地下迷宮の罠
【拳聖】、初めて聞く職業だが、その名称から拳を極めた職業だと想像できる。
おそらく、【剣聖】と同列の職業ではないかと思った。
マリーさんなら詳しく知っているだろう。
これがあれば、アーシェのやつ喜ぶだろうな。
だけど、この地下迷宮で入手したアイテムは国とギルドのものか……。
何とかならないか、マリーさんに相談してみよう。
「シスン。凄いものが手に入りましたね」
「ああ。マリーさんも驚くだろうな」
「ひとまず、シスンが持っていてください」
「いいのか?」
「あたしだと、途中で落っことしそうなので」
「…………わかった。それじゃあ、こいつらが復活する前に別の通路へ進もう」
「はい」
俺とエステルは分岐まで戻って、別の通路に進んだ。
一応、罠のない通路を選択してある。
それにしても、一向にアーシェや他のみんなに合流できる気配がないな。
みんな無事に進んでいるのだろうか。
エステルは紙の束に俺達が通ってきた経路を記入し、地下迷宮の即席地図を作成している。
地下迷宮内は同じような景色が続き、迷いそうなものだが、エステルの地図のおかげで問題なく進めそうだ。
「行けるところはこれで全部?」
「はい。後は罠が仕掛けられていると反応があった通路だけです」
「だとしたら、先に続く正しい道順はそこなんだろう。よし、しらみつぶしにしていこう」
「えっ!? でも……大丈夫でしょうか……。どんな罠があるかまではわからないですし……」
あえて罠があるとわかっているところへ進むのだ。
エステルが不安に思うのはわかる。
だけど、進まないとここから出られないのだし……。
いや、それ以外に本当に脱出手段がないのか?
「エステル、ちょっと脱出できるか試してみよう」
「どうするんですか?」
俺には地下迷宮脱出用の魔法があった。
スコット達に教わった転移の魔法だ。
これは一瞬で地下迷宮の外側まで移動できる魔法だ。
エステルを置き去りにするわけにはいかないので、俺は彼女の腕を掴んだ。
「ひえっ!」
エステルは小さな悲鳴を上げるが、俺は構わず転移の魔法を使った。
「あの……シスン、どうしたんです? 急にあたしの腕を掴んで……」
「…………あれ?」
「え……?」
もう一度同じ行動を繰り返すが、転移できなかった。
失敗した?
いや、そんなはずはない。
魔法が発動した感覚はあった。
「エステル。今、転移の魔法を使ったんだが、効果が発揮できないみたいだ。何かわかるか?」
「あ……。…………そうだったんですね」
「ん?」
「い、いえ。何でもないです。ええと、それはですね」
エステルによると、高難度の地下迷宮では転移の魔法は無効化されることもあるらしい。
確かに【拳聖】のレアクリスタルやエリクサーがあるくらいだから、そこらの地下迷宮より攻略が難しいのかもとは思ったが。
なるほどな。
転移での脱出は不可能か。
「だとしたら、もう先に進むしかないな。エステル、俺に任せてくれ」
「あ、はいっ!」
俺達は罠が仕掛けられている通路に向かった。
一見、何の変哲もない通路だが、エステルの《罠感知》には反応している。
「エステルは動かないで。まず俺が行く」
俺が通路に足を踏み入れた瞬間。
横の壁から矢が射出された。
「こういう仕掛けかよっ!」
だけど、俺にとったらたいした仕掛けでもない。
事前に警戒もできたし、恐れるほどの罠じゃない。
「きゃあああっ! シスン!?」
俺は右の頬に迫った矢を、しっかりと掴んでいた。
そして、足下に投げ捨てる。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、問題ない」
エステルは胸を押さえて、大きく息を吐いた。
「無事でよかった……」
「《罠感知》を使いながら、進んで行こう」
「わかりました!」
それから俺達は罠のある通路をしらみつぶしにしていった。
時折、復活したスケルトンやゾンビを倒しながら、ひたすら同じ事を繰り返す。
やがて、エステルの手書きの地図は完成を迎えようとしていた。
「シスン、凄いですね」
「そうか?」
「あたしなんて、失敗ばっかりで、役に立ててませんから……」
エステルがうつむき加減で言った。
確かにちょっとドジな部分はあるけど、【探索者】のスキルは有用で俺の助けになっている。
そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うんだけど……。
「そんなことないさ。エステルの《罠感知》があるから俺も安心して対処できるし、見つけた宝箱の《鑑定》や《解錠》も助かっているよ」
「本当ですか!?」
「ああ」
エステルの表情がぱぁっと明るくなる。
実際レアクリスタル入手以降、ここまでで見つけた宝箱三つを難なく手に入れられたしな。
エリクサーと矢が三本と剣だ。
しかも、剣には《遺物鑑定》が必要だった。
銀色に輝く矢は、ホーリーアロー。
聖属性が付与されているらしい。
これをアンデッドにぶっ刺せば、スケルトンやゾンビを完全に滅ぼせるだろう。
だけど、勝手に使ってはマズいからしまっておいた。
少々錆びついている剣の方は、玄武水刃というようだ。
剣身が反り返っている見たことのない形状だ。
水属性が付与されているらしい。
どちらも紐で縛って、肩にかけている。
後々、国とギルドの所有となるものだ。
傷つけるわけにはいかないだろう。
「それにエステルが地図を作ってくれたおかげで、迷わずに済んでいるし、本当にありがたいよ」
「そうですか? ……えへへ、嬉しいです」
エステルは本当に嬉しそうに笑顔を見せた。
「地図によると、もうこの通路で最後だな」
「はい。他は全て行き止まりでしたから、この先に何かがあるはずです」
この通路は床が開き、その下には切っ先の鋭い剣の山が並んでいる罠だった。
俺はエステルを抱えると、向こう側まで跳躍した。
「よっと」
「あわわわわわっ!」
エステルを床に下ろす。
俺は剣の山を一瞥する。
これなら、復活したスケルトンやゾンビも追って来れまい。
そう考えていると、エステルがもじもじしていた。
「あたし……重くありませんでしたか?」
「え? いや、普通じゃないのか?」
「…………うぅ」
何故かエステルは自分の頬をぺちぺちと叩いていた。
その後、俺とエステルは並んで歩く。
《罠感知》に反応はない。
この通路を進むと何かがあるはずだ。
果たして、そこは行き止まりだった。
通路の先にあったのは小さな部屋。
部屋の中央には台座があり、その上には頭ほどの大きさで、鉄でできた四体の像が並んでいた。
作りが凝っていて、一目で何を模しているのかが判別できる。
人間、エルフ、ゴブリン、ドワーフの四種類だ。
その四体の像は、それぞれ四角い枠に収まるように置かれている。
「何だ、これは……?」
「罠はないようです。…………これは謎解きですね」
「謎解き?」
「はい。たまに地下迷宮で見られる仕掛けのひとつです。謎を解くことで道が開けます」
「なるほど……」
こういうのは、ちょっと苦手かも知れない。
案外、アーシェがいれば勘で解いてしまいそうだけど、彼女は今ここにはいない。
エステルなら解けるのか?
「あっ! 壁に何か書いてあります」
エステルが奥の壁に駆け寄った。
俺は後を追い、壁に書いてある文字を見る。
知らない文字だった。
「読めない……」
「あたしに任せてください。これは魔法文明時代に使われていたという、リオネス文字ですね」
「詳しいのか?」
「一応、王都の大学では魔法文明史を専攻していましたから。これでも首席で卒業したんですよ」
エステルが自信満々で答えるが、そもそも王都にそんな学校があるとは知らなかった。
リオネス文字か……。
エステルが読めるのなら、彼女に任せてみよう。
「わかった。エステル、読んでくれ」
「わかりました」
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『西の国に東から小鬼がやってきた。
汝らの敵を打ち払え』
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「どういう意味なんだろう?」
「台座の上にある像の並びを変えるんだと思います」
「なるほど。よし、やってみよう」
俺達は台座の前に移動する。
四つの像は左から順番に、人間、エルフ、ゴブリン、ドワーフの順に並んでいる。
俺は四つの像を目を凝らして見るが、どう並び替えたらいいものかと頭を悩ませる。
「ええと、小鬼って多分ゴブリンのことだよな? そうすると……このゴブリンを端っこによけて……ん?」
俺がゴブリン像を掴んで移動させようとしたが、エステルが微笑ましそうに俺を眺めていたので手を止めた。
「おい、エステルも考えてくれ。俺はこういうの苦手なんだ」
「あたしはもう、わかっちゃいました」
「何だって……!? 本当か!?」
「はい」
俺はお手上げとばかりに両手を挙げて、視線でエステルに頼んだと促した。
エステルは大きく頷くと、ゴブリン像を掴む。
「…………!? お、重いですっ!」
エステルの力では僅かに浮かせるのがやっとだったので、俺が彼女の指示に従って動かすことにした。
「まず東というのはこちらの方角です。ですからゴブリン像を一番右に動かしてください」
「なるほど。よしゴブリンを右に……と」
「西側に残りの三体像を配置するのですが、順番は左からエルフ像、人間像、ドワーフ像の順番で間違いないと思います」
俺には三体の並び順が理解できないが、ここはエステルを信じてみよう。
ちなみに、理由を聞いておくか。
「どうしてこの順番なんだ?」
「大昔、エルフとドワーフは非常に仲の悪い種族だったといいます。その仲を取り持ったのが人間です。なので、人間像が真ん中にくるのはすぐにわかりました」
「へー。でも、エルフがどうして左だとわかった?」
「西にはエルフが暮らす大森林があり、東にはドワーフの住む鉱山があります」
「なるほど。辻褄は合ってるな。並び替えてみよう」
「はい。お願いします」
俺はエステルが考えたとおりに、像を動かして並び替えていく。
もし、ここにいたのが俺だけだったら、こうは上手くいかなかっただろう。
ちなみに、間違えたらどうなるのか、エステルに聞いてみる。
「何も起こらない場合もありますが、大抵は罠や呪いが発動したり、魔物が出現したりするはずです」
「……そうか」
今までのエステルの行動から少し不安になるが、知識に関しては信用できると判断して、最後のひとつ……エルフ像を一番左の四角い枠にそっと置いた。
エステルの考えは正しかった。
四体の像を並び替えると、部屋全体が小刻みに震えだした。
――――ゴゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ、
文字の書かれた奥の壁が振動する。
次の瞬間、その中心を縦に亀裂が入ったかと思うと、そこから左右に割れて、重厚な音を立てながら開いていった。
「おおっ! やったぞ、エステル!」
「はい!」
現れたのは大きな鉄の扉。
《罠感知》で罠はないと確認して、《解錠》で鍵を開ける。
俺とエステルは、互いに顔を見合わせて頷き合う。
「さあ、行くぞ!」
俺はその扉に手を伸ばし、ゆっくりと押し開いた。