レアクリスタル 前編
翌日、俺達は支度を調えると、冒険者ギルドに向かった。
受付ではマリーさんが他の冒険者と話していたので、俺達は時間つぶしに掲示板へと足を向けた。
手頃な依頼があればいいんだけど。
「アーシェ、これなんかどうだ?」
俺は掲示板から依頼書を剥がして、アーシェに見せた。
近郊の森林地帯での薬草採取だった。
採取された薬草は毒を中和する効能があるらしい。
先日の子どものことが頭に残っていたのか、この依頼書が目に留まってしまったのだ。
場所が森のかなり奥深いところで、魔物が手強いらしくBランク向けとなっていた。
アーシェは依頼書を眺めながら、片手を顎に添えている。
「うーん。採取依頼は時間がかかる上に、得られるポイントが少ないから却下だわ。討伐依頼はないかしら?」
ということは、同じ理由で配達依頼も駄目だと言われるだろう。
Bランクの討伐依頼ともなると時間的にこなせる数は、一日に二件までだろう。
魔物自体はすぐに討伐できるのだが、とにかく移動時間がかかるのだ。
こればっかりは仕方がない。
「討伐依頼だと、今はCランク以下のしかないなぁ」
俺もアーシェもできれば、討伐依頼を一日二件受注したいと考えていた。
Bランクの討伐依頼だと、一件につき冒険者ポイントは5000前後獲得できる。
二件で大体10000点だ。
これが理想で、そうするとあと一ヶ月ほどで俺達はAランクへと昇格できる計算だった。
しかし、そう上手いこと討伐依頼は見つからない。
そのため日によっては、採取と討伐とか、配達と討伐とかいう組み合わせになることも視野に入れていた。
そこで、ふと目に留まったのは、ある護衛依頼だった。
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■護衛依頼
ナタリヤ平原にある遺跡調査の
護衛をお願いします。
遺跡で発見されたアイテムは、
国家および冒険者ギルド所有となります。
ご了承ください。
※発見されたアイテムの希少価値によっては、
報酬が加算される場合があります。
10000点
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「護衛依頼だけど、どうかな?」
アーシェの顔色を窺う。
護衛依頼は時間がかかる。
しかも、依頼者の時間の都合に合わせなければならない。
なので、これを受注すると他の依頼に割ける時間はなくなる。
「これも時間がかかる上に、誰かを守りながら戦わなくちゃいけないのよ? それにポイントだって、すく…………なくない」
俺も内容だけ見れば断っていただろう。
だが、冒険者ポイントが相場より良かった。
討伐依頼二件分に相当するポイントだ。
「ここで悩んでいても時間が勿体ないから、とりあえずマリーさんに詳細を聞いてみないか?」
「そうね、一応話だけでも聞いてみましょ。だけど、目的地があまりに遠かったら止めましょ」
「そうだな」
受付の方に目をやると、丁度マリーさんの手が空いたところだった。
そのマリーさんと目が合い、彼女はいつもの笑顔で返してくれる。
「マリーさん。この護衛依頼の内容を詳しく聞きたいんですけど」
「はい。え……と、ああ、これですね」
マリーさんは依頼書にさっと目を通すと、カウンターに地図を広げた。
そして、まずこのネスタの街を、その細い指先で指した。
「ここが現在地であるネスタの街です」
「かなり広範囲な地図ですね。ギルドの備品ですか?」
「そうです。街で買えるものより、正確で範囲も広い冒険者ギルド専用の地図ですね。非売品なので、あしからず」
売り物ではないと言われてしまった。
そんなに欲しそうな顔をしていたかな……。
俺達が持っている地図に記載されている一番東の端はこのネスタだ。
マリーさんが広げたギルドの地図には、ネスタより東の範囲も載っていた。
説明しながら、マリーさんがネスタから指をすーっと動かして、ある地点で止める。
「目的地のナタリヤ平原はこの辺りの地域です。そして、遺跡はここにあります」
ここから真っ直ぐ東に向かうとバラフ山脈があり、それを越えるとエアの街がある。
ナタリヤ平原へはバラフ山脈の手前で北上し、山脈沿いに北東へ進んだ先にある。
ここからエアの街に行くよりは近い。
だけど、一日で往復するのは難しいだろう。
「ちょっと遠いわね」
アーシェも俺と同じことを考えていたようだ。
しかし、マリーさんはきょとんとし表情で俺達に尋ねた。
「そうですか? 割と近場ですけども……」
「私達、一日で10000点は稼ぎたいのよ。これじゃあ、移動だけで往復二日はかかってしまうわ」
「あっ、そうなんですね……。それは残念です……」
マリーさんがしょんぼりして肩を落とす。
「待ってアーシェ、話だけでも聞いてみようよ」
「え、シスンがそう言うなら、私は構わないけれど」
「うん、ありがとう。マリーさん、護衛依頼で10000点って、遺跡の調査にしては高いと思うんですが、何か理由でも? もしかして、道中の魔物が手強いとかですか?」
道中で効率良く魔物を狩れるなら、経験値稼ぎができるし、あながち割に合わない依頼だと切り捨てるのは早計かも知れない。
「いいえ、この辺りに出没する魔物と同じくらいのレベルです」
……そうなのか。
だとしたら、10000点の理由は何だろう。
Bランク以上指定の依頼というからには、それなりの理由があるはずだ。
遺跡自体に何かあるのか?
「じゃあ、遺跡に何かあるとかですか?」
「ええ。正解です。シスンさん鋭いですね」
「そうなの!? それじゃあ、遺跡で強い守護者が待ち構えていたりするのかしら?」
「違います。遺跡自体は大昔に作られたただの祭壇です。ですが、最近になってその下に地下迷宮が出現しました。そこにどんな魔物が棲息するのかは見てみないことにはわかりません」
「「地下迷宮!?」」
俺とアーシェが同時に言った。
新しく発見された地下迷宮か。
こういった未踏の地下迷宮には、必ずと言っていいほど、あるものが発見される。
それはクリスタルと魔法石だ。
発掘後、前者は国が所有し転職用に教会などに設置され、後者は冒険者ギルドが所有し連絡を取り合うアイテムとして重宝されている。
「ええ。あとですね、希少価値のあるアイテムが発見された場合に、追加報酬が出ます。今の時点では、それがどのくらいになるかはわかりませんが……前例から言えば、追加報酬が0だったことは一度もありません。なので、期待してもいいのではないかと」
マリーさんが笑顔で言う。
この依頼お得ですよと言うのが、多分に含まれた風な表情で、俺とアーシェを交互に見た。
実際受注してやってみないことには、報酬がどうなるかわからないってことか。
だけど、どんなクリスタルが眠っているのか気になるし。
俺はアーシェの意見を聞くべく、彼女の横顔に視線を移す。
「シスン。クリスタル目当てなら、止めた方がいいわ」
「え、どうして?」
「シスンの欲しがっている【剣聖】のじゃないからよ」
「【剣聖】……?」
アーシェの言葉に、俺より先に反応したのはマリーさんだった。
それはそうだろう。
伝説とも言われる【剣聖】の職業がBランク冒険者の口から出たのだから。
「シスンさんは【剣聖】になりたいのですか?」
「はい。今のところ、目標にしています」
「そうですか。上を目指すのは良いことだと思います。シスンさんが就いている【剣士】系の最終到達職業ですからね」
「はい。それは知っています」
俺が【剣聖】を目指していると知っても、マリーさんは馬鹿にしたり笑ったりしなかった。
むしろ、真剣な表情で真摯に答えてくれている。
「けれども、アーシェさんの言うように、【剣聖】は普通のクリスタルでは転職できないんです。それは、知っていましたか?」
「え……? そ、それは初耳です……」
知らなかった。
爺ちゃんも何も言わなかったし、どこかの教会のクリスタルで、【剣聖】に転職できると思っていた。
そうじゃなかったのか……?
「アーシェは知っていたのか?」
俺とマリーさんのやり取りを聞いていたアーシェは、こくりと頷いた。
「誰かに教えてもらったわけじゃないから、私の考えだけど……。特殊な職業には、専用のクリスタルが必要って知っているわよね?」
それは、知っている。
確かに【剣聖】への転職条件は、俺はクリアしているけど、他の人からしたら難しいって爺ちゃんが言っていたな。
アーシェの口ぶりからすると、【剣聖】が特殊な職業だとでも言うのか?
だけど、特殊な職業にどんなものがあるのかは、あまり知られていないって聞いたけど……。
「転職条件が難しい職業は、特殊ってことなのか?」
「特殊に当てはまる職業を他に知らないから、転職条件の難易度に関係しているのかはわからないわ。でも、多分そうだと思うのは……」
俺はアーシェの結論を、黙って聞いた。
「世界にひとりしか就けないものが、特殊な職業に該当するんじゃないかしら」
え……?
そうなのか?
確かに世界に【剣聖】は爺ちゃんだけだって知っていたけど、それが特殊な職業なのか?
俺が戸惑いを隠せないでいると、マリーさんが小さく拍手した。
「アーシェさん、正解です」
「本当!? やったー!」
そうだったのか……!
【剣聖】が特殊な職業か!
……あれ?
だとしたら……。
「マリーさん、ということは、【剣聖】になるには専用のクリスタルが必要ってことですか?」
「ええ、そうです。専用のクリスタルはこれくらいの、携帯できる小さなものです」
そう言って、マリーさんは両手で輪っかを作った。
「そんなに小さいのね。教会のクリスタルがあんなに大きいから、同じくらいだと思っていたわ」
「それは今、どこにあるんですか? もし、知っているなら教えてください」
凄く気になる。
マリーさんなら知っていそうだと、期待が膨らんだ。
「では、場所を変えて話しましょうか」
「場所を?」
マリーさんは冒険者ギルド内にある応接室へと案内してくれた。
ここに入ったのは初めてだ。
ソファが二脚とその間にテーブルがあった。
俺とアーシェが並んで座っている。
マリーさんは「少し待っていてください」と言って応接室を出て行ったきりだ。
どんな話しが聞けるのだろう。
俺はドキドキして、その時を待っていた。
「お待たせしました」
やがて、マリーさんが飲み物と、小さな箱を持ってきた。
飲み物を俺とアーシェに手渡してくれるが、俺の目はその小さな箱に釘付けになっていた。
もしかして、あの中には……!
俺はごくりと唾を飲み込んだ。