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辺境のお父さんとお母さん

 転移門(ゲート)をくぐると、そこはドルーススの森とは一変した荒野が広がっていた。

 なので、すぐに別の場所だとはっきりと認識できた。

 見渡す限り草木の枯れた地面に、大小の岩が点在するだけの光景だ。


「ここが辺境なのか?」

「何にもないところじゃのぅ」


 ティアが腰に手をあてて首を左右に動かして、辺りを眺めている。


「アーシェ、ここから先の道はわかるのか? 見たところ道らしい道が見当たらないんだけど」

「うん、大丈夫よ。お父さんが住む家はこの近くだわ」

「そうなのか。それに転移門(ゲート)がこんなところにあったら、魔族がドルーススの森に行くことも可能じゃないのか?」


 ドルーススの森を迷わず転移門(ゲート)まで辿り着くのは困難だが、ここには森のような侵入者を惑わすものは何もない。


「それは大丈夫よ。この辺りに住むのはお父さん達だけだし、誰も寄りつかないって言っていたもの。だから転移門(ゲート)の存在も知られていないんだって。仮にここを見つけて利用したとしても、向こうで待ち構えているのはお婆ちゃんよ? 勝てるわけないじゃない」

「……そりゃそうだ」


 マグダレーナさんはドルーススの森の番人も兼ねているようだ。


 俺達はアーシェに案内されて、荒野を突き進んだ。

 ここにはドルーススの森のように侵入者を惑わすものはないと思ったが、ここも周りの景色が変わらないので、道を知らない者なら迷ってしまうだろう。

 こんなところで迷ったら終わりだな。


「へくっしゅ! 風が冷たいのぅ」


 もう日が暮れそうで肌寒くなってきた。

 アーシェによるとこの辺りは昼は日が照りつけて暑く、夜は極寒になるという。

 幸いバジルさんの家は近いようなので、風邪を引く前に辿り着けそうだ。


 日が暮れてそろそろ本格的な寒さが襲ってきた頃、荒野の先に明かりが見えた。


「あれがお父さん達の家よ!」


 アーシェがそれを指して言った。

 あの明かりは家のものだったのか。

 俺達は寒さから背中を丸くして足早に荒野を進んだ。

 そして、家の前に辿り着いた。

 古びた家だ。

 俺達が王都で借りた家くらいの大きさだろう。

 二人で住むには十分なんだろうな。

 窓からは明かりが漏れていた。


「お父さーん! アーシェよー!」


 アーシェが大声で言いながら、無遠慮にドンドンと扉を叩く。

 すると、中から物音が聞こえ、


「その声、アーシェか?」

「うん、私よ! 早く開けてちょうだい、寒くてもう限界なの!」

「ああ、すまん。今開ける」


 ギィ、と軋む音を立てながら扉が開いた。

 そこに立っていたのは、


「ミノタウロス!?」


 地下迷宮(ダンジョン)に棲息するミノタウロスだった!

 ここに来るまで魔物(モンスター)が見当たらなかったので、俺は完全に油断していた。

 緊張が走る。

 どうしてこんなところに!


「エステルは後ろに下がって!」

 

 俺はエステルを後ろに下がらせた。

 だが、対峙しているアーシェはそのミノタウロスの胸に飛びついた。


「お父さーん! ただいまー!」

「アーシェ! どうしたんだ急に!? お婆ちゃんと来るのはまだ随分先だったはずだろ?」

「アーシェ……?」


 ……え?

 お父さん?

 まさか、このミノタウロスがバジルさんだったのか……!?


「もう、シスンったら。どこがミノタウロスなのよ! ちゃんと見て」

「あ、ああ、ごめん……」


 一瞬ミノタウロスに見えたが、顔は人間とその中間くらいの見た目だ。

 だが、体格はミノタウロスのように大柄で筋骨隆々だった。

 それに服を着ているし、武器を持っていない。

 表情は……失礼だが魔物(モンスター)のように凶悪だ。

 なので、その感情は読み取れない。


「シスンだって? おおお、お前……シスンか!」


 バジルさんは俺に抱きつくと、バシバシと何度も背中を叩いた。

 俺が呆然としていると、家の奥から声がした。


「あなた? お客様なの?」

「ああ、エイヴラ。アーシェが来たんだ」

「え、アーシェが!?」


 パタパタと足音がして現れたのは、綺麗な人間の女性だった。


「お母さーん!」


 アーシェがその豊満な胸に顔を埋めるように飛び込んだ。


「あらあら、アーシェどうしたの急に!? お義母さんも一緒なの?」


 アーシェ以外の俺達三人は、バジルさんとエイヴラさんの夫婦に驚いて固まっていた。

 エイヴラさんが「外は寒かったでしょう? さ、中に入ってちょうだい」と家の中へ招き入れてくれた。


「まぁ、あなたがシスンくんなの?」

「はぁ……」

「シスンは【剣聖(ソードマスター)】のおっさんの孫なんだ。親父やお袋から聞いていたが、剣の腕はおっさん譲りらしいぞ」

「あら、そうなのね!」


 バジルさんが俺のことを知っている風に言う。

 俺は会ったことがないんだけどな……マグダレーナさんから聞いていたのかな。


「お父さん、シスンはもう【剣聖(ソードマスター)】になったんだから。しかも立ち会いで打ち負かしてなのよ」

「何っ!? あのおっさんに勝った……? あれはお袋にも勝った正真正銘の化物だぞ!?」


 バジルさんの表情からはわからないが、その言葉から驚いているのは間違いないだろう。

 エイヴラさんと一緒にまじまじと俺を眺めている。


「しかし、あのシスンがこんなに大きくなったとはな」

「え……?」

「お前がまだ赤ん坊の頃に抱いてやったこともあるんだぞ?」


 そ、そうなのか?

 知らなかった。

 俺はバジルさんと会っていたのか。

 だけど俺は幼すぎて記憶がなかったのかも知れない。

 しかも、爺ちゃんと一緒に野盗から俺を助けたのは爺ちゃんとこのバジルさんだったらしいのだ。


 バジルさんは十五歳になるまでは人間に近い顔立ちをしていたらしい。

 その為、イゴーリ村に神父様やマグダレーナさんと一緒に暮らしていたのだが、十五歳を超えた辺りから徐々に今の容姿に変わっていったらしい。

 魔族にはよくあることなのだそうだ。


 なので、名目上は剣の修行をさせる為に異国に旅立たせたことになっているようだ。

 その過程で妻を娶りアーシェが生まれたが、旅に危険はつきものということで祖父である神父様夫妻に預けられているということにしているらしい。

 ちなみに知っているのは関係者を除いては村長だけだという。

 俺は魔族だから離れて暮らしているとしか聞いていなかったからな……。


 なるほど、バジルさんと同い年だというエイヴラさんがこんなに若いのも頷ける。

 彼女はまだ三十二歳なのだ。

 つまり俺より若い時にアーシェを産んだのだ。

 エイヴラさんはイゴーリ村の隣町にある孤児院出身だそうだ。


 バジルさんは懐かしむように色々語ってくれた。

 エイヴラさんとのなれ初めから始まり、アーシェが産まれた時のこと。

 マグダレーナさんの魔剣オルガを持ち出してドルーススの森で遊んでいたこと。

 そして、マグダレーナさんに叱られて神父様の胸で泣きべそをかいたこと。


 幼い頃は爺ちゃんとマグダレーナさんの二人にかなり厳しくしごかれたようだ。

 当時のことをたまに夢で見て、夜中に飛び起きるとも言っていた。

 完全にトラウマじゃないか。


 そして、俺を助け出した時の話だ。

 爺ちゃんからは野盗から俺を助け出したとしか聞かされていない。

 駆けつけた時には既に両親は殺されていたと。

 バジルさんがその場にいたことを初めて知ったくらいだからな。


「おっさんは野盗だと言っていたのか?」

「はい。違うんですか?」

「……そうか。まぁ、アーシェやお袋のことを考えて、シスンに魔族に対する偏見を持たせない為にそう言ったんだな。あれは魔族の仕業だよ」

「魔族の!?」


 俺の本当の両親を殺したのが……魔族!?


「どんなやつなんですか?」

「俺やお袋みたいな人型じゃない。人間に寄生するタイプのヤツだ。本体は蛸みたいな。あ、蛸って知ってるか? 海にいる」

「いや、見たことはないです」

「こう、ヌルヌルしたつるっ禿げの頭に何本も触手のような手足が付いてんだよ」

「そういう魔族なんですか?」

「ああ、おっさんが全力で戦って退かせるのがやっとだった相手だ。滅茶苦茶強ぇぞ」


 爺ちゃんが本気で戦って退かせるのがやっと……?

 触手の魔族と聞いて、エアの街で倒したアンドレイが思い浮かんだが、あれは爺ちゃんが苦戦するような相手じゃない。

 魔族の中でも同じ系統だったのかも知れないな。


「……そうですか」

「俺もあれ以来見てないし、今はどこにいるかもわからない。もう死んじまったかも知れないしな。親の仇を討ちたいのか?」


 どうなんだろう……。

 はっきり言って俺はその両親の顔さえ知らないのだ。

 本当の両親が生きていれば、爺ちゃんに育てられることもなかったし、アーシェとも出会うことはなかっただろう。

 今は爺ちゃんを本当の家族だと思っているし、アーシェは大切な存在だ。


「今は……正直わかりません」

「そうか」


 俺はそこではっと顔を上げた。

 そうだ、今は昔話をしている時ではなかった。


「バジルさん、今日訪ねてきた理由は他にあるんです」


 俺はバジルさんにここへ来た目的を簡潔に説明した。


「何だ、そんなことか。心配するな。俺は魔族側にも人間側にもつくことはない。まぁ、この家が襲われるってんなら別だが、俺も結構やるんだぞ?」


 バジルさんは自信たっぷりに言った。


「俺だって四天王と呼ばれたお袋や、【剣聖(ソードマスター)】のおっさんに鍛えられた男だ。二人の本気を引き出させれるくらいの腕は持っている」


 バジルさんの言うとおりなら、彼の実力は少なくともSランク冒険者以上だろう。

 なら、並の魔族じゃ太刀打ちできないか。


「一応、魔族が接触してくるかも知れないので、注意はしておいてください」

「わかった」

「それから、ここから辺境に入るにはどうしたらいいですか?」


 俺達はこの何も知らない土地で、魔王に関する情報を集めて、それを討つつもりで来た。

 バジルさんの知っていることを全て聞いておこう。


「本気で魔王と戦うのか? アーシェも」

「はい」

「心配しないで、私達【剣の試練(トライアル)】は強いんだから」


 アーシェの言葉を聞いて、バジルさんは恐ろしい形相で頷いた。

 それが、よしわかったなのか、諦めて頷いたのかはわからない。


「魔王を倒すって言っているが、それは逆の立場で言えばお前達人間の国の王を倒すと言っているようなものだぞ? それをわかって言っているのか?」

「それは……」


 バジルさんの言うとおりだ。

 魔族にも犠牲者を出したくないと言いながら、その王を討つわけだから……。

 しかし、一番犠牲を抑える方法は魔王を討つことだ。


「まぁ、魔族の為を思うのなら魔王は倒した方がいいかも知れないな」

「え? どういうことですか?」

「魔王は恐らくとんでもない悪だ。俺も見たことはないから単なる想像だ。だがな、魔王復活を目論んでいる今の四天王はクソ野郎どもだ。復活しようとしている魔王もそうだろうと、大半の魔族はそう思っている」


 バジルさんが言うには、現在魔族には新たな四天王がそれぞれ四つの街を統治しているという。

 その四天王は人間に復讐することを考えていて、力を蓄えているのだそうだ。

 四天王は悪政を敷き、人間に敵対感情を持たない魔族を排斥しているという。

 ある街では抵抗する魔族を牢に閉じ込めているそうだ。


「魔族の中で勢力が二つに分かれているということですか?」

「そうだ。四天王を筆頭に魔王復活を目論んでいる者達と、それに抵抗する者達だ」


 魔王復活派と抵抗派か。

 話を聞く限りバジルさんは抵抗派か。


「抵抗する者達の方が数は多いが、魔王復活を目論んでいる連中には強大な力がある」

「魔王を討てば、魔王復活派はどうなりますか?」

「元々、四天王の力を恐れて従っている者達だ。魔王や四天王がいなくなれば、人間と戦争を起こそうなどと考える者はいないだろう」


 魔王がいなくなれば、人間側も辺境に攻め込む理由がなくなるはずだ。

 よし、魔王とその復活を目論んでいるという四天王を討とう。


「主様よ、やるんじゃな?」

「ああ。魔王と四天王を俺達で討つ」


 その決意を聞いて、バジルさんが俺を見た。

 相変わらず表情は読めない。


「シスン。お前達がしようとしていることは、今まで誰もできなかったことだ。魔王や四天王は恐ろしい相手だ。お前はアーシェを守り切れるんだろうな? アーシェだけじゃない。そこにいる二人のお嬢さんもだ」


 その覚悟はできている。

 俺はアーシェ、ティア、エステル三人の命を預かる【剣の試練(トライアル)】のリーダーなんだから。


「はい! 俺がみんなを守ります!」

「私はシスンを守るわよ!」

「妾も主様を守るに決まっておろう」

「あ、あたしもシスンを守ります!」


 みんな……。

 唐突にバジルさんは恐ろしい形相のまま、豪快に笑い出した。


「がっはっはっはっ! モテモテだな、シスン! お前達の決意はわかった! エイヴラ、地図を出してくれ」


 バジルさんはエイヴラさんに地図を持って来させると、俺達に説明し始めた。


「この辺りが家のある場所だ。ここが転移門(ゲート)だ。俺にも同じ考えの仲間がいる。転移門(ゲート)が使われないように俺達が守ってやろう」

「それは助かります」

「それで、ここをずっと北に進むと辺境だ。歩いて三日ってところだな。食料と水はこの家にあるのを持っていけ。それで十分足りるだろう」


 辺境に入ってすぐの場所にエドマンドという街があるらしい。

 そのエドマンドの街付近にバジルさんの仲間がいて、手を貸してくれるそうだ。


 その晩、俺達はエイヴラさんの料理に舌鼓を打ち、夜更けまでバジルさんの話を聞いてから就寝した。

 翌朝、俺達は荷物を持って辺境にいざ向かわんとしていた。


「シスンくん、アーシェを宜しく頼みますね」

「もちろんです。全てが終わったらまたここに戻って来ます」

「お父さん、お母さん、それじゃあ行くね」


 こうして、俺達は荒野を北に向かって進んで行った。

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