四天王エドマンド
俺達は地下牢から外に出た。
目の前に広がるのは人気のない道だ。
アルダンのあとをついて行き、俺達は大きな建物の裏側に身を寄せた。
「アルダン、これはエドマンドのところに向かっているのか?」
「もちろんさ」
アルダンはこの街の領主エドマンドの居場所を知っているそうだ。
エドマンドは抵抗派の魔族を見つけては、地下牢にぶち込むことを繰り返していたので、今この街を歩いている魔族はほとんどが魔王復活を目論んでいる四天王派ということになる。
どうやら五十年前とは、四天王の顔ぶれも総入れ替えとなってしまったようだ。
今の四天王はゲルビョルン、バラン、ペイペイマン、エドマンドの四人らしい。
そして、それぞれが領主として支配する街を自らの名前にしているという。
「前の四天王は魔王自ら指名したらしいが、今の四天王は魔王封印後に台頭してきて勝手に名乗っている奴らだ。しかし、その強さは前の四天王以上だと噂されているんだ」
「勝手に名乗ってるって……お婆ちゃんよりも強いのかしら?」
「お婆ちゃん?」
アルダンが首を傾げる。
「アーシェは前の四天王のひとり、マグダレーナさんの孫だ」
「……それは本当かい? ふふっ、これは驚いたよ。と言うことは君はバジルの娘なんだね」
「そうよ。お父さんを知ってるの?」
「いいや、直接の面識はないよ。確かペイペイマンが仲間に引き入れたがっていると聞いたことがある」
四天王のペイペイマンがバジルさんを……。
バジルさんはまだ四天王派の接触はないと言っていたが、心配だな……。
「あの、アルダンさんは触手の魔族なんですよね? 八つの体に分かれているというのは……どういうことでしょう?」
「魔王の怒りに触れて、体を八つに裂かれたんだよ」
エステルの問いに、アルダンが苦い顔をしながら語った。
今から五十数年前、魔王と対立していた触手の魔族は罠に嵌められたそうだ。
元々八つの触手を有していたその魔族は、その際に体を八つに引き裂かれたらしい。
何とか命だけは取り留めた八つの触手は、それぞれの人格を有し各地へ散ったという。
「またひとつの体に戻る為に?」
「うーん。五十年の間にそれぞれ個性が強くなりすぎたからね……。ひとつに戻りたい者もいれば、そうでない者もいるんだ。元々はひとつだったのに不思議だね」
「アルダンはどうなんだ?」
「僕は前者かな。中には危険なヤツもいるし、もう死んでしまったのもいるんだよ」
八つに分かれた触手の内、死んでいる者もいるのか……。
それに危険なヤツというのが俺の頭に引っかかった。
「詳しく聞いてもいいのか?」
「もちろんさ。聞かれて困ることじゃないし、抵抗派の仲間も知っていることだしね」
アルダンの説明では八本の触手……仮に一本目から八本目と呼称すると、その力が全然違うのだという。
中には名前を持っていたり、特殊な力を有している者もいるそうだ。
一本目から八本目までの触手の強さ……仮に一本目の強さを1とした時、
一本目の触手 強さ1 ポム オーク面の門番
二本目の触手 強さ2 死亡
三本目の触手 強さ4 死亡
四本目の触手 強さ8 死亡
五本目の触手 強さ16 魅了能力持ち
六本目の触手 強さ32 再生能力持ち
七本目の触手 強さ64 アルダン 抵抗派のリーダー
八本目の触手 強さ128 デス
こうなるらしい。
一本目と八本目の触手では、その強さが128倍という差があるそうだ。
ちなみに一本目がオーク面の門番ポムのことらしい。
アルダンは七本目なので、かなり強いのだろう。
「二本目と三本目と四本目は、五本目と行動を共にしていたようなんだけど、先日同時に死んでしまったようだね。その理由まではわからないけれど、戦って死んだのなら相手は相当な手練れだろうね」
「そうなのか? あと、さっき危険と言っていたのは八本目のデスというヤツなのか?」
「うん。そうだね。彼は破壊と殺戮しか考えていない。説明したとおり、八つに分かれたのは体だけで、その能力や強さは八等分とは言えないんだ」
「魅了に再生か……」
「魅了も強力だけれど、再生は魔王も危険視した能力のひとつだね。何しろたちまち傷が塞がり、何度でも復活するんだから」
話を聞けば聞くほど、アルダンが特殊な魔族だと言うのを思い知らされた。
そうこうしているうちに、俺達はエドマンドの屋敷に辿り着いた。
ここに着くまで、アルダンの指示が適切だったのか、誰にも見つかることがなかった。
ここから街を行き交う魔族が見えるが、向こうからは気づかれにくい位置なのだろう。
エドマンドの屋敷は大きな建物だった。
王都の貴族の屋敷を俺は見たことないが、エステルが同じくらいの豪邸だと教えてくれた。
「この中にエドマンドがいるのか?」
「そう。この中にいるのは間違いないよ」
「どうやって乗り込むんじゃ? まさかこの扉を開けて正面突破ではあるまいのぅ?」
確かにティアの言うとおり、それは無謀すぎるように思える。
中には当然配下もいるだろうし、ここまで隠密に行動してきた意味がなくなってしまう。
「二階から侵入しよう。あそこに窓が見えるだろう? ティアさん、あそこまで僕達を運べるかい?」
「ふん。妾を誰だと思っておる。それこそ児戯に等しいわ」
そう言ってティアが念じると、俺の体が軽くなった気がした。
みんなを見ると、地面から浮いている。
ティアの浮遊魔法だった。
俺達はゆっくり上昇して、二階のバルコニーに降り立った。
「さぁ、入るよ? 準備はいいかい?」
「ああ。大丈夫だ」
ティアが魔法で扉を解錠してくれた。
そして、ゆっくりと俺とアルダンは扉を開いた。
その瞬間、中にいた魔族と目が合った。
俺はできるだけ音を立てずに昏倒させる。
「安心しろ。気を失っただけだ」
「流石だね。この屋敷は三階建てだから、エドマンドは三階にいるはずだ。僕は騒ぎが外に漏れないように一階の扉の前を陣取って、中の者達を逃がさないようにするつもりだから、シスンはエドマンドを頼んだよ」
「ひとりで大丈夫なのか?」
中にはどれだけ魔族がいるかわからない。
アルダンひとりでは厳しいのではと思った。
「妾も一緒に行こう。主様は四天王を倒してくれ」
「わかった」
「ティア、気をつけてね」
「うむ。お主は主様の足を引っ張らんようにな」
「そんなことするわけないでしょ」
「しーっ。二人とも声が大きい」
ここからは別行動だ。
俺とアーシェ、エステルがエドマンドを探して討つ。
そして、アルダンとティアが敵を逃がさないようにする。
俺達は三階へ、アルダン達は一階へ向かう。
「俺達も行くぞ。エステルはアーシェから離れないように気をつけて」
「エステル、私が守るから安心して」
「は、はい。お願いします」
階段を上ると廊下の先には、部屋がひとつしかなかった。
俺達は慎重に進んで行く。
この扉の向こうにはエドマンドがいるはずだ。
「エステル、スキルで解錠してくれ」
「わかりました。任せてください」
エステルは容易く解錠した。
今の音で気づかれたかも知れない。
だが、中からは依然として物音ひとつしなかった。
俺は意を決して扉を開け放った。
こ、これは……!?
部屋の中にはひとりの魔族が立っていた。
バジルさんのようなミノタウロスのような顔の男だった。
こいつがエドマンドなのか………!?
「念のために聞くが、バジルさんじゃないよな?」
間違って攻撃したら大変なことになる。
俺はアーシェに確認した。
「いくらシスンでも、そういう冗談はやめてよね。お父さんと全然顔が違うじゃない! お父さんはもっとハンサムだったでしょ?」
「……ごめん」
バジルさんではないようだ。
しかし容姿だけでは、俺には判断できなかった。
エステルを見るが、彼女も首を横に振っていた。
どうやら俺達の中で、バジルさんの同系統の魔族の顔を判別できるのはアーシェだけのようだ。
「お前達は誰だ? 侵入者か?」
エドマンドとおぼしき魔族が、恐ろしい形相で尋ねた。
「お前がこの街の領主エドマンドか?」
「問いに問いで返すな。聞いているのはこっちだぞ?」
言うなりそいつは手に持った巨大な斧を振り下ろした。
俺は即座に飛び退いた。
アーシェはエステルを抱えて、離れた場所に避難する。
「そうかよ、そいつは悪かった。俺はシスン。お前が魔王復活を目論んでいると聞いてやって来た」
「シスンだと? 知らない名だな。お前は抵抗派の仲間か?」
「そうだと言ったら?」
「ここで潰すまでだ。偉大なる魔王様の復活は誰にも邪魔はさせんぞ」
「そうか。だったらここで討たせてもらう」
「抵抗派が乗り込んでくるとはな。いいだろう、死にたいのならかかってこい。このエドマンド様が直々に葬り去ってくれるわ!」
やっはりこいつがエドマンドらしいな。
エドマンドは斧を軽々と振り回して、俺に襲いかかって来た。
なるほど、アルダンが言っていたのは本当だったか。
力任せに振り回しているようで、その狙いは正確だ。
俺は寸前で見切っているが、レベル100に満たない冒険者なら一撃で沈むだろう。
「どうした? 逃げているだけか? 運動不足なんだ! もう少し楽しませろ!」
俺はエドマンドの攻撃を躱しながら、アーシェ達から離れた場所に誘導していく。
「女どもから距離を取ったつもりか?」
「何っ!?」
エドマンドが後ろを見ずに斧を背後に投擲した。
「アーシェ!」
返す腕でエドマンドがその豪腕で俺に殴りかかる。
俺は《剣閃結界》で防いだ。
アーシェとエステルは!
「はああああああああっ!」
回転しながら飛んでくる斧を、アーシェは真っ正面から迎え撃った。
斧が粉々に砕ける。
「武器なんざ邪魔くせぇ! お前は殴り殺してやる!」
エドマンドは左右の拳を俺に連打する。
こいつ、何て力だ!
俺はじっと耐えるが、エドマンドは疲れを知らないのかその拳を止める気配はない。
しかも段々その力は増していった。
なるほど、魔族にも俺みたいに力を隠しているのがいたか。
エドマンドは最初より遙かに力を増している。
これが本来の力なのだろう。
「爺ちゃんと同じくらいか……!」
今はまだ《剣閃結界》で十分防げるが、このままだと俺も動けない。
俺は三つ目の鍵まで一気に開けて、力を解放した。
「ほほう! 面白い! それがお前の本気か! だが俺の攻撃にいつまで耐えられるかな!」
「確かに強いが、力押しだけじゃ俺には勝てない」
「何だと!」
俺は《剣閃結界》を解いて、即座に《フラッシュ》を使った。
スコットに教えてもらった目くらましの初級魔法だ。
そして、エドマンドを一瞬怯ませることに成功する。
「はあっ!」
俺は前転してエドマンドの横に転がると、素早く立ち上がり《煉獄炎剣》を繰り出した。
「うぐぉっ!」
俺のドラゴンブレードが炎を纏い、エドマンドの脇腹を斬った。
その傷口から血が噴き出した。
だが、エドマンドはすぐに体勢を立て直して、俺の顔面に蹴りを放った。
「くっ……!」
俺は咄嗟に後ろに跳んで、その勢いを殺す。
しかしエドマンドは追撃の拳を振りかぶった。
「たあああああああああっ!」
「うがあああああああっ!」
その拳を剣で斬り落とす。
今だ!
俺はドラゴンブレードを力強く握りしめた。
「はああああああああああああああっ!」
俺は剣を振り下ろした。
《星河剣聖》だ!
途端、エドマンドの頭頂から股まで一直線に閃光が走った。
「ぐっ……ぴぃ……っ!」
次の瞬間、エドマンドの体は二つに分断された。