ドラゴンと姫
扉を開いた先は、また通路になっていた。
俺の少し後ろをエステルがついてくる。
「まだ、奥があるのか」
「この地下迷宮は、かなりの高難度ですね……」
「そうなのか?」
「あたしが今まで潜った地下迷宮の中で、ダントツで一番です」
「それほどだったのか」
「シスンがいなければ、私は死んでいたかも知れません……」
アーシェやマリーさん達はどうしているだろうか。
ここに出る魔物はアンデッド系なので、アーシェの《ホーリーブロウ》が効果的なはずだ。
上手く切り抜けているといいが。
しばらく歩くと、今までで一番広い部屋に出る。
そして、ここが地下迷宮の最深部だとすぐにわかった。
何故なら、部屋の中央にはクリスタルがあったからだ。
「エステル。クリスタルだ。どうやら、ここが最後の部屋らしい」
「え……? シスン! 何を落ち着いているんですか!?」
エステルは進もうとする俺の袖を引っ張って止める。
「危険です! それ以上進むのは待って下さいっ!」
部屋の中央にはクリスタルがある。
だか、それは氷漬けにされていた。
しかも、氷漬けにされていたのはそれだけではない。
クリスタルを挟む形で対峙しているのは、巨大なドラゴンとひとりの少女だった。
ドラゴンは俺がバラフ山脈で戦ったそれよりも、二回りは大きかった。
一方、少女の方はお姫様のようなドレスを着ている。
「安心して大丈夫だろう。どういった理由かわからないが、氷漬けにされているし、おそらく死んでいるだろう」
「本当ですか……? ドラゴンと女の子……両者は戦っていたんでしょうか?」
エステルの言うように、両者は戦いを繰り広げているように見えなくもない。
俺達に近い方には少女が、クリスタルを挟んで向こう側にはドラゴンがいる。
エステルは紙を取り出して、何かを書き出した。
後で詳しく調べる為に、メモをとっているのだろう。
俺はドラゴンの方を見る。
ドラゴンを見るのは二度目だが、これほど個体差があるのか。
それとも種類が違うのか。
「シスン。ちょっと見てください」
エステルが呼ぶので、近づいていく。
彼女は氷漬けにされた少女を食い入るように眺めていた。
「どうしたんだ?」
「この女の子の首元を見てください」
「この子がどうかしたのか?」
「はい。首に付けているペンダントの紋章です」
エステルの言うとおり、少女のペンダントには模様が刻まれていた。
しかし、何の模様かはわからないし、見覚えもない。
「これは魔法文明時代に隆盛を誇ったリオネス王国の紋章です」
「大昔の国の紋章を身につけているのはおかしいってことか?」
「そうです。こんなものが残っていれば、王都の博物館行きでしょう」
俺達が氷の彫刻と化したそれを見ていると、ドラゴンの向こう側にあった通路から見慣れた顔が顔を出した。
俺は一旦、少女から目を離してそちらを見た。
「あっ! シスン! やっと会えたわ!」
出てきたのはアーシェと、それにマリーさんとクラトスさんまでいる。
どうやら、みんな無事だったようだ。
クラトスさんはこちらに向かって両手を振っている。
「わあ! 何なのこのドラゴン!?」
アーシェがドラゴンの巨体を見上げている。
「エステル。みんなのところへ行こう」
「は、はい」
俺はアーシェ達に近づこうと、一歩踏み出した瞬間、それは起こった。
ピシィ、という音がして氷に亀裂が走ったのだ。
「アーシェ! そこから離れろっ!」
俺は大声でアーシェに伝え、エステルを庇うように後ろへ下がらせた。
みるみるうちに亀裂は幾重にも重なり、やがて氷の一部がパリンと砕けた。
「シスン! これは……!?」
「よくないことが起こりそうだ。エステルは通路のところまで下がって」
「わ、わかりました」
――――ゴゴゴゴゴ、と氷が崩れていく。
雪崩のように、巨大な氷は跡形もなく崩れ去る。
そして、氷漬けにされていたそれらは、生きていた。
「グォオオオオオオオオオオオオッ!」
「みんな、下がれ! このドラゴン、生きてるぞっ!」
燃えるような真っ赤な鱗を持つドラゴンは、尻尾を振り回して足下の氷を粉々に壊していく。
そうして、アーシェ達の方にゆっくりと向き直り、襲いかかった。
「あっちに向かうのか! エステルはここにいて! 俺はあのドラゴンを食い止める!」
「わ、わかりました!」
氷漬けにされていた時にはわからなかったが、このドラゴン……バラフ山脈のやつとは段違いに強い。
その大きさもさることながら、強者の風格を感じる。
マリーさんはともかく、クラトスさんを守りながらでは、アーシェには荷が重いか。
そう考えて、俺は駆け出そうとした。
だがしかし、
「ここは通さぬよ」
俺の前に立ちはだかったのは、ドラゴンと同じく氷漬けにされていた少女の方だ。
腰まで届く銀髪に褐色の肌、瞳は綺麗な赤だった。
顔立ちから俺と同じくらいか、少し歳は下のように見える。
地下迷宮には不釣り合いなドレスを優雅に纏い、その手を俺に向けていた。
「邪魔だ。話は後で聞くから、そこをどいてくれ」
「…………邪魔? ふっ、妾と火竜の一騎打ちに水を差しておいて、邪魔だと抜かすか」
「火竜……?」
「そうとも。火竜グラドルウィン。この火竜の迷宮の主よ」
あのドラゴン、火竜グラドルウィンという名があるのか。
それにしても、この子は一体何なんだ。
どうして、こんな地下迷宮の奥深くにいるんだ。
どう見ても冒険者には見えないが……。
「ふふっ。火竜グラドルウィンを見て臆しておるのか。無理もなかろう。あやつを倒せるのは妾くらいのものよ」
少女の向こうではアーシェとマリーさんが火竜グラドルウィンの猛攻を凌いでいる。
早く助けに行かないと。
「動くでない。動けば消すぞ」
「何だと……?」
少女は手を突き出したまま、こちらに一歩近づいた。
そして、眉根を寄せて首を傾げる。
「お主ら……妾が誰かわかっておらぬのか?」
もしかして、有名な冒険者なのか?
俺は世間に疎いから、あまり人の顔は知らない。
エステルの方を見るが、彼女もわからないのか首を横に振る。
「……誰なんだ? 冒険者……なのか?」
「は?」
「え?」
少女が訝しげに俺を睨む。
少し機嫌が悪くなったように見えた。
「ふぅ、どこぞの田舎者か。リオネス王家の末姫、ティアカパンとは妾のことよ。名くらい聞いたことはあろう?」
リオネス王家……ティアカパン……全く聞いたことがない。
この格好からしてどこかの貴族なのだろうか。
いや、リオネス……どこかで……。
「シスン。この女の子、自分のことをリオネス王家の姫だと言いましたよね?」
「ああ。末姫のティアカパンらしい。知っているのか?」
「リオネス王家というのは、さっき謎解きに出てきたリオネス文字の発祥になった国です。それに、あのペンダントの紋章……」
「どういうことだ?」
「…………魔法文明時代に栄えていたリオネス王国は、遙か昔に滅亡した国なんです」
「何だって……!?」
俺はティアカパンの顔をまじまじと眺めた。
すると、ティアカパンは目を細めて見つめ返してきた。
「何をこそこそ話しておる。妾の名を思いだしたのか?」
「……………………」
「ええい、何を黙っておる。ふむ、妾の美貌に目を奪われておったのか? 気持ちはわかるが、今はそんな気分ではないの」
「いや、リオネス王家ということは、きみは昔の人なのかな?」
「はぁ? 何をわけのわからぬことを……。妾を馬鹿にしておるのか?」
ティアカパンが眉を吊り上げて、わなわなと震えている。
どうも、かなり怒らせてしまったようだ。
「ティアカパン様、失礼いたしました! 私どもは田舎者ゆえ、リオネス王家の姫君だとは露知らず……どうかお許しください」
エステルが俺にウインクして、ティアカパンとの間に割って入る。
「何だ、小娘。妾はこの男と話しておる。控えよ」
「恐れ多くも発言をお許しください」
「断る」
「そ、そんなっ!」
エステルの話に耳も傾けてくれない。
「妾がリオネス王家の姫と知るならば、頭が高い! 無礼であろう!」
俺もエステルもわけがわからず、呆然となる。
しかし、その態度を反抗ととったようだ。
「ほう、妾に楯突くか。そこまで気概のある者が、まだこの国におったとはな……。ならば死んで詫びよ」
言うなり、ティアカパンは突き出した右手から炎を纏った突風を放った。
無詠唱の《ファイアストーム》だ。
俺はエステルを後ろに庇いつつ、同じ魔法で対抗する。
「はああああっ!」
炎はぶつかった瞬間、何もなかったように霧散した。
辺りにはひりつくような熱風だけが残った。
後出しだったが、上手く相殺できたようだ。
ティアカパンは一瞬はっと目を見開いたが、すぐに薄く笑みを浮かべた。
「無詠唱か。中々やるではないか。身なりから剣士だと思ったが、魔法を使うとは。では、これはどうか」
「待て! 俺は戦う気はない。向こうで火竜と戦っている仲間を助けに行きたいだけなんだ」
「その必要はない」
「どういうことだ?」
「火竜グラドルウィンは妾の獲物だ。誰にも邪魔はさせん。お主らを亡き者した後、仕切り直すとしよう」
ティアカパンは俺達が火竜との戦いを邪魔したと思っているのか……?
説得している暇はない。
そもそも、話を聞いてもらえそうにないな。
ここは力づくで押し通るか。
「ほう。剣士が剣も抜かずに向かってくるか? それとも魔法の勝負を所望か? 妾がリオネス最強の魔法使いだと知らぬようだの」
ここで時間をかけている場合じゃない。
火竜相手にアーシェとマリーさんは苦戦しているようだ。
「戦いの最中に余所見をするでないわ。どこまでも妾を愚弄しおって」
「いや、そうじゃなく……」
「問答無用!」
俺の言葉を遮ってティアカパンの両手に魔力が集中する。
右と左で違う魔法だ。
この子も俺みたいに同時に複数の魔法を操れるのか!
だが、俺の攻撃の方が早い!
ティアカパンが崩れ落ちる。
彼女が魔法を発動するより早く、俺は攻撃を終えていた。
俺の右拳はティアカパンの腹に決まり、その意識を刈り取った。
「え……? し、死んじゃったんですか?」
「いや、気絶しただけだよ」
ティアカパンは俺の足下で気を失っている。
まるで、眠っているように見える。
目を瞑っていると、やっぱり普通の女の子だ。
「事情を知らない女の子を斬るわけにはいかないからな。それより、すぐ終わらせるから、エステルはここを動かないで」
エステルの返事を聞かずに、俺は火竜に向かって走った。