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奴隷商人

「奴隷商人のアンドレイか」

「ほう。私を知っているんですか? この街では見かけない顔ですが……」


 アンドレイの取り巻きがざわつき、俺が視線を移すと、彼らをかきわけて重厚な鎧を着た男が現れる。

 装備からしておそらく【重戦士(ヘビーウォーリア)】だろう。


 【重戦士(ヘビーウォーリア)】の男は頭全体を覆う兜を着けているので顔はわからないが、背中には大剣を背負っている。

 アンドレイの用心棒なのか?

 その【重戦士(ヘビーウォーリア)】は殺気剥き出しで、隠す素振りも見せない。


「うえっ……。ひっく……。うえええええぇん!」


 子どもながらに何かを察したのか、とうとう、カタリナが泣き出した。

 ミディールさんの忠告は気になるが、カタリナを助けるのが先決だ。

 一気に駆け寄ってアンドレイの腕に一撃を加えて、カタリナを救出しよう。

 俺はそう決めて、予備動作なしで数歩の距離を詰めた。

 剣を抜くまでもない。

 

 俺の手刀の一撃は、


「させるかよ」


 アンドレイの隣にいた【重戦士(ヘビーウォーリア)】に阻まれた。


「シスン!」


 ただならぬ空気を感じたアーシェが、俺を心配して叫んだ。

 俺の腕は【重戦士(ヘビーウォーリア)】に掴まれたままだ。

 見た目どおりの怪力だ。

 ()()()()()()()()


「大丈夫だ」


 俺は【重戦士(ヘビーウォーリア)】の手を振り払い、アンドレイからカタリナを助けようとする。

 だが、またしても【重戦士(ヘビーウォーリア)】はそれを阻む。

 ただの力自慢じゃなさそうだ。

 その力を活かすだけの早さもある。


 その姿から物理攻撃一辺倒だと思っていた俺は、【重戦士(ヘビーウォーリア)】の動きに変化があったのに気づいた。


「なら、これはどうだ。《アイシクルランス》!」


 【重戦士(ヘビーウォーリア)】が突如右手を突き出し、叫ぶと同時に氷の槍を放った。


「魔法っ!?」


 剣で防ごうにも、今から抜いていたのでは間に合わない。

 俺は咄嗟に【重戦士(ヘビーウォーリア)】と同じ行動をとった。


「はあああああっ!」

「何だとっ!?」


 パキィンッ!


 俺が模倣した《アイシクルランス》は、見事に【重戦士(ヘビーウォーリア)】のそれを相殺した。

 なるほど……この感覚か。

 俺は魔法には精通していなかったが、【神官(プリースト)】になった時に習得した《ヒール》の要領で、初めて見た攻撃魔法を瞬時に真似できた。


「てっきり剣士かと思ったが、魔法も使えるようだな」

「お前もな。初めて使ったが、案外上手くいくもんだな」

「…………初めて? ふん。くだらん見栄を張るなよ? 小僧」


 魔法か……意外と使い勝手がいいかも知れない。

 機会があれば、習得してみるのも悪くない。

 覚えておいて損はないだろう。

 だが、今は目の前の【重戦士(ヘビーウォーリア)】に集中だ。


 俺と【重戦士(ヘビーウォーリア)】が呼吸を合わせたように、剣の柄に手をやった。

 しかし、アンドレイが待ったをかける。


「シリウスさん、待ってください。こんな場所で戦うつもりですか?」


 アンドレイはシリウスと呼んだ【重戦士(ヘビーウォーリア)】に声をかけて、カタリナを離した。

 駆け寄ったアーシェがすかさずカタリナを抱きかかえる。


「退屈しのぎにはなりそうだ。お前の名は?」


 シリウスは俺に興味を示したように尋ねる。

 兜で顔は見えないが、まるで長年探していたものを見つけたような、そんな興奮を押し殺している様子が感じられた。


「シスンだ」

「命拾いしたな。次に会った時は、俺の剣で叩き潰してやろう」


 シリウスは再戦を期待するような口ぶりで、アンドレイの後ろに下がった。

 アンドレイはそんなシリウスを見やり無言で頷いてから、視線を俺に寄越した。 


「シスンくんですね。名前は覚えましたよ。もし、また私の邪魔をするなら……次は容赦しませんよ」


 アンドレイはそう言って、取り巻きの屈強な男達を引き連れて、通りの向こうへ去って行く。

 奴隷商人アンドレイと、シリウスか。

 どう考えても、真っ当な連中じゃないな。


「よしよし、もう大丈夫だよカタリナちゃん」

「うぇっ……。うわあああん」


 アーシェはカタリナを抱きしめて、彼女の頭を撫でている。

 抱きしめられて少し安心したのか、カタリナは泣き止んで目尻に溜まった涙を手で擦った。

 流石、アーシェ。

 やっぱり女の子だな。

 カタリナをあやすアーシェに感心する。


 アーシェが俺の右腕を気にしている。

 シリウスに掴まれた腕を見ると、そこは(あざ)になっていた。

 今でも手形が残っているのだ。


「アーシェ、どう思った?」

「んー、レベル120くらいかしら? ドラゴンよりは上でしょうね」

「だろうな。俺もそう感じた」


 アーシェの言うとおり、あの【重戦士(ヘビーウォーリア)】は、ひとりでドラゴンを倒せる実力はあるだろう。

 どうして、これほどの強さを持った男が、アンドレイの配下なのかは知らないが、何か事情がありそうだ。

 もし、あのシリウスと戦うことになれば、ひとつ目の鍵を開ける必要があるだろう。

 俺やアーシェが負ける要素はないが、俺達以外の誰かが狙われるのが心配だ。

 俺は頭の片隅に入れておくことにする。


「よし、ひとまずメルティ達のところに戻るか」

「ええ。そうしましょ。でも、シスンいつの間に攻撃魔法なんて覚えたのよ? 《ヒール》以外の魔法が使えるなんて、私聞いてないわ」

「あ、ああ……。隠してたわけじゃないよ。初めて使ったんだから」

「え!?」


 アーシェは目を白黒させている。

 うん。俺もちょっと驚いた。

 あまりに簡単にできたから。


「あのシリウスとかいう【重戦士(ヘビーウォーリア)】の動きを真似して、あとは《ヒール》を使うときみたいに魔力を込めたら上手くいった。あまりに出来過ぎだったんで、拍子抜けしたよ」

「す、凄いわ! シスンって魔法の才能もあったのね! ねぇ、もっと強力な魔法や、使えたら便利なのも覚えましょ!」


 アーシェは自分のことのように喜んでくれた。


「お兄ちゃん……しゅごい? ね、しゅごい?」


 カタリナは意味も分からず首を傾げながら、アーシェの言葉を繰り返していた。


「そうよー、カタリナちゃん! シスンは凄いのよ!」

「恥ずかしいから、もう止してくれ」



 ***



 無事にカタリナを連れ帰った俺達は、メルティの両親に感謝された。

 捜索から戻って来たメルティ達にも、何度も頭を下げられる。


「本当にぃ、ありがとうございますぅ。うぅ、うぅ……カタリナが無事で良かったぁ」


 アーシェが見つけなければ、カタリナはアンドレイに攫われていたかも知れない。

 カタリナは泣き疲れたのか、お母さんに抱かれて眠っている。

 可愛そうに……恐い思いをしただろう。


「メルティ、この街には人攫いがいるようだから、人気のないところには行かない方がいい。それから子ども達からは目を離さないように注意して」

「そ、そうなんですかぁ……!?」


 途端、メルティはオロオロしだした。


「アンドレイという男に心当たりはないかしら?」

「……アンドレイ? ないですぅ」


 アーシェが尋ねるが、メルティに心当たりはないようだ。

 メルティにはミディールさんからの忠告と、気をつけるように伝える。

 しばらくは、この街に滞在することになりそうだ。

 あとで、アーシェにも相談しよう。

 俺達はメルティと別れて、宿に帰ることにする。


「お腹が空いたな……。宿に戻る前にどこかで何か食べるか?」

「やった。実は私もお腹ぺこぺこだったの。えへ」


 アーシェは表情を崩して舌を出すと、俺の腕を掴んで歩き出す。


「昨日から気になってたお店があるの。そこでご飯にしましょ」

「昨日気になってたなら、言ってくれれば良かったのに」

「だって、昨日はシスンと買い物してたでしょ」


 アーシェは上機嫌で俺に寄り添いながら、店へと案内してくれた。



 ***



 辿り着いた店は、小洒落た感じの店だった。

 俺達の故郷であるイゴーリ村には絶対ない雰囲気の店だ。

 周りを見ると身なりのいい家族連れが食事をしている。

 冒険者の俺達が食事をするのには、若干の抵抗があった。


「アーシェ。ここって貴族御用達の店じゃないよな?」

「知らないわよ。だって初めて来たんだもの。でも、私達が入れたってことは、問題ないんじゃないかしら?」


 店側の人間も嫌な顔ひとつせずに、応対してくれている。

 俺の考えすぎだったのか。

 それに……、さっき背後から視線を感じたが、どうやら気のせいだったかな?

 後方の席に目を凝らすが、不審な者はいない。


「どうしたの?」

「いや、何もない。気のせいだったようだ。それより、料理が運ばれてきたぞ。あ、あれはアーシェの大好物じゃないか。さては、あれが目当てだったのかい?」

「もぅ! 人を食いしん坊みたいにいわないでよー。 まったく、シスンったら……」


 俺達は運ばれてきた料理に満足し、舌鼓を打った。

 食事を終えた俺達は、宿に向かって歩き出す。

 まだ、夕方か……。


「アーシェ。日が暮れるまで、ちょっとこのエアの街を調べてみないか?」

「そう言うと思ってたわ」

「……え? 時々思うんだけど、アーシェって俺の心の中が読めるのか?」

「ふふっ。いいから、行きましょ。まずは冒険者ギルドはどうかしら?」

「お、おう。そうだな。ギルドに行ってみよう」


 俺達は冒険者ギルドに向かった。


 エアの冒険者ギルドは、ネスタのそれと比べると小さい。

 ネスタの街の方が大きいから当然だろう。

 もう夕方ということもあってか、掲示板に貼られている依頼書はまばらだ。


 冒険者ギルドは夜通し開いているが、基本的には朝に依頼(クエスト)を受注して、夕方までに達成して帰って来るのが冒険者のパターンだ。

 夜になると視界も悪くなるし、凶暴になる魔物(モンスター)もいるのがその理由だ。


 俺達はその辺にいた冒険者に、アンドレイのことを聞いてみたが、みんな声を揃えるように「関わらない方がいい」と返事を返した。

 冒険者ギルド職員も同じような反応だった。


 アンドレイはこのエアの街では、かなり恐れられているようだ。

 だが、人攫いのような悪いことをしていれば、冒険者や憲兵が対処しそうなものだが……。


「うーん。ここでは詳しい情報を得られそうにないなぁ」

「そうね。ギルドなら何かわかると思ったんだけど、おかしいわね……」


 アーシェが怪訝そうな目でギルド内を見渡すが、誰も目を合わせたがらない。


「これは、失敗したかも知れないな」

「え? どういうことなの?」

「俺達がアンドレイを嗅ぎ回っているのは、もうこの中じゃ周知の事実になっているだろう。もし、ここにアンドレイの手の者がいたら、話は筒抜けだ」

「……確かにそうね。迂闊だったわ」

「あの冒険者を見てみろ」


 既に俺達を見ながら、露骨にヒソヒソと内緒話をしている者達もちらほらいる。

 アーシェはジト目で俺を見ると、


「……こういう時だけ、感が鋭いのね」


 口を尖らせて言った。


「え? 何か言ったか?」

「ううん。何でもないわ。じゃあ、私達はどうすればいいの?」


 ギルド職員や冒険者の反応から、彼らはアンドレイに対して好意的ではないが、迂闊に手を出したくないといった様子だ。

 保身に走ってアンドレイに告げ口する者がいても、不思議じゃない。

 俺達の情報はアンドレイに漏れていると思った方がいいだろう。

 だとしたら、いい考えがある。


「逆に利用する。もっと大っぴらにアンドレイのことを聞いて回るんだ」

「そんなことしたら、私達がアンドレイの標的にされるわよ?」


 アーシェが俺の目を見ながら尋ねる。

 どういうこと? と目で訴えている。

 俺は口元に笑みを浮かべて言った。


「それが狙いだ」

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