【剣聖】誕生 中編
俺とアーシェはほぼ三ヶ月振りに、故郷であるイゴーリ村へと帰ってきた。
村の人達は温かく迎えてくれた。
この時間、爺ちゃんは教会で神父様とお茶を飲んでいるということなので、俺達はそこへ向かった。
俺の隣にはアーシェとティア。
この二人はいつも俺の隣を取り合っている。
もう慣れてしまったので、俺もとやかく言うつもりはない。
その後ろにはエステルだ。
彼女はイゴーリ村は初めてなので、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡している。
何もないところだけど、後で村を案内してあげるか。
最後尾はマリーさんだ。
冒険者ギルドに休暇届を出してまで、同行を申し出た。
俺が【剣聖】になるのを見届けたいと言っていたが、爺ちゃんに会いたいというのもあるかも知れない。
アーシェは「そっちが本命よ」などと言っていたが、さて。
「あ、お爺ちゃーん! たっだいまー!」
村の人が爺ちゃん達に先回りして報せてくれていたようだ。
教会の前には爺ちゃんと、神父様が立っている。
アーシェは走って行って神父様に抱きついた。
それを見てティアが少し寂しそうにしていたが、俺が頭を撫でてやると嬉しそうにはにかんだ。
「シスン。よく帰ってきたな。修行の成果を見せにきたか?」
「うん。俺も覚悟を決めてきたよ」
「そうか」
爺ちゃんはうんうんと頷いている。
それから、ティアとエステルを紹介する。
ティアが俺の妻だと名乗ると、爺ちゃんは驚き、神父様は苦笑いしていた。
もちろん、アーシェが即座に否定したのは言うまでもない。
最後にいつもお世話になっている、俺達の担当であるマリーさんを紹介しようとすると、爺ちゃんはそれを遮って前に進んだ。
「マリーか」
「リーダー。まさか、こんな近くに住んでいらっしゃったなんて」
「少し大人びたか?」
「四十年以上経ちますから、少女だった私も大人になります」
「そうか」
短い会話だが、二人の間ではそれでよかったのかも知れない。
二人して、無言でうんうんと頷き合っている。
「マリー。元気そうで何よりです。引退して冒険者ギルドで働いているとは風の噂で聞いていましたが、シスンやアーシェがあなたにお世話になっているとは、これも巡り合わせですかね」
「私も驚きました。私がギルドの職員になっていなければ、シスンさんやアーシェさんに巡り会っていなかったでしょう。ここにはいらっしゃらないようですが、奥様は元気にされていますか?」
「ええ。息災ですよ」
マリーさんは神父様とも挨拶を交し、涙ぐんでいるようにも見えた。
そして、挨拶もそこそこに俺は爺ちゃんに事の次第をかいつまんで説明する。
つまり、【剣聖】を継承したいという宣言だ。
「よかろう。いつもの場所でよいな?」
「ああ」
真剣な表情の爺ちゃんは家の方に歩き出す。
帰ってきたところだからまずゆっくりしなさいなんて、爺ちゃんは言わない。
俺の宣言で意思を確認した爺ちゃんは、今から俺と手合わせしてくれる。
そう、【剣聖】になりたくば儂を倒してみよと背中が語っていた。
「ねぇ、何が始まるの?」
アーシェは俺と神父様を交互に見て訪ねた。
「アーシェも見ておくといい。【剣聖】が本気で戦うところが見られるかも知れないよ。シスン、私は立会人を連れて行くから、先に行っていてくれませんか?」
「わかりました」
神父さんは俺と爺ちゃんが戦うにあたって、立会人を連れて来ると言った。
間違いなくあの人だ。
この村でそれが務まるのは彼女しかいない。
俺達は家に向かって歩いて行った。
家の裏にある俺やアーシェが鍛錬を積んでいた広い場所。
ここで、俺と爺ちゃんは今から立ち会いをする。
アーシェ、ティア、エステル、マリーさんが十分距離をとったところから見守っていた。
しばらくして、神父様と立会人がやって来た。
「お婆ちゃーん! ただいまっ!」
アーシェが両手を振って、立会人を呼んだ。
そう、立会人とは神父様の奥さんでアーシェの婆ちゃんでもあるマグダレーナさんだ。
「久し振りだね、アーシェ」
「うん!」
マグダレーナさんは見た目は四十歳くらいにしか見えない。
長い赤髪に燃えるような真っ赤な瞳。
鍛え抜かれた体は女性らしさを損なわずに、服越しでもわかるくらいに筋肉の鎧を纏っている。
マグダレーナさんは魔族だ。
この村でそれを知っているのは俺と爺ちゃん、そしてアーシェと神父様、後は村長と……マリーさんもそうだろう。
元は魔族の四天王のひとりだったらしいが、爺ちゃんと戦って負けたらしい。
頭には角があったらしいが、爺ちゃんに折られたと聞いたことがある。
なので、見た目は人間と同じだ。
魔族の容姿は個体差が激しい。
だから、アンドレイやシリウスに会った時、俺はあの二人が魔族だとわからなかった。
爺ちゃんが魔王と戦った後しばらくして、マグダレーナさんは神父様と結婚したのだそうだ。
だから、アーシェにも四分の一は魔族の血が流れている。
子どもの頃、そのなれ初めをマグダレーナさんに尋ねたことがあるが、拳骨で返されて以降聞くのを止めた。
見た目は恐そうだが性格は豪快で朗らかな人だ。
だが怒ったら恐い。
子どもの頃、悪戯してボコボコにされた記憶が今も蘇る。
そして今、肩には一本の剣を担いでいた。
ゴテゴテとした厳つい装飾で飾られたその剣を、マグダレーナさんは爺ちゃんに投げる。
爺ちゃんは俺を見据えたまま、左手を伸ばして剣を受け取った。
「それを使いな。あんた自分の剣をアーシェの手甲に変えちまったんだろ? あたしの剣だが、ちゃんと手入れはしてある。そこらのナマクラとは違う戦士が使う本物の剣だ」
「うむ。ちぃと借りるぞ」
爺ちゃんは剣を鞘から抜き放った。
俺も何度か見せてもらったことがある。
爺ちゃんの剣に勝るとも劣らない、あの魔剣オルガを。
「では、立ち会いを頼もうかのぅ」
「任せな」
俺もドラゴンブレードを抜き放つ。
爺ちゃんは嬉しそうに目を細める。
「ほぅ、お前も自分の剣を手に入れたか」
「うん。これはドラゴンの牙から作った俺のドラゴンブレードだ」
「ドラゴンか。手紙に書いてあったな」
「うん。ドラゴンを倒したんだ」
「ふむ。それでは始めようかのぅ。儂に勝てたらその場で【剣聖】を引退し、お前の継承を認めよう」
爺ちゃんは、みんなに聞こえるようにはっきりと宣言した。
空気が張り詰める。
そして、アーシェの婆ちゃんが手を振り下ろし合図を出した。
「始めっ!」
爺ちゃんは魔剣オルガを構えて動かない。
俺の出方を待っている。
爺ちゃんはスキルを全て使ってくるはずだ。
それに耐えるには、まず二つ目の鍵まで開放する。
爺ちゃんは気づいたはずだ。
だけど、動こうとしない。
「ふむ。半分の力で儂の攻撃を捌けるかのぅ。いいだろう、かかって来い」
【剣聖】のスキルは全部で九つだ。
攻め、守り、反撃と、どれにも対応できる。
まずは俺から攻撃してみるか。
「はああああああああっ!」
俺は爺ちゃんに向かって駆け出した。
一気に間合いを詰めるが、爺ちゃんは動く気配すら見せない。
そのまま俺の間合いに入って、剣を振り下ろした。
剣同士が触れた途端、キィン、と甲高い音を立てて俺の剣が弾かれる。
爺ちゃんがニィと笑う。
今の防御は《剣閃結界》だ。
【剣聖】の絶対防御。
ただし、自らは動けないという欠点もある。
俺の剣を弾き返した爺ちゃんが、ダンッ、と右足を踏みだし剣を薙いだ。
俺は剣で防ごうとするが、爺ちゃんの剣筋は急に軌道を変える。
「《朧月》かっ!?」
軌道を変えた剣筋は一瞬消えて、別角度から現れた。
これが《朧月》だ。
幻惑の剣とも呼ばれる。
奇襲の技だ。
「はあああああああああああっつ!」
俺は左手で《アイスバーン》を展開し、《朧月》の剣筋を滑らせた。
互いに後ろに跳んで、距離をとる。
「ほぅ。魔法まで覚えたか。本当に底が知れぬ孫じゃ。楽しみで堪らんわい。お前さんもそう思うじゃろ?」
爺ちゃんはちらりと視線を、マグダレーナさんに向けた。
「ああ、本当に……体が疼いて堪らないね。シスン、その爺さんに勝ったら次はあたしと戦ろう。あたしに勝ったら、アーシェとの結婚をその場で認めてやるよ」
「お、お婆ちゃんっ!?」
マグダレーナさんが色んな意味で凄いことを言ってきた。
爺ちゃんと戦った後にって……本気か?
一戦目、【剣聖】。
二戦目、魔族の元四天王のひとりで、魔王軍最強の戦士。
こんな二連戦聞いたことないぞ。
爺ちゃんは剣を地面に突き立てる。
そして、剣の柄に触れるか触れないかギリギリのところで右手を静止させている。
「いくぞ、シスン!」
「ああ!」
爺ちゃんが逆手で剣を握った瞬間、地面が僅かに盛り上がった。
そして、魔剣オルガと俺の体を結ぶ直線上に亀裂が走る。
その亀裂は俺に近づくにつれて大きくなる。
《地走り》だ。
このままだと俺は地面にできた割れ目に飲まれるか、足を取られるだろう。
俺はいち早く地面を蹴って跳躍し、《地走り》から逃れる。
そのスキルを知っている俺には、不意打ちにもならない。
それは爺ちゃんもわかっているはずだ。
そこで、爺ちゃんは剣を逆手に握ったまま、地面に刺さったままのそれを引き抜き抜いて別のスキルを放った。
《疾風剣》だ。
その先には俺がいる。
「はああああああああああっ!」
このまま、《疾風剣》を斬る!
予想していた攻撃に、俺は剣を振り下ろした。
が、俺の剣は空を切った。
「!?」
振り下ろした俺の剣には全く手応えがない。
気づいた時には、左の頬に冷気を感じていた。
《氷水剣》!?
しかも、《残影剣》で《疾風剣》を繰り出してからのかっ!?
剣では間に合わない!
俺は顔面に迫る《氷水剣》の間に、左腕を割り込ませた。
僅かに遅れて剣でそれを押し返す。
「くっ……!」
その勢いで俺は空中から地面に叩きつけられる。
すぐに体を起こすが、爺ちゃんが目前まで間合いを詰める。
俺の剣と爺ちゃんの剣が激しく激突した。
剣戟の音が鳴り響く。
俺と爺ちゃんは、互いに攻防を繰り広げた。
爺ちゃんが攻撃して、俺が弾き返す。
同じ数を俺が攻撃して、爺ちゃんが弾き返す。
互いに一歩も譲らない。
爺ちゃんは《乱れ斬り》や《残影剣》、《疾風剣》を織り交ぜての攻撃だ。
俺は同じ技を模倣して対処するが、やはり本物には劣る。
徐々に押され始めていた。
おまけに、さっき《氷水剣》で斬られた左腕は、骨の手前まで深く傷ついている。
《ヒール》で癒やす隙もなかった。
やはり、鍵二つでは爺ちゃんには届かないか。
ならば、と俺は三つ目の鍵を開ける。
すなわち、七割の力を放出する。
同時に、ドラゴンブレードが破損することを覚悟した。
ここまで力を出すと、武器の方が耐えられないからだ。
「うぉおおおぉおおおおおぉおおおっ!」
さっきまで押されていた俺の剣が、爺ちゃんを押し返していく。
爺ちゃんは動じることなく、口元に笑みを浮かべてさえいる。
「本気でいくぞ、シスン!」
「望むところだっ!」
爺ちゃんが一瞬引いてから、剣を横に薙いだ。
熱風が俺の肌を撫でた。
《煉獄炎剣》!
だが、俺は寸前で躱していた。
これで、俺が体勢を僅かに崩したところを狙う気だな。
しかも、最後の最後に大技だ。
俺は爺ちゃんが【剣聖】最強のスキルで勝負に出ることを悟った。
だから、俺も同じ技で対抗する。
【剣聖】でないからただの模倣になるが、何度も見せてもらったし俺自身これでドラゴンをぶった斬った経験が自信になっている。
爺ちゃんの魔剣オルガが光を纏う。
そして、眼光鋭く俺を射貫く。
口の端が僅かに吊り上がっていた。
ん……?
しまった!?
あれは爺ちゃんが何か企んでいる時の顔だ。
俺の想定外のことが起こる……?
爺ちゃんが吠えた!
「《真・星河剣聖》!」
爺ちゃんが《星河剣聖》を放った。
いや、《真・星河剣聖》だって!?
ここにきて、俺の知らないスキルを!
ドラゴンの巨体を真っ二つに両断するような剛剣だ。
そこに俺の知らない要素が合わさっている。
しかし、俺も既に《星河剣聖》を模倣した技を繰り出していた。
このまま押し切るしかないっ!
俺のドラゴンブレードと爺ちゃんの魔剣オルガが触れた瞬間、耳をつんざくような金属音が鳴り響き、激しく火花を散らした。
その火花は俺と爺ちゃんに降り注ぐが、どちらも瞬きすらしない。
これで勝負が決するので互いに気は抜けなかった。
「いっけええええええええぇっ!」
「くっ……! 《真・星河剣聖》でも地力の差は埋められなんだか……!」
《真・星河剣聖》は《星河剣聖》の威力を越えている。
魔剣オルガとドラゴンブレード、剣の性能でも爺ちゃんの方が上だ。
それでも、俺は競り勝った。
「シスン、強くなったのぅ。やっと儂も肩の荷を下ろせるわい」
「爺ちゃん……?」
次の瞬間、ピシッ、とドラゴンブレードに亀裂が入り俺達は吹っ飛んだ。
勢いよく飛ばされた爺ちゃんは、背後にあった家の壁をぶち抜いた。
それを見届けながら、俺も後ろへ吹っ飛んで大木に叩きつけられた。
その衝撃で、大木は根元から折れる。
大木が地面に倒れたとほぼ同時に、アーシェやティア、エステル、マリーさんが駆け寄ってくる。
「シスン!」
「主様よっ!」
体中の骨が軋んでいる。
流石、【剣聖】の爺ちゃんだ。
俺は大木の根元の上に仰向けに倒れていた。
なんて衝撃だろう。
《真・星河剣聖》の衝撃に比べれば、吹っ飛んで木にぶつかった痛みなんて虫に刺されたように感じた。
俺は《ヒール》をかけて、立ち上がった。
俺の顔を四人は心配そうに覗き込んでいる。
誰も何も言わない。
もしかしたら、俺が言うのを待っているのかも知れない。
だから、俺はそれを言葉にする。
「みんな……。勝ったぞ」
俺は左腕を天に向かって突き上げた。
アーシェ達の顔がぱあっと明るくなった。
「シスンー!」
「見事じゃ!」
するとアーシェとティアは俺に飛びつき、エステルとマリーさんは笑顔で頷いた。