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大臣の重大発表

 翌日、俺は朝からお婆さんの店へ行き家の契約を済ませた。

 アーシェ達とは別行動だ。

 宿に泊まるのは今夜で最後だから、家の準備を少しでも進めておきたかったからだ。

 明日からは新しい家で生活、少なくとも寝起きできる環境を整えないといけない。


 アーシェは家財道具を買いに、ティアとエステルは生活必需品を買いに東の商業地区に向かった。

 契約を済ませた俺は彼女達と合流するべく、遅れて商業地区に行くこととなった。


 街の中心には大きな広場がある。

 中央広場と呼ばれている場所だ。

 南と北、東と西の各区画を跨いで移動する際には、必然的に通ることの多い場所だが、いつもと違い異様な人だかりができていた。


「何でこんなに混雑しているんだ? これじゃあ、向こう側に行くのも一苦労だな」


 中央広場を経由しない道もあったが、この王都は伊達に広くない。

 完全に地理を把握していない俺は、道に迷わないように中央広場を経由する一番安全な方法を選択していた。

 まさか、こんなに人が溢れているとは思わずに……。


 迂回しようと踵を返すと、人だかりのざわめきとともに近くにいた男達の会話が耳に入った。

 俺は足を止めた。


「重大発表って何だろうな?」

「さぁな。でもここで発表するんだから、俺達街の者にも関係しているんじゃないのか?」

「やっぱりそうなのか。まさか税が上がるってんじゃないだろうな?」

「おいおい、それは勘弁してくれよ。確かにここ数年税は上がっていないが、急に言われても困るよなぁ……」


 男達の会話から、ここで何らかの重大発表が行われるらしいとわかった。

 そして、今も人は増え続けている。

 この人だかりから抜け出そうにも、俺の周囲にはもう人垣ができていた。 


「こんな大勢集まって……。一体何が始まるんだ?」


 その時大きなどよめきが起こり、それが段々と小さくなっていく。

 周りにいた人達は佇まいを直したり咳払いをしたりして、各々何かに備える素振りを見せた。

 その視線はみんな一様に中央を向いている。

 俺は彼らと同じように視線をそこへ移動した。


「あれは……?」


 観衆が注目していたのは中央広場の真ん中に設置されていた壇上の人物だった。

 知らない男だが、その格好からして貴族であるらしいことはわかる。

 昨日通った時はあの男が今立っている台みたいなものはなかったはずから、この重大発表とやらの為に準備したのだろう。


 俺より前にいる人達は口を閉じているが、後ろの方はまだざわついている。

 壇上の男もまだ黙ったままだ。

 もう少し静かになるまで待っているのだろうか。


 俺の立っている場所はかなり前の方だったらしく肩越しに振り返ると、人の数はどんどん増えていっていた。

 中央広場だけでは収まらなくなって、各区画の大通りにまで人だかりはできているようだ。


「これが終わるまで身動きできそうもないな……」


 言いながら視線を前へと戻すと、人垣を掻き分けながらこちらに向かってくるグレンデルさんがいた。

 俺と目が合って頷くと、隣までやって来た。


「グレンデルさん」

「シスンの顔を見つけてな」


 グレンデルさんがやって来たのは壇上の男がいた方向からだ。


「グレンデルさんもあそこにいたんですか?」

「ああ。私は発表する側の立場だからな」


 グレンデルさんは周囲を気にしながら小声で言った。

 いつもの気難しそうな顔とはちょっと違う、深刻そうな顔をしていた。


「重大発表ってやつですか?」

「……知っていたのか?」

「いえ、ここへ来て周りの会話から知りました」

「……そうか」

「重大発表って、何かあったんですか?」

「……ふむ。ん……ああ、おおありだ。私が参加している定例会議で既に決定してしまったことだ。頭が痛い。お前達にも直通の依頼(クエスト)を出すかも知れん」

「それは望むところです。それが今から始まる重大発表に関係あるんですか?」

「ああ。もうすぐ発表があるだろう」


 壇上の男はシーヴァル王国の大臣のひとりらしい。

 ここから先は発表を待てと言わんばかりに、グレンデルさんは口を閉じた。

 後方から聞こえていた話し声も次第に収束していき、大臣がこほんと咳払いをした。


「今日は皆に重大な発表がある。急な触れに対してこれだけ多くの民が集まってくれたことに感謝する。また、この場に来られなかった者には事の内容を正しく伝えてくれるよう頼む」


 場が静寂なのもあるが、大臣の声はよく通った。


「まず悪い報せだ。五十年前、世界を震撼させた魔王がいたことは皆も聞いたことがあるだろう。私自身生まれて間もない頃だったので父から聞いた話ではあるが、ほとんどの者がそうだと思う。祖父母から、そして父母から幾度となく昔話を語るように聞かされた話だ」


 大臣の話に周りの人達は聞き入っている。

 隣にいるグレンデルさんは苦い顔をしていた。


「魔王は魔族を従えて、世界を我が物にしようと暴れ回った。そして、いくつもの国が魔族に蹂躙され、その姿を消した。各国が有する騎士団や兵、冒険者……その他大勢が戦い散っていった」


 大臣が何故そんな昔の話をするのか。

 周りの人達の顔に困惑が見られた。


「そんな状況を覆したのが当時このシーヴァル王国の冒険者だった【剣聖(ソードマスター)】だ。彼は自らのパーティーを率いて、魔王の側近であった四天王を打ち破り、そして彼の魔王を倒した」


 この話は爺ちゃんから聞いているからアーシェも知っている。

 その時のメンバーが神父様や、マリーさんだってことも今はわかっている。

 そして、四天王のひとりがアーシェの婆ちゃんであるマグダレーナさんだったことも。


「魔王を()()()……」

「表向きの話だ。民に不安を抱かせるわけにはいかないのでな。もちろん上の連中は知っている」


 グレンデルさんは俺にだけ聞こえるように囁いた。

 俺が爺ちゃんから聞いた内容は、倒すのは無理だったから封印したという話だ。

 グレンデルさんは事情を知っているらしい。

 いつか復活すると言われれば、不安になるのはわかる。

 それで倒したということになっていたのか。


「あれから五十年。恐ろしいことにその魔王が復活しようとしているのだ」


 ところどころから、悲鳴や嘆きの声が上がった。

 大臣は大袈裟な仕草で「皆の者、安心するがよい」とにやりと笑みを浮かべる。


「五十年前に世界を救った【剣聖(ソードマスター)】はもう年老いてしまっている。だが、神は我々に新たな救世主を遣わせた。あの伝説の【剣聖(ソードマスター)】を越える存在だ」


 爺ちゃんは確かに歳を取ったが、あの大臣の言い方だとまるで戦えないみたいな言い草だな。

 Aランクの冒険者じゃ爺ちゃんに全く歯が立たないだろう。

 しかし、救世主ってのは誰だ?

 爺ちゃんを越える存在って……。


「今日この王都で【勇者(ブレイブ)】が誕生した。その者こそ魔王を打倒できる世界で唯一の存在である!」


 【勇者(ブレイブ)】……!?

 何だそれは……!

 爺ちゃんからも聞いたことないぞ!?


「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 大きな歓声が起こる。


「紹介しよう! この世界を救ってくれる、【勇者(ブレイブ)】のウェイン王子である!」


 颯爽と壇上に登場したのはウェイン王子だった。


「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」


 唐突に発表された魔王の復活。

 そして、その魔王を討てる存在【勇者(ブレイブ)】。

 しかも、それが王族の人間からということで、民の期待は高まっているようだ。


 だけど、この流れはマズいんじゃないのか……?

 俺は隣のグレンデルさんは苦い顔をしていた。


「グレンデルさん、これは……」

「すまない。私の力では止められなかった……」

「……国は魔族と戦うと決めたんですか?」

「ああ。戦争だ」


 グレンデルさんは眉間を押さえながら言った。


 魔王の復活まではまだ二ヶ月ほど猶予があるらしい。

 複数のSランクパーティーが調査をした結果、判明した事実だという。


 重大発表が終わり、集まっていた人達はそれぞれ慌ただしく散っていった。

 俺は呆然とその場に立ち尽くしていた。


「シスン、今から南の冒険者ギルドで話をしよう。いいか?」

「……わかりました」


 俺達は南の冒険者ギルドへと向かった。



 ***



 冒険者ギルドの応接室。

 俺とグレンデルさんは向かい合って座っていた。


「今日は他のメンバーはどうしたのだ? 別行動なのか?」

「今日は住む家が決まったので、各自準備をしています」

「そうだったか。取り急ぎ、私の方から話をしよう。アーシェ達にはシスンから伝えてくれるか」

「はい」


 グレンデルさんは魔王を取り巻く世界の情勢について語り始めた。

 魔王復活の兆しに関しては、常にその動向を監視していたようだ。

 主にSランクのパーティーがその依頼(クエスト)に従事しているらしい。

 一部のAランク冒険者はその補佐にあたっているようだ。

 それを聞いて、ネスタの街のミディールさん達【蒼天の竜(ブルードラゴン)】もそうだったのだろうと察した。


「今は国同士が戦争をしている場合ではない。各国足並みを揃えて、魔族の住む辺境に進軍を開始するだろう。このままではいずれ多くの犠牲が出る。我々にも魔族にもだ」


 グレンデルさんの言い方だと魔族に犠牲が出ることも、よしとしていないようだ。


「グレンデルさんは魔族を一方的に敵だとは見なしていないんですか?」

「当たり前だ。アーシェの祖母、マグダレーナを見ればわかるだろう。魔族だからという理由で敵対するのは安易な考えだ。確かに人間を見れば襲いかかってくる者もいる。だがそれは人間だって同じことだ。かつて我々エルフとドワーフが敵対していた時もそうだった。それが今は同じ街で共存しているではないか」

「人間と魔族は共存できると?」

「すぐには無理だが、いずれそういう日が来て欲しいものだ。だが、この戦争はマズい。人間と魔族の間に深い溝を残す」


 だったらどうすれば……。

 いい考えが浮かばない。

 魔族が敵だという風潮が広まれば、今は隠しているがアーシェの素性がバレた時に迫害されるかも知れない。

 そんなことは俺が許さない。


「シスン、ひとつだけ手がある」

「何ですか?」

「戦争になる前に、つまり進軍したシーヴァル王国軍や各国の軍が魔族と交戦する前に終わらせるのだ」

「だから……どうやって……」


 そんな方法があるのであれば、率先してやるつもりだ。


「シスン、お前が魔王を倒すんだ」


 グレンデルさんは俺を見据えて言った。

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