最終話 女神
絶句した。
あの日のふたり。
目の前のふたり。
あの日の輝きと愛情はどこにもない。
このふたりなら安心出来ると私の力の種を植えた。
もう充分成長して大きな力をつけている筈だった。
彼等の中で力は成長せず、立ち枯れていた。
あと5日。
5日では種は育たない。
美しい花など咲くはずもない。
女官に乗り移った女神は聖堂の高いところから眺める。
絶望しながらも奇跡を信じ、私の力を求め、ひたすら祈る神官長。
そんなところで祈ったりしてもなんにもならない。
この世界、特にこの国は信仰を守り治めていた筈。重婚は禁止とした。教会は権力を持っていた筈。
なぜ王族に重婚を認めた?見返りに何を貰った?
見た目だけは美しい王子。
何故恋人がいるサーシャに手を出した。
快楽か?
それだけではないだろう。カイの絶望を楽しんでいたのだろう?
奪って飽きたら放置か?
子供はどうした。
父親にも母親にも会わせないで育てる子供。それがお前の流儀か?
馬鹿なサーシャ。
あの日、私の前で誓った愛は嘘だったのか。
カイは守っていたぞ。もう枯れてしまったがな。
今更カイを見つめてもカイはお前を見ては居ない。
なぜ大事なものを捨てられる?欲に従っていただけだろう?
愛よりも憧れを選んだ女。
まだカイが自分を愛してくれると思っているのか?
私の見る目が無かったのか。
騎士団長。
カイにさんざん拷問をしたな。カイの心も身体も壊したな。サーシャを求めて救いを求めたカイを壊したな。カイだけではないな、他にも大勢拷問しただろう? 新団員時代に卑屈で馬鹿にされた鬱憤をいつも牢獄で晴らしていたな?
血だらけの相手を見るたび後悔していたのに、なぜ何度も同じ事を繰り返す!
カイの男性器を壊したのはお前だな。
ギルドの傭兵三人。
高額報酬目当てにカイを捕獲か。
何故カイを暴行する必要がある! 嫌がるカイを簡単に運べるように半殺しにしたのか!
愛するカイを助けようとしたリコルを殴って縛って犯したな。女をなんだと思っている!
そもそもギルドがそういうものだからコイツらもそうなのか。
今更慌てても遅い!
「カイよ」
全身怪我だらけのカイ。古い怪我に新しい怪我。
あの日輝いていた男の子。
今は心が硬い殻に囲まれている。
もう私を見ない。
「カイ。お前に言わなければならない事がある。悲しい知らせだ」
動かなかったカイが私を見る。思い当たることがあるのだろう。
そのことだ。
「リコルが死んだ。お前は知るべきだ。
リコルは悲しみと絶望と悔しさと痛みの中で死んだ。そこのギルドの者に暴行され強姦され縛られたまま手当てもされず放置され死んだ。最後までリコルはお前を思っていた。自分を助けてくれと言わずお前を心配していた。自分の命と引き換えにお前を救ってほしいと星に願いをかけていた。私は星ではないがリコルの願いを叶えたい」
神殿内の目がギルドの傭兵に刺さる。
ギルド長と傭兵は狼狽えている。彼等はいつもと同じようにしただけだ。
仕事にも女にも。
ギルド長と傭兵に非難の目を向ける者達も碌なことをしていないのに、堂々と非難の目を向けるのが滑稽だ。
「カイよ。サーシャを愛しているか?
サーシャよ、カイを愛しているか?」
「愛してます!」
サーシャは即答した。
カイは答えない。それどころかサーシャに向ける目は軽蔑の目。
「解っている。お互い愛していない。サーシャよ、平気で嘘をつくようになったな。
残念だが、もう間に合わない。世界は終わる。
カイよ、命をかけたリコルの願いだ。お前を助けよう。カイに生きる場所を与えよう」
神殿中の目がカイに向かう!
「カイよ。お前に何か願いはあるか?」
カイは床と私を交互に見つめる。何かを言いたいのだろうが言葉に出来ないのか、迷っているのか。
「カイ!」
捨てた恋人を今更あわてて呼ぶサーシャ。自分はまだ好かれてると都合の良いことを思っているのか?カイが助かると聞いて自分も欲が出たか?
カイがサーシャを助けると願うなら何か考えないこともないが。
「俺の命を差し上げます。リコルを助けてください」
信じられないものを見る目をするサーシャ。
なにか喚きながらカイを掴んで揺する。
「リコルは哀れな娘です。いつも虐げられ奪われ。それでも俺のことを何時も祈ってくれてました。リコルには幸せになって欲しい。私の命をリコルに」
一度も自分を見ないカイを赤い目で睨むサーシャ。
目の前に助かる人間がいる。自分もなんとかならないかと、そわそわする男達。
女神は静かに言った。
「お前もリコルと同じ事を言うのだな」
カイは泣いた。
ああ、リコル・・
自分の片割れ・・
恋人になれなかった恋人。
生きていて欲しかった人。
もう居ない人。
女神は感じていた。
愛だ。
女神すら欲しがるほどの愛だ。
女神は涙を流さない。
そういうものだ。
だが、女神は泣いていた。
両の目からは止まらず流れる涙。
「女神様。カイとリコルの為に私の血肉をお使い下さい。命も差し上げます。どうか・・」
そう女神は言った。
いや、女神が乗っ取っている筈の女官が言った。
女神の支配を乗り越えて声を発したのだ!
泣いたのも彼女だ。
「私達は滅びます、これは報いです。カイさんは生き残ります。ですがリコルさんが居なければカイさんは救われません。ならば、この血肉を使ってリコルさんを!」
女神は悪魔ではない。
血肉を捏ねて生き物を作ったりはしない。
だが、
「よかろう。お前の身体を使うとしよう」
女神に集まる視線。
気がつけば後ろにも外にも大勢が居た。世界の終わりの噂はもう広がっていた。
助かる方法を求めて皆集まって来た。助かる方法を買いに来たものも居る。女神に貨幣を渡す気だったんだろうか?
事の経緯はあっという間に広まった。
非難と罵りの怒号が始まる。言い争い、殴り合い、剣を抜く者も。
サーシャ、王子、騎士団、神官、ギルド。彼等は憎悪の対象。だが彼らも反発した。自分とお前らがどれだけ違うというのだ!と。
王子はサーシャを守りもしない。王子も狙われる存在だ。
人が本性をさらけ出していた。もう、誰が誰だかわからなかった。
気がつけば女神と女神が手に入れた身体とカイの姿が消えていた。
そして、世界の終わりより先に聖都は滅んだ。
ここは何処だろう。
よくある田舎に住む家族。
未婚の母と双子の三人暮らし。母親はソバカスがちな顔。
彼女は過去については多くは語らない。
無論双子はカイとリコルの生まれ変わりである。
女神の前で彼等は双子の兄妹となる事を選んだ。
ただ一緒に居たい。
男女として結ばれる事だけが愛ではない。
生まれ落ちると二人は記憶を持っていなかった。普通の子供だ。
母親はただただ愛情を注いだ。
そして二人が今度こそ幸せでありますようにと祈った。
とある晴れた日。
春の黄色い花が咲いている。
幼い双子の前に舞い降りた女神は言った。
「よくお聞き、愛しい子らよ。お前達に力の種を植える、未来の為だ。とても困ったことが起こったならば、二人で心と力を合わせて乗り越えなさい」
おわり
お読み頂き有り難うございました。




