ゲルビョルンの街での再会
エドマンドは死んだ。
一階に駆けつけると、アルダンとティアは魔族と応戦していたので、エドマンドの死を伝える。
すると、魔族達は観念したかのように、力なくうな垂れた。
その後、アルダンと一緒にエドマンドの死を喧伝しながら、次々と地下牢を開放していった。
四天王派の魔族で反抗する意思を見せる者は、仕方がないが地下牢に入れることになった。
今や街は抵抗派の魔族で溢れかえっていた。
「君のおかげだよ、シスン。感謝するよ」
「この街はもう大丈夫なのか?」
「抵抗派の中には元の領主もいるから、彼が街を立て直すだろう。僕はこれからポムと合流して、北の街の領主ペイペイマンのところへ向かうつもりだよ。シスンがまだ協力してくれるつもりなら西の街にいるゲルビョルンのところに向かって欲しい」
アルダンが言うには、魔王が封印されている場所は、ここから北西の位置だという。
ペイペイマンとゲルビョルンの丁度間くらいの位置だそうだ。
「ペイペイマンと戦えるのか? エドマンドは中々強かったぞ? アルダン達の仲間の戦力はどのくらいなんだ?」
「心配はいらないよ。ペイペイマンなら僕と同じくらいの強さのはずだし、エドマンドよりは弱いと聞いているからね」
「そうなのか?」
アルダンがペイペイマンは任せて欲しいと言うので、俺達はここで彼と別れて西のゲルビョルンに向かうことにした。
「シスン。ゲルビョルンは抵抗派の魔族を互いに戦わせて見世物にしているらしいんだ。闘技場というところがあるから、そこで高見の見物をしているはずだよ」
「わかった。街に入るにはどうすればいいんだ?」
「ここと違って向こうは簡単に入れるはずさ。金さえ積めばね」
アルダンは金貨の詰まった袋を俺に手渡した。
「街へ入る時に半分、そして闘技場に入る時に残りを渡せば入れてくれるはずだよ」
「こんな大金、いいのか?」
「ふふっ、エドマンドの屋敷にあったものだから気にしなくていいよ」
「いつの間に……」
アルダンは悪戯っぽく笑った。
***
四日後、俺達はアルダンから手渡されたお金を使い、ゲルビョルンが支配する街へ入った。
俺達がたっぷりお金を持っていると知ると、門番は必要以上に要求してきたが、そこはアーシェが交渉してくれた。
残りのお金は闘技場へ入るのに必要なので、アーシェには助けられた。
街の中は人間の街と同じような雰囲気だった。
規模はネスタの街と同じくらいだろうか。
たくさんの魔族が行き来しているが、それが四天王派か抵抗派かはわからない。
迂闊なことは喋らないように、俺達は慎重に行動していた。
闘技場の場所を聞いて、俺達は早速そこへ向かう。
お金を渡すと、問題なく中へ入れてくれた。
他の魔族に習って通路を歩いていると、観客席に出た。
「凄い数だな」
「そうね。ここにいるのよね?」
「あれじゃないですか? 向こうの椅子が並んでいるところにいる……」
観客席は魔族で埋め尽くされていた。
その一角に豪奢な椅子があり、そこにひとりの魔族が座っている。
人間のような顔に角が二本生えている。
肌の色はどす黒かった。
あれがゲルビョルンかも知れないな。
両脇に護衛らしき魔族が控えている。
「どこで仕掛けるかだな」
「流石にこの数では、妾も骨が折れるのぅ」
いや、俺でも厳しいよ。
四つ目の鍵まで開ければできないこともないだろうが、俺の目的は魔族の皆殺しじゃない。
何とかゲルビョルンに近づく方法はないものか。
「む、お前は!?」
急に声をかけられて、俺達は声のした方に顔を向けた。
「こんなところで会うとはな。確か……シスンだったか?」
「お前は……!?」
目の前にいたのはエアの街で戦ったシリウスだった。
あの時と同じく背中には大剣を背負っている。
どうしてこんなところに……!?
いや、こいつも魔族だから別におかしくはないのか。
エアの街でミディールさんと交戦中に逃げたらしいが、辺境に来ていたのか……。
「シリウスか……!」
「ほう、覚えていてくれたようだな」
俺の隣でティアが「誰じゃ?」と言っている。
それを聞いてアーシェが説明している。
「あの時は邪魔が入ったが、続きをするか?」
「こんなところで面倒ごとはごめんだ。それにお前が勝てる見込みは万にひとつもなくなったぞ」
「……どういうことだ?」
シリウスは再生能力を持っていた。
だがあの時は俺もミディールさんも聖属性の攻撃手段を持ち合わせていなかったが為に、倒しきれなかった。
だけど今は違う。
【剣聖】になった俺の攻撃には、聖属性が付与されている。
もう再生は効かないはずだ。
それにアーシェの《ホーリーブロウ》や、ティアの《ホーリーバレット》もある。
シリウスが勝つ要素は皆無だ。
「お前の再生能力はもう役に立たないからだ。俺は聖属性の攻撃が使えるし、俺の仲間もそうだ」
「……むう」
シリウスが腕を組んだ。
困っているのだろうか。
相変わらず兜で顔をすっぽりと覆っているので、表情はおろかどんな素顔をしているのかもわからない。
「勝った気になるなよ? ここでお前達の正体をバラしてもいいんだぞ?」
「汚いわね! 観客席にいる魔族で袋叩きにするつもりなのね!」
俺達が人間だとバラす?
いや、それはないな。
こいつはアンドレイの命令を無視してまで、俺との戦いにこだわっていたはずだ。
しかも一対一で強者との戦いを好むタイプだった。
「そんなことしたら、お前は俺と戦えなくなるんだぞ?」
「……そうだな。つまらん手を使うところだった。ならば、場所を変えて俺と戦え」
周りから注目されても困るな。
さっさと終わらせるか。
「わかった場所を変えよう。アーシェ達はここで待っていてくれ」
俺はついてこいと顎で示すが、シリウスはその場を動こうとしなかった。
「どこへ行く?」
「こんな観客席なんかで戦えない。場所を変えたい。それともいい場所があるのか?」
シリウスは緩慢な動作で闘技場を指した。
闘技場では今まさに魔族同士が戦いを繰り広げている。
互いに足枷をつけていることから、奴隷同士を戦わせているのだとわかった。
「どういうことだ?」
「俺達が戦うに相応しい舞台だ」
「……何だと?」
こいつ何を考えている。
闘技場で俺と戦う気なのか?
本気か?
「ちょっと、私達があんな目立つところに出ていくわけないでしょ」
「女は黙っていろ」
「なっ……!」
シリウスに相手にされなかったアーシェは、むっと顔を顰める。
「俺は東の街出身だから女は嫌いなんだ」
そう言えば、エドマンドの街で門番が言っていたな。
東の街の領主、四天王のバランは大の女嫌いだと。
その街の出身者であるシリウスがそうだということは、街に住んでる者もそういう考えなのだろうか。
だけど、そんなことはどうでもいい。
シリウスと戦うのは俺だ。
「俺と闘技場で戦うってことか? そんなことができるのか?」
「できる。ここにいるヤツらは楽しめればいいと思っているのが大半だ。俺とお前が飛び入りで参加しても、不興を買うどころか逆に歓迎されるだろう」
シリウスの言うとおりだと、あそこで戦うのは容易なようだな。
しかし、あそこにいるのがゲルビョルンだったら、その目の前で戦うことになるのか。
いくらゲルビョルンに近づきたいと言っても、これだけ衆目に晒されるとあとが面倒そうなのだが……。
「どうした? まさかこの後に及んで逃げるなよ?」
「闘技場では戦わない。別の場所なら戦ってやるが」
俺の返事にしばし逡巡して、シリウスは背中の大剣を抜いた。
おい、こんなところで始めるのか!?
周りで観戦していた魔族も、闘技場の試合どころではないと気づいたのか目を見開いていた。
マズいな……注目を浴びすぎている。
「それなら、無理にでも舞台に引きずり出すだけだ」
「何……?」
シリウスは俺に背を向けて駆け出すと、手にした大剣を闘技場に投げた。
ぶおっ、と風を切る音が聞こえ、大剣は闘技場で試合をしている魔族に向かって一直線に飛んでいった。
「ぐあああああああああああっ!」
闘技場で戦っていた魔族の背を大剣が貫いた。
魔族は絶叫するが、膝が折れそのまま地面に突っ伏した。
おそれく死んでしまったのだろう。
ぴくりとも動く気配はない。
観客席がざわつき始める。
闘技場で試合をしていた魔族は、戦っていた相手が目の前で絶命したことに驚愕しているようだった。
椅子に座っていたゲルビョルンらしき男は、口元に笑みを浮かべてシリウスの方を見ているようだった。
「何者だ!」
ゲルビョルンらしき男の傍に控えていた魔族が、前に出て観客席に怒号を飛ばした。
シリウスは臆した風もなく、闘技場に向かって歩き出す。
「俺だ。飛び入りの参加だ。楽しませてやるんだ。文句はないだろう?」
シリウスは観客席と闘技場の境にある柵を跳び越えた。
そして、闘技場の地面に降り立った。
「お前は俺と戦うか?」
シリウスが闘技場の中央まで歩いて行き、死んだ魔族の背中から大剣を引き抜いた。
そしてその切っ先を、目の前の魔族に突きつける。
大剣を突きつけられた魔族は、怯えた様子で首を横に振った。
「お前は……シリウス!? どうしてここに!?」
ゲルビョルンらしき男の傍に控えていた魔族は驚いている。
シリウスの名前を知っているようだ。
「あいつって魔族の間では有名なのかしら?」
「名前が知られているくらいだから、多分そうなんだろう。それよりマズいことになった」
「うむ。注目を浴びすぎておるのぅ。主様、どうするのじゃ?」
「……今ならここから立ち去ることも可能じゃないでしょうか?」
エステルが言う。
確かに今なら闘技場の混乱に乗じて可能かも知れない。
だが、そうすればシリウスがどういった行動に出るのか予想できない。
最悪、俺達が人間だとバラされたら、この街での活動は厳しくなってしまう。
俺が思案していると、シリウスが剣を俺に向けた。
「あいつと、ここで戦いたい。ゲルビョルン、お前の許可が欲しい」
なっ……!?
シリウスのやつなんてことを言うんだ!?
しかも、あそこにいるのが思ったとおりゲルビョルンだったか!
「みんなはここで待機だ。ヤバくなったら逃げてくれ」
「シスン?」
アーシェが俺の腕を掴んだ。
「こうなったら、行くしかないだろう」
「でもあそこにはゲルビョルンもいるのよ?」
「可能ならゲルビョルンもその場で討つ。そうなったら闘技場は混乱するだろうから、アーシェ達は上手く逃げてくれ。街の外で落ち合おう」
俺は引き留めようとするアーシェの手を振りほどいて、闘技場に足を進めた。
俺が柵を越えて真ん中まで行くと、シリウスが剣を下ろしてゲルビョルンに振り返った。
「こいつも戦う気だ。どうだ? 余興にはもってこいだろう?」
「そいつは誰だ?」
ゲルビョルンが椅子に座ったまま、鋭い目つきで俺を見据えた。
「……俺の倒したい相手だ。相当腕が立つ」
「なるほど。シリウスが言うのなら、そうなのだろう。しかし、お前はどうしてここにいる? 何年も前に辺境を出たと聞いていたが、人間の冒険者にでもやられて逃げ帰って来たのか?」
「ゲルビョルン様! シリウスはその昔、魔王様に反旗を翻し戦いを挑んだ愚か者です! こいつの好きにさせるわけにはいきません!」
ゲルビョルンの側近が前に出た。
シリウスはその側近の肩を手で押し返す。
「雑魚は黙っていろ。俺はゲルビョルンと話している」
シリウスは低い殺気のこもった声で言った。
側近は気圧されて、それ以上言葉を紡げなかった。
昔シリウスが魔王に戦いを挑んだだって……?
どういうことだ?
こいつも抵抗派だった?
いや、こいつは人攫いのアンドレイに加担していたやつだ。
「構わん」
「で、ですが……!」
「魔王様に八つに分かたれた今のシリウスでは、俺をどうこうできる力はない」
「それは……そうですが! こいつは何を考えているのか!」
……ちょっと待ってくれ!
今ゲルビョルンは何て言った?
魔王に八つに分かたれた……確かにそう聞こえた!
俺はアルダンの話を思いだした。
一本目の触手 強さ1 ポム オーク面の門番
二本目の触手 強さ2 死亡
三本目の触手 強さ4 死亡
四本目の触手 強さ8 死亡
五本目の触手 強さ16 魅了能力持ち
六本目の触手 強さ32 再生能力持ち
七本目の触手 強さ64 アルダン 抵抗派のリーダー
八本目の触手 強さ128 デス
六本目の触手……再生能力持ち……!
これはシリウスのことじゃないのか?
本当に……そうなのか?
俺が考えを巡らせていると、ゲルビョルンは楽しそうにパンと手を打った。
「では、シリウスの言う余興とやらを楽しませてもらおうか」