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【アーシェ】は地下迷宮で孤立奮闘する

 床にできた穴に飛び込んでみたはいいものの、どこまで落ちるのかしら。

 それに、真っ暗で何も見えないじゃない。

 エステルの《ライティング》もないし、どうしようかしら。


「いっ……!」


 背中に衝撃が走った。

 おそらく壁にぶつかったのだとわかる。

 痛みは然程でもないし、《ヒール》なら使える。

 だけど、地下迷宮(ダンジョン)がどこまで続くのかわからない以上、温存しておいた方がいいはず。


 けれどもこのまま落ちていけば、最後は地面に叩きつけられてしまう。

 シスンなら耐えられると思うけど、私にはまだそこまでの自信はない。

 だから、こうするっ!


「はああああああああああああっ!」


 ドンッ、と壁を撃ち抜いた破砕音が響き渡る。

 私は壁に拳をめり込ませて、何とか落下を阻止した。

 今の私は振り子のように、右腕を軸にゆらゆらと揺れている。

 足を動かして何とか壁に触れさせる。

 壁がざらついていたおかげで、体は固定できた。


 暗闇が不安を煽ってくるが、それを払拭するように、大好きで頼りになる幼馴染みの顔を頭に浮かべる。

 彼ならどうするだろうか。


「本当にどこまで下があるのよ。シスン~」


 弱気になっちゃ駄目だわ。

 シスンだって今頃、大変な思いをしているはずなんだから。

 気合いを入れ直し、壁に埋まった右腕を引っこ抜く。

 すると私の小さな体は重力に逆らえずに、また落下していく。


「はあああああああああっ!」


 適度な距離を落ちたところで、また壁に向かって拳を突き出した。

 都合九度その行為を繰り返し、私は床に降り立った。

 辿り着いた場所は、静寂が支配する何の変哲もない部屋だ。


 灯りの心配はすぐに解消された。

 地下迷宮(ダンジョン)内には魔法の光が灯されて、周囲を照らしていたからだ。


「下で繋がっていなかったのね。この壁の向こうにシスンがいるのかしら?」


 おもむろに壁に近づいて、手の平でそっと触れる。

 次に拳を軽く握って、コンコンと質感を確かめた。

 落下時の壁より固そうな感じだ。

 さっきの壁はザラザラしていたが、この壁の表面はツルツルしていた。

 いけるかどうかわからないが、やるだけやってみよう。


「そおおおおおおれええええええぃっ!」


 気合いのかけ声とともに、右拳を全力で突き出した。

 拳が触れた瞬間、壁には亀裂が入りそれが軋む。

 大きな破砕音と同時に右腕に激痛が走った。


「いっ……!」


 右腕が痺れている。

 壁は拳三つ分ほどは削れたが、この壁を壊すのは無理だと判断した。

 ふと見ると、私の両腕は腫れと傷から流れた血で、真っ赤になっていた。


「《ヒール》」


 即座に私の両腕の傷は塞がり、痛みや痺れも飛んでいった。


「ここは、《ヒール》を使うべきところ……よね?」


 自分に言い聞かせて、私は通路の先へと進んでいった。

 しばらく進むと、開けた場所に出る。

 何もない部屋で、前方と左右は壁があるだけ。


「行き止まりなのかしら?」


 私のつぶやきに答えてくれる者はいない。

 顎に手をあてて考える。

 ここまでは分岐はなく、一本道だったはず。

 ふと顔を上げると、前方の壁に何かがあるのに気がついた。


「これは何かしら?」


 言って私はその壁の前まで歩いていく。

 見上げると四角い石版のようなものが、壁に張り付いていた。

 石版には何やら文字が書いてある。


「……読めないわ。見たこともない文字ね」


 ――――ギィ、ギィ、


 突然、扉が軋むような音が聞こえてきた。


「誰かいるのっ!?」


 上半身を捻って振り返るが、誰の姿もない。

 だが、警戒は怠らない。

 何かが起きようとしている。

 ただの勘だが、そう感じた。 


 ――――ギィ、ギィ、


 また同じ音が聞こえる。

 そして、左側の壁の一部が下に沈む。

 壁に家の扉ほどの大きさの窪みができあがった。

 その向こうには通路があるようにも見える。


「隠し扉……? でも、どうして?」


 私、何かしたのかしら?

 でも、これで先に進めそうだわ。

 私はその通路へ足を向けた。

 が、その時。


「……っ! 魔物(モンスター)!?」


 通路から招かれざる客が姿を現わした。

 アンデッド系魔物(モンスター)のスケルトンだった。

 スケルトンが一体、通路からこの部屋へと足を踏み入れる。

 手には剣を持っていた。


「大層な仕掛けなのに、スケルトンが一体だけ……?」


 正直、拍子抜けしてしまった感はある。

 私は歩いて近づくと、スケルトンが剣を振り下ろす前に、《ホーリーブロウ》で頭蓋骨を叩き割った。


「手応えがないわね」


 頭を粉砕されたスケルトンは、直後首の下から脆くも崩れ去った。

 骨は風化したように光の粒となって消えていく。

 これが聖属性である《ホーリーブロウ》の効果だと知っている。


 私は警戒を解かずに、その場で通路に目を凝らした。

 新たな魔物(モンスター)は出てくる気配はない。


「本当に一体だけだったの? ……えっ!?」


 今まで部屋を照らしていた魔法の光が消えて、視界は再び暗闇に包まれた。

 ……まさか、この状態で魔物(モンスター)と戦うなんてことはないわよね……?

 流石にそれは、難度が高いわ。

 緊張から、頬に汗が伝う。


 何も見えないがその場で首を動かし、周囲の様子を探ろうとすると暗闇の中でぽつんと青白く淡い光を放つものを見つけた。

 さっきの石版だった。

 その石版に書かれている文字が光を放っているのだ。


「……どういうことなの?」


 そして、石版に書かれた文字が生き物のようにうねうねと動き出し、文字が書き換えられていく。


「書かれている内容が変わったわ……」


 ――――ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、


 三度(みたび)、扉の軋む音とともに明かりが灯る。

 音の方を振り返ると、さっきとは別の場所に扉大の窪みができあがっていた。

 それも、二ヵ所だ。

 そうして、そこから現れたのはスケルトンだ。


「今度は二体! もぅ、どういう仕掛けなのよ!」


 あの石版に答えがあるのだと思うが、文字が読めないので手の打ちようがない。

 スケルトンに駆け寄って、《ホーリーブロウ》で打ち砕いた。


「さあ、次は何なのかしら?」


 それから、部屋の明かりが消えて、また石版の文字が変わる。

 扉の軋む音と同時に部屋に光が戻ると、新たな窪みから今度は三体のスケルトンが姿を見せた。

 私は難なく片付ける。

 これで、六体のスケルトンを消滅させている。


「次は四体? まとめてでもいいわよ?」


 半分は強がりだ。

 今はまだ余裕だが、このまま戦闘を重ねる度にスケルトンの数が増えていけば……想像するだけで頭痛がする。

 その前に石版の謎を解かなくては。


 しかし、その謎が解けないまま、以降も同じ事を何度も繰り返す。

 四体、五体、六体、七体。

 ここまでで、文字は六度変化している。

 倒したスケルトンの数は二十八体だ。


「いつまで続くのよ……」


 スケルトンごとき、私の敵ではない。

 だが、いつ終わるとも知れない不安が、私の精神を疲弊させていた。

 文字が七度目の変化を迎える。


 ――――ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、


 次に現れたのはスケルトンが八体。

 ゆっくりと私を追い詰めるように、その囲みを小さくしていく。

 もっと近づいてきなさい。

 一網打尽にしてあげるわ。

 スケルトンが自分の間合いに足を踏み入れた瞬間、私は床に両手をついて両足を広げて旋回させる。


「はあああああああああっ!」


 逆立ち状態で私は、群がるスケルトンに蹴りを喰らわせる。

 私を取り囲んでいたスケルトンは崩れ去った。

 立ち上がって手を払う。

 部屋が真っ暗になり、石版の文字が変わる。

 これまで一度として同じ文字は現れてはいない。


 息をつく暇もなく現れたのは、スケルトンが九体。

 《ホーリーブロウ》を使い過ぎたせいか、体にだるさを感じ始めた。

 《ヒール》を使うかどうか迷ったが、まだ温存する。

 そうして、私はスケルトンに向かって行った。


「はあああああああああっ!」


 スケルトンに跳び蹴りを食らわせる。

 頭蓋骨を足場にして横に跳ぶ。

 すぐ隣に迫っていたスケルトンの右腕を掴んで振り回した。

 三体のスケルトンを巻き込んで、それらはバラバラに砕け散った。


「あと四体っ!」


 振り下ろされる剣を掻い潜って、的確に打撃を与える。

 九体目のスケルトンを左拳で撃ち抜いた私は、乱れた息を整えるため深呼吸をした。


 そして、部屋の明かりが消え石版の文字が変わる。


「あ……! あの文字……」


 石版の文字はこれまでに九度変化している。

 これまでは同じ文字はなかったと思ったが、今見えている文字には見覚えがあった。


「最初にあった文字と似てるわね……」


 全部の文字を完璧に覚えているわけではないが、最初のそれは印象に残っている。

 確か最初の文字の左半分が、今表示されている文字と同じに見えた。


「あ……」


 それ以上考える暇もなく、十ヵ所の窪みが出現し十体のスケルトンが姿を見せる。

 もぅ、考える時間が欲しいわ。

 もしかして戦いながら考えろってことなのかしら?


 少しして、今までと同じ要領で、スケルトンを撃破した。

 石版の文字が十度目の変化を終えて、あの忌まわしい音が聞こえてくる。


「文字は……また見覚えがあるわ」


 今度は最初の文字の右半分が、今表示されている文字と同じになっている。

 頭に何か引っかかるが、答えには結びつかない。

 次に部屋が明るくなった時、相手にするのはスケルトンが十一体だろうとは予測できる。

 しかし、謎は未だ解けていない。


 汗がどっと噴き出す。

 思ったより疲れているのだろう。

 これまで、戦ったスケルトンは五十五体だ。

 ここで、一度疲れを払拭させるのに《ヒール》を使うことにした。

 全身の気だるさを解消して、気持ちを切り替える。


「さっさと終わらせましょ。シスンを待たせているんだからっ!」


 ここにいないシスンの名を口に出すことで、気合いを入れ直した。

 部屋に明かりが灯る。

 しかし、新たな窪みは見当たらなかった。


「……あれ? もう終わり……?」


 辺りを見回すと、壁中に窪みができている。

 今まで倒したスケルトンと同じ数、五十五ヵ所の窪みだ。

 そして、それぞれの向こう側には通路が見える。


「まさか、今からひとつずつ通路を調べていかなきゃならないのかしら……。そんなの時間がいくら合っても足りないわよ」


 ――――ギィ、ギィ、


 頭にこびりついた音に反応し振り向くと、石版のすぐ真下が窪んで扉大の穴が現れる。

 今までとは違い、床に接地していない場所だった。


「あんなところからスケルトンが出てくるの?」


 近くまで進んで目を凝らして見ると、その向こう側には傾斜のついた通路が確認できた。

 ここからじゃ、通路の先が見えないわね。

 跳べば届きそうだけれど、あれが先に進む道なんてことはないわよね……。


 そう考えていると、穴の向こう側から声が聞こえてきた。

 その声は次第に大きくなっていく。

 聞き覚えのある声だ。


「うわああああああああああああっ!」


 穴から人が飛び出してきた。

 そして私の目の前にドタッ、と音を立てて落ちる。


「あらま!? びっくりしたー!」


 私は意外な二人の登場に驚いた。

 仰向けに床に落ちたクラトスさんと、その上にのしかかる形で落ちてきたのはマリーさんだった。


「二人とも、無事だったのね!」

「アーシェさん!?」

「いてててて……」

「きゃっ、すみませんっ! 今どきますからっ!」


 クラトスさんを下敷きにしているのに気づいたマリーさんが、彼に申し訳なさそうな視線を送りつつ慌てて腰を上げた。

 こんなに慌てているマリーさんは初めて見たわね。


「本当にすみません。クラトスさん、大丈夫ですか?」

「いや……役得だった……」

「え?」

「……いや、オレの独り言……」


 クラトスさんはお腹の辺りを撫でて、デレッとしていた。

 もぅ、これだから男は…………あ、シスンは別よ。

 マリーさんは部屋を見渡して、訝しげな顔をする。


「アーシェさん、ここは?」

「あー、ん……。説明するわ」


 私達は情報を交換した。

 私はこの部屋で起こったことを説明する。

 マリーさんは「いくらスケルトンとはいえ、五十五体も……」と驚いていたようだった。


 石版の文字についても伝えたが、現在表示されている文字もわからないそうだ。

 マリーさんは念の為と言って、文字を紙に書き写した。

 私がうろ覚えながら、記憶に残っている文字も書いてもらった。

 一個前の文字と最初の文字だ。


 マリーさん達がどうなっていたかというと、まず上層で穴に落ちたクラトスさんを追ってマリーさんが飛び込んだ。

 しかし、そこは私が落ちたような縦穴ではなく、急勾配の坂となっていたらしい。

 右へ左へとぐるぐる回った挙げ句、この場所に落ちてきたようだ。


 結構な時間滑り落ちていたらしく、クラトスさんが気分が悪くなってきたと言って壁際でしゃがみ込んでいた。

 マリーさんの後から穴に飛び込んだ私が、この部屋に辿り着いてスケルトンと戦っている間ずっと滑り落ちていたのなら、随分と長い時間だものね。

 クラトスさんが気の毒になった。


「マリーさんは気分は大丈夫なの?」


 私はクラトスさんをちらりと横目で見ながら、マリーさんに尋ねた。


「ええ。私は大丈夫です」


 マリーさんは頷いて、クラトスさんを心配そうに見た。


「心配させてすまないな。何だろ? 前に一度船に乗ったことがあるんだが、その時もこんな感じになったな……」

「きっと酔ってしまったんですね。少し休めば治ると思いますよ」


 マリーさんがいつもみたいに「ふふっ」と笑ったので、私もつられて笑った。

 ひとりになった時は少し心細かったけれど、マリーさんと合流できてほっとした。


「それじゃあ、シスン達と合流するわよ!」


 私は元気よく宣言した。 

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