れる。
「アーシェ!? 何を言っておる! 主様を止めんか!」
「アーシェさん! あたしよりもあなたの方が魔王の力がわかっているはずです! なのにどうして!」
「私はシスンを信じるわ。勝つんでしょ? シスン」
俺はこちらに向かってゆっくり歩いて来る魔王を見据えながら頷くと、アーシェに応える。
「ああ」
「それなら私はここに残るわ。だから勝って」
「わかった」
俺は地面を蹴った。
それを見て、魔王も駆け出した。
一瞬で互いの距離が詰まった。
剣が交錯し、激しい剣戟音が鳴り響く。
「うおおおおおおおおおおっ!」
「力を増した!? 何をした、人間の冒険者!」
魔王は驚いたようだが、それでも俺の剣を見事に捌いていく。
俺は攻撃の手を弛めない。
魔王がたまらず一歩下がったところで、俺は剣を振りかぶった。
「この剣は!?」
魔王が《星河剣聖》に気づいて、後方に大きく跳んだ。
俺は即座に剣を止める。
やはり隙を狙わないと駄目か。
「貴様、五十年前に余と戦った冒険者と同じ技を使うようだな。今の動き、覚えがあるぞ」
爺ちゃんが魔王に《星河剣聖》を使っていたのか。
それで、魔王にはその知識があり予備動作で見破られたのか。
「お前と戦ったのは俺の爺ちゃんだ」
「……孫か。なるほど。人間の剣術と、魔族の剣術。どちらが上か教えてやろう」
魔王が不敵に笑う。
「面白いことをしているな。なら俺が先に相手をしてやろう」
魔王の背後から声がした。
しかし、魔王の後ろには誰もいない。
あるのは抵抗派の魔族五十人の死体の山と、そのリーダーだったアルダンの宿主だったゴブリンが立ったまま死んでいるだけだった。
魔王が振り返って足元を見ていた。
地面に何かがいる。
「貴様もここにいたのか?」
「シスンのあとを追ってきたらここに辿り着いた」
魔王と会話している地面にいたそれは、俺の知った声で言った。
しかも俺の名を知っている。
「……シリウス?」
魔王の足元にいたのはシリウスだった。
「ただの触手ごときに何ができると言うのだ? 貴様より格上の片割れはもう死んだぞ」
「いや、まだかろうじて生きている」
シリウスはアルダンの宿主だったゴブリンに這い寄った。
「アルダン、お前の力を寄越せ。俺が魔王を倒してやる」
「……シリウス……かい? それ……は……できない相談……だよ。君に……吸収されるのには……些か不安が残る……」
アルダン!?
まだ生きていた……!?
「俺ならお前の傷を癒やすことができる。早くしないと死んでしまうぞ」
「それでも……だ。君が僕に……吸収され……るのなら問題……はないん……だけどね……」
「笑わせるな。そうなったら俺という人格がなくなってしまうではないか。俺はもっと強いヤツと戦いたいんだ」
「……それが……危険なんだ……よ。君とデスには……あと彼もだね……絶対に……主導権を……渡せない……」
「頑固なヤツだ。どうなっても知らんぞ」
どうやら交渉は決裂したようだ。
魔王も同じように考えたのか、こちらに向き直った。
「くだらん邪魔が入ったな。さて、続きを始めようか。貴様があの男の孫だとわかった以上、生かしてはおかぬ。まずは貴様を殺した上で、人間共を皆殺しにしてやろう」
魔王が剣を構えた。
「そんなことはさせない。お前は俺が倒す」
再び俺と魔王は剣を交えた。
攻防一体の激しい応戦が繰り広げられる。
俺の全力についてきている。
強い!
その時、俺の視界に八つの剣撃が現れた。
ここで出してくるか!
この技は見たことがある。
ドルーススの森でマグダレーナさんが見せてくれたあの技だ。
《餓狼獣王剣》。
俺のスキル《乱れ斬り》にも似たような技だが、それより早い。
その早さはマグダレーナさんのを上回る。
あの時は見えなかった。
だが、四つ目の鍵を開けた今の俺には見えていた。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は《剣閃結界》を使うのではなく、《乱れ斬り》で迎え撃った。
《餓狼獣王剣》の八回攻撃を、《乱れ斬り》の八回攻撃で弾き返す。
「馬鹿なっ!? 余の最強の奥義を返すかっ!」
「俺この技を見たことがあるんでな!」
「むうっ!」
互いに後ろに跳んで距離を取った。
どちらも一度目にした攻撃は、中々通じないみたいだな。
それなら、魔王の知らない攻撃で攻めるしかないか。
となると【剣聖】のスキルは、爺ちゃんが魔王相手に使っただろうし……。
いや、ひとつだけあった。
あれなら威力は申し分ないはずだ。
今の俺の《星河剣聖》には劣るだろうが、鍵を三つまで開けたそれと同等かそれ以上はあるだろう。
俺が考えていると、魔王の後ろにアルダンの宿主であったゴブリンが立っていた。
アルダン……!
「魔王! 俺が相手をしてやろう!」
いや、違う!
あれはシリウスの声だ!
アルダンはどうしたんだ!?
「まだいたのか? それは本気で言っているのか?」
「本気も本気! 今の俺をさっきまでと一緒にするなよ? アルダンを取り込んで力は増した! 今の俺を倒せる者はいないっ!」
な、何だって!?
アルダンを取り込んだ……?
あんなに拒否していたのに、アルダンはどうして!?
「シスン、驚いたか? アルダンを取り引きをしたのだ。ヤツの目的を俺が引き継ぐ代わりに、な」
シリウスとなったゴブリンはニヤリと笑った。
「取り引き……?」
俺はつぶやいた。
シリウスが魔王と戦うと言うので、俺はアーシェ達に近づいた。
「俺が魔王と戦っている間に何があったんだ?」
「私もわからないわ。ずっとシスンを見ていたんだもの」
「すみません……あたしも見てなかったです」
「何やら言葉を交したあと、あのシリウスとやらがアルダンの口の中に飛び込んだと思ったら、あのとおりじゃ。しかしあの触手……やはりどこかで見た覚えがあるのぅ。思い出せそうで思い出せん」
「アルダンと初めて会った時にも言っていたな。ということは俺達と出会う前の話だろ? つまり二千年前ってことか?」
「……そういうことになるのかのぅ」
マグダレーナさんは魔族の寿命は長くても百五十くらいだと言っていた。
だから、あの触手を二千年前にティアが見たっていうのは……ありえない。
しかし、俺と出会って以降のティアがシリウスに遭遇したことはない。
どういうことだ?
「ねぇ、シスン。シリウスが強くなったのは感じるけれど、魔王に勝てるのかしら? 私にはそうは見えないわ」
「そうだな……」
シリウスは口から二本の触手を伸ばして、魔王と戦っている。
その二本の触手は鞭のようにしなり、予測できない動きで魔王を近づけさせない。
魔王は手を焼いているように見えた。
「互角に戦っているように見えるが、地力は魔王の方が上だろうな。時間稼ぎにしかならない」
「となると、主様にかかっているということか」
言いながら、ティアは俺に《エクスヒール》をかけてくれる。
「勝てるのじゃよな?」
「ああ、勝てる」
アーシェは「当たり前でしょ」と勝ち誇ったように、ティアに視線を送る。
「戦ってわかったが、魔王は一度見たスキルや技への対応力が優れている」
「シスンと同じね」
「ああ。だから、魔王の知らない方法で斬る」
「そんなことできるんでしょうか?」
「ある。みんなも見たことがある技だ」
「「「え?」」」
三人は一様に首を傾げた。
シリウスは次第に精彩を欠いて、追い詰められていた。
そして、魔王の剣がゴブリンを斬った。
「ふぅ。手を煩わせおって」
魔王が俺に振り返った。
「次は貴様だ」
「どうした魔王? まだ終わってないぞ?」
「……厄介な。もう回復したのか?」
シリウスがフラつきながら立ち上がる。
だが、斬られた胸の傷は血の泡ができて塞がりかけている。
再生が早い……!
アルダンを取り込んで再生能力も増したのか!
だが、前に俺と戦った時と同じだ。
シリウスでは決め手に欠ける。
戦い続けても魔王には勝てないだろう。
「シリウス、下がってろ。お前じゃ魔王に勝てない。俺が倒す」
俺はドラゴンブレードをきつく握りしめ、魔王に向かって《地走り》を放つ。
魔王は左手から魔法を繰り出して、それを消し去った。
既に俺は魔王に迫っていた。
剣を振り上げる。
「その技は効かんと言っている!」
魔王は避ける素振りを見せた。
これを《星河剣聖》だと思ったか!
ならば、俺の勝ちだ!
「はあああああああああああああああっ!」
俺は爺ちゃんとの立ち会いで見た技を模倣する。
《真・星河剣聖》!
爺ちゃんのとっておきだ!
爺ちゃんといい、マグダレーナさんといい、まるで俺が魔王と戦う時を想定していたかのようだ。
二人と戦った経験がなければ、俺も魔王の《餓狼獣王剣》を防げなかったし、シリウスのように決め手を欠いていただろう。
俺の放った《真・星河剣聖》は、驚愕の表情を浮かべる魔王の頭に食い込んだ。
「これで決着だっ! 魔王ぉぉぉっ!」
「あがっ……くっ……! あああぁあああああぁあああぁっ!」
俺は剣を一気に振り抜き、魔王を左右に両断した。