ドルーススの森での戦い
俺達は十日かけてイゴーリ村に辿り着いた。
挨拶もそこそこに爺ちゃん達に事情を説明する。
何故か爺ちゃん達は魔王復活の話を知っていたので、ああ……わかってて王都に行けと言ったんだなと理解した。
そして、マグダレーナさんに肝心の話をする。
爺ちゃんや神父様も交えて話した結果、俺達【剣の試練】にマグダレーナさんが同行することになった。
爺ちゃんと神父様はイゴーリ村に残ることになった。
憲兵の常駐しないこの村では魔物や野盗の襲撃を防ぐのは爺ちゃんや神父様、そしてマグダレーナさんが頼みだからだ。
マグダレーナさんもバジルさんのことが心配なので、向かうなら早く行こうとすぐに発つ支度を済ませた。
魔剣オルガを持参していることから、自らも戦う気なのかと色々心配になった。
そうして、俺達【剣の試練】とマグダレーナさんは、彼女を先頭に密林の奥深くを歩いていた。
イゴーリ村から半日ほどの距離にあるドルーススの森と呼ばれる森林地帯だが、俺もこんなに奥まで来たことはない。
爺ちゃんからは何もないから行くだけ無駄だと言われていたし、俺もほとんど興味はなかったからだ。
ただ子どもの頃アーシェに誘われて、ここまで奥深くは来なかったが一度だけこの森に入ったことがある。
その結果二人で道に迷い泣きべそをかきながら、マグダレーナさんに助けられた記憶はある。
思えば、アーシェはマグダレーナさんと年に一度ここに入っていたわけだし、俺を案内するつもりで誘ったのかも知れない。
それ以来、俺は無意識のうちにこの森を避けていたのかも知れない。
「毎年通っているのに未だに道をおぼえられないのよねー」
見渡す限り多種多様の樹木に囲まれている。
腹の辺りまで生い茂った草を掻き分けて進みながら、アーシェがつぶやいた。
「毎回道を変えてるからね。あたししかその場所は知らないのさ。何しろ魔族の住む辺境に繋がる転移門だからね」
マグダレーナさんが言う転移門なるものは俺もさっき初めて聞いた。
瞬きする間に遙か離れた場所に移動できる魔方陣のようなものらしい。
ティアが詳しく知っていたようで、かつては世界の至るところに点在していたらしい。
つまり魔法文明時代の遺物だ。
そんなものがこのドルーススの森にあったとは驚きを隠せない。
途中何度も魔物に遭遇したが、俺達の敵ではなかったしマグダレーナさんも楽しそうに魔剣オルガを振り回していた。
世代的にも爺ちゃんや神父様と同年代なはずだが、見た目もまだ四十代くらいだし魔族は衰えというものがないのかと思う。
マグダレーナさんが言うには寿命は人間とほぼ同じだが、身体の衰えは人間に比べて緩やかなのだそうだ。
「じゃあ、マグダレーナさんがかつて四天王と呼ばれていた頃の残りの三人はもう……?」
前回の戦争から約五十年。
他の四天王はもうこの世にいないかも知れない。
そう考えたのだが……。
「魔族は容姿も性質も多種多様でね。あたしみたいに人間の姿に近いのもいれば、魔物に近いのもいる。そいつらはドワーフまではいかないが、150歳くらいまで寿命があるのさ」
「ってことは四天王は……」
「何もなけりゃ健在だろうさ。しかしひとりは確実に死んでいる」
「そうなんですか?」
「お前の爺さんに斬られたからね」
四天王は全員、爺ちゃん達と戦っている。
ひとりは爺ちゃんに斬られて死んでしまったようだ。
マグダレーナさんは負けたあと、魔族から離れて暮らすようになった。
残り二人は不利を悟るやその場を逃げ出したらしい。
しかし、その二人とも実力はマグダレーナさんを上回っていたようだ。
しばらく進むと古い遺跡のようなものが見えた。
近づいて行くと、エステルが興奮したように遺跡に近づいてまじまじと眺め始めた。
メモを取り出して何かを書き留めている。
遺跡研究者としての魂に火がついたようだった。
「勝手に触れるんじゃないよ。転移門が作動してひとりで向こうに飛ばされたら危ないからね」
エステルはすっかり研究者になってしまっていて、マグダレーナさんの声が聞こえないくらい集中していた。
その頭にティアが手刀を落とす。
「い、痛いです! ティアカパン……さん?」
「全く……危ないからそれに触るなと言われておるじゃろうが」
俺とアーシェは苦笑いして顔を見合わせた。
マグダレーナさんはため息をついて、腰に手をあてた。
「さて、あたしはここまでだ。その中にある転移門をくぐれば、あっという間に辺境近くの荒野にでるよ」
「お婆ちゃんは一緒に来ないの?」
「アーシェ、お爺ちゃんの料理の腕は知っているだろう?」
「あ……。そうだったわ……」
「それに爺さん二人じゃ心配だからね。あたしは村に残るさ」
「うん、わかったわ」
ティアとエステルが並んで転移門に向かう。
俺とアーシェがそのあとを追おうとすると、
「シスン!」
マグダレーナさんに呼び止められた。
俺とアーシェは何事かと振り向いた。
マグダレーナさんは楽しそうに笑みを浮かべている。
「丁度いい機会だ。あたしと戦ってくれるかい?」
「……え? 今ですか?」
唐突に立ち会いを申し込まれた。
だが、マグダレーナさんは冗談で言っている雰囲気ではない。
顔は笑っているが、その体からは臨戦態勢とも言うべき気迫が伝わってくる。
「前にも言ったが、あたしに勝ったらアーシェとの結婚を認めてやるよ。どうだい、戦るかい?」
「お婆ちゃん! 今はそれどころじゃないんだってば! お父さんが狙われてるかも知れないのに!」
マグダレーナさんはアーシェの方を見ようともしない。
アーシェとのことを認めてもらうにはいずれこうなったんだろう。
それがこのタイミングだっただけだ。
……俺も覚悟を決めるか。
「わかりました」
「いいねぇ。それでこそ爺さん達が認めた男だよ」
アーシェが心配そうに見つめている。
ティアとエステルも戸惑っているようだ。
「みんな、少しだけ俺に時間をくれ」
「シスン、本当に戦うの? もうこんなことしてる場合じゃないのに……」
「もう言うでない。本当に羨ましいヤツじゃのぅ。お主を妻にするために戦う主様か……。考えただけでムカムカしてくるの。主様よ、妾はもう条件を満たしておるぞー。あとは主様の気持ち次第じゃ」
「え? え? ここで戦うんですか!? なんでこんなことに……」
俺はマグダレーナさんに向き直った。
マグダレーナさんはニヤリと笑って、魔剣オルガを静かに鞘から抜いた。
それを見て俺もドラゴンブレードを抜剣した。
「さあ、始めようか!」
「行きます!」
俺は《地走り》を放った。
マグダレーナさんに向かって地面を抉りながら衝撃波が襲う。
俺はそのあとに追走してしている。
「【剣聖】のスキルかい。だったらっ!」
マグダレーナさんは魔剣オルガを振り下ろして、《地走り》の衝撃を完全に殺していた。
だが、俺は剣を振り抜く体勢に入っている。
これは躱せない。
「あたしを舐めてんねぇ!」
「なっ!?」
俺の腹にマグダレーナさんの拳が飛んできた。
まともに食らって俺は背後の木をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。
「シスンー!」
「主様……!」
「あ、あわわ……!」
口から血が零れる。
「……がはっ!」
まさか、素手で迎え撃つなんてな……。
しかし、なんて威力だ。
普通の冒険者なら即死だろう。
元四天王は伊達じゃないってか……!
「立ちな、シスン。爺さんと戦った時みたいに力を解放しな。次は大技を出すよ」
俺に三つ目の鍵を開けろって?
マグダレーナさん……本気か?
俺は地面に手をついて立ち上がった。
歩いて元の位置まで戻る。
「あの力を出したらもう加減はできませんよ?」
「構わないよ。いいからさっさとしな」
「……わかりました」
俺は一気に三つ目の鍵まで開けた。
前のドラゴンブレードは耐えられなかったが、今のこれなら十分な強度がある。
大丈夫なはずだ。
それゆえ、爺ちゃんと戦った時以上の威力が出るはずだ。
確かにマグダレーナさんは強い。
だけど、その威力に耐えられるのか……?
「シスン、余計なことを考えるんじゃないよ。今からあたしは最大の技を放つ。見事受けきってみな」
「最大の技……?」
「お前の爺さんでも破れなかった技だ。当時の【剣聖】をあそこまで追い詰めたのは、魔王以外ではあたしだけだろうね」
最大の技……爺ちゃんを追い詰めた技か。
そこまで言われちゃ、受けきってやる。
「受けきって見せますよ」
「よし、行くよ!」
俺は《剣閃結界》を展開する。
【剣聖】の絶対防御。
爺ちゃんが言うには耐えきれる衝撃に限界はあるらしいが、その限界を知る上でもいい機会だ。
マグダレーナさんが魔剣オルガを大上段に構えた。
隙がない。
今あの間合いに入るのは自殺行為だろう。
俺は技を受けるのに集中する。
マグダレーナさんが駆けた。
一気に間合いを詰めてくる。
剣はまだ振り上げたままだ、そして――――
「《餓狼獣王剣》!」
視界に八つの剣撃が入った瞬間、俺の全身が激しく震えた。
ビリビリと痺れるように響くように、俺の体中の骨が軋んでいるのがわかる。
俺のスキル《乱れ斬り》にも似たような技だが、あれは八回連続で斬りつけるものだ。
しかし、この《餓狼獣王剣》は八つの剣撃がほぼ同時に見えた。
今の俺がだ。
つまり《乱れ斬り》より早い!
「しかも……! これほどの威力かっ!」
《剣閃結界》が解けた。
その防御を上回ったのだ。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
《剣閃結界》で軽減したにも関わらずこの威力……!
だが、俺は三歩後ろに下がったが受けきった。
ドラゴンブレードも無事だ。
額が浅く切れて血が滴り、それが左目に入った。
「くっ、目が……! …………!?」
ふと前を見ると、マグダレーナさんはなおも追撃を繰り出そうとしている。
素早い突きだ。
《剣閃結界》が解けた俺の体を貫こうとしている!
若い頃の爺ちゃんには負けたかも知れない。
だが、爺ちゃんより年齢的な衰えが緩やかだったからか、マグダレーナさんは今の爺ちゃんより強い!
それを体が感じたとき、俺のうちから更なる力が湧き出たような気がした。
「はあああああああああああっ!」
俺は《疾風剣》で魔剣オルガを撥ね上げた。
魔剣オルガが宙を舞い、やがて地面に突き刺さった。
それを見て、マグダレーナさんは額の汗を拭った。
「……あたしの負けだ、シスン。爺さんと孫、二代に渡って完全に敗北だよ」
マグダレーナさんは魔剣オルガを手に取ると、満足したように笑いながら鞘に収めた。
アーシェ達が俺に駆け寄ってくる。
ティアがすぐさま治癒魔法をかけてくれる。
《ヒール》よりも効果の高い上級魔法の《エクスヒール》だった。
全身の痛みが一気に引く。
俺はティアに礼を言うと、マグダレーナさんに歩み寄る。
「シスン。あたしの剣術は魔族に伝わる伝統あるものだ。魔王もこの剣術を使う。もちろん、《餓狼獣王剣》も使う。今みたいに予告して使ってくるとは思わないことだ」
「……もしかして、俺が魔王と戦うことを想定して技を見せてくれたんですか?」
「はっ。勘違いするんじゃないよ。あたしはかわいい孫の夫に相応しい男か見極める為に戦っただけだよ」
マグダレーナさんは俺の頭に手を置いて、髪をくしゃっと乱雑に撫でてきた。
俺はそれが照れ隠しのように思えた。
「さて、それじゃあ。気をつけて行ってきな」
「わかりました。ここまでの案内ありがとうございます」
俺はマグダレーナさんに頭を下げる。
マグダレーナさんは俺の肩を叩いた。
「アーシェ、バジルに宜しく言っといておくれよ」
「うん、お婆ちゃん! じゃあ、行ってくるね!」
こうして、俺はドルーススの森にある転移門から、辺境近くの荒野へと向かったのだった。