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ウェイン王子 後編

 魔物(モンスター)じゃなかった……!

 あれは冒険者だったのか!


「……ちょっと、待ってください。それは前回護衛依頼(クエスト)を受けたパーティーってことですか?」

「そうだ。Bランクの四人パーティーだったが、ここで全滅した。お前達もBランクだがここまでの実力を見た限り、前のパーティーよりは使えそうだ。がっかりさせてくれるなよ?」


 何だって……?

 地下迷宮(ダンジョン)に向かう冒険者なら死と隣り合わせなのは覚悟しているだろう。

 だけど、最下層を攻略できるウェイン王子達は加勢しなかったのか?

 それに全滅したパーティーをその場に残したまま、ここを出たのか?

 俺の頭を違和感が()ぎった。


「アルス、そこまでにしておけ。護衛を不安にさせてどうする」


 ウェイン王子が笑顔で言う。

 その笑顔を見て急にうすら寒くなった。

 さっきまでは、親しみさえ覚える笑顔だと思っていたが、その印象は少し変わりつつあった。


「はっ! 出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「うむ」


 俺は違和感を覚えながらも、このデスタランチュラをどうにかすることを考えた。

 剣の先で糸の一部に触れてみると、僅かに弾力を感じた。


「この糸は厄介だな」


 剣を離すが糸は粘着したまま引っ張られた。

 そのせいで、どこをどう繋がっているのか奥の方の糸までたわんだ。

 すると、デスタランチュラが一斉にカサカサカサと、こちらに向かって動き出した。


「カルス、王子を後ろへ」

「承知」


 アルスさんが言うと、カルスさんは王子を背に庇うようにして通路の方へ引っ込んだ。

 それを確認したアルスさんも下がっていく。


「お前達、健闘を祈っておくぞ」


 そう言って三人とも完全に通路をへ姿を消した。

 残ったのは俺達【剣の試練(トライアル)】だけだ。

 依頼書を見てグレンデルさんからも聞いていたからわかってはいたが、最下層までは一切手を出さないつもりか。

 それが、同行したパーティーがたとえ死んだとしても。


「主様よ、考えるのはあとじゃ。今はあの蜘蛛を何とかするのが先決じゃ」

「ああ、わかってる」

「あああ、あんなにたくさん! どうしましょう!?」


 エステルが不安の声を上げるが、直後ティアの魔法が炸裂した。

 《ホーリーバレット》だ。

 体を光の玉で穿たれたデスタランチュラは、見るも無惨にその中身を飛び散らせて息絶える。


「アーシェ、エステルを頼む。ここは俺とティアでやる」

「わかったわ! エステル、こっちよ!」

「は、はい!」


 デスタランチュラは俺達に近づく前に、ティアの魔法の餌食となる。

 結局俺の出番はなく、ティアがひとりで片付けてしまった。

 あとは張り巡らされた糸だけだが、それもティアが魔法で吹き飛ばした。


「流石だな、ティア。見事だったよ」

「主様のことを思えばこそじゃ」

「ありがとう」

「うむ」


 行く手を阻むものがなくなったところで、アルスさんが通路から顔を出した。


「王子、終わったようです」

「早いな。魔法を使ったのか?」

「そのようです。デスタランチュラの死骸から見て、剣の傷ではありませんから」


 ウェイン王子が手を叩きながら、笑顔で近づいて来る。

 そして、俺の目の前で足を止めた。


「よくやった。しかし地下迷宮(ダンジョン)はここでようやく半分といったところだ。この先も頼むぞ」


 ウェイン王子は冒険者の屍を踏んでいた。


「……ウェイン王子! 足下をよく見てください!」

「ん……?」


 俺は咄嗟に大きな声を出してしまう。

 反応したウェイン王子は、首を傾げながら足下に目をやった。

 気づかなかったのか……?

 それより、どいてもらわないと……。


「ああ、ゴミでブーツが汚れてしまうな。教えてくれて助かったぞ」

「…………え?」


 ウェイン王子は俺に笑顔で言うと、冒険者の屍から足をどけるのではなく粉々に踏み砕いた。

 不安定な足場を慣らすかのように、白骨化した冒険者をだ。


「アルス、ブーツが汚れてしまった。替えはあるか?」

「申し訳ありません。ブーツの替えは用意しておりません。しばらく我慢なさってください」

「わかった。おい、冒険者。先へ進め」


 一連の彼らの言動で違和感が不信感に変わった。

 どういうつもりなんだ……?


 アーシェとティアは何も言わなかったが、胸くそ悪いという風な表情になっていた。

 エステルはただただ困惑している。

 俺は彼女達と視線を交すと、「先へ進もう」とだけ伝えた。


 その後も、デスタランチュラが単体で現れたが、その都度俺が倒した。

 そうして、俺達は地下迷宮(ダンジョン)の最下層に辿り着いた。

 体感だがここまでで結構時間がかかったはずだ。

 外はもう昼過ぎくらいだろう。


 デスタランチュラの巣があったところよりも広い場所に、魔物(モンスター)が待ち構えていた。


 そこにいたのは、大きな黒い犬だった。

 かなりの巨体だ。

 体高はミノタウロスの背丈と変わらない。

 そして、頭が三つもあった。

 その周りには牙を剥き出しにした狼のような魔物(モンスター)が十匹、唸り声を上げている。


「お前たちは下がっていろ。ケルベロスは王子が、周りのヘルハウンドは我々が相手をする」


 アルスさんが俺達に下がるように命令した。

 あのデカいのがケルベロスで、周りの魔物(モンスター)がヘルハウンドか。

 見た感じ強さ的には、ケルベロスはバラフ山脈で倒したドラゴンよりは劣るだろう。

 ヘルハウンドはガーゴイルくらいだろうか。

 ガーゴイルと違って翼はないが、その容姿からして素早そうだ。


 だからといって決して弱い魔物(モンスター)ではない。

 本当にウェイン王子達に任せていいのだろうか。

 しかし、剣に手をかけようとした俺を、ウェイン王子が手で制した。


「冒険者よ、手をだすな。あの魔物(モンスター)は俺の獲物だ」


 ウェイン王子にそう言われてしまっては、為す術はない。

 俺はアーシェ達に目配せすると、これから始まる戦いを見守ることにした。

 危なくなったら、何とでも対処できる。

 その自信もあった。


「アルス、カルス、行け!」

「「はっ!」」


 ウェイン王子の命令で、二人がヘルハウンドに突進していく。

 ほとんど同時にアルスとカルスそれぞれに、ヘルハウンドが唸りながら飛びかかった。

 それを二人は瞬く間に切り捨てる。

 ヘルハウンドの首が床に落ちた。


 それを見てウェイン王子は剣を抜き放ち、ケルベロスに向かって一直線に歩いて行く。

 ヘルハウンドはアルスとカルスが十分引きつけていた。

 ウェイン王子とケルベロスの邪魔をする者はいない。


「シスン、ウェイン王子は大丈夫でしょうか? あんなに無造作に近づいては危険なのでは……?」

「エステルにはウェイン王子が普通に歩いているように見えるかも知れないけど、いつでも攻撃に移れる足運びだ。簡単に身につく動きじゃない。多分、強いぞ」

「え、シスンがそこまでいうほどですか!?」


 エステルが口に手をあてて驚いている。

 俺の隣ではアーシェとティアも黙って、戦いの行方を注視している。

 恐らくアーシェはウェイン王子の力量を確認するはずだ。

 あとで意見を交換しよう。


 【聖騎士(パラディン)】のアルスは、《グランドクロス》を放ち二匹のヘルハウンドを同時に爆散させた。

 あのスキルは見たことあるな。

 確かベルナルドが得意としていたスキルだ。


「二匹同時に! あれはスキルでしょうか?」

「あれは《グランドクロス》っていう【聖騎士(パラディン)】のスキルだよ。あれをヘルハウンド相手に惜しげもなく使うって事は、ウェイン王子に加勢するつもりは本当にないのかもな」


 【暗黒騎士(ダークナイト)】のカルスは、飛びかかってきたヘルハウンドの喉元に剣を突き刺していた。

 その返り血を漆黒の鎧に浴びていたが、全く気にした素振りもなく淡々と標的を確実に仕留めていた。


「ねぇ、シスン。私達がここまで護衛する意味はあったのかしら? あの三人だけでこの地下迷宮(ダンジョン)を攻略するには十分な戦力じゃない?」

「アーシェもそう思ったか。実は俺もだよ。いくら消耗を抑えたいからといっても、彼らの資金力なら回復アイテムは惜しみなく使えるはずだし、報酬額から見ても俺達を雇う方がお金がかかるだろう」

「主様は他に理由があると?」

「……だろうな。王都に戻ったらグレンデルさんに聞いてみよう」


 ヘルハウンドを全滅させると、双子は息を合わせたように剣を鞘に収めた。

 そしてその場に立ったまま、ウェイン王子の背中をみているだけだ。

 本当にウェイン王子がひとりで戦うみたいだな。


「グオオオオオオオオッツ!」


 耳をつんざくようなケルベロスの咆哮が、地下迷宮(ダンジョン)内に木霊する。

 そして、後ろ足で床を蹴ると、ウェイン王子に襲いかかった。


「進歩のない魔物(モンスター)だな! 見飽きたわ!」


 ウェイン王子が叫ぶと同時に、剣を薙ぎ払った。

 その言葉からケルベロスと相対したのは初めてではないと窺える。

 閃光が走った。

 ウェイン王子の剣はケルベロスの真ん中の首を斬り飛ばしていた。

 ドスンという重々しい音とともに、その首は俺のすぐ近くまで飛んできた。


「きゃあ!」


 エステルが思わず声を上げるが、アーシェが庇うようにして下がらせる。

 ウェイン王子は【竜騎士(ドラゴンナイト)】のスキルを使ったのか、ケルベロスを十字に斬り裂いた。

 血飛沫が舞い、ケルベロスはその巨体を床に横たえる。


「王子、お見事です!」


 アルスが喝采の声を上げる。

 ウェイン王子が振り向いて剣を鞘に収めようとした。

 すると、ウェイン王子は目を細めた。


「冒険者! そこから離れろ!」


 ウェイン王子が叫んだ瞬間、俺の目の前にあったケルベロスの首が動いた。

 俺に噛みつこうと、大きく口を開けたのだ。

 なんて生命力だ……!

 まだ生きていたのかっ!


「はああああああああああっ!」


 俺は素早く剣を抜いてスキルを放った。

 《氷水剣(ひょうすいけん)》だ!

 剣から伸びた鋭い氷の突起は、ケルベロスの口内から眉間の辺りまでを貫いていた。


「これでトドメよ!」


 そこへ、アーシェの《ホーリーブロウ》がケルベロスの横っ面を捉えて、壁際までぶっ飛ばした。

 ケルベロスの首は完全に沈黙した。

 今ので息絶えたようだった。


「冒険者よ。今のはスキルか?」

「……はい、スキルです」

「見たことのないスキルだ。魔法を使うから【魔法剣士(マジックフェンサー)】だと思っていたが違うようだな。お前の職業(ジョブ)は何だ?」


 スキルを見られて俺の職業(ジョブ)に興味を持たれたか。

 隠しても冒険者ギルドを通していずれバレるか。

 そもそも、王族が本気で調べようと思ったら、隠し通すのは無理だろう。


「……【剣聖(ソードマスター)】です」


 その瞬間空気が張り詰めたのがわかる。

 アルスさんとカルスさんが、そろって眉を動かした。

 大きくは表情を変えてはいないが、驚いているのは確かだろう。

 双子に視線を送られて、ウェイン王子が頷いた。


「……ほう。そうか【剣聖(ソードマスター)】か。これはいいことを聞いた。冒険者よ、名は……シスンだったか?」

「はい」

「お前にはいずれ力を貸してもらうかも知れん。その時は頼むぞ」


 ウェイン王子は満足げに微笑んだ。

 俺に助力を……?

 変なことにならなければいいが……。

 俺は自分の行動が迂闊だったかも知れないと思った。


「王子、ケルベロスはどうでしたか?」


 話題を変えるようにアルスさんがウェイン王子に尋ねた。


「うむ。レベルは1上がった」

「それはよかったです。王によい報告ができますな」


 ケルベロスを倒してウェイン王子のレベルは上がったらしい。

 ウェイン王子の正確レベルは知らないが、戦闘の手際から三人とも100は越えているはずだ。


「そうだな。アルス、《トランジション》を頼む」

「はっ。お前達、《トランジション》は使えるか?」


 《トランジション》は転移の魔法だ。

 地下迷宮(ダンジョン)のどの場所にいても、瞬時に外まで出ることができる。

 ただし人数制限があり、術者が触れている三名までしか効果が及ばない。

 アルスさんがウェイン王子とカルスさんと外に出るので、俺達はどうするのか確認したのだろう。


「大丈夫です。お先に出てください」

「わかった。では、王子……《トランジション》!」


 アルスさんが魔法を発動させると、ウェイン王子達の姿は光とともに消え去った。


「何だか、奇妙な依頼(クエスト)であったのぅ」

「あたしは緊張して言葉を発することさえできませんでした……」


 エステルは大きく息を吐いた。


「俺も少し緊張したよ。だけど、ウェイン王子か……」

「何となーく嫌な感じがするわね」

「妾は好かんのぅ」


 やっぱりアーシェとティアも、印象は悪いか……。


「それにしてもウェイン王子は強かったな」

「そうね。シスンには全然及ばないけれど、私と同じかそれ以上じゃないかしら?」

「あの、ちなみにお二人のレベルって……」


 そう言えば、エステルに俺達のレベルは教えてなかったな。

 彼女には教えても問題ないだろう。


「俺はこの間の火竜戦で268になったところだ」

「私は187よ。早くシスンに追いつきたいわ」

「えええええっ!?」


 エステルは目を丸くしている。

 ティアは聞いて欲しそうに、エステルの肩を叩いた。


「えっと、ティアカパンさんは……?」

「妾は190じゃ」

「ひえええええっ!?」

「え、私より上だったの? ちょっと、盛ってないでしょうね?」

「本当じゃ。何なら今ここで試してみるか?」


 ティアがニヤリと笑って右手をアーシェに向けた。

 それに応じてアーシェも臨戦態勢をとった。


「二人とも遊んでいる場合じゃないぞ。外でウェイン王子達が待っているかも知れないから、さっさと出よう」

「はーい」

「わかったのじゃ」

「……あの、あたしのレベルは54です……」


 エステルが申し訳なさそうに言った。


「大丈夫。私達と一緒ならすぐにレベルなんて上がるわよ」

「そうじゃそうじゃ。レベルなんぞ気にするでない」

「……はい」

「おーい、外に出るぞ」


 俺が急かすと三人は俺に触れた。

 そして、俺は《トランジション》を無詠唱で発動した。


 外に出ると、ウェイン王子達が何やら話をしていた。

 今から馬車に乗ろうとしていたのか、その前で会話している。


「王子、我々が地下迷宮(ダンジョン)に潜っている間に、連絡があったそうです」

「何事だ?」

「それが……レベル上げの為の狩り場がひとつ潰されたようです」

「ほう……どこのだ?」

「墓地にあった死者の地下迷宮(ダンジョン)です」


 ん……?

 それって俺達が魔方陣を消した地下迷宮(ダンジョン)じゃないか。

 今の会話から察するに、あそこはウェイン王子がレベル上げに使っていたのだろうか?

 俺は嫌な汗をかいた。

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