家探し
王子達は馬車に乗って王都の方へ行ってしまった。
兵士がお疲れさんと声をかけてくれる。
俺は「どうも」と頭を下げた。
「さて、俺達も帰ろうか」
「そうね。冒険者ギルドに報告に行きましょ。これでシスンと私はAランクに昇格だわ!」
「そうだな。確かティアとエステルもこれでBランクまで上がるはずだ」
「ランクなんぞどうでもよいが、アーシェに格下呼ばわりされるのは勘弁じゃからのぅ」
「レベルが上がってないのにランクだけが……あぅ」
デスタランチュラの巣で見つけたパーティーの遺骨は、冒険者ギルドに届けるつもりだ。
家族の手元に届けてくれるだろうと思ったからだ。
ティアが少しだけだが、ちゃんと四人分袋に詰めて持ち帰ってくれたのだ。
俺が礼を言うとティアは少し照れていた。
***
南の冒険者ギルドに帰ってきた俺達は、グレンデルさんの姿を探すが見当たらなかった。
今は夕方だから、もうここを出たのかも知れない。
仕方なく窓口に続く長蛇の列に並び、依頼達成報告を済ませた。
こうして、俺とアーシェは正式にAランク冒険者となった。
もちろん、【剣の試練】もAランクパーティーだ。
翌日の昼、グレンデルさんへ報告をする為に冒険者ギルドに行ったが不在だった。
職員に尋ねると、今日は王城での会議に出席しているらしい。
なので今日はこの南の冒険者ギルドに来るかわからないという。
「グレンデルさんはいないのか。色々聞きたいことがあったんだけどな」
ギルド長ともなると、そういう会議にも出席するんだな。
誰が参加するんだろう。
大臣や将軍とか?
職員の話では定例会議って話だから、定期的にあるんだろう。
「時間ができたから今日は家探しをしよう」
「そうね。結局家を探せないまま宿で三泊しちゃったし」
「うむ。妾も同じ宿は飽きてしもうたわ」
ここに来る前に宿は二泊延長しておいた。
まずは俺達の家を探さないとな。
でないと、このままずるずると宿暮らしが続いてしまいそうだ。
「それでは冒険者居住区で探しますか?」
「いや、まずは南の居住区を見て回ろう」
「グレンデルさんが勧めてくれたのは、北の冒険者居住区だったわよね?」
「考えたんだけど、所属している南の冒険者ギルドに近い方がいいかなって。実際見比べて所持金とも相談した上だけどな」
「わかりました。もうお昼を過ぎていますし、それなら急ぎましょう」
「ああ」
俺達は借家を仲介している店に向かった。
と言っても冒険者ギルドからは目と鼻の先だ。
この辺りの店は一軒一軒が、ネスタの街の倍くらいはある。
俺達は店に入った。
「いらっしゃい」
挨拶をしてくれたのはお婆さんだ。
腰が曲がっているらしく、その背丈は俺の半分ほどしかなかった。
「あの、家を探しているんですけど」
「まぁまぁ、お兄さん達は冒険者の方?」
「はい」
お婆さんはにっこりと笑うと、親身に相談に乗ってくれた。
予算や希望の間取りなど事細かに希望を聞いてくれる。
それを紙にメモしながら、お婆さんは頷いている。
希望に添う家は三つあった。
お婆さんの話を聞くと、中々よさそうな感じだ。
アーシェとエステルは好感触のようだ。
「実際に見たら全然違う印象だった……ということもあり得るしのぅ。まぁ、一度見てみようではないか」
「ティアの言い分もわかる。俺も実際に見てみたいし。お婆さん、その三つの家を見せてもらいたいんですけどいいですか?」
「もちろんですよ」
その三軒はどれも店の近くだった。
つまり冒険者ギルドからも近いということだ。
一軒目。
割と綺麗な家だった。
間取りは五部屋。
これならひとり一部屋ずつあるし、みんなで食事をしたり話ができる部屋もある。
結構いいんじゃないかな。
「何だか狭苦しいのぅ」
とティアがぼやいているが……。
二軒目。
一軒目よりは使い古された感が否めない。
間取りは六部屋だ。
床がギシギシと音を立てている。
「間取りは申し分ないんだけれど、ちょっと古いわね。お婆さん、この家って築何年くらいかしら?」
「はいはい、ちょっと待っててくださいねぇ。ええと……建てられてから四十年くらいです」
お婆さんが持参した書類をめくりながら教えてくれた。
かなり古いな。
ちなみに一軒目は建てられてから三年ほどしか経っていないらしい。
三軒目。
一軒目よりも綺麗で、間取りは二軒目と同じ六部屋だ。
しかも広めの造りになっている。
お婆さんが言うには建てられて半年だという。
「ふむ。我慢できる狭さじゃな」
「いいんじゃないかしら。ね、シスン?」
「ああ、ここが一番いいな」
「あ、でも予算が……」
エステルがこんなにいい家が安いわけがないと困惑している。
だが、俺達の予算はきちんと伝えていたはずだ。
その予算を超える家を、お婆さんが案内するとは思えなかった。
「お婆さん、この家はいくらくらいですか?」
「はいはい。この家のお値段はね……」
一軒目と二軒目より安かった。
逆に怖いな。
何か問題があるのだろうか。
「あの……こんなにいいお家なのに、そんなお値段なんですか?」
エステルがまだ信じられないという風に、お婆さんに再確認を促した。
「何か曰く付きとか? 幽霊が出るんじゃない?」
「ひええええっ! アーシェさん、何を言うんですか!」
「幽霊か、面白そうじゃの。のぅ、主様?」
お婆さんがアーシェ達の会話を聞いて、ぽかんと口を開けていた。
「お嬢さん方、どうしてわかったの?」
「「「えっ!?」」」
「この家はSランクパーティーの冒険者さんが建てたのだけれど、夜になると幽霊が出るというのですぐに引っ越してしまったの……。それ以来借り手がないのよ」
どうやら幽霊が出るらしい。
エステルなんかは完全に怯えてしまっている。
しかしSランクパーティーが建てた家だけあって、いい家なんだよな。
未練はあるが、却下だな。
エステルを見ると、下唇を噛みしめて首を横に振っていた。
「お婆さん、じゃあ一軒目を保留してもらっていいですか」
一軒目の家を保留して、俺達は北の冒険者居住区に向かう。
お婆さんの店では冒険者居住区にある家は取り扱っていなかったからだ。
「妾は三軒目でよかったのだがのぅ。幽霊なんぞ、妾が浄化してやるのに」
「私も《ホーリーブロウ》で手伝うつもりだったわよ」
「お二人とも、そういう問題じゃないんですぅ……。そういう事実があっただけで、あたしは、あたしは……」
エステルは涙を浮かべながら、そっと俺の影に隠れて身を寄せてきた。
それを見たアーシェとティアが即座に反応した。
「ちょ、エステル! あなた何どさくさに紛れて抜け駆けしてるのよ!」
「ほう、エステル。妾に対抗する気か?」
「えっ、あっ、これは……ちが、違うんですっ!」
エステルが顔を真っ赤にして俺から離れるが、なおもアーシェとティアに詰め寄られていた。
……何やってんだか。
俺はエステルに助け船を出すべく、
「おーい。早く冒険者居住区に向かわないと、時間がないぞ?」
実際時間も差し迫っていたので、急かすように言った。
こうして、俺達は南の冒険者居住区に辿り着き、一軒の店に入った。
「いらっしゃいませ! 今日はどんなご用で?」
人の良さそうなおじさんが迎えてくれる。
俺は予算と希望を伝える。
おじさんが言うには、希望に添う家はたくさんあるらしい。
しかもどれも似たり寄ったりの感じらしいので、ひとまず一軒だけ見せてもらうことにした。
場所は冒険者居住区の大通りに面したところだ。
この冒険者居住区には結構空き家が多いらしい。
一ヵ所に定住する冒険者もいれば、次々と拠点を変える冒険者もいるからだ。
そのひとつがこの家だった。
「南の居住区で見た一軒目よりも手狭に感じるな」
「確かにあそこより狭いわね。間取りは四部屋ね……」
「狭すぎて息が詰まるのぅ」
「あのう、もう少し高い家だとどういうのがあるんでしょうか?」
エステルの質問に、おじさんは愛想よく答えてくれる。
値段が上がっても部屋数が増えるだけで、広さは変わらないという。
それなら、今日見た中だとやはり一軒目だろうな。
ティアは狭いと言っていたが、我慢してもらおう。
お金が貯まれば、別の家を探せばいいだろう。
俺達はおじさんに礼を言って分かれた。
「俺は一軒目に決めようと思うんだけど、みんなはどうだ?」
「私はシスンに従うわよ」
「主様が決めればよいのだ。妾達は従うだけよ」
「はい、シスンが決めてください。…………三軒目以外で」
「わかった。じゃあ、一軒目に決めた」
もう夜になるので、今日は宿に戻ることにした。
明日、お婆さんの店に行って契約をしよう。