口調
日本語というものは凄まじく特殊な言語である。
おそらくは、地球上で唯一「口調」というものが存在するからだ。
例を挙げてみよう。
「私はペンを持ってるわ」
「俺はペンを持ってるぜ」
「儂はペンを持っとるよ」
それぞれが女性、男性、老人、といった感じで、見ただけで台詞の主の性別や、ある程度の性格まで分かるという性質を持っている。その性質をうまく利用して生み出されたのが、特徴のある話し方をする空想の人物達だ。
簡単にいくつか紹介しておくと、語尾に「にゃ」「わん」「なのです」「じゃ」など付けたり、現代人から見ると古くて堅苦しいと思うような話し方をさせたりと、様々な種類が存在する。
なろう界に来たばかりの頃はそれが新鮮で、すごいキャラ作りのやり方だ、などと思ったりもしたものだ。しかし時が経つにつれて、なんとなく違和感を覚えるようになっていった。そしてとあるきっかけを持ってして、そのキャラ作りのやり方は無理があって不自然で、そうポンポンとやってはいけないことであると認識するようになったのだ。
そのきっかけとは、英語の小説である。
私は外国の小説を読んだことがないし、どこぞの魔法学校の小説を和訳されたものをちょっと読んだくらいしか、日本以外の小説に触れたことがない。だからそれを知った時は軽く衝撃的であった。なんて大げさに言ってみるが知っている人は知っていることなんだろう。
英語の小説において、登場人物が話したあとには「said name」という、誰が話したのかを明確にするために、登場人物の名前を記す文章が書かれている場合がほとんどであるようなのだ。
それを知ったと同時に納得もした。そりゃそうだよなぁ、と。複数の文字を組み合わせないと単語として機能せず、それがゆえに単語をばらけさせて意味を変える、なんてことができないのだから、「~が言った」という文章を付け加えないとカオスになること受け合いだ。
それを思うと、たった一文字で色々なものを表現できる日本語というのはある意味、異質な言語でもあると言えるのかもしれない。
そんな経緯を経て、気づいてしまったのだ。なろう界にある幻想世界の住人達は、一体どんな言語をもってして、あのような特徴的な話し方をしているのだろうかと。例えばこんな台詞だ。
「妾はペンを持っておるぞよ」
口調というものは日本独自のものである、はずだ。そして、幻想世界の文化というものは、基本的に高くはない。というか識字率? なにそれおいしいの状態の世界がほとんどである。そんな状態だから、言語自体もかなり簡素な作りになっており、単語の数だって少ないはずだ。
つまり、誰がどんな話し言葉をしていようが、それらは全てこのような文章になってしまうということでもある。
「I have a pen」
それからというもの、特徴のありすぎる話し方の登場人物が出てくる物語を楽しめなくなったのはいうまでもない。日本語的には正しくても、異世界語的にはありえないからであり、物語が破綻している、と言えなくもないからである。
持論を述べるとするなら、口調なんてものに頼らないキャラ作りのやり方を学んで物語を作った方が、面白い小説を書けるのでないか、と思う。
一人称である、私や俺といった単語がいくつあるのか軽く調べてみたら驚いた。40種以上もあったのだ。日本語すごい。しかしそれも英語だと全部「I」になるから不思議なものである。
あと同じ口調として、立場や年齢に見合っていない話し方を登場人物にさせる書き手がかなりいる。例えば、非常に丁寧な敬語を話す五歳の普通の子供だとか、軍人のような話し方をするごく普通の高校生、とかだ。
それだけで物語は破綻しているのだが、それを感想として投稿しても相手にされない場合の方が多いので、見かけてもスルーしておくのがいいだろう。




