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火竜グラドルウィン

 俺は火竜の背中に向かって走りながら、《ストーンフォール》を放つ。

 しかし、魔法でできた岩石は火竜の堅い鱗に弾かれた。


「中級魔法くらいじゃ、全く意に介さないな」


 火竜は俺の攻撃が気にならないのか無視して、アーシェとマリーさんに前足の鋭い爪を振るう。

 アーシェは装備している手甲で弾き、マリーさんは華麗に躱している。


 火竜もあの二人相手じゃ、こちらに気を割くのは難しいのか。

 俺は火竜の尻尾に跳び乗ると、その山のような背中を駆け上がる。

 このまま首元まで登って、ドラゴンブレードを振り下ろすつもりだ。


 だが、半分ほど登ったところで、火竜は突然身を翻した。


「あっ……!」


 俺は咄嗟に剣を火竜の背中に突き刺した。


「グォオオオオオオオオオオオッ!」


 火竜は咆哮を上げて、背中にぶら下がった俺を払い落とそうとその巨体を震わせる。

 剣から手を離したら飛ばされそうだ。


「アーシェ! 攻撃しろ!」

「わかったわ!」


 防戦一方だったアーシェに、火竜を攻撃するように指示を飛ばす。

 アーシェは俺に気を取られている火竜の腹に、拳の連打を繰り出した。

 マリーさんは火竜の頭付近を狙って、攻撃魔法を放っている。


 二人の指示だろう。

 クラトスさんは、通路の前まで後退して戦況を見守っている。

 あそこなら、巻き添えにはならないし、危なくなれば通路にすぐ隠れられるはずだ。


 マリーさんの魔法攻撃が煩わしいかのように、火竜が片目を閉じる。

 そして、ぐぐぐ、と首をその方向に向けて口を大きく開いた。


 マズい!

 ブレスが来るぞっ!


「アーシェ! マリーさん! 避けてっ!」


 俺は叫ぶと同時に剣を軸に体を半回転させ、剣の柄に右足をかけた。

 ぐっと右足を曲げて、大きく跳躍する。


「届けっ!」


 火竜の首元に何とか届いた。

 そのまま、両手に魔力を集中する。

 火竜が喉元から炎が生まれる。

 それは一瞬で大きくなり、開かれた口から放たれる際には炎のブレスと化した。


 アーシェとマリーさんは未だ、ブレスの射程内だ。

 俺は体を捻って、火竜の眼前に飛び出した。


「シスン! 危ないっ!」

「シスンさんっ!」


 火竜のブレスが俺を飲み込もうと襲いかかる。

 俺は両手を突き出して、集めた魔力を一気に放出した。


「うぉおおおおおおおおおおっ!」


 俺が放ったのは水属性の中級魔法《アクアスプラッシュ》と、氷属性の中級魔法《アイスバーン》だ。

 右手からは直線状に大量の水を放出し、左手からは氷の盾を展開した。

 

 火竜のブレスは凄まじかった。

 《アクアスプラッシュ》にしても、その威力は家の壁くらいなら容易く貫通するほどだが、火竜のブレスの前では焼け石に水だ。

 だが、《アイスバーン》を《アクアスプラッシュ》で押し出すことで、俺は火竜のブレスを少しでも軽減しようとした。


 火竜の炎のブレスと俺の攻撃魔法が激しくぶつかる。

 煙がもくもくと立ち上り、水の温度が上がっていく。

 やがて、魔法が完全に収束し、俺の体は床に叩きつけられた。


「シスン!」


 アーシェがすぐに駆け寄ってくる。


「シスン、大丈夫!?」

「ああ。火竜のブレスは防げたみたいだな」

「火竜……?」

「ああ、火竜グラドルウィンって名前らしい。バラフ山脈で戦ったドラゴンより強いぞ」

「うん。私の攻撃でも倒すのは苦戦しそうだわ」


 アーシェも正しく判断できていたようだ。

 彼女の攻撃は効いていないわけではない。

 だが、火竜の膨大な生命力を削りきるには時間がかかると言っている。


 俺のドラゴンブレードなら、もっと短時間で勝負を決することができたが……。

 俺は何も握っていない右手に目を向ける。

 手の平には火傷を負っていた。


「シスン、剣はどうしたのよ?」

「えっと……。あそこだ」


 ようやく煙が晴れて顔を覗かせた火竜の背中を、俺は指した。

 それに気づいて、アーシェが目を丸くする。


「あっ! あんなところに……。剣なしでどうす……!」

「危ないっ!」


 俺はアーシェ抱いて床を転がった。

 俺達が今いた場所を、火竜の足が踏み抜いた。

 部屋が振動する。


「ありがと! 私、行ってくる!」

「気をつけろ」

「うん!」


 アーシェは、剣を持っていない俺がすぐに動かないと察して、火竜に向かっていった。


「シスンさん、何か手はありますか?」


 少し離れたところからマリーさんが、休まず攻撃魔法を放ちつつ尋ねてくる。


「いや、それを考えているところです」


 俺は《ヒール》で火傷を治療しながら立ち上がる。

 マリーさんの背中の矢筒にはもう矢が残っていなかった。

 矢では火竜の堅い鱗を貫くことはできない。

 おそらく、アーシェを援護するのに全て使ってしまったのだろう。


 俺はマリーさんの腰にあるナイフに目を留めた。

 剣の威力には及ばないが、素手よりは遙かにマシだ。

 二つ目の鍵まで開けて、力を解放すればナイフでも戦えるだろう。

 よし、あれを借りるか。


「マリーさん、腰のナイフを貸してくれますか? できれば、二本とも」

「これは投擲用のナイフですよ!? まさか、これでドラゴンと戦うつもりですかっ!?」


 マリーさんは攻撃魔法を放ちながら、信じられないという顔でちらりと俺を見る。


「それは無謀です! ドラゴン相手にナイフで戦う冒険者なんて聞いたことありません!」


 マリーさんが普段とは違う強い口調で言った。

 どうしたものかと頭を掻くと、背後に人の気配がした。


「武器ならここにあるじゃろう」


 俺の後ろから声がした。

 そして、その声の主は俺が背中に背負っていた玄武水刃(げんぶすいじん)を鞘ごと抜いた。


 俺は肩越しに振り返った。

 いつの間にか俺の後ろに立っていたのは、さっき気絶させた銀髪褐色の少女ティアカパンだった。


「ティアカパン!? 目を覚ましたのか!」


 まず気になったのはエステルだ。

 ティアカパンの傍にはエステルがいたはずだ。

 まさか、彼女に危害がっ!

 俺はエステルの方を見ると、彼女はうつ伏せに倒れていた。


「おい! エステルに何をしたんだ!」

「ふん、妾を殴っておいて、よく言えたものだの。安心せい。魔法で眠らせただけじゃ」

「エステルは無事なんだな?」

「そう言っておる」

「……わかった。それと、その剣を返してくれないか」

「剣ではない、刀だ。ふむ、中々使えそうな刀だの」


 ティアカパンは玄武水刃(げんぶすいじん)の鞘から剣身を抜いた。


「か、刀……?」

「ん? 刀を知らぬのか? ……まぁ、剣の一種よ」

「その玄武水刃(げんぶすいじん)でどうするつもりなんだ?」


 俺が尋ねると、ティアカパンは薄く笑った。


「妾がこの刀で火竜グラドルウィンを斬るに決まっておろう」


 俺の目の前の少女、ティアカパンは不敵に笑う。

 自らを最強の魔法使いと言っておきながら、剣術も使うのだろうか。

 しかし、言葉どおり何だか様になっていた。


 俺に気づかれずに背後に忍び寄ったことといい、実力はあるのだろう。

 と感心しかけたが、何故か剣を鞘にしまう。


「おい、戦うんじゃなかったのか?」

「……居合いも知らぬのか? まぁ、よい。少し手を貸してもらうぞ」

「何だ?」


 ティアカパンはその状態で柄に手をかけて、火竜を睨む。


「妾を火竜の傍まで連れて行け。できるか?」

「できる」


 俺は反射的にそう答えたが、ティアカパンの言葉は彼女ががあの刀で斬るという意味だと気づいたのはその後だ。

 俺は背中にくくりつけていたホーリーアローを、マリーさんの矢筒に突っ込んだ。

 マリーさんはビクッと肩を震わせる。


「マリーさん、これ途中で見つけた矢です。預けます」

「シスンさん……? そ、その子は一体?」

「話は終わってからにしましょう。今から火竜を倒してきます」


 マリーさんは何かを言いかけたが、すぐに火竜に放つ攻撃魔法の詠唱に入った。

 俺は視線をクラトスさんに移す。

 さっき、目に入ったが背中のあれは使えそうだ。


「クラトスさん、背中に背負っている盾を貸してもらえますか?」

「えっ! この盾をか!? シスンくん、何を……!」


 クラトスさんは困惑していたが、俺が冗談で言っているのではないと感じてくれたようだ。

 「何か策があるんだな?」とクラトスさんは盾を外して渡してくれる。

 俺は頷きながら受け取り、背中にその盾をくくりつけて固定した。


「マリーさん、《アクアスプラッシュ》は使えますか?」

「ええ、もちろん。けれど、どうしてです?」

「俺の背中に向けて放ってください」

「……ええっ!?」


 マリーさんは俺の発言に驚いている。

 詳しく説明している暇はない。


「それと、ナイフ借りますね」


 俺はマリーさんの返事を聞かずに、彼女の腰から二本のナイフを抜き取った。

 それを左右の手にそれぞれ握る。


「準備はできました。俺が合図したら俺の背中に《アクアスプラッシュ》を放ってください」


 マリーさんは戸惑っている。

 すると、黙っていたティアカパンが口を開いた。


「火竜を倒したかったら、この男の言うとおりにする方がよいぞ。なるほど、面白い男よ。ますます気に入った。なるほど、妾に相応しい」


 ティアカパンは俺のやろうとしていることに察しがついたようだ。

 ついでに、俺に興味を持ったらしい。

 それはさておき。

 やるか。


「マリーさん! 俺を信じて! 放ってくださいっ!」

「もたもたするでない! いつ火竜があの女子(おなご)から、妾達に標的を変えるかわからんぞ!」


 ティアカパンはマリーさんに怒鳴ると、俺の肩に跳び乗った。


「……わ、わかりましたっ!」

「背中の盾に向けて、角度は下方向から火竜の顔辺りに向けてください!」

「……本当にいいんですね?」

「俺の体を心配してくれているのなら大丈夫です。痛みのうちには入りませんから」


 俺は断言する。

 半分は嘘だが、そうでも言わないとマリーさんは魔法を放つことを躊躇するだろう。

 マリーさんは詠唱を開始した。

 どうやら、俺の策を信じてくれるようだ。


 俺は火竜と応戦しているアーシェに目をやる。

 軽快な動きで攻撃を躱しながら時には接近してその堅い鱗を殴打するアーシェに、火竜は翻弄されているように見える。

 いいぞ。

 火竜は今、アーシェに集中している。


 ちらりと肩越しにマリーさんに視線を送ると、詠唱が完成したようで、彼女は大きく頷いた。

 俺は肩車状態のティアカパンの膝を軽く叩いて、行くぞと合図する。


「行きます! 《アクアスプラッシュ》!」


 マリーさんの右手から《アクアスプラッシュ》が放たれる。

 それは俺の注文どおりの角度で、背中の盾に直撃した。

 俺の体がふわりと浮いた。

 勢いよく放出された水に押し出されて、俺は火竜に向かって飛んでいく。


「火竜がこちらに気づいた! 前足の爪が来るぞ!」

「それは任せろ!」


 二つ目の鍵を開けて、力を解放する。

 瞬間、ナイフを握る両手に力を込める。

 俺は迫り来る鋭い爪を、


「はあああああああああああっ!」


 左右のナイフを真横に振り抜いて、折った。


「やるのー!」

「まだまだぁっ!」


 俺はそのまま火竜の眼前まで到達する。

 ここで、《アクアスプラッシュ》の勢いは失速する。

 だが、もう十分だ。


 体重が軽くなった。

 ティアカパンが飛び降りたからだ。

 身を翻すと、俺は火竜の下顎の縁に立っていた。


 左手で上顎を支えている。

 火竜は俺を噛み殺そうとするが、その力より支える俺の左手の方が上だ。

 右手には左手から持ち替えた分と合わせて、二本のナイフが握られている。


「いくら強固な鱗でも、口の中はそうでもないだろう」

「傍まで連れて行けと言うたのは妾だが、まさか火竜の口の中とは。本当に面白い男よ」

「いけるか?」

「無論」


 ティアカパンは剣を鞘に収めたまま、その柄を握る。

 火竜もこのままではマズいと思ったか、喉奥から熱風とともに炎の塊を生み出した。

 それは、数秒後には炎のブレスと化すだろう。


 集中しているティアカパンに防ぐ術はない。

 俺は阻止するべく、二本のナイフを投擲する。

 先行して《アクアスプラッシュ》を放った上でだ。

 火竜の悲痛な叫びと同時に、炎は消えていった。


 それが合図だったかのように、ティアカパンの右手が振り抜かれた。

 ヒュン、という風を切る音が聞こえ、火竜の口内に亀裂が走る。

 次の瞬間には、その傷口が裂けた。

 同時に、鞘に刀を収めた音が響く。


「やったな!」

「この程度のこと、造作もないわ」


 火竜の上顎には既に力がなく、その重さしか残っていない。

 俺は左手から《アイスバーン》を出して上顎を弾き返すと、ティアカパンを抱えて火竜の口から飛び出した。


「よし、下に降りるぞ!」


 俺が床に着地したのと、火竜がその巨体を横たえたのはほぼ同時だった。

 火竜の傷口は頭の後ろまで達していた。

 床にはそこから流れた血が広がっていく。


 俺の周りにアーシェを始め、マリーさんとクラトスさんが駆け寄ってくる。


「シスン! 倒したのね! 流石だわ!」

「まぁ、倒したのはティアカパンだけどな」

「もっと、妾を褒め称えよ」


 腰に手をあててふんぞり返るティアカパンを、アーシェがジト目で見つめる。


「何なの? この子は……?」

「何でここに、こんな女の子が? というか何故ドレス姿なんだ?」

「シスンさん、詳しく説明を……」

「あー、ええと……」


 俺はティアカパンのことをかいつまんで説明するのに、しばしの時間を要したのだった。

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