王族
未だに「目が回る~」とぐったりしているアーシェを、俺は背中におんぶしていた。
一体何があったのかとティアに問いただす。
ティアによると、ベルナルドの発言を聞いたアーシェが小刻みに肩を震わせて怒りだしたので、ティアが咄嗟に魔法で拘束したのだという。
「妾が止めなんだら、アーシェは殴りかかっていたかも知れんのぅ。妾も腹に据えかねたが、主様のことを思って我慢したのじゃ。褒めておくれ」
ティアはアーシェをおぶっている俺の腕にすり寄ってきた。
いつもならアーシェが怒るところだが、ティアの魔法がまだ効いているのか力なく俺の背中に身を委ねている。
「ティアカパンさんの言うとおりなら、その行動は正解だったでしょう。ここは冒険者居住区だけあって、早朝といえどもこの時間は冒険者が多くいます。アーシェさんがもし暴力沙汰を起こしていたら、それを目撃した冒険者達に悪評が広がっていたかも知れませんし」
確かにそうだ。
周りの冒険者は俺達の事情など知らない。
アーシェが一方的に攻撃したと考えるだろう。
今回はティアがいて助かった。
ベルナルドが【剣の試練】を名乗った意図はわからないが、俺が直接尋ねたところで素直に教えてはくれないだろう。
グレンデルさんが言っていた悪評がある調査中の冒険者がベルナルドのことだったなら、冒険者ギルドに任せた方がいいのかも知れない。
手続き上では俺達が正式に【剣の試練】を名乗れるのだから。
しかし、アーシェが復活したらベルナルドに詰め寄るかも知れないと考えた俺は、今のうちに宿へ向かうことにした。
俺がアーシェをおんぶして、隣にエステル後ろをティアが歩いていた。
いつもなら俺の隣を歩きたがるのだが、ティアがこんな状態だからか少し後ろを歩いていた。
エステルが宿をとったのは南の居住区だった。
俺達は目的地に向かいながら、家探しについて話をしていた。
話のなりゆきから、エステルの家は西の貴族区にあるのだとわかった。
「エステルって貴族だったのか?」
「あ、違いますよ。別に貴族じゃなくても貴族区に家を持つことはできますから。Sランク冒険者の住む豪邸もあるんですよ」
「そうなのか」
「はい。あたしは遺跡調査などでお金がある程度貯まったので、思い切って家を購入したんです。小さい家ですけどね」
「俺は手持ちのお金で家を借りて、そこで四人で住もう考えていたんだけど、エステルは家を持っていたのか……」
「あっ、あっ、あのですね。みんなで住むならあたしの家は売却してその費用の足しにしてください。あたしもみんなと一緒の家がいいです!」
貴族区にある家を売り払ってでも四人で住みたいと、エステルは慌てた感じで言ってきた。
このままだとひとりだけ、貴族区から通うことになると思ったのだろうか。
グレンデルさんの勧めてくれた北の冒険者居住区に住むのは安価だが、所属した南の冒険者ギルドからは距離がある。
どれくらい価格に差があるかわからないが、南の居住区でも借家がないか探してみようかな。
明日は依頼の予定もないし、みんなと周辺を回りながら相談するのも手だな。
「でもティアなら貴族区に住みたいと言い出しそうだな。なぁ、ティア…………あれ?」
振り返ると、後ろを歩いていたはずのティアが忽然と姿を消していた。
「ティアカパンさん? あれ……? どこへ行ってしまったんでしょうか?」
「どこ行ったんだ?」
やけに静かだなと思っていたら……エステルとの会話に気を取られていたのもあるが、全く気がつかなかった。
それにしても、どこへ行ったんだろう……。
「宿を探している時も、あちらこちらと勝手に行こうとしていましたから、この辺りを見て回っているのかも知れません」
「仕方のないやつだな。どうしよう……探すしかないか」
「宿の場所はティアカパンさんも知っています。大通り沿いの宿なので道に迷うこともないと思います」
「勝手に戻って来るか」
「はい。そう思います」
子どもじゃあるまいし、飽きるか疲れたら戻ってくるだろう。
でも、何も言わずに単独行動は駄目だな。
あとで軽く注意はしておこう。
俺はエステルに頷くと、また宿に向かって歩き出した。
しばらくしてアーシェが復活し、ティアについてぼやいていた。
南の居住区に辿り着き、エステルが「あの建物です」と指したのは赤い屋根が目印の宿だった。
結構目立つな。
これならティアも迷うことはないか。
俺達は宿に入った。
エステルは三日分の代金を既に支払っていたようだ。
部屋は四つとってある。
みんな眠気があったが、同じくらい腹も減っていたので朝食を摂った。
腹が減ると思ったら、夕食を食べ損ねていたことを今更ながら思いだしたのだ。
結局、その時間になってもティアは戻って来なかった。
ティアが戻って来たのは、朝食を終えてそろそろ休もうかとした時だった。
まるで単独行動などなかったのように、しれっと俺達に混ざろうとしている。
「ティア! どこに行っていったんだ? みんな心配したんだぞ」
「主様よ、妾がいなくて寂しかったのか?」
俺にしなだれかかるティアをアーシェが引き剥がす。
「もう、みんな寝るところよ。それから、朝食はあなたの部屋に運んであるわよ」
アーシェは朝食時に帰って来なかったティアの為に、彼女の分を部屋に運んでいたのだ。
俺が指示したわけじゃないのに、アーシェは自ら動いていた。
俺はそれが嬉しくて、それ以上ティアを追求しようとは思わなかった。
「何じゃもう寝るのか。ふぁぁ。妾も目がしょぼしょぼしてきたのぅ」
こうして、俺達は王都での最初の依頼を終えて、明日に備えて休息を取ることにした。
午後過ぎまで休んでから冒険者ギルドに顔を出そう。
グレンデルさんは昼から夕方までは、たいてい南の冒険者ギルドにいると言っていた。
考えていると俺の意識は微睡んでいった。
***
昼に起きて支度を済ませ宿で軽めの昼食を摂ってから、俺達は南の冒険者ギルドに来ていた。
相変わらず凄い行列だ。
ぱっと見ではカウンターの向こうにグレンデルさんの姿はない。
「どこにいるんだろう……」
「職員の誰かにきくしかないわね」
アーシェが言うが、職員に尋ねようにもこの長蛇の列に並ぶことは必至だった。
「並ぶしかないか」
俺がつぶやくのと、肩を叩かれたのは同時だった。
振り返ると、グレンデルさんが立っていた。
「どうした? 依頼はもう済んだのか?」
「グレンデルさん!? はい、終わりました。その報告に来たんです」
「……本当か? 早過ぎないか? とりあえず、応接室で話そう」
俺達は応接室に移動した。
俺達が昨日の今日で依頼を達成するとは思っていなかったようだ。
「昨日の内に済ませておかないと、明日の朝にはもうひとつの依頼がありますから」
「いや、だからそっちの依頼の後に、墓地の地下迷宮に行くと思っていたのだ。順番が逆になってしまったか……」
順番が逆……?
何かマズかったのだろうか。
グレンデルさんは顎に手をやって、何か考えているようだった。
「えっと、駄目でしたか?」
「いや、大丈夫だ。詳しく聞かせてくれないか?」
俺は地下迷宮であったことを説明した。
最下層でデスナイトやガーゴイルと戦ったことや、魔方陣を消したことをだ。
「あの魔方陣を消したのか? もしかして上級魔法の使い手がいるのか?」
「妾じゃよ。問題があったかのぅ?」
「……いや、そんなことはない。なるほどな。確かに君達の実力はBランクどころではないようだ」
グレンデルさんは俺達の実力を認めてくれたようだ。
言葉は少なかったが、うんうんと頷いてくれていた。
「それで、明日の護衛依頼なんですが」
「ああ、詳しく説明しよう」
そう、俺達に課せられたもうひとつの依頼は、護衛依頼だった。
グレンデルさんは護衛依頼について説明してくれた。
俺の予想どおりSランクパーティーを温存しつつ、地下迷宮を攻略するという内容らしい。
「そのSランクパーティーというのは、グレンデルさんが担当しているパーティーですか?」
グランデルさんはこの南の冒険者ギルドに所属しているSランクパーティー一組と、Aランクパーティーを二組担当しているらしい。
俺はそのSランクパーティーの護衛だと思っていたのだが……。
「いいや、違う。私の担当しているパーティーは三組とも、直通の依頼で王都を離れている。今回護衛するのは西の冒険者ギルドに所属するパーティーだ」
西の冒険者ギルド……貴族区のか。
「そのパーティーなんだが、ひとり王族の人間がいる」
「王族……ですか?」
「そうだ。シーヴァル王国の第三王子、ウェイン様だ」
「その王子様を護衛するのね?」
「実際にはパーティーメンバーが王子を護衛するだろう。だから君達の仕事は、王子のパーティーを無事に最下層まで送り届けることだ」
王子様も冒険者をしているのか。
「王子が冒険者をしていて不思議に思ったか?」
「え……!? はぁ……まぁそうですね」
顔に出てしまっていたか。
でも、気になるなぁ。
グレンデルさんはウェイン王子のことを簡単に説明してくれた。
年齢は二十歳。
幼い頃から剣術の才能があり、自らの護衛とパーティーを組んで冒険者の真似事をするのが好きだったらしい。
それが今ではSランクの冒険者として、この王都では知らぬ者はいないという。
「まぁ、気になるだろうな。隠すつもりはないから言っておこう。王子の目的はレベル上げだ」
「レベル上げ? その為に地下迷宮へ行くんですか?」
「そうだ。それゆえ高レベルの魔物しか相手にされないのだ。その辺りの魔物の経験値じゃ消費が割に合わないからな」
「雑魚は相手にせんということか。自分勝手な男じゃのぅ」
「気持ちはわかるが、くれぐれも顔に出したり口を滑らさないでくれたまえ。何かあっては私の首では済まないからな」
俺がアーシェを見て、彼女がティアを見た。
「私は大丈夫よ。心配なのはティアの方でしょ?」
「妾も大丈夫じゃ。妾とてそのくらいの空気は読めるわ」
グレンデルさんは頷いてから、地図を取り出してテーブルの上に広げた。
王都近郊の地図だった。
「明日の朝、君達にはここで王子のパーティーと合流してもらう」
グレンデルさんは王都から少し離れた場所をコツコツと指で叩いて示した。
示された場所は街道から少し外れたところだ。
エステルが場所はわかるらしいので迷うことはないだろう。
ここからの距離は然程でもなく、朝方に南門から出発すれば十分間に合うらしい。
「この依頼を見事達成すれば、シスンとアーシェは晴れてAランクに昇格だ。パーティーもAランクになるだろう」
「Aランク……。そうなったら冒険者ギルド直通の依頼を受けたりできるんですね?」
「それだけじゃない。入ってくる情報量が圧倒的に増えるんだ」
「ほう、例えばどういった情報じゃ?」
「世界に関わる情報だ。これ以上はAランクになったらいつでも教えてあげよう」
「ふん、もったいぶりおって」
世界に関わる……?
どんな情報なんだろう。
爺ちゃんが王都に行けって勧めたことも関係あるのだろうか。
グレンデルさんも今はそれ以上語る気はないらしい。
それにしても、王子様の護衛か。
気を引き締めないとな。
俺はアーシェとティアの手綱をしっかり握っておこうと気を引き締めた。