【剣聖】誕生 前編
帰路でティアに現実を突きつける。
賢い彼女自身もそれをわかっていたのだろうが、簡単には受け入れたくなかったようだ。
俺も逆の立場だったら困っていただろう。
だって、周りはには知らない人や世界しかないのだから。
その為、少なくともティアが自立できるようになるまでは、俺が一緒にいることに決めた。
最初は反対していたアーシェだったが、ティアが俺を絶対に裏切れないことや、彼女の魔法の才能に目をつけたようだ。
俺が上級魔法や古代魔法を習得するのに、教師役に適任と考えたようだ。
新しい魔法が覚えられるのは、ちょっと楽しみだ。
ティアは世界最強の魔法使いを自称するだけあって、この世界に存在するほとんどの魔法を行使できるという。
ティアが言うことが事実なら、特に古代魔法を彼女ほど使いこなせる人物は、例えSランク冒険者でもいないだろう。
だってティアは、魔法文明時代に生きていた、その人なのだから。
「主様よ。妾にして欲しいことはないか? 夜の相手から、暗殺まで何でも望みのままじゃ」
「そ、れ、は、聞き捨てならないわねぇ」
「は、離すのじゃ! 痛い痛い! お主の馬鹿力は痛いのじゃ!」
ティアはアーシェに羽交い締めにされている。
アーシェも本気で怪我をさせるつもりはないし、ティアも口ではああ言っているが満更でもない感じだ。
何だか姉妹みたいで、微笑ましくなった。
「【光輝ある剣】ってパーティーがいるんだけど、シスンを目の敵にしているのよねー」
「何じゃ、主様の敵か?」
「そうよ」
「そんな者ども妾の魔法でドカンじゃ」
「こら、アーシェ。変なこと教えるな」
アーシェが余計なことを教えそうなので、話を止めておく。
それにしても、ティアの発言を聞いていると本当にお姫様か怪しくなってくるなぁ。
エステルがいうには、あのペンダントは高価な物であるらしいし、ドレス姿からも貴族であるのは間違いないのだろうけど。
「それにしても、どうしてティアはあの地下迷宮にいたんだ?」
「腕試しじゃ。リオネス最強の魔法使いを名乗るからには、火竜くらいは倒しておかんと箔がつかんからの」
「ふぅん。じゃあ、まだ最強と認められていたわけじゃないのね?」
「違うわ! ふん、既にリオネス中に妾が最強の魔法使いであることは轟いておったわ。だとしてもじゃ、竜殺し……痺れるじゃろう?」
ティアは俺に向かって片目を瞑る。
なるほど、とんだおてんば姫というわけか。
「氷漬けになっていたのはどうしてだ?」
俺の質問に、ティアは眉根を寄せて顎に人差し指をあてた。
「うむ。それが不可解なんじゃ。妾は火竜と戦いを繰り広げておったが、途中で記憶が飛んでおる」
「どういうことだ?」
「気づいたら、主様が目の前におった」
「つまり、氷漬けにされていた間の記憶はないってことか。おまけに肉体的にも変化はなく二千年ほどの時が経過していた。そんな魔法でもあるのか? その古代魔法とかで」
「ないのう。そもそもお主らが古代魔法と呼んでおるのも、妾の時代には普通の魔法じゃった」
二千年の間に失われた魔法が古代魔法か。
まぁ、一部は復活しているようだが。
「一体、誰がどんな目的でティアと火竜を氷漬けにしたんだろうな。今の時点では何もわからないな」
あと、マリーさんに確認しないといけないことがある。
「マリーさん、ティアのことは冒険者ギルドには……」
「言いませんよ。安心してください。上に報告すれば、彼女は王都の魔法研究施設に監禁されるでしょう。そこから先はエステルさんの方が詳しいでしょう」
「……そうですね。魔法研究施設には人道的でない人達もいますから、ティアカパンさんが酷い目に遭うかも知れません……」
「ですから、上には伏せておきます。以前のような暮らしは保証されませんが、シスンさん達と一緒なら私としても安心ですから」
しばらくは、俺とアーシェとティアの三人で生活することになりそうだ。
エステルもネスタに引っ越すと言っているし。
賑やかになりそうだな。
***
それから、俺達はネスタの街に帰ってきた。
冒険者ギルドで依頼達成の受付を済ませる。
クラトスさんとはここで別れた。
また遺跡調査の際は呼んでくれと、笑顔で手を振っていた。
地下迷宮で入手した、玄武水刃やホーリーアロー、エリクサー、盾などはひとまずはネスタの冒険者ギルド預かりとなった。
もちろん、クリスタルと【拳聖】のレアクリスタルもだ。
アーシェは最後まで名残惜しそうに、【拳聖】のレアクリスタルを目で追っていた。
いずれ、あれを何とかして手に入れたいところだ。
国か冒険者ギルドどちらかの所有になるはずだから、場所がわかっただけでもよしとしておこう。
盾はエステルの《遺物鑑定》で見てもらったところ、水陣の盾という水属性の盾だった。
俺の持ち物になるわけではないので、鑑定結果を聞いても「そうなんだ」と頷くに留まった。
そして今、俺とアーシェ、ティア、エステル、マリーさんの五人はギルドの応接室にいた。
俺を挟むようにアーシェとティア、そして向かいにはマリーさんとエステルがソファに座っている。
「お待たせしました。まず、今回の依頼お疲れ様でした。これほどの難度だとは知らなかったとはいえ、申し訳ありません」
「いや、マリーさんは悪くないですよ」
マリーさんもここまで苦戦するとは思ってなかったようだ。
あくまでSランクの自分は保険として同行したつもりだっという。
しかし、蓋を開けてみれば火竜を倒したのはティアだったのだから、色々と思うところがあるのだろう。
あの地下迷宮は危険だということで、今は厳重に管理されている。
普通の冒険者なら穴に落ちた時点で、死ぬかもしれないからな。
「シスンさん。これが約束のレアクリスタルです」
「本当にいいんですか? お金に換えれば、家が買えるくらいの代物ですよね?」
エステルが俺に目配せして、「こほん」と咳払いをする。
「シスン。レアクリスタルの金銭価値は、五人家族が一生生活できるだけの価値があります」
「え、そんなに!?」
「妾の時代じゃと、それほどの価値はなかったの。せいぜい、城で一度宴を開けるくらいじゃ」
マリーさんがレアクリスタルの入った小箱を、俺に手渡す。
「転職のしかたは、少し特殊です。前にも説明したとおり、レアクリスタルで転職できる職業は、世界でひとりしか就けません。ですから既にその職業に就いている者がいれば、効果は得られません」
「その場合はどうすれば?」
「現在その職業についている者が亡くなるか、手放すか。そのどちらかになります」
「わかりました。じゃあ、今の【剣聖】に相談してみます」
すると、マリーさんは俯いてため息をついた。
「それができればいいんですが、今代の【剣聖】がどこにいるのかは、わかっていないんです……」
「え?」
「驚かないでくださいね。私、冒険者時代に【剣聖】のパーティーにいたんです」
「「ええっ!?」」
驚きの声を上げたのは俺とアーシェだ。
え、マリーさんは何て言った?
【剣聖】のパーティーにいただって!?
それって爺ちゃんや、神父様と同じパーティーだったってことだろ!?
「やはり、驚かせてしまいましたね。隠していたわけじゃないんです。私の大切な思い出だったものですから。……話を戻しますね。その【剣聖】が今もその職業に就いているかわからないですし、もしかしたら他の者が継承しているかも知れません」
いや、それはない。
今でも俺の爺ちゃんが【剣聖】だ。
「あ、あの……マリーさん実は……」
俺が爺ちゃんのことを言おうとすると、マリーさんはすっかり自分語りに入っていた。
俺とアーシェは顔を合わせて、ひとまず話に耳を傾けた。
「このレアクリスタルを冒険で手に入れて、四十数年。私はこれをお金に換えようとは一度として考えませんでした。私は次代の冒険者に託したかったのです。そうして、何年も待ちました。実はミディールさんに渡そうと思ったこともあるんです」
「ミディールさんに?」
「はい。彼は強さもさることながら、【剣聖】を目指していましたから。それに困った人を放っておけないタチなので、レアクリスタルを託すには資格があると判断しました。もっとも、私基準なんですが」
そうなんだ……。
ミディールさんが【剣聖】になっていたかも知れないのか。
でも、どうしてミディールさんじゃなく俺に?
「どうして、ミディールさんに渡さなかったんですか?」
「彼は途中で【剣聖】になるのを諦めてしまったんです。もう何年も前のことです」
「そうだったんですか。でも、どうして俺に?」
「はい。シスンさんの依頼に対する取り組みを見て……ですね。そして、今回地下迷宮に同行して確信しました」
「それで……ですか?」
「はい。私の目に狂いはなかったです。そして、シスンさんの剣術にはどこか懐かしさを感じました」
話が一区切りついたので、俺は爺ちゃんのことを話すことにした。
「マリーさん。驚かせると思うので、先に謝っておきます。実は俺の爺ちゃんが【剣聖】です」
「…………えっ?」
マリーさんは状況が理解できずに、目を白黒させている。
「なので、今から故郷のイゴーリ村に帰って、爺ちゃんに相談してきます。可能なら、その場で俺が【剣聖】になります」
「…………ええと……。…………え?」
マリーさんがきちんと把握するまでに、しばしの時間を要した。
全てを理解したマリーさんは、まず信じられないという表情で俺の顔をまじまじと見つめた。
「シスンさんが、あのリーダーのお孫さん……? そうですか……結婚されていたんですね」
俺の脇腹を肘で突いたアーシェが、耳元で囁く。
「ほら、やっぱりマリーさん恋してたのよ」
「えっ? 爺ちゃんにか?」
「そうよ。間違いないわ。だって、ショック受けてるじゃない」
「ああ……」
そうなのかな?
確か今回の依頼を受けた時に、パーティーのリーダーが兄貴分みたいな人だったと言っていたはず。
そのリーダーが爺ちゃんだったってことか。
俺とアーシェは少し気まずくなった。
爺ちゃんは今まで誰とも結婚していない。
だからといって、今のあのシワシワの爺ちゃんと、見た目は若くて綺麗なマリーさんとじゃ……。
「でも、若い頃のあの人の面影とは……」
「ああ。俺と爺ちゃんは血は繋がってないんです。俺の両親は野盗に殺されて、爺ちゃんに拾われたので」
「そ、そうだったんですか。それは、お気の毒です……」
「いや、もう昔のことですし。俺も幼すぎてはっきり覚えていないんです」
「そうなんですね……」
それより、今は【剣聖】の話だ。
俺は頭を切り替えて、マリーさんに視線を送る。
マリーさんも察してくれたようで、大きく頷いた。
「それで、故郷のイゴーリ村に帰って、爺ちゃんに相談しようと思っているんですが」
「リーダーに? ええ、それがいいですね」
マリーさんはすぐに納得した。
急だが俺達は息つく暇も惜しんで、ネスタの街を発つことに決める。
出発は明日だ。
そして翌日の朝、俺達はイゴーリ村へと出発した。