【番外編】 その頃爺ちゃんは その二じゃ
シスンが手紙の返事も寄越さんと思っておったら、何やらアーシェ以外にも女子を連れてきおった。
若い内からそれは感心せんのぅ。
せめて、世界最強を認められてからの話じゃろう。
羨ましくて言っておるんじゃないぞ。
かわいい孫のシスンの為を思ってのことじゃ。
儂は隣の爺いに向かってそう目で訴えた。
「これはこれは。まさかこんな再会もあるんですね」
「何がじゃ?」
「よく見てください。一番後ろを歩いているのは、マリーですよ」
「な、何じゃと……!?」
シスンの連れてきた女子の中に、昔のパーティー仲間で儂の妹分だったマリーがいた。
何という再会。
そして、シスンがやって来て旅の連れを紹介してくれた。
「マリーか」
「リーダー。まさか、こんな近くに住んでいらっしゃったなんて」
今シスンが紹介しかけていたが、まさかマリーがシスン達の担当だったとはな。
これも何かの縁か。
エルフのマリーは昔とほとんど変わらん容姿じゃった。
いや、少しだけ大人っぽくなったかのぅ。
「少し大人びたか?」
「四十年以上経ちますから、少女だった私も大人になります」
「そうか」
四十年か。
儂ら人間にしてみれば、人生の半分くらいの年月じゃ。
それにしても、生きているうちに昔馴染みに会えたのは、何だか嬉しいのぅ。
儂らは無言で頷き合った。
その後、【剣聖】のレアクリスタルを手に入れたシスンと戦った。
これまでシスンとは幾度となく立ち会いをした。
だが、シスンが成長するにつれ、儂は本気で立ち会うことを控えるようになった。
同時にシスンにも力を抑えて戦うように言ってある。
それには二つの理由があった。
ひとつは、シスンが儂より強くなってしまったこと。
その時シスンはまだ十四じゃった。
村の外の世界を知らない子どもが、世界最強と呼ばれていた儂に勝ってしまえば世の中を舐めてしまうかも知れない。
儂はそう考えた。
二つ目の理由は、相手の力量を測る感覚を身につけさせる為じゃ。
その感覚を養わんことには、ゴブリン相手にも全力で戦うことになる。
仮にどこかで人間相手に諍いになり、決闘をすることになったとしよう。
全力のシスンに斬られた相手は、間違いなく死ぬじゃろう。
そうならない為にも、シスンには状況に応じて段階的に力を開放するように教えた。
だからこれが正真正銘、初めての本気での立ち会いじゃった。
儂は【剣聖】の持てるスキルを惜しみなく、そして実践的に使った。
最後は儂のとっておきを放ったが、結果は儂の負けじゃった。
悔いはない。
【剣聖】として、最後にこんな素晴らしい戦いができたのだからのぅ。
夕方になって目を覚ました儂は、教会兼住居となっている一室で神父と茶を飲んでいた。
今夜はここで軽く宴を開くらしい。
マグダレーナが台所に立って料理を作っているところだ。
アーシェやマリーも手伝っているようじゃ。
「リーダー」
「おお、料理の準備があったんじゃなかったのか?」
「後は盛り付けだけなので、抜けて来ました」
「そうか」
「ではマリーも来たことですし、少し話しますか」
「うむ」
神父が場を仕切る。
議題は魔王復活の件についてじゃ。
「その後、様子はどうなんじゃ?」
「……やはり知っておられたんですね?」
「儂もこの爺いも、引退して老いたとはいえそれなりの情報網は持っておるよ」
「私としては人間と魔族との戦争は、もう勘弁して欲しいところですが」
神父は苦笑いする。
だが魔王が復活すれば、魔族との戦争は避けられんじゃろうな。
その前に魔王を叩くか。
しかしそれは、あの辺境に乗り込むということじゃ。
「奥様はどうされるつもりなんでしょうか?」
「それは、魔族側で戦うのかという意味ですか?」
マリーがそれを気にするのも無理はない。
儂らが魔王率いる魔族の軍勢と戦った時は、マグダレーナはあちら側だったんじゃからな。
かつて魔族の四天王と呼ばれた者が、ひとり増えるか増えないかで戦況も大きく変わるだろう。
神父が結婚すると言い出した時も何をとち狂ったかと思ったが、今まで何も問題を起こさずに夫婦円満にやっておるからのぅ。
まぁ、幸いというか儂がマグダレーナの角を折ったことで、あいつの見た目は人間を名乗っても疑う者はおらんかったからのぅ。
無用のトラブルを避ける為に、マグダレーナが魔族だということはごく一部の者にしか教えておらんし。
元々あいつは強いヤツと戦いたいという単純な欲求しか持っておらんかったから、それほど魔王に心酔していたわけではないしな。
それにシスンに立ち会いを断られてあっさり引くくらいじゃから、その思いも昔ほど強くはあるまい。
そうじゃな……、マグダレーナが剣を振るうときが再びあるとすれば……。
「あいつはどちら側にもつかんじゃろ。あいつが剣を握るのは身内が危険に晒された時だけじゃろうな」
「……そうですか」
マリーとてマグダレーナが敵に回るとは本気で思っておらんだろう。
念の為、儂や神父の意見が聞きたかったのだろうな。
だが、問題はその息子の方か……。
儂は神父とマグダレーナの息子のことを考えた。
つまり、アーシェの父親じゃ。
あいつはマグダレーナの魔族の血を濃く受け継ぎすぎた為、その容姿も人間とはかけ離れておる。
よって、マグダレーナのように人間と共存することが難しく、今は魔族の住む辺境付近に居を構えておる。
マグダレーナの血を引く魔族の戦士。
戦争になれば、魔族は放っておかんだろう。
「魔王に関わる情報は逐一共有しておくかのぅ」
「ええ、そうですね。ところで、マリーから何か話があるそうですね?」
そう言えば、さっき何か言っておったのぅ。
「はい。新たなレアクリスタルが発見されたそうです。今は王都で保管されているらしいですが」
「職業は? その顔は……儂らが知らんやつじゃな?」
マリーは深刻そうな顔で頷いた。
「【勇者】……だそうです」
「本当ですか……!? そんな職業が……。しかし、それは非常にマズいですよ」
確かにマズいのぅ。
これを救世主だなんだのと祭り上げて、魔族との戦争を始める切っ掛けに利用される恐れもあるのぅ。
しかも、それが善人とは限らんぞ。
「リーダー?」
「それでか、最近各地のレアクリスタルを王都に集めていたのは」
「そこまで知っていましたか。その通りです。先日シスンさんに同行した地下迷宮で【拳聖】のレアクリスタルを見つけましたが、それも王都に移送されます」
【勇者】や【拳聖】の転職条件は知らんが、【剣聖】相当のものが要求されるはずじゃ。
だとしたら、適任な者もすぐには見つからんじゃろう。
まだ時間はあるか……。
「それらに転職できそうな者は、儂の知る限り恐らくおらんじゃろう。お前の知っているSランク冒険者で、適任者はいるのか?」
儂の問いかけにマリーは言葉を詰まらせる。
まさか、おるのか?
シスンに、いや少なくとも儂に比肩するような者が……。
「あくまで不確かな情報ですが、いる……らしいです。それは――――――――」
その人物を聞いて、神父は苦い顔をしている。
ほぅ、そうか。
それはまさにある意味【勇者】に相応しい生まれと経歴の持ち主じゃのぅ。
ならば、王都も警戒せねばなるまい。
「シスンを王都へ行かせる」
「私もそう考えていました。シスンとアーシェならあるいは……」
神父も儂と同じ意見か。
この爺いのことじゃから、以前から考えていたかも知れんのぅ。
しかし、マリーは儂らの言葉に唖然としていた。
「お二人とも本気ですか……!?」
「儂らは二人とも爺馬鹿なんじゃ。孫達ならなんとかやるじゃろうという期待がある」
「ですが、シスンさん達が簡単に王都へ行きますか?」
「儂に任せておけ。そうだの……メシを食いながらでも、話題にしてみようかのぅ」
皆で食卓に着いた。
食事を楽しみ、他愛ない話に花を咲かせる。
儂は酒を飲みながら、シスンに王都行きを勧めた。
そして、シスンは王都行きを決心した。
シスンよ。
ここからがお前の本当の戦いじゃ。
王都で更に心身ともに成長することを、祈っておるぞ。
「ふぅ、冒険者時代より考えなければならないことが多いですね」
「全くじゃ。儂なんぞ考えすぎて禿げそうじゃ」
「おや、その前から頭が寂しくなっていた気がしますが」
「ほっとけ。お前もじゃろうが」
儂と神父は、後退する額を互いに見ながら笑った。
昔とほとんど変わらないマリーは、そんな様子を見て苦笑いしていた。
***
ついにシスンが【剣聖】になった。
孫が受け継いでくれる。
こんなに嬉しいことはない。
シスンの転職を見届けた儂は、その輪の外から見守っている。
儂の傍には神父とマグダレーナ、そしてマリーがいる。
「マリー、この後はすぐネスタの街へ?」
「はい。冒険者ギルドの仕事がありますから。シスンさん達以外にも担当している冒険者がいますので」
「悪かったのぅ、シスンをお前の担当から外すようなことをして」
「いえ、シスンさん達の活躍はネスタの街では収まらないですから。いずれ、私からも提案するつもりでした」
儂に気を遣いおって。
「何か困ったことがあれば、遠慮せず言ってこい。昔のよしみで協力はさせてもらう」
「はい。その時は宜しくお願いします」
マリーは頭を下げると、輪の中に近づいて行った。
マグダレーナがその背中を見ながら尋ねてくる。
「あの子はもう冒険者をしないのか?」
「さてのぅ。それはマリー自身が決めることで、儂らがとやかく言うことではないじゃろう」
「そうか。勿体ないな。だって、あの子はまだ【弓聖】のままなんだろ?」
ふむ、それは次代の【弓聖】候補を待っているのか、それとも自分自身がまだ冒険者に未練があるのか……。
その答えはマリーにしか、わからんことじゃ。
儂はシスンと話しているマリーの横顔を見て、そう思った。
やれやれ、考えることが多くて敵わんわ。