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ギルド長

 アーシェはすっかり落ち着きを取り戻し、さっきまでこの後は何を食べようかなどと王都の食事が楽しみだと話していた。


「アーシェ、次が俺達の番だぞ」

「そうね。ねぇ、あっちの列を見てシスン。私達の列の方が随分早いみたいだわ。よかったわね」


 アーシェが指した方に目を向けると、俺達と同じくらいに来た冒険者がまだ列の後ろの方に並んでいた。

 まぁ、そういうこともあるだろう。


「シスン、私達の番よ」


 アーシェに袖を引っ張られたので振り返る。

 俺の前に並んでいた【戦士(ウォーリア)】風の男が、丁度受付を終えたところだった。


「それじゃあな。変なヤツには気をつけろよ」


 【戦士(ウォーリア)】風の男は俺に言って、アーシェに手を振っている。

 アーシェは会釈で返した。

 

 やっと順番が回ってきたので、俺達は前に進んだ。


「お待たせしました。それで本日はどのような用件で?」


 窓口にいたのは三十代くらいのエルフのおじさんだ。

 少し気難しそうな表情をしている。

 俺は懐から神父様から預かった紹介状を出し、カウンターに置いた。

 窓口の男は紹介状に視線を向けた。


「ネスタから移籍の手続きをお願いします。あと、これをギルド長に渡して欲しいんですが」

「移籍の手続きと。……これは?」

「ギルド長への紹介状です」

「イゴーリ村の神父からギルド長への紹介状よ」

「イゴーリの?」


 アーシェが俺の言葉を補足してくれる。

 だが、窓口の男は紹介状をよく見もせずに、すっと懐にしまいこんだ。


「間違いなく預からせてもらおう。それでは、移籍の手続きを進めるがよいかな?」


 俺は頷いてから、マリーさんから持たされた移籍の書類を渡す。

 この書類には俺達のネスタでの冒険の記録が記載されているはずだ。

 マリーさんの書類だし不備はないだろう。

 男はその書類にさっと目を通すと、カウンターの引き出しから書類を取り出して、何やら記入し始めた。


 男が無言で書類を作成している。

 すると、隣にいるアーシェがカウンターに身を乗り出した。

 そんなに背が高くないアーシェなので、身を乗り出すといっても実際はもたれかかったという表現が近いかも知れない。

 アーシェの胸がカウンターの縁にこれでもかと押しつけられていた。


「すぐに渡してくれるのではないのね」


 アーシェが言ったのは紹介状のことだろう。

 俺は流されるまま移籍の手続きを進めてしまったが、アーシェは紹介状の行方が気になるようだ。

 いくらなんでも放置や、最悪ギルド長まで届かないなんてことはないと思いたいが、確認しておいた方がいいかも知れない。


「何か問題でも?」


 視線は書類に向けたまま、男はアーシェに聞き返した。


「いえ、間違いなくギルド長の手に渡るのなら問題ないわ。でも、できるだけ早めにお願いするわ」

「了承しました」


 男は頷きながら、移籍の手続きを済ませていった。

 他の窓口に目を向けると、この男がいかに手際がよいか俺でもわかった。

 一切無駄な動きがないのだ。

 どうりで順番が早く回ってくるはずだ。


 マリーさんに用意してもらった移籍の書類にも不備はなかったようで、簡単な質問と応答をしただけで手続きは進んでいった。

 これで俺達はネスタの街から、この王都に拠点を移したことになるんだろう。


 男が不意に顔上げて、書類をこちらに向けて差し出した。


「最後にリーダーの署名をお願いします。もしパーティー名があるなら、あとはここに記入してくれたら手続きは完了です」

「わかりました」


 俺は指示された空欄に自分の名前と、パーティー名は【剣の試練(トライアル)】と記入した。


「書きました。これでいいですか?」

「リーダーはシスン……さん。パーティー名は……」


 男は俺の名前を読み上げた後、パーティー名のところで言い淀んだ。

 男の目が僅かに細められたように感じた。


「……【剣の試練(トライアル)】。確か数日前にも同じパーティー名で登録した冒険者がいると聞いていますが……」

「そうみたいですね。さっき他の冒険者に教えてもらいました」

「そっちは偽物よ。私達はちゃんとお爺ちゃんの許可をもらったんだから」

「……なに? ……どういうことだ?」


 男がアーシェに訝しげな目を向けた。

 口調もさっきまでの窓口業務の時とは違っていた。

 不穏な空気が流れかけたが、それをぶち壊す気軽な声が割り込んだ。


「すんませーん! 休憩終わりましたー!」


 男の隣に現れたのは二十代くらいの女性だった。

 服装からして冒険者ギルドの職員だと一目でわかった。

 走ってきたのだろうか、少し息を切らしていた。

 額にはうっすらと汗が浮いている。


「もう少しゆっくりしてきてもよかったんだぞ?」

「いえいえ、いくら人出が足りないからって上司にそこまで甘えられませんよー」


 どうやらこの女性が休憩していた為、その間この男が代わりに受付業務をしていたようだ。


「えっと、この方達の受付は途中ですか?」

「いや、この冒険者はもう手続きが済んでいる。後は頼んだぞ」


 男が俺達の書類を束の上に置いてすっと立ち上がると、女性はそこへ着席した。


「はーい。って、めっちゃ進んでるじゃないですかっ!? えっ、早っ!」


 女性はカウンター上の書類の束を見て言った。

 男の仕事の成果だったようだ。


「流石、ギルド長! ありがとうございまーす!」

「おだてても何もでないぞ」

「「えっ!?」」


 俺とアーシェが同時に声を上げた。

 ちょっと待って、この女性今何て……?


「なぁ、アーシェ。今ギルド長って言わなかったか?」

「ええ、確かに今この女の人が言ったわ」


 俺とアーシェは男の方に目を向けた。

 男は視線に気づいて俺達を一瞥した。

 そして、気難しそうな顔を崩すことなく口を開いた。


「私が王都アルングリームの冒険者ギルド、ギルド長のグレンデルだ。君達はイゴーリ村の神父と知り合いか?」


 この人がギルド長だったのか!

 見た目は三十代くらいにしか見えないが、爺ちゃんと神父様、そしてマリーさんが冒険者をしていた頃の担当者だったというあの……。


「知り合いもなにも、私はお爺ちゃんの孫よ」


 ギルド長はそれを聞いた瞬間、はっとした顔をした。

 しかし、すぐに表情を戻すとアーシェを見つめ返した。


「なるほど、孫娘か。少し話をしようか。ここでは邪魔になるので、向こうで」


 ギルド長に案内されて、俺達は応接室だという部屋に通された。

 俺とアーシェは並んでソファに座っている。

 ネスタの街の冒険者ギルドの応接室と何ら変わりはない。

 だが、俺達の目の前に座っているのは、国中の冒険者ギルドのトップに立つ人だった。


「神父からの紹介状を持っているということは、君は本当に孫なのか。息子がいるとは聞いていたが、孫もいるとは……それだけ月日が経ったのだな」

「ギルド長が爺ちゃん達が冒険者だった頃の担当者だと聞いています」

「そこまで知っているのなら間違いないだろう。まず先ほどの紹介状に目を通させてもらうがいいかな?」

「はい、お願いします」


 ギルド長は懐からナイフを取り出すと、紹介状の封を破って中から書面を取り出した。

 すると、気難しそうな表情が崩れて、口元に笑みが浮かんだ。


 一体、何が書いてあるんだろう。

 俺とアーシェは顔を見合わせる。


「ふふっ、ふはっはっは。なるほど。そう来たか」

「何か変なことでも書いてあったのかしら?」


 アーシェは首を傾げた。

 神父様の紹介状には何が書かれていたのだろう。


「君達が彼らの身内で、【剣の試練(トライアル)】の名を受け継いだのはわかった。シスン、君が新しい【剣聖(ソードマスター)】か。その力量は先代を凌ぐと書いてあるが、本当か? にわかには信じがたい話なのだが」

「そんなことが書いてあったんですか?」

「嘘じゃないわ。本当にシスンは強いわよ」

「まぁ、それはおいおい見せてもらうとしよう。紹介状と言うから便宜を図ってくれと書いてあるのかと思えば。これを見てみろ」


 ギルド長は紹介状を俺達に見せてくれた。

 そこに書いてあったのは俺達でも恥ずかしくなるほどの、孫自慢満載の文章だった。

 ただひたすらに、俺とアーシェがどれだけの修行を積んで、その強さを身につけたかが書かれていたのだ。

 俺が爺ちゃんに勝って【剣聖(ソードマスター)】になったことや、【剣の試練(トライアル)】を名乗る経緯などはついでのようなものだった。


「はは、これは神父様らしいな」

「本当そうね。お爺ちゃんったら」

「厄介な面倒ごとは【剣の試練(トライアル)】に回せと書いてある。久し振りに笑ったぞ。いや、実にあいつららしい」


 厄介な面倒ごとか……。

 爺ちゃんや神父様の考えだから、何か意味があるんだろう。

 きっと俺達の成長に繋がるはずだ。


「ところで、パーティー名だが。この王都の冒険者ギルドでは同じパーティー名の登録を認めていない」

「え……? 本当ですか?」

「何なのよそれ。王都だけのルールなのかしら?」

「冒険者の管理に不便だからと言うのがその理由で、原則先に名乗った者が優先されるルールだ」

「そんな……」


 早い者勝ちか……。

 でも、これだけは諦めたくないな。

 アーシェはやるせないという表情で憤慨している。

 イゴーリの村を出る前から、いつかは冒険者になってパーティーをんで【剣の試練(トライアル)】を名乗りたいなってアーシェと二人で決めていた。


 しかし、ギルド長はこの()()()()()()()()()()()と言ってたから、他の街だと大丈夫なんだろう。


「だが、君達がその名を名乗ることを認めよう」


 俯いて思案していた俺に、ギルド長は気軽に言った。

 俺は聞き直そうとしたが、アーシェがすぐに反応した。


「いいの? そしたら先に名乗ってた人はどうなるのかしら?」

「別の名を考えてもらうさ」


 それは、いいんだろうか。

 隣に座っているアーシェは手放しで喜んでいるけれど、何かその冒険者に悪い気がする。


「心配には及ばんよ。別に君達を特別扱いしたわけじゃない。その冒険者には悪い噂があってな、今調査中でパーティー名は保留にしているのだよ。もっとも、ここ数日でだいぶ宣伝しているみたいだがね。更によくない話も追加で耳に入ってきている」


 悪い噂……か。

 さっきの冒険者の話だと、上から目線で態度が悪いってことくらいだけど……他にも何かあるのだろうか。

 【剣の試練(トライアル)】の名前を使って、あまり変なことはしないでもらいたいんだけどな。

 だから俺達もこの名を汚さないように頑張らないと。


 俺は【剣の試練(トライアル)】を名乗った冒険者が気になった。

 そんな俺の腕をアーシェは掴んで揺さぶった。


「ほら、だったらいいじゃない。シスン、私達が【剣の試練(トライアル)】よ。胸を張りましょ」

「ああ……そうだな。ギルド長ありがとうございます」

「ふむ。それから、私のことはグレンデルで構わんよ」


 それから、グレンデルさんは住む場所はどの辺がいいだとか、街の地理などを詳しく説明してくれた。

 王都は四つの区画に分かれている。


 東の商業区。

 商店が多く並び、朝昼問わず賑わっているところだ。

 巨大な市場があるらしい。


 西の貴族区。

 貴族の豪邸に幾重にも守られるようにして、その中心に王城がある。


 南の居住区。

 民家が建ち並ぶ、主に街の人達が生活をしているところだ。


 北の冒険者居住区。

 冒険者の住む家が建ち並んでいるところだ。

 賃料が安いので、こだわりがなければ大半の冒険者はここで家を借りるという。

 もちろん、稼ぎのいい冒険者は持ち家だ。


 しばらくはエステルが探してくれている宿に泊まるとして、家は北の冒険者区で探してみてはどうかと言われた。

 賃料は安いが決して劣悪な環境ではなく、冒険者ギルドも率先して薦める優良な物件が多いそうだ。

 賃料が安いと聞いてスラム街みたいなところを想像してしまったが、王都は環境維持にも力を入れていて大きさの割に綺麗で治安もいいらしい。


「街の中を見て回るだけでも、結構な時間がかかりそうだな」

「そうね。楽しみだわ」

「ところで、俺達の担当者ってどうなるんですか?」

「私が担当で構わないなら、そうしてもいいが」

「ギルド長のグレンデルさん自らですか!?」


 それは願ってもないことだが、俺達がギルド長の手を煩わせてもいいものか。

 アーシェは提案を気に召したようで、膝の上に置いた俺の手を上からペシペシと軽く叩いてきた。

 せっかくのグレンデルさんの申し出を断らないでよという意思も込められているのだろう。


「驚くことはない。現に私はこの南の冒険者ギルドで、Sランクを含む三つのパーティーを担当している。Bランクパーティーがひとつ増えたところで、さして問題はないよ」


 Sランクパーティーも担当しているのか。

 だとしたら、近いうちにそのパーティーに会えるかも知れないな。

 グレンデルさんの話では、彼は元々この南の冒険者ギルドで副ギルド長を務めていたそうだ。

 その為、当時から受け持っていたSランクパーティーを今でも担当しているらしい。


 偶然とは言え、最初にこの南の冒険者ギルドに訪れてよかった。

 他の冒険者ギルドだったら、グレンデルさんに紹介状が届くのに時間がかかったかも知れない。


「それにしても、このギルドって何か雰囲気いいわよね。さっきのお姉さんも明るくていい感じだったし。他の三つのギルドもそうなのかしら?」


 アーシェの発言に俺も同意しつつ、グレンデルさんの顔色を窺うと、彼の眉が僅かに動いたのが気になった。


「それは、君達が自分の目で見た方がいい。私はこの南の冒険者ギルド出身だから思い入れがあるし、今でもここにいることが多いのだ。ここに所属していても他の冒険者ギルドで依頼(クエスト)は受注できるから、色々見て回るといいだろう」

「そうなのねー」

「わかりました」

「それから一番最初の依頼(クエスト)は、私から頼むとしよう。早速だが厄介な依頼(クエスト)を受けてもらうがいいかな?」


 グレンデルさんは笑いながら言った。

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