闘技場での戦い
「領主の許可が下りた。シスン、舞台は整ったぞ?」
「……全く、無理矢理にも程があるぞ」
俺はシリウス越しにゲルビョルンを見るが、現四天王最強と言われるだけあって、全く動じた風には見えない。
むしろ威風堂々としていた。
それにしても、シリウスが六本目の触手ならば、アルダンとは元々ひとりの魔族でその別人格ということになるのか。
そうなると、アルダンの強さはシリウスの倍ほどになる。
シリウスはドラゴン以上の強さを持っている。
その倍か……。
もしそうなら、北の街のペイペイマンと戦うと言っていたのも存外無謀な策ではないようだ。
「どうした? 早く始めろ? 退屈と判断したら、俺が二人まとめて殺してやるから覚悟しておけ」
ゲルビョルンは楽しそうに口元を吊り上げた。
「だそうだ。では始めるとしようか」
「そうするしかないみたいだな」
シリウスが大剣を構えた。
それに合わせて、俺もドラゴンブレードを抜いて構える。
前に戦った時は、ひとつ目の鍵を開けて十分だった。
この短期間でシリウスが強くなったとは到底思えない。
しかし、やつの自信は何だ?
前回の戦いはシリウスもわかっているはずなのに……。
シリウスからは動く気がないようだ。
俺の出方を待っているのか?
さて、どう戦おう。
俺がシリウスを倒したらどうなるだろう。
ゲルビョルンが俺に興味を示して、目をつけられる……だろうな。
ならば、この場で二人を倒すか?
「来ないのか?」
「お前こそ、俺の出方を待っているつもりか? 前回の二の舞になるだけだぞ?」
シリウスを倒してこの場でゲルビョルンに戦いを挑まれた場合、観客席にいる魔族の動向も気にしなければならない。
当然魔族は殺気だって、アーシェ達が危険に晒されるかも知れない。
即座に倒さず考えがまとまるまで、シリウスと戦っていたいた方がよさそうだな。
「ふん。つまらんな。さっさと始めねば……」
ゲルビョルンが立ち上がろうとした。
これはマズい。
俺はそれを静止する為に、シリウスに向かって走った。
「はあっ!」
「むん!」
俺とシリウスが互いに剣を打ち合う。
やはりシリウスの強さは前と変わっていない。
ひとつ目の鍵を開ければ問題なく倒せるだろう。
問題はゲルビョルンだ。
ゲルビョルンは俺とシリウスが戦いを始めたことに納得したのか、浮かした腰をまた椅子に押しつけた。
とりあえず、俺達が戦っている間はゲルビョルンは動かないだろう。
さて、考えよう。
こうなってしまった以上、場が混乱するのは避けられない。
どう転んでも俺達はもうこの街で情報集めなんてできないだろう。
それなら、ゲルビョルンと対峙できるのはここしかないはずだ。
だから、やつもここで倒す。
問題はタイミングだ。
「ふんっ!」
シリウスの振り下ろした大剣を、俺は弾き返した。
混乱に乗じてこの街から逃げ出すとして、そうなったらゲルビョルンに近づくのは難しくなる。
だったら、シリウスとゲルビョルンを同時に倒すまでだ。
そして場が騒然としたら、俺達は脱出する。
目的地は魔王が封印されている場所だ。
ここからだと北東か。
俺はシリウスと剣を打ち合いながら、やつを誘導する。
同時に倒すなら俺とシリウスの直線上に、ゲルビョルンを捉えないといけない。
俺は三つ目の鍵まで一気に開けた。
どのスキルを使うかだが。
《地走り》か……いや、シリウスはともかくゲルビョルンを確実に仕留めるには《星河剣聖》が必要だろう。
その為には、シリウスとゲルビョルンの位置をもっと近づけないといけない。
「はあああっ!」
俺は攻撃を繰り返して、シリウスをゲルビョルンが座っている場所の方へ押していく。
シリウスは防戦一方だ。
それはそうだろう。
今の俺にはシリウスの攻撃はあたらない。
シリウスは受けきるので精一杯なはずだ。
ゲルビョルンにかなり近づいている。
シリウスは戸惑っているのか、苦悶の声を吐いている。
「それがシリウスの限界か」
ゲルビョルンがため息を吐いた。
俺は剣を振るって、シリウスをじりじりと押しながら聞いている。
「魔王様と戦ったお前には当時未熟だった俺も恐怖を抱いたが、今となってはその程度か。やはりデスの力が大きかったのか?」
「うるさいぞ。俺とシスンの戦いの邪魔をするな」
デス……八本目の触手のことか。
これで確信した……間違いない。
シリウスは再生能力持ちの六本目の触手だ。
しかし、デスか。
アルダンの話では強さ的には、八本の触手の中でも最強だった。
その強さはアルダンの倍で、シリウスの四倍か。
それが本当なら、俺以上……かもな。
「俺と代わるか? お前ではその男には勝てんだろう。潔く負けを認めたらどうだ?」
ゲルビョルンは既にシリウスに勝ち目がないことを悟っている。
これ以上長引かせるのは危険だな。
だが、もう少し近づかないと《星河剣聖》が届かない。
「つまらんぞ? もう俺と代われ、そいつは俺が殺す」
「うるさいぞ! 貴様は黙っていろ!」
シリウスが怒鳴りながら俺の剣を受けて一歩後ろに退いた。
今だ!
今なら《星河剣聖》で二人まとめて斬れる!
俺は力強くドラゴンブレードの柄を握りしめると、それを振り上げた。
「はあああああああああああああっ!」
《星河剣聖》を使う!
俺は渾身の力を込めて、一気に振り下ろした。
「ぐはああああああっ!」
「な、何ぃぃぃっ!?」
ゲルビョルンが目を見開いたが、それは一瞬のことだった。
俺のドラゴンブレードはシリウスもろとも、ゲルビョルンを真っ二つにブッた斬った!
「「ゲルビョルン様!」」
側近二人が同時に叫ぶが、俺は素早く《地走り》からの《乱れ斬り》で瞬殺する。
「おおおおおおっ! ゲルビョルン様がやられた!?」
「馬鹿な! あいつは何なんだ!?」
「それよりあいつを逃がすな!」
「「「あいつを殺せぇぇぇぇぇっ!」」」
観客席から割れんばかりの怒号が飛んだ。
次々に観客席にいた魔族が柵を乗り越えて、なだれ込んでくる。
その顔は憎悪に満ちていた。
やはり狙われるか。
想定していたとはいえ、数が多すぎる!
アーシェ達がいた辺りを見るが、もうその姿は見当たらない。
「上手く逃げてくれよ」
そうつぶやいて、俺もこの街から脱出することにした。
目的地は北東だ。
アーシェ達もわかっているはずだ。
俺はその方角を見る。
魔族がこちらに向かって来ている。
「ん……あれは……」
シリウスの死体から、蛇のような魔物が顔を出した。
触手だった。
なるほど……再生できないシリウスの宿主は死んだが、触手の方は生きていたか。
一瞬追いかけようとしたが、俺が向かう方角とは逆方向に向かって地面を素早く這って遠ざかっていく。
「追いかけている時間はないか……!」
ゲルビョルンの死体に目をやるが、全く生気を感じない。
完全に事切れているようだった。
それを確認して俺は北東に向けて走り出した。
迫り来る魔族を殺さないように上手くいなしながら、俺は北東に向かって走った。
闘技場から何とか脱した俺は、街の中を疾走する。
しばらく走ると大きな壁が立ちはだかった。
そこには門もある。
門番らしき魔族がいたが、闘技場でのことはまだ伝わっていない。
俺は即座に二人の門番を気絶させ、残るひとりの首筋に剣を触れさせた。
「急いでここを開けてくれ。外に出たい」
「ななな、何だお前は!?」
「さっさとしてくれ。できれば手荒な真似はしたくない」
「無理だ! お前が張り倒してそこで伸びてるやつが、扉の開け方を知っているんだ!」
「何だって……?」
誰でも開けられるんじゃないのか?
魔族を放り出して、扉の開閉装置らしきレバーに近づいて行く。
そこには見たこともない複雑奇怪な盤面があった。
マス目があり、ところどころ窪みがある。
「おい、これは何だ!」
「ひ、ひぃ……っ!」
門番の魔族は答えることなく、逃げていった。
これはまいった。
おそらく謎解きかなんかだろう。
エステルがいれば何とかなったかも知れないが、俺には解けそうもない。
「ぶっ潰すか……」
俺は門を見上げてつぶやいた。
剣を振りかぶって振り下ろす。
キィン、金属音が耳を打った。
しかし扉はビクともしない。
「力が足りないか」
俺は二つ目までの鍵を開けて、力を解放する。
本日二度目の《星河剣聖》だった。
門を容易く斬った。
「はぁ……。はぁ……。やっぱり二度も使うとこうなるか……」
体にどっと疲れが押し寄せる。
軽く頭痛もする。
思ったより体への負担が大きいようだ。
「「「いたぞぉぉぉっ! 街から出すなぁあぁあっ!」」」
背後からは闘技場から俺を追いかけてきたであろう魔族の声が聞こえる。
「もう追いつかれたのか……!」
俺は力を振り絞り門をくぐると、荒野を北東に向かった。