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新たな旅へ

 グレンデルさんが言うには各国の進軍に先駆けて、俺が魔王を倒して戦争そのものを回避するという案だった。

 魔王自身は邪悪な存在で、かつてはその圧倒的な力を以て魔族を従えていたのだそうだ。

 実際魔王封印後は、辺境に追いやられた魔族が表立ってこちらに攻めてきたことは一度もない。

 恐怖から無理矢理従っていたものも多くいるらしい。


 中には根っからの悪という者もいて、こちらにやって来て悪事を働く者もいるらしいが、Sランクパーティーがその対処をしていたようだ。


「まず、お前達は辺境近くに住むバジルのところへ向かうんだ」

「バジルさんの……?」


 唐突にバジルさんの名が出てきて、少し戸惑った。

 バジルさんは神父様とマグダレーナさんの息子で、アーシェの父親だ。

 俺は顔も見たことない。

 何でも人間の村で住むには容姿が魔族過ぎるということで、離れて暮らしている。

 アーシェは一年に一度、マグダレーナさんと一緒に会いに行っていたはずだが……。


「どうしてバジルさんのところに?」

「神父からも聞いているが、仮にもマグダレーナの血を引く息子だぞ。魔族側の戦力としては申し分ないだろう」

「バジルさんが魔族側で戦争に参加すると思っているんですか?」

「そうは言っていない。バジルの元に魔族側から接触があるはずだ。味方に引き入れようとな。これをバジルが断ればどうなるか、お前でもわかるだろう」


 味方にしようとした戦力が手に入らない場合、それが相手側に行くと不利になる。

 その場合……。


「バジルさんの命が狙われる?」

「そうだ」

「大変だ。早くアーシェに知らせないと!」


 俺は立ち上がったが、グレンデルさんは「落ち着け」と言って話を続ける模様だ。


「バジルの元へ行けと言ったのには、もうひとつ理由がある」

「何ですか?」

「通常この王都から辺境まで進軍するのに一ヶ月以上はかかる。もちろんそれに先んじて辺境に攻め込む冒険者もいないとは言えない。彼らよりも早く辺境に辿り着くには別の手段が必要だ」


 グレンデルさんはテーブルに大きな地図を広げた。

 地図の下側にシーヴァル王国の王都アルングリーム、そして上側に魔族の住むとされる辺境が記されていた。

 人が歩いたり馬を走らせる距離は、それほど差はないだろう。

 辺境までは陸続きだし、航路はかえって遠回りになるだけだ。

 本当にそんな手段があるのだろうか。


 あれ……?

 俺の頭に何かが引っかかった。

 アーシェとマグダレーナさんは一年に一度、辺境近くに住むバジルさんのところへ行っていたはずだ。

 王都から辺境まで最低一ヶ月で考えても、普通ならイゴーリ村からだと片道で四十日、往復で八十日もかかる道のりだ。

 今グレンデルさんに地図を見せてもらうまでは、こんなに距離があるとは思わなかった。

 だってアーシェとマグダレーナさんは、十日ほどしかイゴーリ村を空けていなかったのだから。


「思い当たるふしでもあったのか?」

「……はい。グレンデルさんは知っていたんですか?」

「神父から昔聞いたことがある。だが俺の胸の内に留めていたことだ。マグダレーナの素性も含めてな」


 辺境へ辿り着く方法があったんだ。

 ということはアーシェが知っているはずだ。


「じゃあ、支度してバジルさんのところへ向かいます。グレンデルさんはどうするんですか?」

「私は王都に残ることになるだろう。冒険者ギルドの仕事もあることだしな。国は魔族と開戦した後、ウェイン王子に魔王を討伐させる腹づもりだ」

「ウェイン王子……【勇者(ブレイブ)】ですか……」


 【勇者(ブレイブ)】か。

 【剣聖(ソードマスター)】を越えるとか大臣が言っていたな。


「うむ。パーティーも凄腕のメンバーで固めている。王族を危険に晒すのだから当然だが」

「アルスさんとカルスさんですか?」

「あの双子だけじゃない。【弓聖(ボウマスター)】と新たに誕生した【拳聖(フィストマスター)】を含めた五名だ」

「え……?」


 【拳聖(フィストマスター)】が誕生した!?

 レアクリスタルが王都に運ばれたのは聞いていたけど、【拳聖(フィストマスター)】に転職した者がいたのか……!

 もうひとり……【弓聖(ボウマスター)】は聞いたことのない職業(ジョブ)だ。


「アルスとカルスはウェイン王子の護衛的な立場を担っているが、冒険者としての実力は相当なものだ。【拳聖(フィストマスター)】に転職した者は王子が自ら味方に引き入れた冒険者だ。これもSランクの冒険者だ。最後に【弓聖(ボウマスター)】だが、シスンもよく知っている人物だ」

「……え? 俺が知っている人ですか?」

「ネスタの街の冒険者ギルドでお前達の担当をしていたマリーだ」

「マリーさんが……【弓聖(ボウマスター)】!?」


 前に職業(ジョブ)を聞いた時は【弓使い(アーチャー)】系だと言っていたが、まさか【弓聖(ボウマスター)】だったのか!?


「驚くのは無理もなかろう。マリーは四十年も前に引退していたのだからな。しかし引退したとはいえ、五十年前の戦争でかつての【剣の試練(トライアル)】に所属していたSランク冒険者を、国が放っておくわけがない」

「マリーさんがそうなのは驚きました。だとしたら爺ちゃんや神父様も戦争に駆り出されるんじゃ……!?」

「そこは心配しなくていい。お前の祖父は表向きでは冒険者時代の怪我の後遺症でもう戦えないことになっているからな。それでも【剣聖(ソードマスター)】であれば、国から声がかかったかも知れないが……シスン、お前はウェイン王子に自分が【剣聖(ソードマスター)】だと伝えたそうだな?」

「……はい。地下迷宮(ダンジョン)で聞かれたので……」

「だから、お前の祖父に国から要請がくることはない。神父はAランクの時に冒険者を引退しているし、年齢が年齢だ。今回は戦力としてはあてにされていないだろう」


 爺ちゃんと神父様が戦争に参加しなくて済むと聞いて、少しほっとした。


「爺ちゃんのパーティーには他にも仲間がいたはずです。その人達は……?」

「うむ。シスン、皆が皆、お前の祖父や神父のように長生きできるとは思わんことだ。人間であれば寿命というものがある」

「あ……」


 そうか……他の仲間はもう亡くなっているのか。


「私の見立てではウェイン王子のパーティーは、かつての【剣の試練(トライアル)】に比肩するパーティーだ。ウェイン王子はこのパーティーを【選ばれし者(ブレイバー)】と名付けたらしい。国中を……いや、世界中を探してもこのパーティーに並ぶ者はいないだろう。お前達を除いては、な」

「俺達が……?」

「担当だったマリーはお前の祖父とともに魔王と戦った本物だ。そのマリーが本物と認めるのだからな」


 グレンデルさんの話では、俺達の移籍に際しての書類に『戦力として申し分なし。Sランク冒険者相当』との記載があったのだという。

 それを見た時は過剰評価か? と半信半疑だったらしいのだが、直後に俺が爺ちゃんの孫だと知ったのと、マリーさんの性格からして仕事に真面目であったことから納得したのだそうだ。

 そして墓地にあった死者の地下迷宮(ダンジョン)を即日達成したことで確信に変わったらしい。



 ***



 俺は南の冒険者ギルドを出て、新しく借りた家に向かった。

 今日の寝床は宿なのだが、早くみんなと合流して話をしたかったからだ。

 俺が商業区へ向かって彼女達を探すより、ここで待つ方が早いだろうという判断だ。


 しばらくして、夕方に差し掛かろうとした頃、荷車を引いたアーシェと一緒に歩くティアとエステルが帰ってきた。

 荷台の上にはテーブルやらベッドやらが所狭しと積まれている。

 あの重量じゃアーシェにしか荷車を引けなかったのだろう。


「あ、シスンー! 来ると思って待っていたのに、どうしたのよー」

「主様には悪いと思いつつ、昼食は三人で摂ってしまったぞ」

「シスン。結構いい買い物ができましたよ」

「ああ、おかえり。みんな……」


 アーシェが異変を感じてか荷車を置いて、俺に駆け寄った。


「シスン、どうしたの? 何かあった?」


 心配そうに俺の顔を見るアーシェ。

 俺は頷いて、


「ああ、まぁな。みんなに話があるから、ひとまず先にその荷物を中に入れてしまおう」


 荷台に積まれた荷物を指した。

 俺の表情から大事な話だと察したみんなは、急いで荷物を家の中に運んでいった。


「シスン。買い物中に怖い話を聞いたんです」

「何かあったのか?」


 エステルが椅子を抱えながら、テーブルを抱えている俺の横に並んだ。


「三日前のことらしいんですが、冒険者居住区で冒険者が殺されたそうなんです」

「……え? 街中でか!? 一体どうしてそんなことに?」


 この王都は治安維持に力を入れているって聞いていたから、俺は驚いてしまった。


「大通り沿いにある路地で、Aランク冒険者の惨殺死体が見つかったそうよ。憲兵が捜査しているって言っていたけれど、目撃者の話ではどうも他の冒険者と喧嘩になったようだわ」


 アーシェがベッドを担いで言った。


「こういうことって、よくあるのか?」

「とんでもないです! こんな事件は稀ですよ」


 エステルは首を横に振る。

 街中で殺人か……離れた南の居住区の家に決めて正解だったかも。

 ただ、この家にもいつ帰って来られるか……。

 とりあえず荷物を全て運び終えたので、一番広い部屋の真ん中にテーブル置き、それを囲むように椅子を並べて着席した。


「シスン、どうしたのよ? そんな深刻な顔をして?」

「ああ。みんな、聞いてくれ」


 俺は中央広場で聞いた話や、グレンデルさんとの会話をみんなに話した。


「魔族と戦争じゃと? これまたえらいことになっておるのぅ」

「魔王が復活……。これは……大変なことですよ」


 アーシェは俯いて何かを考えているようだった。


「アーシェ、だから今話したようにバジルさんのところへ行こう」

「……わかったわ。お父さんのところへ行きましょ」


 グレンデルさんによると、シーヴァル王国軍の進軍は五日後に、ウェイン王子はネスタの街から招聘した【弓聖(ボウマスター)】……マリーさんが到着後にここを発つらしい。

 バジルさんと会ったあとは、情報を集めて魔王を倒す。

 それがグレンデルさんから俺達【剣の試練(トライアル)】に課せられた直通依頼(クエスト)だ。


 俺達の向かう先はイゴーリ村だ。

 アーシェは辺境に行く方法はあると言った。

 だが、そこまでの詳しい道はマグダレーナさんに聞かないとわからないようだ。

 なのでマグダレーナさんに会う必要がある。


「【拳聖(フィストマスター)】になった人がいるのね……」


 アーシェがぼそっとつぶやいた。

 彼女が落ち込むのも当然だ。

 俺が【剣聖(ソードマスター)】を目指したように、彼女もそれに並ぶような職業(ジョブ)を目指していたのだから。

 だから下級職の【修道士(モンク)】のままなのだ。

 上級職には興味すら示していない。


「くよくよ悩むなんぞアーシェらしくもないのぅ」

「ティア、【拳聖(フィストマスター)】はおそらく【剣聖(ソードマスター)】と同列の職業(ジョブ)なんだ。だから世界でひとりしかなれないんだよ。それをアーシェ以外の人がなってしまったということは……」


 ティアは腕を組んだまま首を傾げている。

 ……俺の説明は通じなかったのだろうか。

 しかし不意に思いついたように、ティアは椅子から立ち上がって、アーシェの肩に手を置いた。


「アーシェよ」

「……何よ?」


 アーシェは眉を吊り上げた。

 対照的にティアは口元に笑みを浮かべている。


「レアクリスタルは新たに探し出すとしてじゃ。その【拳聖(フィストマスター)】をお主が倒してしまえばよかろう?」

「え? ティア、あんた本気で言ってる?」

「ティ、ティアカパンさん……それは今の【拳聖(フィストマスター)】を殺してしまうということですか……?」

「そこまでは言っておらんよ。ただその職業(ジョブ)を諦めてもらえばいいんじゃろう? 物わかりのいい冒険者なら自分に相応しくない、自分より強い者がいると思ったら譲ってくれるじゃろう」

「だから【拳聖(フィストマスター)】と戦うのか……。確かに俺も爺ちゃんに勝ってなったわけだしな……」


 まぁ、【拳聖(フィストマスター)】のレアクリスタルをもう一度見つけてからの話になるんだろう。

 しかも冒険者ギルドより先に見つけないといけない。

 国や冒険者ギルドの所有になってしまったら、俺達が手にするのは無理だろうから。


「……【拳聖(フィストマスター)】と戦うなんて面白そうじゃない!」

「じゃろ?」


 アーシェはティアの案にちょっとやる気になってしまったみたいだが。

 元気がないより、今のアーシェの方が好きだな。

 彼女が元気を取り戻したことで、俺もできることはやってみようという気が湧いてきた。


 そして翌日の朝、俺達は支度を済ませ王都を旅立った。

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