【アーシェ】は宝箱を回収する
マリーさんとクラトスさんと合流した私は、部屋にあった五十五ヵ所の窪みの先にある通路を調べることにした。
端から順に回ったのだけれど、通路自体は短くてすぐに行き止まりになる。
魔物がまだいるかも知れないから、三人で向かったけれど杞憂に終わった。
「また行き止まりだわ」
「ええ、そうですね。何かあると思ったんですが」
「これは骨が折れるな。あと何カ所あるんだ?」
「あと五十二ね。三人いるんだし、手分けしてみる?」
「もう少し様子を見ましょう。魔物が隠れていたら大変ですし」
マリーさんがクラトスさんを見て言った。
確かにマリーさんの言うとおり、魔物がまだ残っていたら彼女はともかく、クラトスさんに危険が及ぶ。
ここはマリーさんの提案どおり、もう少し様子をみましょうか。
その後、五ヵ所回って同じ結果だったので、効率を考えて三人で手分けして見て回ることにした。
「お、おい! ちょっと、こっちに来てくれ!」
異変があったのはすぐだった。
クラトスさんの大声が私の耳に届く。
何かあったかと、私とマリーさんが駆けつける。
「どうしたのっ!?」
「クラトスさん、下がってください。ここは私とアーシェさんで……!」
クラトスさんは呆然と窪みの入口で立っていた。
そして、窪みの先にある通路を指している。
「いや、驚かしてすまない。魔物じゃないんだ。あ、あれなんだが……」
私とマリーさんは通路に入っていく。
これまでと変わらない短い通路だった。
しかし、行き止まりには宝箱がぽつんと置いてあった。
「マリーさん、宝箱だわ」
「ええ。でもエステルさんもいないし、迂闊に開けるのは……」
私達が躊躇していると、背後からクラトスさんがやって来た。
「それはオレに任せてくれ」
クラトスさんは宝箱におもむろに近づくと、その場にしゃがんでそれに触れる。
「ちょっと! 罠があるかも知れないわよ!」
「危険です。クラトスは下がっていてください」
クラトスさんは宝箱の蓋に手をかけて、振り向いた。
その顔は何故か自信に満ちている。
「これでも【高位神官】になる前は、エステルさんと同じ【探索者】だったんでな。《罠感知》や《解錠》くらいなら楽勝だ」
言って、クラトスさんは蓋を持ち上げた。
中に入っていたのは、円形の盾だ。
クラトスさんが《鑑定》を行う。
しかし、眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「期待させて悪かった。エステルさんみたく、《遺物鑑定》はできなくてな……。この盾は《鑑定》ではわからなかった」
クラトスさんによると、当初は【探索者】としてエステルさんに同行していたそうだ。
しかし、【探索者】を極めているエステルさんがいれば、それに付随するスキルは事足りるので、【神官】に転職し今は【高位神官】に就いているというわけらしい。
そして、遺跡調査はそんなに頻度が高いわけはなく、【神官】を活かせる副業をと考えていた矢先、人手が足りなかった地元の村で神父になったようだ。
今はそっちが本業になりつつあるらしい。
とにかく、クラトスさんが《罠感知》や《解錠》スキルを使えるのは、私達にとって僥倖だった。
私達は手分けして通路を確認し、宝箱を見つけるとその都度クラトスさんを呼んだ。
「結構調べたわね。あとは、二、四、六……八ヵ所ね」
「ええ、もう少しですね」
「よし、エステルさん達も心配だし、さっさと調べちまおう」
そうして、残った通路を調べて行くと、行き止まりの通路の壁に何やら出っ張りのようなものを見つけた。
私はすぐにマリーさんとクラトスさんを呼んだ。
「これ、何かしら?」
「何かの仕掛けのようですね。出っ張りの下に溝があるので、下に動かせそうです」
「ちょっと待ってろ。今《罠感知》で見てみる」
クラトスさんが出っ張りに手を翳して、それから私とマリーさんを交互に見て頷いた。
「罠がないのなら、これ動かして見るわよ?」
「ちょっと待ってくれ! 罠はないが、何が起こるかわからないんだ。もう少し慎重に……!」
マリーさんが私とクラトスさんに背を向ける。
そして、矢筒から矢を一本取り出して、弓につがえた。
この出っ張りを動かして何が起こるか予想できない。
背後から魔物が現れた場合に備えての警戒だった。
「アーシェさん、どうぞお願いします」
「わかったわ!」
隣でクラトスさんが緊張した面持ちで、唾をごくりと飲み込んだ。
私は出っ張りに手をかけて、ゆっくりとそれを下ろした。
溝に沿って出っ張りが動き、やがて一番下まで移動すると、カチッ、と音がした。
――――ギィ、ギィ、ギィ、
あの扉が軋むような嫌な音が響いてくる。
「部屋の方から音がするわ。行ってみましょう」
「ええ、そうですね。クラトスさんは私の後ろから離れないようについてきてください」
「わ、わかった」
三人で部屋に戻ると、新たな窪みができていた。
石版の真下だ。
マリーさん達が落ちてきた穴の、丁度真下に扉大の窪みがあった。
ガシャン、ガシャンと音が聞こえる。
何かが来る。
しかし、スケルトンのような軽い音ではなかった。
もっと重量を感じさせる音。
「来たわよ」
「……はい」
「お、おおおいっ! 何だあれはっ!?」
そして現れたのは、全身真っ黒な鎧を纏った魔物だ。
兜を被っているが、その顔は髑髏だった。
手には剣と盾を持っている。
その装備も漆黒だ。
「…………デスナイト!」
マリーさんがはっと息を飲んで言った。
デスナイト……聞いたことのない魔物だ。
だけど、マリーさんの声色から緊張感がひしひしと伝わってくる。
「デスナイトだって!? お、おい、どうするんだ!?」
「私が引き受けます」
「自信はあるの?」
マリーさんを見るが、その表情からは絶対勝てるという自信は感じられなかった。
彼女は責任感から、咄嗟に引き受けると言ったに過ぎないはずだ。
私はどうだろう。
「マリーさんもクラトスさんと一緒に下がってて。私がやるわ」
「アーシェさん!?」
「無茶だっ! あれはヤバイ! オレでもわかるぞ!」
デスナイトがゆっくりと向きを変えて、こちらを見た。
「巻き添えにしたくないから下がって!」
私は床を蹴って跳躍した。
デスナイトが私の姿を追うよう見上げた。
「私が相手よっ!」
空中からの私の蹴りを、デスナイトは盾で受けた。
思ったよりは堅い。
だけど、壁ほどじゃないわね。
私は盾を蹴って少し後ろに着地するや否や、デスナイトの正面に向かって間合いを詰める。
盾ごと粉砕してあげるわ。
「はああああああああああああああっ!」
私は盾に向かって《ホーリーブロウ》を繰り出した。
盾を砕いて、そのまま体を撃ち抜くつもりだ。
「っ!?」
しかし、デスナイトは私の予想を裏切り、盾を引いて右手の剣を振り下ろした。
速いっ……!
もう止まれない。
《ホーリーブロウ》で攻撃する瞬間に斬られる!
だったら……!
私は《ホーリーブロウ》を途中で止めて、そのままデスナイトに体当たりを試みた。
ガンッ、という衝撃音とともに、私の体はデスナイトの右足とぶつかった。
背中にぞわっとした感覚。
直後、私の背後にデスナイトの剣が振り下ろされた。
あと少し遅かったら、デスナイトの剣の餌食になっていただろう。
そして、私はこの至近距離からデスナイトの無防備な腹部に、《ホーリーブロウ》を放った。
私の右拳がデスナイトの鎧を貫通する。
背後で剣が床に落ちた音が聞こえた。
重たい音を響かせて、デスナイトが膝をつく。
私は《ホーリーブロウ》を放った体勢で制止している。
デスナイトは風化したように、塵となって消えていった。
「アーシェさん!」
「おおおおおおおっ! 倒したっ! 倒しちまったぁ!」
二人の声に振り返ると、マリーさんはほっとしたような表情で、クラトスさんは拳を握り跳び上がって興奮していた。
私が手をパンとはたいてから腰にあてると、二人は駆け寄ってくる。
「無事でよかったです。ですが、盾に蹴りを弾かれた後、デスナイトに向かっていった時は、斬られたかと思いました……」
「うん。私もあのまま《ホーリーブロウ》を出してたら斬られると思って、体当たりに切り替えたのよ」
「その機転が利くのが素晴らしいです。体当たりの方が速さを落とさずに進めるとはわかっていても、デスナイトの頑丈な体に突撃する痛みは想像しただけで寒気がします」
「まぁ、壁よりは堅くないだろうと思って」
言って私は頬を掻いた。
並の冒険者なら、体当たりの衝撃で失神していただろう。
「凄いぞ、アーシェさん! あんたどんだけ強いんだよ!」
「あら、でもシスンの方が私より強いわよ?」
「本当か!? シスンくんが強いのは見ててわかってるが、アーシェさんにそこまで言わせるなんて、相当なんだな……! あ、もうデスナイトは出てこないよな……?」
警戒するが、魔物が出てくる気配はない。
どうやら、あのデスナイトで打ち止めのようだった。
三人で頷き合って、私が先頭で新しくできた通路に足を踏み入れる。
「奥に続く通路だったようね。さっきのデスナイトは、この通路を守っていたのかしら?」
「そうかもしれません。あれほどの魔物が守っていたからには、きっと何かしら重要な場所だったと考えられますね」
通路の突き当たりには鉄製の扉が見える。
「やっと、先に進めるのか……。おっと、その前にまだ見ていない通路も確認しておかないか? まだ宝箱が残っているかも知れないぞ」
「そうしましょう。扉の先に進んで、またここに戻れる保証はないですから」
三人で一度部屋に戻り、残った通路を調べる。
五十五ヵ所の通路全てを見終わった。
その内、五ヵ所から宝箱は発見され、中身を回収している。
円形の盾、エリクサーが二本、矢が五本だった。
エリクサーは一本ずつ宝箱に入っていて、矢の方は二本と三本それぞれ入っていた。
「この矢は何なのかしら? 銀色に光っているわね」
「それはホーリーアローですね。聖属性が付与された矢です」
「マリーさんの言うとおりだ。オレの《鑑定》でもそうだった」
「そうなのね。じゃあ、エリクサーと矢はマリーさんに預かってもらおうかしら……」
「盾は結構な重量があるから、オレが背負おう」
クラトスさんが荷物に盾をくくりつける。
「あら、私はまだ何も言っていないわよ」
「これくらいさせてくれ。オレだけサボってるみたいだからな」
「いえ、クラトスさんのスキルは役に立っていましたよ」
「まぁ、どっちにしろ重たいものは男のオレが持つさ」
三人で顔を見合わせて笑った後、私達は鉄の扉の前まで歩いて行った。
クラトスさんの《解錠》で、扉にかかっていた鍵は簡単に開いた。
私は扉に手を添える。
「じゃあ、行くわよ?」
「はい。行きましょう」
「おう。先へ進もうじゃないか」
この先にシスンはいるのかしら。
早くシスンに会いたい。
逸る気持ちを抑え、私は慎重に扉を押し開いた。